ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「そういえば、ギル?」「うん?」「その、自動人形? っていうのかしら。あのメイド」「ああ、そうだよ。自動人形とか侍女とか呼んでるけど」「……名前、付けてあげないの?」「……いやー、付けてあげたいのはやまやまなんだけど、ネーミングセンスないし、例えば一人の子……今いるこの子でいいか。この子に名前つけよっかなーって思ったりすると……」「? ……ひっ! な、なにこれ! すごい大量の手が宝物庫から……!」「こういう風に他の子もつけてくれーって出てきちゃってね。あ、痛い痛い。ほっぺた引っ張るなって」「……こ、これ、ちょっとしたホラーよね……」


それでは、どうぞ。


第七話 その名、謎に包まれており。

 現在、俺はマスターとその学友二人、それに学院長秘書の計五人で馬車に乗って移動していた。なかなか揺れるものだな。宝物庫に馬車も入っていることは入っているが、あまりこういうところで出しゃばってもいいことはないだろう。ヴィマーナも同じような理由で出さなかった。

 御者は秘書のロングビルという女性がやっている。デキる雰囲気の、なんというか『ザ・秘書』という感じの女性だ。手綱引きは彼女が買って出てくれた。ルイズたちは「そんなの付き人にやらせればいい」といっていたのだが、ロングビルは魔法は使えるが貴族ではないんだそうだ。まぁ、その辺はプライベートな話題だし、あんまり突っ込まないでおこう。

 

「もしよければ、その事情をお聞きしたいわ」

 

 ……俺のそんな考えも、キュルケには通じなかったらしい。あえて空気を読んでいないのか、やんわりと微笑んで言いたくないという空気を出すロングビルにキュルケはくらいついていく。

 

「もうっ、よしなさいよツェルプストー」

 

「なによぉ。暇だからおしゃべりしようとしただけじゃないの」

 

 マスターが肩を掴んでキュルケを下がらせると、キュルケは不服そうに荷台の柵に寄りかかり、頭の後ろで腕を組む。「つまんない」と行動全体で示しているかのようだった。いや、実際そうなのだろう。なんというか、女の子らしい女の子で、少し安心した。

 だけど、マスターよくやった。話したがらない人に過去のことを聞いたりするのは、マナー違反だ。

 ほんと、落ち着いてるときのマスターは淑女淑女してるんだけどなぁ。ちょっと導火線短すぎんよぉ。

 

「ロングビル……でいいんだったか。すまないな、御者をさせて」

 

 そう話しかけると、ロングビルはこちらを一度見て、いいえ、と微笑む。話が流れたことを悟ったのだろう。少しうれしそうだ。

 

「一度もこういう馬車に乗ったことはなくてね。一度くらいチャリオットは乗ってみたいと思ってたんだけど……」

 

「そうだったんですね。乗り心地はどうです?」

 

「まぁ、悪くないね。景色もよく見えるし、ゆったりと時間が流れてる気がする」

 

「あんた、王様だったのに馬車に乗ったことないの?」

 

 ロングビルとそんな話をしていると、マスターが割り込んでくる。その辺の話に興味があるのか、暇そうにしていたキュルケや本を読んでいたタバサまでこちらを向いている。

 

「うん? そうだなぁ。マスターたちは見てるからわかるだろうけど、基本移動はヴィマーナとかだったからさぁ。あとは玉座から動かなかったし」

 

「ふぅん。そんなもんなのね」

 

「あ、あの……そちらの方は王族なのですか?」

 

 話を聞いて、恐る恐るロングビルが訪ねてくる。まぁ、信じる信じないは個人の勝手だし、話してあげるか。

 

「まぁ長い間王様やっててねー。ようやく終わったーと思ったらこっちに召喚されちゃったんだよ」

 

 たぶん混乱すると思うので、『座』についてやらは説明を省いた。ロングビルは大変だったんですね、とつぶやく。

 

「王様は……どこの国?」

 

 ふと、本から視線を離してこちらを見上げていたタバサが訪ねてくる。言葉少なめの娘との会話は慣れたものだ。今のは『どこの国で王様をやっていたのだ?』という意味だろう。異世界の子たちに通じるかわからないが、説明するだけ説明するか。どうせあと三時間くらいはこのまま馬車で揺られるんだし。

 

「どこか、って言われると説明難しいけど……ここから遠くだよ。たどり着けないくらい、ずっとね」

 

