どうしようか。勿論の事ながら雑誌は全く見てないし、釣りなんて友人の釣具を借りてダム湖で数回程度しかやったことないんだが……当たり前だが、ポケモンの釣りなんてものもやったことはない。
「釣り自体はやったことないんだが……以前から少し興味があってな」
「そうだったんですか……でしたら、わたしが釣りの楽しさを教えてあげましょう!」
「え、いいのか?」
「良くない」
やはり邪神様のストップがかかったか。すごくテキトーなこと言ってしまったせいで内心困ってたし、今回はナイスアシストと言っておこう。いや思っておこう。
「いくらカプ・テテフでも、漁業という人の営みに口は出させませんよ?」
「そうじゃなーい! アタシとケンの二人っきりの時間を奪うことに問題があるの!」
「あ、それなら問題ありません。もう寝る時間なので直ぐに帰ります。それに、ゆったりとした空気で釣りデート……最高じゃないですか!」
スイレンもデートスポットとか考えるのか、あまりそういった事には疎いと思っていた。ただ釣りが好きなだけかもしれないが。
「うーん、釣りをしながらまったりデート……いいかも」
いつも思うがこの邪神チョロすぎないか。
「それじゃあ決まりですね、この釣竿をどうぞ! 」
言われるがままに釣竿を持たされて、釣りスポットに移動させられる。そういえば、前作までは水辺があればどこでも釣りができたが、サンムーンになってからは釣りできる場所が限られているんだったな。
「……ここなら良いでしょう。さあ、手順を説明しますよ!」
クイクイッ、だの、ぐぐーっ、だの、ギュイーン、だの擬音の多いスイレンの話を要約すれば、まず糸を垂らしてウキの反応を待ち、獲物が食らいついたと思った瞬間に一気に引き上げる。要は餌釣りと殆ど一緒だ。
「じゃあ、試しに釣ってみましょう! ちゃんと一匹釣れるまで見守っておいてあげますから」
「スイレンが付いていれば心強いな…………ハルジオン、お前にも期待してるから落ち着けそして座れ」
この女、まだ帰りやがらないのか。といった目をしていたので、少しご機嫌をとる。満更でもないといった顔をしているので、効果は上々って感じだ。ほんとちょろい。
試しに、早速糸を垂らしてみる。ウキが鏡のような水面に吸い込まれ、少しとたたず浮上した。
「ここから少し待ってみましょう」
「しかし……ルアーを引っさげてるだけで本当に釣れるのか?」
「大丈夫! なんてったって、わたし自ら作った釣竿ですから!」
ルアーは生きてるように動かすからこそ、疑似餌としての効果が得られるのだ。それを動かしもせずただ吊るすだけで釣れるわけが……えっ、
「ちょ、引いてる引いてる!!」
「おっ、思ったより早いですね。早速ぐぐーっといっちゃいましょう!」
言われるがまま、釣竿を勢いよく振り上げた。確かな感触が両手に伝わる。これは……デカいぞ。
「おらっ!!」
水面から現れたのは……ただのコイキングだった。ただのコイキング、といっても一メートル近く、重さも中々重たい。もしかしてかなりの大物を釣り上げたのではないだろうか。
「あー、残念。普通のコイキングだったね」
「ケン……あまり気にしないで」
……どうして励まされているのだろうか。もしかして……これが普通のサイズ? おかしい、このコイキングの大きさは今まで釣りをしてきた……いや、見てきた魚の中でもトップクラスにデカい。そんなはずは……
そこまで思考したところで、考えるのをやめた。鯉の王様だからこそコイキングなのだ。ブラックバス風情に比較される器ではない。
そう、俺がおかしいんじゃない。世界がおかしくなってるのだ。
「よし、次こそはでっかいの釣り上げてやるぞ」
「おおー、夢はでっかく、ですね。わたし、実はここで赤いギャラドスを釣ったことあるんですよ」
「へー、そう。よかったね。ケンも赤いギャラドス持ってるよ」
おいばかやめろ、という前に全て終わってしまった。気付けば、スイレンがこちらを尊敬の眼差しで見つめてくる……気がする。どうやら、ハルジオンの負けず嫌いな性格が裏目になったようだ。
スイレンの、赤いギャラドスを釣った、という発言は、からかい上手なスイレンの嘘である可能性が高い。他にもカイオーガを釣っただの海パン野郎を釣っただの言っているが、おそらく嘘だ。とんだ小悪魔系少女である。
色違いの赤いギャラドスはゲーム中でも希少性が高く、それこそカイオーガにも匹敵する。どちらもシナリオを一周しなければならないが、カイオーガは固定シンボルや配布など入手可能な方法が多く、対する赤いギャラドスは現状HGSSでしか固定シンボルで入手することはできない。
ゲームでもこれだ。この世界になると、どちらも入手手段が無いと言っても過言ではないだろう。ものすごく……それも五千分の一を引くまで頑張れば、もしかすると赤いギャラドスを手に入れることは出来るかもしれないが。
水ポケモン大好きなスイレンが、もし俺が
「す、すみません! 一度だけでも見せてもらえないでしょうか?」
「まあ、こうなるよなぁ」
──────────────
「行きますよ! いけっ、アシレーヌ!」
「クキューゥン!」
出てきたのはアシレーヌ。ゲームでの切り札はオニシズクモだったはずだが……まあいいだろう。そもそも、本気のスイレンと戦ったことは無かったし、こっちの世界では違うというだけのことだ。
「バトルだ、ニシキ」
