真顔のシングル厨がアローラ入りするお話   作:Ameli

11 / 44
でーと、おあ、でっど。

 昨日はあれから、全員に虹マメを食わせた後ハルジオンにホテルまで運んでもらった。カフェのおじさんから貰った有り金ならぬ有り豆全部毟り取られたが、大丈夫だろう。

 

 

 この際ハルジオンに運んでもらえばいいかなんて考えていたが、ハルジオン自身の力が強すぎるせいか調整が難しく、さらに言えばスタミナがないため長時間の運用には向いていないようである。その証拠に、あれだけ騒いでいたせいでもあるのだが、ハルジオンは帰るとすぐに疲れて眠ってしまった……ベッドで。よく見ると薄目を開けていたので即モンスターボールに戻した。

 

 

 翌日。予定より早起きだったのだが、疲れはほとんどない。むしろ昨日より調子がいいというか、身体全体がエネルギッシュというか、全能感バリバリであった。

 

 

「どお、気持ちよく眠れたでしょ?」

 

 

 おまえはなぜ、そとにでてきているんだ?

 

 

 お前の入ってるボールは曲がりなりにもマスターボールなのだ、いくらカプ神だからといってやっていい事と悪いことがある。

 

 

 とは流石に言わず、そうだなと短く返事をして身支度を始めた。構ってほしいオーラを出してるハルジオンを放ってシャワーを浴び、身だしなみをキッチリ整えてポケモンセンターへと向かう。朝食付だと言われたが断り、チェックアウトした。

 

 

 リーリエと、二人旅。

 

 

 これだけでご飯三杯は余裕である。朝食抜きでもフルパワーだ。逸る気持ちを抑えつつも、足は自然と早足になり、思考はどこで何をしようかと頭いっぱいになる。思春期の恋愛気分がそのまま具現化したような頭の中身だったが、問題があると思えるほど身体と脳は正常に作動していなかった。

 

 

「あ、ケンさん」

 

 

 リーリエはいつも通りの姿で、ポケモンセンター内のカフェに座っていた。どうやら朝食を食べていた様子。うん、今日もかわいい。

 

 

「あと、カプ・テテフもおはようございます」

 

 

 はて? と振り返ったら、不機嫌そうなハルジオンがいた。ボールに戻し忘れた結果、ここまで普通に付いてきたのだろう、なるほど通りで無駄に周囲からの注目度が高いわけだ。お陰様でポケモンセンター内の空気が尋常じゃないほどざわめいている。これは自業自得とも言えるが。

 

 

「アタシには、ハルジオンっていう命より大切な名前があるの。それ以外で呼ばないで」

 

 

 ハルジオンの口調からはいつもの様な子供っぽさはなく、絶対零度のような言葉でリーリエの顔が凍りついている。確かに朝は忙しくて構ってられなかったが、リーリエに八つ当たりするほど怒っているなんて思いもしなかった。

 

 

「ご、ごめんなさいハルジオン……さん」

 

 

「リーリエが謝ることじゃない。忙しくて構ってられなかった俺が悪い……ハルジオン、ごめん」

 

 

 謝罪をした途端、表情は一変してハルジオンは満足そうに笑った。

 

 

「いいよー、許してあげる…………でも……ちゃーんと約束は守ってよね?」

 

 

 ハルジオンは許してくれている筈なのだが、背筋がゾクリとするような、冷ややかなオーラを放っていた。顔は笑顔なのだが、心做しか眼からはハイライトが消え、深淵を覗き込んでいるような気持ちにさせる。下手なホラーよりホラーであった。

 

 

 そこまで言うくらいの約束とは何のことだろうか……デートに行く程度としか印象に残っておらず、他については記憶が全くない。消去法でデートだろう。

 

 

「分かってるよ、デートだろ? リーリエと旅に出る予定だったんだけど……今日じゃなきゃダメか?」

 

 

「あー絶対に今日じゃなきゃダメー」

 

 