 世界レベルの隔たりを『遠く』と表現していいのかわからないが、たどり着けないのは確かだ。嘘ではないだろう。召喚……というか転生した直後はひどかったものだ。宝具もろくに使えない、マスターとのパスも不安定。よくもあれで聖杯戦争を生き延びることができたものだと感動するレベルである。記憶をなくしてもう一回やれと言われたら、中途半端に脱落していた可能性もあるだろう。それほど綱渡りだった。

 

「俺も最初はひどかったもんさ。最初は力を使いこなせてなかったし、周りの助けがなければ命を落としてたなーってこともたくさんあった」

 

「えぇ? あんなに強いメイドがいるのに?」

 

「最初はあの子たちもいなかったんだ。それでも、周りには助けてくれる人がいた」

 

 聖杯戦争も終わって、放浪の旅に出ることにした。特に目立つようなことはしていた記憶はないけど、行く先々で『王』と呼ばれていた気がする。歴史上の英雄たちに出会ったこともある。未来の英霊の歴史を変えてしまったこともあった。……まぁ、その本来の『歴史』とやらも俺がいる所為でゆがみまくってるし、そもそもあの世界は『外史』なのであんまり影響なかったというか……。まぁ、それでもそこでのかすかな記憶をもとに仲良くしてくれた英霊もいるわけだし、すべてが無駄だったわけじゃないと思う。俺の自己満足でも、無駄ではなかったのだ。

 

「なんか……今のあんたを見てからだと信じられないわね。なんでも一人でできそうだし。周りの助けなんて必要なさそうに見えるけど」

 

「はっはっは。まぁ、今はね。でも、昔も今も、未来永劫、『王』は一人だけだけど、一人だけじゃ『王』にはなれないんだよ」

 

 生前はもちろん、今だって自動人形や『座』にいる子たちに助けてもらっている。それに、『王』というからには民もいるし、臣下もいる。一人しか『王』は名乗れないが、一人では『王』を名乗れないのだ。……まぁその辺は難しいことなので、自分だけがわかっていればいいと思っているが。

 そんな風に俺のことを話していると、ロングビルが馬車を止める。

 

「ここから先は徒歩で向かいます」

 

「ん、了解。気を付けて行こう」

 

 馬車を降りた後、ロングビルの後ろをついていく。ふぅむ、うっそうとした森の中……なんとも怪しい雰囲気である。盗賊が逃げ込むにはうってつけというわけだ。

 

「雰囲気あるなぁ」

 

「そういえば、あんたあのメイドは出さないの?」

 

「うん? ……ああ、それもそうだな」

 

 マスターの声に、それもそうかと思いつき、宝物庫から自動人形を二人呼び出す。装備はセイバーとシールダーである。このシールダーモードは盾を持たせたもので、他のメイドたちとの差異は、胸甲……いわゆるおっぱいアーマーというものをつけているところだ。ちなみにこの普通の自動人形と違って『モード』に入っている自動人形は、こういう風にほかのメイドたちとは差異が表れるようになっている。もう一人のセイバーモードの子は、スカートにアーマーを着けているのが違いだ。

 

「よし、これでマスターたちは安全だろう」

 

「……なんかいつもと違うのね。……あ、鎧つけてるんだ」

 

 マスターが小さくつぶやいて、ぺたぺたと自動人形たちを触る。……うん、まぁ、おっぱいアーマーといいつつこの子らあんまりおっきくな……痛い!なんでたた……痛いって!

 

「ふふ、仲がよろしいんですね」

 

 後ろの騒ぎに振り向いたロングビルが、くすりと笑う。

 

「ダーリンは侍女からも慕われてるのねぇ。そんなところも素敵っ」

 

「ちょっ、あんたねぇ! 緊張感なさすぎなのよっ」

 

「だぁってぇ。素手でも強いあのメイドが武器と防具を装備してここにいるのよ? どんな凄腕のメイジでも、かなわないわよぉ」

 

「でもあいつはおっきなゴーレムを作り出すんだから!」

 

 そういえば、キュルケとタバサの二人はどういう経緯でこうなったのか知らなかったんだったか。キョトンとした顔のキュルケに、改めて説明していく。

 

「巨大なゴーレムが宝物庫の壁を殴って壊したんだから! 油断してたらぺしゃんこよ!」

 

「大きさにはさすがにこの子たちもかなわないからなぁ」

 

 巨人と戦った時も、基本上空からの爆撃か遠距離からの狙撃だったもんなぁ。ま、戦いがメインの仕事じゃないしね、この子たちは。メインの仕事は俺の心の癒しである。……え? 侍女の仕事? それもついでだよついで。彼女たちがやりたいっていうからやってもらってるだけで。

 

「そろそろ例の小屋に到着します。お静かに」

 

 人差し指を唇に当て、『静かに』のジェスチャーをするロングビル。全員杖を握り直し、姿勢を低くしてゆっくりと先導するロングビルについていく。そのまま森の中をしばらく歩くと、一つの古い小屋が見えてきた。

 

「あれか……」

 

 さて、こういう時の定石は一人か二人を斥候に出して、というのがいいのだろうが……自動人形、行ってみる?