「ガォッ!!」
ニシキをボールから出すと、スイレンがすぐさま飛び付いた……ニシキ、威嚇してたんだけど。だが、目をキラキラさせている彼女を止める気は起きなかった。パートナーのアシレーヌも呆れ顔である。
「触ってもいいですか?!」
「今更かよ……ちゃんとバトルの稽古をつけてくれるんだったらな」
スイレンには、バトルをする代わりにポケモンとのコンビネーションを教わるつもりだ。バトルの経験を積むならば、キャプテンのスイレンに教わるのが一番良い。
スイレンは、牙を剥き出しにして威嚇するニシキに構わず撫で回しながら、胸を張って任せてくださいと言う。確かに頼もしい。
「よし、ニシキ。胸を借りる気持ちでいくぞ」
「じゃあ、まずはわたしから……アシレーヌ、ムーンフォース!」
月の力を帯びた一条の光が迸る。
アシレーヌは、アローラ御三家のアシマリが進化した姿だ。タイプは水とフェアリーという珍しい複合タイプ。タイプ一致のムーンフォースがニシキに襲い掛かった。
「龍の舞で回避しろ」
力強い舞を踊りつつも、アシレーヌのムーンフォースを器用に避け続けている。まさか一発で成功するとは思ってもいなかったため拍子抜けしてしまった。
「す、すごい……」
「見とれてるところ悪いな。滝登りだ」
舞の勢いをそのまま滝登りに乗せ、攻撃が終わって隙のあるアシレーヌに突撃する。だが、それを許すキャプテンではない。
「泡沫のアリア!」
「構わず押し切れ!」
アシレーヌの鼻先に水が集まり、ニシキに飛ばす。着弾すると一気に爆裂し、ニシキにダメージが入る。
が、泡沫のアリアは滝登りを止めるほどではないという判断は正しかった。
鋭いニシキの一撃が、アシレーヌに突き刺さる。
「判断を見誤ったな、スイレン」
「うぐぐ、でも負けませんよ!」
言葉を交わす裏で、アシレーヌのレベル帯を分析する。一舞滝登りを、若干だが勢いを殺す程度の威力……イーブンかそれ以下か。それとも、ニシキがレベルアップしているのか。
「もう一度、滝登り」
「ムーンフォースで迎え撃って!」
「龍の舞で回避!」
スイレンが指示を飛ばした瞬間を見計らって、ニシキの技を変更する。こちらの無理矢理なオーダーにきちんと答えてくれるニシキは、ポケモンの中でも優秀なのだろう。先程と同じようにムーンフォースを完全に避けた。
「あ、ずるいですよ!」
「やれることは全部やるのさ。ニシキ、滝登り!」
「むー、泡沫のアリア!」
ここでムーンフォースを撃ってこないのは、予備動作か熟練度の違いで即撃ち出来ないのをスイレンが知っているからだろう。熟練度の概念はネトゲはおろか現実世界でもあるのだし、もしかすると色々と影響を及ぼしているのかもしれない。暇になったら検証してみるか。
アシレーヌの泡沫のアリアに、威力の増減は見られないようにみえる。つまり、特性の激流は発動していない。
「まだ押し切れる!」
「がんばって、アシレーヌ!」
「きゅううん!」
がんばって、という一言で集める水泡が目に見えて増大する。なんという出鱈目か。
「ニシキ、ぶっ飛ばしてやれ!」
「がう!」
気が付けば、声が出ていた。それに応えるかのように、ニシキは勢いを増し、なんと泡沫のアリアを弾き返すまでに。
「う、嘘でしょ……」
直撃した滝登りは、見事アシレーヌを戦闘不能に追い込んだ。一回舞った分が加算されていると考えても、泡沫のアリアを受けた状態で倒してしまうなど考えてもいなかった……こんなのが罷り通っていいのだろうか。
「これだけのコンビネーションがあるなら、わたしの力は必要なさそうですね」
「……よく頑張ってくれたな」
でも、やりたい事をして勝ったし問題ないか。これからはポケリフレも頑張らなければならないらしい。というより、確率云々に賭けるよりも毎回最高乱数以上の火力を叩き出す方法があるなら、迷わずそちらを選ぶだけだ。
「ケンもそろそろ調子を取り戻してきたね」
「なんと、まだまだ実力を隠しているのですか!」
「そんなに持ち上げるのはやめろ」
そんな実力はないし、今回もたまたま上手くいっただけだ。この調子を保っていかねばならない。今回のバトルを見る限りだと、発想は悪くなかったはずだ。これから頑張ろう。
「赤いギャラドス……よろしければ、どのように出会ったのか教えてもらえないですか?」
「ああ、孵化させたら産まれた」
「えっ」
「すまんな……ロマンチックでもなんでもなくて」
いいなーいいなー、とニシキを撫で回す速度が二倍になるスイレン。これから根掘り葉掘り聞こうとするつもりだったのだろうが、イライラが最高潮の邪神様と目が合ってしまったようだ。たまらず苦笑い。
バトルまでは大目に見てやると言われていたことを思い出したのか、スイレンは渋々引き下がった。ニシキがホッとした表情をする。
「……まあいいでしょう。また会える日を楽しみにしてますよ」
「おう、また明日な」
「えっ」
ミヅキとハウが試練目的で来るだろうし、リーリエとそれを眺めながらピクニックする予定だからな。明日もよろしく、とスイレンに告げるとハルジオンがより一層不機嫌になった気がした。
「十八匹目ふぃいいいいっしゅ!!」
「何匹コイキングを釣るつもりなの……まったりデートが……こんなはずじゃ……」
結局、頭に邪神様を乗せたまま二十一匹を釣り上げ帰路についた。デート? 知らんな。とにかく、スイレンの釣竿は神だと言っておこう。