 棒読みすぎて隠す努力が見えない……余計な事を言わなければよかった。となると、リーリエとの二人旅は延期になる。ポジティブに考えれば、今日で旅の支度をすることができるようになるし、リーリエも昨日見れなかったところを見ることができると考えれば幾らかマシだろう。

 

 

「そういうわけでリーリエ、俺は女神様のご機嫌でも取ってくる。出発は明日でも大丈夫か?」

 

 

「わたしは構いませんよ。少し、空間研究所で調べたいことがあったので」

 

 

 ニコニコと気を遣わせないようにするリーリエたんマジ天使。だが、空間研究所で何を調べるのだろうか。一度聞いてみて、知ってることであれば教えてあげるのもいいかもしれない……勉強は嫌いだったが、リーリエと勉強会とか御褒美だろ。

 

 

「ありがと。それじゃあ、また明日同じ時間にポケモンセンターでな」

 

 

 ここに長居しても得るものなど何も無いので、そそくさとポケモンセンターを出た。リーリエは勿論の事ながら、周囲の人間も可哀想だ。

 

 

 こちらを見る目が、まるで中世の平民が貴族を見るかのような脅威を見るものに変わってしまっているのだ。ハルジオンを表に出していなかった昨日までは物珍しさが出ていた筈なのだが、やはり邪神を侍らせているとこうも違うものか。

 

 

 当の本人はというと、移動するエネルギーを消費したくないのか、それとも甘えたいだけなのかは分からないが首根っこに捕まっていた。時折、風に煽られるピンクの髪がくすぐったい。

 

 

「とりあえず、飯食ってないしマラサダ食べに行くか」

 

 

「さんせー!」

 

 

 大人しくしていれば可愛いものである。なので、耳元で叫ぶのはやめていただきたい。ついでに匂いを嗅ぐのも首筋を噛むのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーム内ではこの街にマラサダショップは無かったが、この世界にはどの街にもあるようなのでそこに出向いた。相も変わらず、周りからの視線が突き刺さっているのを感じるが気にしないことにしている。

 

 

 今朝不機嫌だったせいかは知らないが首筋を舐めたり齧ったりしてくるのも一切止める気はなさそうなので、下手に機嫌を損ねる行為は控える方針へシフトした。

 

 

「い、いらっしゃいませ……お二人様でよろしいですか?」

 

 

「……どうみても一人でしょう?」

 

 

 アッハイと返事をする良く訓練された店員は、カウンター席へと誘導した。ここで邪神様のご指導が入る。

 

 

「……アタシ、広い席じゃないと落ち着かないなー」

 

 

「ひぃぃ、そ、それではこちらのテーブル席へどうぞ!」

 

 

 終始怯えっぱなしである。無理もないが、流石に失礼に値するのではなかろうか……と考えたが、ハルジオンは機嫌が悪くなさそうにしているので、大丈夫ということだけは間違いなかった。

 

 

 どうみても四人席のテーブルに案内されると、ハルジオンからようやく解放された。今朝の様子と比べると、機嫌は逆方向に振り切れているようで一安心だ。店員はこちらに付きっきりな様子なので、あまり待たせることのない様に即座に注文した。

 

 

「マラサダセットを二つ、味は……どうしようか」

 

 

「甘いのがいいなー」

 

 

「はい、かしこまりました!」

 

 

 とても良い返事で対応する店員を見てると、すごくいたたまれない気持ちになった。可哀想ではあるが、少々度が過ぎるのではないだろうか。

 

 

 この世界のカプ・テテフがこれまで何をしてきたのか、リーリエの話を含めて気になってくる。一度か二度か、島を滅ぼしているような気さえするが……ハルジオンを見ているとやりかねないとさえ思えてしまうのが一番怖いところである。

 

 

「飲み物はロズレイティーとエネココアで」

 

 

「わかりました! しょ、少々お待ちを!」

 

 

 逃げるように去っていった店員が、てんちょーカプ・テテフが来てます! と言った途端に厨房から絶叫が聞こえた。この目の前でキョロキョロしている可愛らしい生物が、一体全体何を仕出かしたのか……気になる。ウラウラ島には図書館があったはずだ、一回行ってみるべきだろう。