 

「私と、盾の人で見てくる」

 

 俺が悩んでいるのを見通したのか、タバサが自分と盾侍女を指して小屋へと向かっていった。盾侍女もこちらをちらりと見てから、タバサについていった。まぁ、彼女ならあのゴーレムの攻撃も一発なら防いでくれるだろう。そういう盾を渡している。

 作戦としては、小屋の中を見て、フーケがいればおびき出して全員でかかり沈め、捕縛する。もしいなければ、小屋を探索し、手がかりを探す。

 姿勢を低くした二人が小屋へと到着し、タバサが窓から小屋の中を見回す。それから、タバサがこちらに『敵影なし』の合図を送ってくる。盾侍女からも『なんもみえないよー』と呑気な念話が届く。なにこの子。妙にフレンドリー。

 

「よし、小屋には何もないみたいだな。中を探してみよう」

 

 俺たちも二人に追いついて、小屋の中へと立ち入ってみる。中はがらんとしており、人の足跡が見えるものの、ろくな証拠にはならないだろう。ホームズでもいれば別だろうが……。

 全員で中を探していると、ロングビルが顔を上げて扉の外を見た。

 

「……一応、私は外で警戒をしていますね。フーケが戻ってこないとも限りませんし」

 

「あ、それもそうね。ギル、私も行ってくるわ」

 

 ロングビルの言葉に賛同したマスターが外へ警戒に出て行った。剣侍女がついていっているので、最悪でもマスターは逃がしてくれるだろう。そのまま小屋の中を探していると、外から悲鳴。その瞬間、俺はキュルケとタバサを引き寄せ、盾侍女が突き破った壁から小屋を脱出。その一瞬あとには、小屋の上半分が吹き飛んでいた。

 ち、敵襲か!

 

「きゃああぁっ!?」

 

「っ!」

 

「舌噛むぞ! 耐えろっ」

 

 急な動きに悲鳴を上げるキュルケと、驚きながらも指笛を吹くタバサ。少しして青い竜がやってきて、俺たち四人を乗せて飛び立ってくれた。

 

「……これは……ゴーレムか」

 

「こんなにおっきかったのね……!」

 

 大きさは三十メートルほど。材質は土のようだが、前のと同じなら周りの土を吸収しての再生効果があるだろう。

 土埃がひどいが、俺の千里眼はそんなものないかのようにマスターの姿をとらえる。おうおう、剣侍女に抱えられて暴れてるわー。すごいな、うちのマスター。

 

「タバサはこのまま上空から偵察頼む。変化があればこの子に言えば俺に伝えてくれるから」

 

「……わかった。無理はしないで」

 

「もし何かあれば上からファイアボールくらいは撃ってやるわ!」

 

「心強いよ。ありがとうな」

 

 そういって、シルフィードの上から飛び降りる。ガシャン、と鎧の音をさせてヒーロー着地。一回やってみたかったんだよねー。確かにこれは膝に来るな。

 

「マスター、大丈夫か?」

 

「あっ、ぎ、ギルっ! み、ミス・ロングビルが!」

 

 そういえばロングビルの姿が見えない。……まさかとは思うが。

 

「森の中を少し見てきますって言った後帰ってこないの!」

 

「……ちっ」

 

 ゴーレムにつぶされてしまったかと危惧していたが、違ったようだ。フーケに捕縛、もしくは行動不能にされたのだろう。彼女もメイジだ。なんとか逃げ延びていてほしいが……。

 

「とりあえず、ここは俺に任せろ。マスターはこの子と一緒に離れて……」

 

「い、いやよ!」

 

「……おいおい。こんなところでわがままは……」

 

「つ、使い魔のあんたも、そのメイドも戦ってるのに、私だけ離れてるなんて……そんなの、私のプライドが許さないわ!」

 

 そういって、自動人形の腕の中から飛び出すマスター。手には杖を持っていて、目には不退転の決意。……仕方がない。

 

「よし、なら、マスター。共に戦おう」

 

・・・

 

