この広大な世界で好き勝手するのであれば、徒歩より速い移動手段が必須だろう。だが、島巡りには一切参加していない(という建前の)ため、リザードンはおろかケンタロスにも乗れない状態だ。はっきり言って非常に不便である。
なので、アローラ式ではなくオーソドックスな移動手段、つまり手持ちのポケモンに乗るというものを試してみるべきだと考えた。ただ、走れるポケモンはともかく飛べるポケモンはテッカグヤのセレスだけなので不安ではある。第一、どのようにして掴まるのだろうか……と考えたところで、ポッポで空を飛ぶよりはマシだと自分に言い聞かせた。
「ふぅん」
可能だ。とでも言わんばかりの胸の張りっぷりだが、これを信用してもいいのだろうかと若干の疑問が残る。ここでつべこべ言っても仕方がないので、とりあえずトライアンドエラーの精神で頑張るべきなのだろう。
「んじゃ、ここらへんを飛んでみるか。ハルジオンは俺が落ちた場合の落下速度の軽減、ニシキは海に落ちた場合の救助を頼む」
「がぅ」
「えー、つまんなーい」
そう言いながらも渋々と付き合ってくれるあたり、あの邪神もしかしたらツンデレの気質があるのかもしれない。
「……また一つ、ケンにお願いできるからいっか」
ふふふふふ……と楽しそうに嗤う姿は、紛うことなき邪神様であった。こわい、終わったら何されるんだろ。
「フゥ」
暗黒神ハルジオンに怯えていると、いきなりセレスから捕獲された。器用に両サイドの巨大なジェット部分を使い、すくい上げるように
ただいま、地上5m付近。人間風情には十分高い。
「フーフーん」
鳴き声と同時に、何か地面を揺るがすような音が聞こえてきたので咄嗟にセレスにしがみついた。感触は鋼タイプらしく硬くひんやりとしていて、常夏のアローラでは重宝するかもしれない。絶対外には出せないし、添い寝なんて以ての外ではあるのだが。
いってらっしゃい、とでも言っているのだろうか、下ではシーザーとエルモが暢気に手を振っている。と言ってもシーザーはヒレで、エルモはコードだが。
数秒後、彼らのサイズが米粒になった。
「あああああああああはやいはやいはやいはやいはやいいいい!! テストなのに本気を出すなああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「クーぅン」
セレスは心做しか嬉しそうであるが、こっちは重力と必死の攻防を繰り広げていた。セレスが加速すればするほど、慣性の法則により下に引っ張られていく。まだ腰をかける部分があっただけマシだが、無ければ発射のGでやられていた。一番懸念していた空気抵抗は、十二単の中にいるおかげで殆ど感じない。
そして、だんだんとGの抵抗がなくなっていく。減速しはじめたみたいだ。先程までに空を切る音しか聞こえなかったが、セレスがホバリングする音も聞こえだした。そろそろ外を見るかと十二単の隙間から覗きみると、その光景に目を奪われる。
「夜景が綺麗だな」
「ふぅン」
多少高高度に慣れて、少し外を詳しく見る余裕が出てくる。夜景のメインである人が密集している部分は勿論の事ながら、少し離れた赤く燃える火山も闇夜と対照的に艶やかに映って見える。自然と文明が共存している、一枚の絵を見ている気分だ。
絶景を楽しみつつも、目的の一つであるアーカラ島の近くにある孤島を見つけた。発売前から噂されていたが、
「そろそろ帰るぞ、一応お目当てのものは確認できたしな」
「ゥウん」
名残惜しそうにセレスが一言告げると、どんどん高度が下がってくる。これから更に下降するのだろうが、この速度でどのようにして着地をするのか。あまり下を意識しなくても大丈夫な分、上昇より下降の方が恐怖心は少なく、巨大なセレスの着地方法が気になるくらいの心の余裕はあった。
数分後、ようやく地上にいるポケモンたちが見え始めた。若干ホバリングしながら降りているのだろう、思ったほど勢いよく降りては行かない。肉眼でポケモンの判別がつきそうになった頃、突然セレスは叫んだ。
