君の嘘と優しさと暖かさに包まれて   作:あべかわもち

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愛は想い出がつきものだと思うよ

ーチャーリー・ブラウン



第3小節 私は君との入学式に臨む~前編~

 

「うーん」

 

4月7日のさわやかな朝。私は部屋の姿見に写る自分と睨めっこを続けていた。というのも、今日は中学校の入学式。つまり、今日から私は中学生になる。さっきから睨めっこが続いている原因でもあるんだな。髪型は春休み中に何度もセットして練習したからバッチリ。昨日は21時には寝たから睡眠時間も問題ない。

 

クリーニングから戻ってきた制服の最終チェックは、お母さんに頼んで昨日の夜に済ませた。だから、残る問題はただ一つだけ。

 

そう制服のスカートの丈が決まらないの。

 

この前公生に聞いたときは結局はぐらかされちゃったし。今時の女子にとってはどれくらいがいいのかな?

 

椿ちゃんはこういったことにあまりこだわりが無いらしくて、スカート丈は購入したままの標準でいくらしい。たしかに、気にしたって仕方ないとは思うんだけどね。でも、そこは理屈じゃないんだな。最初のスタートが勝負なの。先日買った雑誌の『小学生女子必見!中学デビューの全貌!』って特集記事に、『髪型と服装で中学生活の全てが決まる!』って書いてあったし。まあ全部ってのはさすがに言い過ぎだろうけど。

 

あれこれと悩みながら唸っているとついにタイムリミットが訪れる。

 

 

「かをり!いい加減に降りてきなさい!」

 

「うぇ!?」

 

 

けたたましくドアをノックする音とともにお母さんが私の部屋に突入してきた。グルンと首を回してベット脇の置き時計をみると時計の針はすでに7時30分を指していた。姿見の前でかれこれ30分くらい悩んでいたようだ。これはそろそろ本当に決めないといけないみたいだ。入学式の日に遅刻はありえない。いくら中学デビューに成功しても、いきなり遅刻では不良というレッテルを貼られちゃう。そうなったらもはやデビュー成功とは言えないよね。

 

 

「なにを鏡の前で唸ってたのあんたは」

 

「えーと、その、スカートの丈が決まらなくて・・・」

 

「はぁ!?そんなの買ったときのままでいいでしょ!?」

 

 

何言ってのかしらこの子は、とでも言わんばかりに驚くお母さん。

 

 

「ちっちっち。わかってないなお母さんは。スカート丈の1cmの違いが中学生活を左右するんだよ?」

 

「何言ってんのかしらこの子は・・・」

 

 

あ。やっぱり思われてた。

 

 

「もういいから早くきなさい。いい加減にしないと本当に遅刻してしまうわよ」

 

「はーい」

 

 

仕方ない。あと5分だけ考えて、それで下に降りて、ご飯食べて出発することにしよう。

 

 

「そうそう公生くん来てるからあまり待たせたらダメよ?」

 

「なんですとぉ!?」

 

 

お母さんを押しのけて部屋を飛び出る。そうだった!公生に7時30分に家に来るように昨日の夜電話して呼び出したんだった!なんですっかり忘れてたんだろ私。

 

 

「まったく。公生くんのことになると猪突猛進なんだから。あら?・・・あの子ったら、鞄忘れてるじゃない」

 

 

 

急いで階段を駆け下りる。階段を降りてすぐ横のリビングに繋がる扉を勢いよく開ける。リビングのソファには、身体を小さくして座っている公生が、いつもの澄まし顔で私を迎えてくれた。というか朝からお父さんと並んで座っているのは、ちょっと複雑な心境なんですけど。

 

 

「お、おはよう!待たせてごめんねコーセー。速攻でごはん食べるから5分だけ待ってて!」

 

「おはよう。そんなに急がなくてもいいよ。ここからなら歩いて10分くらいで着くんだし」

 

「かをり、よく噛んで食べないと身体に悪いぞ」

 

 

公生が言うこともわかるけど、やっぱり今日は特別な日だから。なるべく早く学校に行かなくては。あとお父さん。今はそんな場合じゃないから。

 

 

「とにかく待ってて!」

 

 

私は素早くダイニングテーブルの自分の椅子に座って、さっそく朝食を食べ始める。今日はクロワッサンにベーコンエッグとボウルサラダ。いつも通りの朝食でよかった。これならすぐに食べることができる。

 

 