 剣を持った侍女には森の中でロングビルの捜索を頼み、俺はマスターと共にゴーレムを相手取ることにした。巨大な敵との戦いは久しぶりだが……まぁ、なんとかなるだろう。

 

「さて、マスターが使えるのは命中率の低い爆発魔法だったな」

 

「あんただってメイド出すのと武器取り出すのしかできないじゃない。あんたが戦ってるところなんて見たことないし。……まぁ、王様だから仕方ないか」

 

 はん。この鎧を見てもまだそう言えるか。これは色んな加護やら概念が付与された素晴らしい鎧なんだぞ。

 

「マスターにはゴーレムと戦う俺の記憶を見せたはずだけど?」

 

「あの変な攻撃? なんかよくわかんないうちに攻撃してたけど……」

 

 あー、そっかー。俺の主観の記憶だから、展開された宝物庫とか見れなかったんだなー。なら仕方ない。

 

「じゃあ、俺の隣で俺の力を見るといい」

 

 そういって、俺の背後の空間に波紋が生まれる。その数は五十以上。聖剣、魔剣、聖槍、魔槍……ありとあらゆる武器がその切っ先をゴーレムに向けており、今か今かと主人の号令を待っているようだ。拳を振り上げてくるゴーレムの、まさに迫ってくるその拳に、発射を命じる。

 ――その瞬間、爆音とともにゴーレムの肩腕が爆ぜる。何の比喩でも誇張でもなく、宝具の内包する魔力が爆発したのだ。壊れた端から回復していくのだが、それでも腕一本となるとかなりの時間がかかるようだ。

 

「……こんな感じだ。自分で戦うのは不得意でね。宝物庫の中のものだよりなんだよ」

 

「――」

 

 唖然としているマスターが、油の切れたブリキ人形のようなカクカクした動きでこちらに視線を向ける。

 

「な、なんでも入ってるって聞いたし自由に取り出せるって聞いたけど! 発射できるとは聞いてない!」

 

「あっはっは! これが君のサーヴァントだぞー。諦めろー」

 

 話している間にゴーレムから残った腕での横薙ぎの一撃が迫ってくるが、それも発射の向きを変えた宝具群で消し飛ばす。

 

「さ、マスター。好きなところを攻撃するといい。そこを全力で薙ぎ払おう」

 

「……私の覚悟って……私の決意って……」

 

「どうした? 何を落ち込んでるんだ? おーい?」

 

 うつむいてしまったマスターから事情を聴こうとしている間にも、ゴーレムは足を金属製の何かに錬金した上でこちらを踏みつぶそうとしてくる。が、巨大な剣をつっかえ棒として使い、攻撃を防ぐ。これで足を消し飛ばした場合、ゴーレムが倒れる恐れがあるため、今は立っていてもらわなければ困るのだ。……そう、うちの子が、フーケを見つけるまでは。

 

「む、これは」

 

 上空の盾侍女から念話だ。……『ロングビルを発見。彼女がフーケ。剣が今追い立ててる』……だって? ……なんと。彼女がフーケだったのか。というか、剣侍女はどうやって気づいたんだろう。その辺謎である。……まぁ、追い立てるというならそれをマスターに相談しよう。

 今までの経緯を話してみると、マスターはうつむいていた顔を上げる。

 

「本当に? 本当にミス・ロングビルが?」

 

「ああ。その証拠に、もうゴーレムが動いていないだろ?」

 

 ゴーレムは術者が操らなければ動かなくなるというのはギーシュとの戦いですでに見ている。すでにロングビル……フーケは、剣侍女からの追撃から逃れるのに夢中でこちらに意識を向ける余裕がないのだろう。

 一応マスターを連れてゴーレムの足の下から抜けると、ちょうどそのタイミングでフーケが木々の中から飛び出してきた。それを追いかけるように剣侍女も飛び出してきて、こちらに念話を送ってくる。

 

「フーケ。君は包囲されている。お縄についたほうがいいと思うぞ」

 

「っ!? ちっ、誘導されたってわけかい!」

 

 杖を持ったまま、じりじりとこちらから間合いを取ろうとするフーケ。自身が作成した巨大ゴーレムを背に、視線だけで隙を伺っているようだ。

 

「あ、あと『聖なる杯』も持ってるなら渡してもらいたいな」

 

「はんっ。そうおめおめと渡せるかってんだ!」

 

 うーん、しまったなぁ。いつもの『眼』なら聖杯ほどの魔力量のある物、すぐにわかるんだけど……どこかに隠されてるのか、それともここにはないのか……準備途中で来たせいで、スキルが十分に準備できてないのだ。神様のほうでも何かあったのか、俺を呼び出すこともできないみたいだし……。

