君がここにいる時が好きなんだ。
-チャーリー・ブラウン
「かをちゃーん!こっちこっち」
「あ、いた!待たせちゃってごめんね!椿ちゃん」
季節がそろそろ本格的な春の匂いをチラつかせるようになってきた頃、私こと宮園かをりは親友である澤部椿ちゃんと、二人のお気に入りのカフェで待ち合わせをしていた。今の挨拶からわかってもらえると思うけど、私は待ち合わせ時間がギリギリになりそうだったので走ってここまでやってきたのだ。うん。腕時計は集合時間ジャストを示している。さすが私。あれ?店の時計は10分進んでいるみたい。あれは電波時計みたいだし・・・マジですか。
「うぅん。気にしないでいいよ。あ!なんだか急に、この店の期間限定『スペシャルプレート~春の香りを添えて~』が食べたくなってきた。でもちょっとお高いなぁ。どこかに心優しい足長中学生(仮)がいないものかしら、ねぇ?」
「うぅ!わ、わかったってば!店員のお姉さーん!この期間限定『スペシャルプレートセット~春の香りを添えて~』と・・・アイスの紅茶?はい。それで。あとはショートケーキとホットココアをください・・・椿ちゃん、これでいかがでしょう?」
「あら悪いわねぇ。これなら次も遅れてくれて構いませんのよ?かをりさん?」
「ふーん。そういうこと言っちゃうんだ。次は絶対遅れてなんてあげないんだから」
「遅刻常習犯さんができるかしらねぇ。まっ楽しみにしてるね。・・・いまさらかもだけど、さっきの本当によかったの?あのプレートセットで600円するよ?」
「んな!?・・・だ、大丈夫!昨日お小遣いもらったばかりだし」
ここで払えませんでしたでは、せっかく遅刻を許してくれた椿ちゃんに恰好がつかない。お小遣いはちょっと早いけどすでに中学生仕様になっているから、少しカヌレを我慢すれば大丈夫のはず。はぁ。なんで私がカヌレを我慢しないといけないのか。
それもこれも、公生が昨日の夜、私を寝かせてくれなかったせいなんだからね。なによ「ちょっとやってみない?」って。私が断れないのを知っててやっているんだったら絶対許さないんだから!
・・・いきなり『ヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲*』を一緒に弾きたいんだけどって言われたら・・・照れちゃうじゃない。いやいや。私の大好きな曲の一つなんだから本気にもなるってもんよ。
なのに公生ったら、いざ始めてみたら自分から言い出したくせに「うーん・・・うん?うーん・・・」なんて言いながら弾くもんだから「あーもう違う!」って何回突っ込んだことか。これは特訓が必要なようですなぁ。うふふふ。そういえば、なんで紘子さんは一緒にいたのに何も指摘してくれなかったんだろう?いつもなら遠慮なくズバズバ私たちの精神力を削るっていうのに。まぁ私としては特訓と称してあいつと一緒にいれるならなんでもいいけど。
「かをちゃん。なんかすごく嬉しそうな顔してるよ」
「あ、ごめんね。ついつい思い出し笑顔」
「え!なんなのそれ!すごく可愛い!」
「ふふん!コツを教えて欲しければ、さっきどこかの足長美少女から受けた施しを「やっぱり私は自立したいので」といって返してもらわないとねぇ」
「調子にのらないの」
「もう!椿ちゃんはいつも手が早いんだから」
私の向かいに座っている椿ちゃんは、よく突っ込みと称して私の頭にチョップしてくる。チョップと聞くと痛そうだけど、実際はまったく痛みはなく、どうやら彼女なりの親愛行動らしい。女子にしては短めの髪をして、少し太陽に焼けて快活さを全身で表現し、大きな丸い瞳がとっても魅力的な顔立ちをした彼女からのそれは、偶に力加減が狂うらしく、公生と彼のお友達である渡亮太くんに対してだけは最大の力を発揮しているらしい。よかった。私はか弱い女の子で。
「手が早いとはなによ。これでも女の子なんだから傷つくんですけど。まっ。いっけどね。それに。かをちゃんのそれのコツというか理由なんてすでに知ってるから、別に教えてくれなくて大丈夫」
「え!?うそでしょ!?」
「いやいや・・・いやいや。なんでバレてないと思っているの?」
まいったな。いつの間にかバレていたとは。これはやっぱり私の近くに居座る君が悪いんだよ?責任はちゃんととってもらわないとね。だからといって離れるとかしたらダメだからね。私泣いちゃうから。
「今度は悲しくなったんだね。よしよし。本当にかをちゃんは泣き虫さんだ。あいつには私から言っておくから」
「うん。ぐす。ありがとう・・・」
「およ?注文の品が届いたみたい。さっ。あいつのことなんてほっておいて、食べましょうか」
椿ちゃんは張り切ってプレートに乗ったスイーツに手を付ける。なんだこのプレートは。カレーライスのお皿の上にパンケーキやらマカロンやらアイスやら山盛りって。春の香りってもしかしてこの桜色のクリームなのか。その良し悪しは別にして、これで600円ってお店的に大丈夫だろうか。小中学生には大変ありがたいけど、カロリーもちょっと気になり始める背伸びなお年頃。うう。週1くらいかな。