「ふうーーーん!!(みんなーーー逃げてーーー!!)」
蜘蛛の子を散らすかのように、一目散に皆が逃げた。素早さに定評のあるシーザーとシルキーはひと息で崖を登り、比較的動きの遅いエルモと逃げ遅れたハルジオンは海へ飛び込んだ。
いきなり重力が重くなったかのように、セレスが加速しだす。途中、一番乗りしたシーザーに音速ですれ違った。陸ザメのくせにロッククライミング速すぎるだろ、とツッコミをする前に通り過ぎてしまう。
あわや不時着というタイミングで、セレスがブラスターで一気に速度をゼロに戻した。なるほど、鳥が着地する間際に大きく数回羽ばたくようなもんか、と単純に考えていたがセレスのブラスターだと規模が違う。
あれだけ綺麗だった砂浜は焼け焦げ、高熱により黒く融解している箇所もあり、若干生えていた草は熱風で全滅。崖も若干焦げており威力の高さをまじまじと見せつけられた。
「セレス……もうお前で飛ぶの止めるわ」
「くーん」
そんなに悲しそうに鳴いても、無理なものは無理である。飛んだ数だけ自然が破壊されることも然ることながら、バレないよう、ひっそりと飛ぶという目標が達成出来ていない。砂浜ならともかく、ほかの場所で着地しようものなら、大火事の危険さえも出てくる始末。
それに、着地の度に自然破壊していたら間違いなくカプ神に目をつけられる。今もこちらを見ているカプ神が一匹いるが、今にも射殺さんといったように鋭い眼光で見ている……可愛さが売りのカプ・テテフの顔でそんな顔すんなよ。
「……いつまでイチャイチャしてるの?」
違った。全く自然破壊関係なかった。
「……お前、アーカラ島の守り神だろ? 自然より俺を優先していいのか?」
「ケンかアーカラ島かって言われたら、迷いなくケンをとるよ!」
褒めて褒めてー、みたいなテンションで返事をしているのだが、これは果たして褒めてもいいのだろうか……何か大切なものを失いそうな気がする。例えば、アローラの自然とか。
「はいはい……ところでハルジオン、地面の温度は大丈夫なのか?」
地面に降りようにも、未だにプスプスと音を立てている融解した砂を見せられるとどうしても躊躇してしまう。ここが砂浜で本当に良かった。
「んー、裸足だと辛いんじゃないかな」
「なるほど、靴が焦げても嫌だしもう少しここにいるか」
「おりても、だいじょーぶだよ?」
こわいこわい、眼がマジである。本気と書いてマジだ。ただ、不本意ながら降りようにも自力で降りるのは不可能である。不本意ながら。
ここが5m地点だと仮定するなら、だいたい二階建ての窓から飛び降りるくらいの高さだと想定される……十二分に危険である。そういったリスクや不便性も含めて、今後セレスで移動するのは諦めるとするか。
「ハルジオン、下ろしてくれないか?」
「えー、しょーがないなー」
めちゃくちゃ嬉しそうである。先程までの睨みつけるでポッポが殺せそうな顔から一変、聖母マリアのような自愛溢れるご尊顔へと姿を変えた。
ハルジオンはフワフワとこちらに向かってきた……かと思ったのも束の間、セレスに叩き落とされた。ブラスター部分で一刀両断、これは死ねる。
「ふぅんん」
ははは、スキンシップも大切だよね……吹き飛ばされて地面に埋まるレベルだったけど。これは果たしてスキンシップなのか。どうみても仲間割れだが、どういうことかサッパリ分からない。
「ぷふー!?(まさかケンカうってんの?!)」
「ふうーフフーフー!!(貴女だけズルい!もう少しだけでいいから、このままでいいでしょ!)」
ハルジオンは怒りの余り、テレパシーで話すことを忘れるくらい余裕を無くしているようだ。一体何を話しているのだろうか……と観察していると、ハルジオンがサイコフィールドを貼った。
特性サイコメイカーはカプ・テテフのみが持つ特性で、カイオーガが雨を降らすように、バトル開始時にサイコフィールドを貼るというものだ。