 そんな風に考え事をしてしまったからだろうか。フーケに、反撃の機会を与えてしまったのは。

 

・・・

 

 盗賊フーケは、盗みの目撃者を消そうと一計を案じた。それは、自らがフーケの偽の目撃情報を流し、あの金髪の使い魔をおびき出して、得意の巨大ゴーレムでつぶしてやろうというものだ。長く働いていれば学院長が学院だけで解決しようというのは目に見えていたし、その時に教師たちが消極的になるであろうことは、ある程度勤務していればわかることだった。

 そこで誰もいなければ自分が立候補し、フーケと戦ったから、という理由であの金髪の男をともに連れ出して、あの小屋に誘導、あとは押しつぶすだけの簡単な作業になるはずだった。

 ……もちろんあの『マジックアイテムを飛ばす』という不可思議な能力を警戒しなかったわけではなかったが、不意を突いて見えない小屋の外側からなら気づいた時には能力を使う前に死ぬだろうと考えていたのだ。

 教師で来る可能性があるのはコルベールかギトーくらいだと思っていたが、その両名がいてもゴーレムにとっさに反応できるわけではない。完璧な計画……のはずだった。

 生徒である三名はともかく、あの使い魔があれほどやるとは思わなかったのだ。何だあのマジックアイテムの数は。なんとかつぶそうと色々やってみたが、ゴーレムの両腕を吹き飛ばされて終わった。あまりにもぶっ飛ばされすぎて、再生するまで時間がかかってしまうほどだった。再生力に長けた土のゴーレムですらこれなのだ。

 そして、どうしようかと迷っていたその時、背中に悪寒が走る。勘に従って身を伏せると、頭上で風切り音。剣を振られたのだ、と気づいたのは、目の前の木が切断され、倒れてからだった。

 

「こっ、いつは……! あのメイドっ!?」

 

 決闘の時素手で二メートルほどとはいえゴーレムをぶっ飛ばし、魔法にすら対応したあのメイドが、剣を持ってそこに立っていた。

 ……それからは、必死に剣を避け、森の中を駆けずり回った。そして、気づけばあの使い魔の前に飛び出していた。……そこで、ああ、誘導されたのだ、と気づいた。

 捕まれば、様々な貴族から盗みを働いていたので、極刑は免れないだろう。『聖なる杯』は背後、ゴーレムの中に隠していた。……『大量の魔力を内包している』といううたい文句通り、ゴーレムを作った時の消費は驚くほど少なく、今もこうして再生するためのエネルギーを供給してくれている。

 ――囲まれている今、どうにかして逃げないと、と思った。あの子と、あの子が拾った子たちは、今送っている仕送りなしではろくに生きていけないだろう。だから、ここでつかまって、死ぬわけにはいかない。

 なんでもいい。この状況をひっくり返して、無事に逃げられるような手は……。

 

「なんでもいい……なんでも……!」

 

 そんな言葉に反応したのか、背後のゴーレムが急に再生を止めた。そして、だんだんと小さくなっていく。

 驚いているのは自分だけではないらしく、目前の使い魔やその主人も表情を変える。

 

「……マスター、下がれ。『眼』のない俺でもわかる。この感覚は……この反応は……」

 

 大きさにして二メートルを少し超えたあたりで縮小は収まり、次にゴーレムがひび割れていき、その隙間から光が漏れる。ゴーレムがすべて崩れ落ちたとき。目の前の使い魔がぽつりとつぶやいた。

 

「……サーヴァントだ」

 

「圧制者に死を! 熱烈なる死の抱擁を!」

 

 その叫び声は、静かな森に響き渡った。

 

・・・

 

「剣のっ! マスターを抱えて逃げろっ!」

 

 バックステップしながらのその声に、剣侍女は即座に反応してくれた。マスターを抱え、俺とは違う方向へステップ。盾侍女に念話を飛ばそうとした瞬間、灰色の弾丸が突っ込んでくる。

 

「アッセイ!」

 

「それ掛け声なのかよっ! ちぃっ!」

 

 流石はバーサーカー! ステータス上昇は伊達じゃないな! しかし、なんの英霊だ? 女の子とかの英霊にはおかげさまで詳しいが、こんなセイバー……いや、話は通じそうにないからバーサーカーか? ともかく、この英霊がだれかは『真名看破』を持たない俺にはわからない。ああ、つくづく『眼』を忘れたのが悔やまれる。