「かをり!あなた鞄忘れてるでしょ。ここに置いておくから学校にはきちんと持っていきなさいよ」

 

「ふも?!ふぁりがど」

 

「もう!行儀悪いわね!きちんと食べてから喋りなさい。あぁもうそんなに急いで食べないの。しっかり噛んで食べるのよ!・・・そんなんじゃ公生くんに嫌われるわよ」

 

「!?」

 

 

なんということを言うのか。そんなの・・・そんなの・・・

 

 

「ぐす。ふぇ。もぐ」

 

「泣きながら食べてる!?」

 

「ごくん!・・・お母さんがひどいこと言うからでしょ!?」

 

「すまないね。公生くん。朝はいつもこんな具合でね」

 

「相変わらず賑やかですね」

 

「うーん。賑やかなのはそうなんだが、なんでこう、もうちょっと女の子らしく育ってくれなかったのか不思議でねぇ」

 

「ちょっとお父さん!コーセーに変なこと吹き込んだらダメだからね!」

 

 

お父さんと公生が話していたから、ちょっと耳を澄ましていたけれど。女の子らしくないとは聞き捨てなりませんなぁ。今日の私なんて、女の子らしくスカート丈1cmで悩んでいたというのに・・・ん?

 

 

「あーーー!!スカートのこと忘れてたぁぁ!!」

 

「かをり!!いい加減にしなさい!!」

 

「・・・また今度話そうか」

 

「・・・そ、そうですね」

 

 

今日も宮園家は平和です。

 

 

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「二人とも遅れないように行くんだぞ。私たちは後から向かうから」

 

「あ!お父さんがちゃんとした格好してる!」

 

「たまにはビシッとしておかないと、な」

 

 

玄関先で公生と家を出ようとしていたら、お父さんがやってきた。

 

いつもパン職人の格好とかラフな格好しか見ないから、正装になったお父さんはちょっと格好よかった。

 

でも今日は言ってあげない。ついこの間の小学校の卒業式の時にも見てるから新鮮でもないし、一度「カッコいいね」と言ったら調子に乗って何度も言わされたもん。そもそも娘に「カッコいい」と言われてそんなに嬉しいものなのかな?

 

後ろからお母さんもやってきて、二人とも準備万端といった感じ。

 

さっきお父さんが言っていたように、二人とは別行動。

 

学校が近いからということもあるけど、お父さんたちと一緒に行かないのは私のわがまま。あっさり認めてくれたのは嬉しかったけど、なぜかニヤニヤしていた二人はなんかやな感じだった。

 

 

「それじゃぁいってきまーす!」

 

「いってきます」

 

 

公生と一緒に家を出て学校に向かう。

 

道すがら、道路脇に生えている桜はどれも満開で、春の暖かい風に揺られて桜の花びらがヒラヒラと舞っている光景はとても綺麗。花見でも計画しようかな。でも紘子さんが悪酔いするのが目に見えるし・・・ん?

 

 

「そういえば、今日、紘子さんは?」

 

 

こういうイベント毎が大好きな紘子さんを、今日はまだ見ていない。いつもなら、真っ先に私たちを連れ出す人なのに。

 

 

「えっと、先に行って場所取りするんだって。なんか張り切っちゃってるみたいで。僕が起きたらメールにもう行ってますって」

 

 

公生に見せてもらったスマホの文面には、たしかに『先に行ってる』と短い文章だけが表示されている。

 

紘子さんがそんなにやる気になるとは、恐るべし入学式。

 

きっと紘子さんに朝早く起こされた小春ちゃんは、今頃、ビデオカメラの設営に勤しんでいる紘子さんの横で、他には誰もいない式場の中で、スヤスヤと眠っているんだろう。

 

寝顔、可愛いんだろうなぁ。

 

寝顔、天使なんだろうなぁ。

 

いっそ、食べちゃいたいなぁ。

 

あぁ!神様!

 

私が王子様ならすぐに迎えに行くというのに!

 

・・・そうだ!!