ハルジオンがサイコフィールドを貼ったということは、考えられるのはただ一つ。バトルの始まりだ。
「おい待て待て! 俺がいるんだけど!」
こういう喧嘩は、巻き込まれると禄なことは無い。生身の一般ピーポーはとっとと退散すべきなのだろうが、生憎ここは地上5m。不幸にも固くなっている地面に落ちれば、少なくとも骨の一本二本は覚悟しなければならないだろう。大人しくしがみついているべきか。
だが叫び声も虚しく、無常にもバトルは始まるのだった。
素早い動作で放ったハルジオンのムーンフォースがセレスを襲うが、ブラスターで振り払うと砂煙と共に霧散する。セレスのタイプ相性と耐久性能が優秀なため、タイプ一致のメインウェポンでも大したダメージを与えられない。だが、ハルジオンの目的は違ったようだ。
「フゥン!」
煙に紛れてハルジオンが後ろに回り込んでいることを勘づいたセレスが、振り向きざまにブラスターを叩きつける。それを紙一重で回避したハルジオンは、サイコキネシスで……俺を引きずり下ろした。そして、吸い寄せられるようにハルジオンの胸に落ち着く。頬の感触から察するに、やはりぺったんこだ。
「ふふっ、形勢逆転って感じかなー! ねーどんな気持ち? ねえねえどんな気持ちー?」
「ふーフゥン……(やっと一緒になれたのに……)」
先程まで切羽詰まっていたくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと。ただ、煽り方が尋常じゃないため挑発を覚えさせてるかどうか不安になった。技スペを遊ばせておく程、ハルジオンに余裕はない。
ちなみに、ハルジオンの性格は臆病でCSぶっぱ、技はサイコキネシス、ムーンフォース、めざパ炎、10万V。王冠を使っているため6Vである。
ちなみに、一番打点が入る10万Vを撃たれていたら、スーパーマサラ人ではない人間は即死なので危ないところだった。
「フゥン(仕方ない、見逃す)」
「ふふん、分かればいいの。同期のよしみで、たまには貸してあげるから我慢してよね?」
「クゥン(約束だよ?)」
何か、知りえないところで色々と話が纏まってきているみたいである。不安だ、すごく不安だ。何故あんなにも殺気立っていた筈なのに和解しているのか。何か言い表せないような恐怖が、心の中で蠢いている。
「キュキュー!」
言いようのない不安感に怯えていると、崖の上から帰ってきたシルキーが胸に飛び跳ねてきた。ふんわり柔らかくキャッチして撫でてあげると、キューと気持ちよさそうに鳴く。かわいい。ただ、こんなことをするとハルジオンが黙っていないだろう、とチラ見すると既に鬼の形相だ。ついでにセレスからもジト目で見られている気がする。何故だ。
「おいおい、俺はただ手持ちのポケモンと戯れてるだけで何の問題もないだろ?」
「あ、じゃあアタシとも戯れようよ!」
何を今更言っているのだろう、先程まで十分戯れてただろうが。おかげで死ぬ思いをした。
どれだけシルキーとハルジオンが小さく軽かろうが、流石に二匹同時には持てない。いつまでも空くことのない両腕にやきもきしたのか、ハルジオンが後ろに回り込んだ。猛者に無防備な背中を見せるという行為に、身体が本能的恐怖を感じる。
「ぎゅー! 今のうちに、いっぱいじゃれついちゃおっと!」
いきなり抱き着かれた。少しキュンと来てしまったが、相手は邪神だ。おそらく一時の気の迷いである。抱き着かれるだけならば無問題なのだが、抱きついている部分は首なので下手したらノックアウトの心配がある、油断禁物だ。Lv100なので無駄に力もあるし、加減されなくなった場合キテルグマよろしくこの世とおさらばする可能性も……正直、全く安心できない。
他のポケモンはというと、シーザーとエルモとニシキは、我関せずとか、ご愁傷さまとかでも言っているかのように一歩引いており、セレスはこちらを羨ましそうに見ていた。