 

「圧制者? 反乱とかその辺の英霊か?」

 

 宝物庫からのステータス補助と折れなさそうな『概念』の剣を抜き、一撃を受け流すようにそらす。……パワーは完全に負け越している気がする。一撃を逸らしたからか隙だらけのその背中に、いくつかの宝具を飛ばす。急だったので、五本ほどだ。それ以上撃っても、きっとこいつならよけるだろうと予感がした。

 宝剣や魔剣が彼の体にいくつか刺さる。だが、そんなものなんでもないといわんばかりに振り向いた彼の顔は笑顔だった。……攻撃をくらう前より、笑顔が深い気がする。

 

「この痛みが私の勝利を導いてくれる。そう考えると、愛が溢れてくるな!」

 

「なんだこのバーサーカー! 壱与と同じタイプなのか!?」

 

 あまりの一言に、続けて振るわれた一撃への注意が遅れた。慌てて宝物庫から武器を組み合わせて防ぐ。が、その一撃は組み合わせた宝具を散らせ、切っ先が俺の髪の毛を数本カットしていく。……速い!? 先ほどよりもステータスが上がっている!?

 

「私に苦痛と試練を与える圧制者よ! もっとだ! まだいけるだろう!?」

 

「なんっで! お前に煽られなきゃいけないんですかねぇ!?」

 

 風切り音を立てて何度も振るわれる剣を、屈み、上体を反らし、時には剣を合わせて回避する。ったくもう! 俺の戦闘スタイルは近接じゃないっての! しかし、この猛攻は凄まじいな。俺を狙って離れない。増援を召喚しようにもその隙すら無い。何度か宝具を打ち込んでいるのだが、そのたびに、ニィ、と奴は笑みを深くする。

 戦っている最中に気づいたのが、あいつの自己再生機能である。傷は負うものの回復し、そのたびにステータスが上がっているようでもある。

 ――ジリ貧になりそうだ。そう思ったとき、奴が爆発した。

 

「ギルっ! そいつ、『攻撃されたら強くなってる』わ!」

 

「マスター!? 助かった!」

 

 マスターの手助けによって隙が出来たので、一度距離をとって観察してみる。

 爆発によって黒焦げた男は、また笑みを深めている。……それでも、視線は俺から離れない。マスターから攻撃を受けてもそちらに注意を向けない……。俺に因縁のある英霊? ……いや、少なくともあんなのはいなかった。

 だが、これで距離を稼げたし、マスターは……おおう、あっちもあっちで凄いな。剣侍女が、マスターを抱えながらフーケを逃がさないように動き回っている。……よくあれであいつに爆発を当てられたものである。火事場の馬鹿力という奴だろうか。おそらく、剣侍女が止まってあげたんだろうけど。その辺の気遣いはうまい子なのだ。

 しかし、ステータスの上昇が目に見える形で表れているな。もともと筋骨隆々の大男だったが、今では一回りほど大きくなっているように見える。おそらくこちらの攻撃をくらうことをトリガーに、自身の魔力、もしくはステータスを上昇させているのだろう。

 ……手に持つのは両刃の剣。そして、身体には鎧……鎧か? あれ。拘束具とかいうもんじゃないだろうか。……奴隷? 奴隷で反逆者で、剣士……?

 

「うおっ!」

 

 考え事をしている隙を突かれて横薙ぎの剣をまともに受けてしまった。態勢を崩すが、側転に近い動きでなんとか向き直る。やはり、ステータスが上がっている。今まで得た情報で、はっとひらめく。……そうか、奴隷で剣士で反逆者! 剣闘士、スパルタクスか! 

 ローマに反逆した、剣闘士! それならばあの性格も理解できるし、スキルか宝具かわからないが、あの能力もわかる。『窮地に陥っても、逆転によって勝利する』逸話の再現だろう。この反則ぶりから考えるに、おそらくは宝具だろうな。『ダメージ量に応じて魔力を生成し、その魔力によってステータス値を上昇させる』とかそんなものだろう。……なら、霊格を破壊する。頭、もしくは心臓だ。手に持つ宝具を剣から槍に変更する。線ではなく点での攻撃に変えていくためだ。

 

「せっ、はっ! りゃっ!」

 

 フェイントの一撃、武器を狙った二撃、本命の三劇! 無明三段突きとまではいかないが、ステータス値を瞬間的に上げ、ほぼタイムラグなしで放つ。今の俺に放てる、最高の攻撃だった。……だが、伝説の剣闘士はそれに驚くべき対応を見せる。

 一撃目を無視し、二撃目を武器ではなくその武器を持つ手に突き刺させる。それによって狂ったリズムになってしまった三撃目を心臓の下、腹部で受ける。その筋肉量によって、槍が突き刺さったまま抜けなくなってしまった。

 ぐ、と引っ張るも、奴は筋力と耐久にものを言わせて、刺さった槍を固定し続ける。なんて執着、なんて執念。これが狂戦士。英霊にまで至った、剣闘士の力……!