 

 

「えへへ。ケンとマラサダ食べに来たの初めてだよね」

 

 

「そうだったな」

 

 

 ゲーム時代は、わざわざマラサダショップに出向くことも一切なかったため実際これが初めてなのだろう。だがハルジオンの嬉しそうな姿を見ると、何度も訪れるハウのようなリピーターが続出するのも分かる気がした……あいつは完全にマラサダが好きなだけなのだろうけど。

 

 

 メニュー表を見たところ、渋いマラサダや苦いマラサダもあるようだが……マラサダマスターのハウでも、そういうゲテモノ紛いのマラサダを食べるのだろうか。

 

 

「ねー、これからどーする?」

 

 

「うーん……ハノハノビーチにでも行ってみるか?」

 

 

 日帰りで行ける場所は限られている。ハノハノビーチだったら歩いて一時間もせずに行くことができるため、シェードジャングルやせせらぎの丘など他の知っている場所よりは無難であろう。

 

 

「いいよー、でもアタシ泳げないよ?」

 

 

「俺も水着持ってないし、砂浜を散歩するだけでも十分だろ……っと、ドリンクが来たな」

 

 

 先程とは違い、店長らしき壮年の男がドリンクを運んできた。にしても、気を遣いすぎではなかろうか。

 

 

「ハルジオン、どっちが良い? オススメはエネココアだな、一回飲んだけど美味しかったぞ」

 

 

「じゃあそっちで!」

 

 

 カップを手に取り熱を冷ますようフーフーと息を吹きかける姿は、本当に子供のようで可愛らしい。ようやくエネココアに口をつけると、一気に顔をほころばせた。

 

 

「あまーい! これすっごく美味しいよー!」

 

 

「よかったな、お代わりはいくらでもいいぞ」

 

 

「やったー!」

 

 

 かわいい。リーリエも天使であるが、ハルジオンもまた違った天使なのかもしれない。

 

 

 ちなみに、お金は腐るほどあった。昨日、荷造りをしていると開けてない裏ポケットに気付いたのだ。財布の中からはお金と、髪の長さが違うのでいつ撮ったのかは判別出来ない顔写真付きのトレーナーパスが出てきた。

 

 

 ちなみに、残金は1500000円(ひゃくごじゅうまんえん)。長財布の中にギッシリと札束が詰まっている様は圧巻だった。子供の持つ金の量じゃない……というか、何故今まで存在に気づかなかったのだろうか。しかし、これで金策の件は不要になった。

 

 

 エネココアをちびちびと飲んでいる姿を眺めていると、マラサダがやってきた。ファストフードも顔負けの速度で運ばれてきたのだが、他のお客さんへの対応は大丈夫なのだろうか……と周りを見渡して、誰一人不満そうな人間はいなかった。なるほど、みんな心は一つだったのだ。

 

 

「こちら、アブリーの蜜を使用した特製マラサダです」

 

 

 そうして出されたのは、こんがりと揚げられたパンのようなものだった。試しに一口食べてみると、中からキラキラと輝く黄金の蜂蜜が染み出してくる。パンにまぶしてある白い砂糖のようなものも、蜜の邪魔をしない程度の甘さに抑えられていた。美味すぎる。

 

 

「これいいねー! また食べにきたくなっちゃった!」

 

 

 モグモグ食べながらどうやって喋ってるんだと疑問に思ったが、そういやテレパシーだった。店長らしき人物は、満足げに頷いた。

 

 

「よかった。島の守り神からも評判の良いマラサダとして、これから売り出していくことにしましょう」

 

 

 なんとボロい商売であろうか。実際、ネームバリューが凄いので観光客に売れそうな気もする。実際多くの人に入っていく所も見られているので、すぐに広まりそうではある。

 

 

「ですので、お代は結構です。心ゆくまでごゆっくりとお寛ぎください」

 

 

 そう言って、エネココアのお代わりを注ぎに厨房へと戻っていった……あれ、もしかしてお金も要らない?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。