なけなしのお小遣いで注文したスイーツに舌鼓を打ちながら、私たちはなおも話を続ける。お互いに共通の思い出がたくさんある一方で、違う小学校に通っていた私たちだけに、お互いの小学校の話はいつも新鮮だから、私たちの話題が尽きることはない。これぞ花の女子会である。これで何回目だったかな。忘れちゃった。
「ねえ、小学生の時の思い出と聞いて、何を思い浮かべる?」
椿ちゃんから、先日卒業したんだからあえて振り返ってみようよということで、今の質問が投げかけられた。中学校の入学式を来週に控えた今にふさわしい内容だね。さすが椿ちゃん。
私は思いつくままに語りだす。
「そうだなあ。広い校庭に設置された遊具で暗くなるまで遊んだこと。昼休みにクラスの男子に混ざって遊んだドッチボールのこと。そうそう。私実はけっこう才能があるみたいで、相手の男子を一人で全員やっつけたんだよ!」
「ふーん」
「・・・信じてないみたいだから続けるけど。えーと。他には遠足でのバス移動の最中に車内でのカラオケ大会で大騒ぎしたこと。お泊まりした時に布団をかぶってヒソヒソと話した恋バナ。あっそう言えば、下校途中に偶然椿ちゃんと会って帰ってないことがバレないようにコソコソとスイーツ屋さんに立ち寄ったこともあったね。あのとき食べたアイスクリームまた食べたいなぁ・・・あはは。いけないいけない。挙げていけばいくらでも出てくるね」
「そうなんだぁ」
「あれ?あまり乗り気じゃない?」
おかしいな。椿ちゃんから振ってきたし、もっと盛り上がると思ったんだけど。
「あ!ごめんごめん。もちろんバリバリ乗り気なのよ!?ただ、かをちゃんにとっての小学生の時の思い出と言ったら、あいつ絡みじゃないのかなって。もっとピンク色の話を聞かせてもらえると思ったからちょっとね」
ニヤニヤと私を見ながら、あえて避けたところを追及してくる。こうなった椿ちゃんはテコでも動かすことは難しい。きっと私の遅刻したことまで理由につけて聞き出そうとしてくるはず。ふっそれくらい私にかかればお見通しなんだからね。それがわかるってことは早めに言った方がいいってことなんだけどさ。
「・・・はいはいわかりましたよ。・・・正直に言います。やっぱり私の思い出の多くは学校の外。紘子さんに唆されて公生と競うように弾いたピアノの連弾や、公生のピアノに合わせてヴォイオリンを自由に弾きながら椿ちゃん達、皆に聴いてもらったミニ音楽会とか。練習をサボろうとする公生を紘子さんに引き渡したことなんか何度あったことか」
「あははは。そういう時はたいてい私が連れ出してたっけ」
「もう椿ちゃんはいつもすぐに公生を連れ出すんだから。探しに行く私の身にもなってよね」
「あはは。だって、すぐ近くにいつも居たし、一番呼び出しやすかったしね。それで」
そこで言葉を切ってアイスの紅茶を手に取り残りを一気に飲み干して、コップを机に置くと同時に対面の私の方に身を乗り出してくる。
「結局、かをちゃんの想い出は公生がいつも一緒だったってことでいいんだよね!中学生になるんだし、恋バナは必須だよね!?結局どこまで進んだの!?」
「ちょっと!椿ちゃん。あまり大きな声出さないで・・・」
「あ、あははは。ごめんごめん。つい」
罰が悪そうにしながらもその大きな瞳は爛々と輝いて、私に続きを話せと促してくる。
「まったく。・・・でもそうだね。いつも放課後が楽しみで仕方なかったよ。学校の友達と約束あるときやヴォイオリンのレッスンがある時以外は、ほとんど公生の家か椿ちゃん家に行ってたよね。もちろん公生に会えるのもあったけど、私は椿ちゃんと遊べるのが嬉しかったよ。だって椿ちゃんみたいに私と大騒ぎしてくれるような子、あまりいなかったもん」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。そんな正直者のあなたにはこのスイーツをお裾分けしてあげよう」
「ありがたき幸せです!あれ?それ元は私の物ではないのかな?」
椿ちゃんにもらったスイーツのパンケーキ(約半分)を頬張りながら、私は自分の思い出をもう一度思い返す。うん。やっぱり私の思い出の中は、君と一緒にいた時間がどれよりも一番鮮やかに色づいてるみたいだ。
さっき椿ちゃんからの追求が途中で有耶無耶になったことに安堵しつつ、別のことが私の頭には浮かんでいた。
ーでもね?
ー椿ちゃんの口からはいつも、たぶん私と同じくらいあいつの話題が出てくることを私は知っているんだよ。
*Concerto for Violin, Piano and Strings in D minor, MWV.O4 (Mendelssohn, Felix)
私の勝手な解釈ですが、この曲を聴いていると、徐々に近づいていく別種の音が混ざり合いながら、付かず離れずの距離を保ちながらも楽しげに一緒の時間を過ごしているような印象を受けました。はっきりしたことはわかっていないようなので俗説ですが、メンデルスゾーンのお姉さんのピアノとご友人のヴォイオリンが一緒に演奏するために作成されたとも聞きます。この話がもしも事実なら、ことはお決まりのハッピーエンドといかないのですが。ただそれでも、暖かな色合いに満ちているように感じるこの曲が私は好きです。