 俺が驚愕しているのと同時に、相手……スパルタクスも笑みを深めて口元をゆがめた。うれしいのだろう。なんていったって、傷つき、窮地に陥り、不利になるほど、自分の勝利が近づいているのだから。俺の勝利する条件は少ない。一撃で霊格を破壊する正確無比な一撃を放つか……それとも、霊格をも巻き込んで消滅させられるような『強大な一撃』を放つか。その二つである。最初の一つは俺の技量的になかなか難しいし、二つ目の手段に心当たりはあるものの、その手段は今の攻防の間で使えるものではない。俺の宝具はどれもこれも近接戦闘には向かないのだ。為が必要だったり、そもそも離れたところから使うものだったり……。

 

「ぬうぅ! これぞまさに槍衾! 圧制者よ! この痛みは、今までで一番の愛に溢れていた! 苦痛で返そう!」

 

「ちっ、しま……!」

 

 槍を放った直後、固定されてしまった槍を手放したものの、生まれてしまった隙。それによって硬直してしまった数秒。スパルタクスはその一瞬を逃さず、体内の魔力を爆発的に高めた。まずい、真名開放が来る――! どんな攻撃かはわからないものの、距離を離さなければまずいだろう。

 

「『疵獣の(クライング)……」

 

 慌ててバックステップしながら、両手をクロスして頭と心臓部だけは守る。あとは鎧の耐久力次第だが……!

 

咆吼(ウォーモンガー)』!」

 

 スパークした魔力の奔流が、前にとびかかりながら切りかかってくるスパルタクスの一撃と共に俺へ向かってくる。純粋な魔力が、放出されるに当たって抵抗を受け、電気という形でスパークしているのだ。相当な魔力が内包されていると考えていい。……ち、左腕を捨てるか……?

 当たる、と確信した俺の判断は、今時点での左腕の放棄だった。あとで鋼の看護師が霧の殺人鬼を召喚し、腕が残っていれば治療ができる。

 ――しかし、目の前まで迫った剣の一撃は、爆発によって逸れるのだった。

 

「はっ、はっ、はっ……わ、私の使い魔に、何するのよっ!」

 

 そこには、呼吸を乱しつつも自分の足でしっかりと立つマスターの姿があった。……フーケは剣侍女が捕らえたらしい。まぁ、剣侍女の実力なら当然か。最初彼女を泳がせて俺の前まで誘導してもらったのは、フーケの正体がわからなかったから正体を知りたかっただけだし、ロングビル=フーケの式がわかった以上、今彼女をこれ以上泳がせる意味もないしな。

 しかし、そこからあの高速の一撃を見極め、俺とスパルタクスの間を正確に爆破するとは……素晴らしい集中力だ。

 爆発で逸れた宝具の一撃は、俺の鎧を一部焦がして地面に突き刺さった。その瞬間を逃すはずもなく、俺はスパルタクスを蹴り、相手の態勢を崩すと同時にその反動で跳んで距離を取った。さすがのバーサーカーといえど、宝具を撃った後の隙をついて蹴られては体制を崩さずにはいられなかったようだ。転がって姿勢を取ろうとしている者の、俺のほうが次の行動は早かった。

 

「もう一度言わせてもらうよ。マスター、助かった」

 

 がちゃり、と扉を開くイメージ。宝物庫の最奥。そこにある剣が目の前に降りてくる。

 ――『乖離剣・エア』。

 天と地を裂き、『世界を切り裂く』剣である。俺の『強大な一撃』を実現するための宝具。

 立ち上がり、こちらに駆け出そうとするスパルタクス。だが、その足は打ち付けられた宝具によって縫い付けられていた。……天の鎖で縛る予定だったが、何故か出せなかったので変更したのだ。

 その隙に、宝物庫からの攻撃でさらに足をつぶし、膝をついたスパルタクスに宝具で射撃する。腕が動くため刺さった宝具を抜かれ、放ったものもはじかれてしまったが、それでも両足と片腕はつぶした。あとは、自己再生される前に……。

 