 

 

「コーセー!早く小春ちゃんを起こしに行かないと!」

 

「うん。寝かせておいてあげようね」

 

 

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学校についた私たちは真っ先にクラス割りが張り出された掲示板に向かった。

 

お目当てのものは、校門を入ってすぐの校舎入り口前に大きく張り出されていたので一目でわかった。新入生らしき人たちもたくさんいたしね。

 

皆と一緒のクラスになれますようにと祈りながら、張り出されたクラス割をチェック。そして椿ちゃん達と一緒であることがわかったので、全速力で自分の教室に向かう。

 

教室に到着した私は、校庭側の机の前に立っていた椿ちゃん目がけて飛び込む。

 

 

「椿ちゃん!やったよ!一緒のクラスだよぉ!!」

 

「うんうん。これで幸先の良いスタートが切れたね。もう、かをちゃん。これくらいで泣かないの。よしよし」

 

「だって!だって本当に嬉しいんだもん」

 

 

椿ちゃんと皆と同じクラス。

 

同じ学校で、同じクラスで、授業を受けて、お喋りして、下校して。

 

これまで何度夢見たことか。

 

 

「嬉しいこと言ってくれちゃって。この!この!」

 

「や、やめてよ。そんなに頭わしゃわしゃしないで!せっかくセットしたのに!」

 

「いいですなぁ。青春ですなぁ」

 

 

私たちの幼馴染である渡亮太くんが、窓のすぐ側の席に座って校庭を見下ろしながら、気取った表情を浮かべて私たちの抱擁の邪魔をしてくる。なによ!もうちょっとこの幸せを味わっていてもいいじゃない。

 

 

「渡くん、なんでジジくさく黄昏てるの?」

 

「ジジくさくとか言うなよ!」

 

「いやいや渡。あれはジジくさいと言われても仕方ないと思うよ」

 

「公生!てめぇ裏切るのか!」

 

「裏切るってなんだよ!?」

 

 

ふふん。公生も私と同じ印象だったわけですな。

 

 

「ていうかさ、なんであんたらまで一緒なわけ?またあんたらの面倒みるの正直疲れるんですけど」

 

「それはこっちのセリフだ!かをりちゃんはともかく、椿と一緒ということは、また俺を監視するってことだろ!?」

 

「当たり前じゃない。というか、もしクラスが違っていても、女の子を泣かせるやつに容赦するつもりはないわ」

 

「誰が泣かせるっていうんだ!俺が女の子を泣かせるわけないだろうが!」

 

「はああぁぁ!?どの口が言うか!卒業式の日だって!!一体何人の女の子が!!」

 

 

やいやいと騒がしい二人。いつもの調子で椿ちゃんと渡くんが口論している。

 

こんな光景を、傍で見ることができる。

 

それは、きっとすごく幸せなことだと思うんだ。

 

彼らといることで、私はこの中学生活を誰よりも楽しめるような気がする。

 

これからが楽しみだ。

 

でも、気がかりが一つだけ。

 

 

「あはは。いつも通りだなあいつらは」

 

「ねぇ。コーセー」

 

「どうしたの?かをり」

 

「コーセーは、私と一緒のクラスで嬉しくないの?」

 

「そんなことないよ。すごく嬉しい。当たり前じゃないか」

 

「じゃぁ、なんでそんなに冷静なの?そこはもっと『うおおお!!かをり!!一緒のクラスだぞ!!!』とか言ってくれてもよくない?」

 

 

そう、公生はなぜかずっと平静で、私が「同じクラスだね!!」と言っても「え?うん。そうみたいだね」としか返してくれなかった。

 

もしかして、あまり嬉しくなかったのかな。

 

 

「僕がそんな反応返したら椿にこれからずっとからかわれるよ。それに恥ずかしいし」

 

「・・・そうだよね。うん。大丈夫。コーセーにそういう反応は期待していないから」

 

 

わかってないな。乙女としてはやっぱり、好きな人が自分と一緒にいれることを喜んでくれると嬉しいものなんだよ。その辺はやっぱり渡くんには及びませんなぁ。いや、モテるようになっても困るけど。

 

 

「あのさ、実は、ね」

 

「なーに?」

 

「かをりと一緒のクラスだってわかっていたというか」

 

「え?」

 

「僕にもよくわからないんだけど、かをりとクラスが違う中学校生活なんて、全く想像できなかったから」

 

「!!」

 

「まぁ、だから、その、あまり驚かなかったというか、そりゃそうだよね、というか・・・ん?ど、どうしたのさ、かをり?なにを震えて・・・」

 

「うがあぁぁぁ!!」

 

「ひいぃぃぃ!?」

 

 

この後、先生が入学式の会場に案内するために教室に来るまで、私の公生への攻撃が止むことはなかったのでした。

 

 

 


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