「マスターの勇気と誇りに応じて、俺も一つ、開帳しよう。本来の威力ではないが、それでも空間断裂だ」

 

 『乖離剣』を握り、魔力を流す。三つに分かれた黒き筒状の刀身が回転し、刀身に刻まれた紫色の文様が浮き上がり、風が巻き付くように刀身に纏わりつく。その回転に合わせて、空気が巻き込まれ、圧縮され、空間が悲鳴を上げる。

 暴風が森の中を駆け抜け、マスターやフーケが飛ばされぬように剣侍女が二人を押さえてくれている。

 

「スパルタクス。反逆の男よ。君はきっと、彼女に呼ばれて応えただけなのだろう。そこに『王』がいるから、君が選ばれたのだろう」

 

 スパルタクスが呼ばれたのは、フーケにとって『近しい性質を持っていた』からだ。貴族というスパルタクスから見ての『圧制者』から盗み、『反逆』するかのようなフーケの性質に、スパルタクスは縁を感じて召喚されたのだろう。

 そして、再生するゴーレムというものを器に。『聖なる杯』を依代に、スパルタクスは召喚を果たしたのだろう。ただひたすら、『圧制者に反逆するフーケを助けるために』。

 

「だけど、君の反逆を認めるわけにはいかない。……気づいていただろう? 君のその反逆は、それを恐れたさらなる反逆によって、途切れさせられることを。……さぁ、最後だ」

 

「ぐぅ! 恐れよ、圧制者よ。反逆の愛に、いつしか抱きとめられることを。その時にこそ、この苦痛と試練が圧制者に訪れることを!」

 

 治りかけの脚で、最低限走れるというレベルでしかない足で、しかしスパルタクスはあきらめずにこちらへ駆けてくる。その目は爛々と輝いており、その顔は笑顔に彩られていた。しかし、口からは最後の言葉のようなセリフが。スパルタクスも、狂気の底で気づいたのだろう。『間に合わない』ということを。だから、俺もしっかりと答えてやる。『英霊王』としての責務みたいなものだ。

 

「……ああ、覚えておくよ。『天地乖離す(エヌマ)

 

 弓を引き絞るように、上体をひねり、右腕を後ろに引く。唱えるは乖離剣、その真名。タメが少ないため理としては弱いが、それでも空間を断裂するほどの威力だ。

 

「――開闢の星(エリシュ)』」

 

 静かに、つぶやくように真名を開放する。突き出された右腕は、その手に握る乖離剣の力を誘導し、開放する。圧縮し、鬩ぎ合う空気の断層が、疑似的な時空断層となって動けないスパルタクスに直進していく。

 同レベルの一撃……星の聖剣レベルの一撃を出せないスパルタクスには、その一撃を防ぐ手立てはなく……。

 

「ああ、ほら、苦難と試練は続いていく。私の筋肉も笑っているよ――」

 

 その破壊の一撃によって、霊格ごと消し飛んだのだった。

 

・・・




クラス:バーサーカー

真名:スパルタクス 性別:男 属性:中立・狂

クラススキル

狂化:EX
パラメーターをアップさせるが、理性のほぼすべてを奪われる。
スパルタクスは『常に最も困難な選択をする』という思考で固定されているため、会話こそできるものの、意思疎通は不可能である。


保有スキル

被虐の誉れ:B++
サーヴァントとしてのスパルタクスの肉体を魔術的な手法で治療する場合、それに要する魔力の消費量は通常の四分の一で済む。
また、魔術の行使がなくとも一定時間経過するごとに傷は自動的に治癒されていく。器となったものが再生力に長けた土のゴーレムであったため、ランクが変化している。

不屈の意思:A
あらゆる苦痛、絶望、状況にも絶対に屈しないという極めて強固な意志。
肉体的、精神的なダメージに体制を持つ。ただし、幻影のように他者を誘導させるような攻撃には耐性を持たない。

能力値

 筋力:A+ 魔力:E 耐久:EX 幸運:C 敏捷:D 宝具:C+


宝具

疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)


ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:自身

常時発動型の宝具。敵から負わされたダメージの一部を魔力に変換し、体内に蓄積。その魔力は、スパルタクスの能力をブーストするために使用可能である。
強力なサーヴァントと相対すれば、肉体そのものに至るまで変貌していくだろう。
特に真名開放などはないが、高まった魔力を放ちながらの突撃の際、スパルタクスは真名を叫びながら突進していく。彼なりの気合の入れ方なのだろう。ちなみに、その際は放たれた魔力がスパークして周りにも被害をもたらすため、注意が必要である。

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