ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「……ねえ、なにこれ」「ん? ああ、それは実験で作った『くるくるパーマ君』だな。それを頭にくっつけると、勝手にくるくるの華麗なパーマを作ってくれるんだ」「へ、へー。……これは?」「おお、懐かしいなぁ。『雰囲気作る君』だよ。暗いとぼんやり光っていい雰囲気を出してくれるんだ。その代わり周りが明るいと目がつぶれるくらい明るくなってさー。いやー、参った参った」「……あんた、生前こんな微妙なものばかり作ってたの?」「ま、失敗は成功のなんとやらというじゃないか。これがあるから、のちの成功品につながるんだよ」「ふぅん? ……あ、すごい! これほんとにくるくるになる!」


それでは、どうぞ。


第六話 ろくでもないけど、大切なこと

 あのお茶会のあと。マスターの元へと戻り、いつものように本を読む。図書館から借りてきたもので、『初歩の魔法について』という本だ。こちらの魔法使いは杖がなければ力を行使できない、など、基本的な事項が何もわからないものにもわかりやすく解説されている。

 マスターは自動人形の一人にお世話されている途中だ。髪を梳いてもらったり、寝間着に着替えたりと、順調に寝る準備を進めている。

 そんな中で、マスターは棚に並べられているあるものを取り出す。黄金のゴブレットだ。

 

「……なにこれ」

 

「ん? ……ああ、なかなかいいものだろう? そのゴブレットは特別製でな。聖杯問答っていう王様同士の討論会で使われる予定と噂のものだ」

 

「なにそのあいまいな逸品。予定の噂って結局何にも確定してないじゃない」

 

 そういって、手に持って眺めていたゴブレットを棚に戻すマスター。んー、一応予定だと本当に使われるんだけどねー。この棚にもいろいろ増えたものだ。珍しいものでひょっとこのお面なんてものもある。懐かしいものだ。自動人形が毎日整頓してくれるので、こんなものもきれいに見えるようにセッティングしてくれる。

 マスターの部屋がだんだんと変化してきているのを感じていると、ごそごそとマスターは布団の中に入る。

 

「……ねえギル?」

 

「どうした、マスター」

 

「なんか天板がキラキラしてるんだけど……」

 

 ベッドに仰向けに寝ているマスターが、困惑気味にそう聞いてくる。……ベッド? ……ああ、そういえば俺の謎体質で家具がいつの間にかグレードアップするってのがあったな。それかもしれない。

 それをマスターに伝えると、ひきつった笑みを浮かべる。

 

「あんた、そんな変なスキルもあるの?」

 

「いや、これは体質みたいなもんでな。スキルとして表面化してるわけじゃないんだ」

 

 だから、止めるすべもない。……まぁ、損をするようなことはないし、いいんじゃないかな?

 

「……気になるわねぇ、この夜空みたいなキラキラ……安眠できるかしら……」

 

 不安そうにつぶやくマスターだったが、だんだんと目がうとうとしてきた。そして、少しすると穏やかな寝息が聞こえてきた。……どんなにど派手にバージョンアップしても、ベッドとしての機能は阻害しないからすごいんだよなぁ、この体質。マスターが寝てからその天板を確認してみると、確かにプラネタリウムのようになっていた。……あ、いて座。

 

「……ん? ああ、わかってるって。キリのいいところまで読んだら編み始めるから」

 

 俺に向かって延々毛糸玉をブン投げてくる自動人形にそう返す。……おい、これ『清らかで尊き糸玉(アリアドネ)』じゃないか。なに宝具取り出してるんだこの子。っていうか宝具をぞんざいに扱うんじゃありません。あれ、そういえばこの子たちナチュラルに俺の宝物庫の宝具使ってるよね? 自由過ぎない? ……まったく。仕方ないから許してあげるとしよう。

 

「……よっと。ちょっと出かけてくるよ。すぐに戻るかどうかは……相手次第だな」

 

 そういって、窓に手をかける。自動人形は俺に向かって一礼し、念話で応援を送ってくれる。

 ……さて、あんまり気配に敏感じゃない俺でも、こんな時間帯に脈動する大量の魔力にはさすがに気づく。位置は……あっちか。

 このくらいのものなら、援軍はいらないか。まぁ、この聖骸布の効果もあるし、念のために召喚するって手もあるけど……。

 

「とりあえず、現場を見てからだな」

 

 さーて、どんなことになってるのかなー。

 

・・・

 

 時間はさかのぼり、ギルがキュルケとお茶会をしているころ。宝物庫の扉の前にひっそりと立つ人影。

 ……現在、貴族たちを震え上がらせている盗賊として、『土くれ』のフーケという盗賊がいる。どんなに警備をしていても盗み出し、現場にメッセージを残していくという大胆な手口。いまだに手がかり一つ掴まれていないこの盗賊を恐れて、今貴族たちは配下の平民たちにまで武器を持たせている始末。

 そのフーケが今目をつけているのは、どんな貴族たちの屋敷よりも強固な宝物庫があるという魔法学園であった。

 

「……しっかし。いつもながら強固な『固定化』だねぇ」

 

 その盗賊フーケは、固く閉じられた宝物庫の扉の前で腰に手を当ててため息をついていた。この学院に潜入し、学院長の秘書になってから数か月。何度かここを下見に来たし、色々と手段を講じてみたが、この扉も閂も鍵もすべて強力な魔法がかかっており、開けるのは学院長にしかできない。そのためのカギを盗むのは……ここの扉を破壊するより難しいだろう。

 ……そろそろ最終手段を使うときだろうか。最初から考えていたのだ。奥の手である巨大ゴーレムでの扉、もしくは壁の破壊。……調べた限りでは庭のほうからゴーレムで殴ればもしくは、といったレベルだ。そんな目立つ手は二度も使えるはずもないので、一か八かの賭けになるが……外からどこを攻撃するか観察しよう、と扉の前を後にする。

 

「さぁて、どこからいこうかねぇ」

 

 庭に出て歩いては見るが、どうもどこの壁も強固な『固定化』がかかっているように思える。

 

「……まったく、こりゃどう攻略しようか……ん?」

 

 歩きながら壁を見上げていると、人の気配。すぐに物陰に隠れ、気配を確認しようとする。

 

「しんっじらんないわ! あの金ぴかっ。あれだけツェルプストーには近づくなって言ってるのに!」

 

 癇癪をおこしながらやってきたのは、桃色の髪を持つ少女、ヴァリエールだった。何度か見たことのある顔で、魔法の実技以外は優秀と聞いている。

 今回の使い魔召喚でも、人間を召喚するという珍妙な結果を残している、不思議な少女だった。

 

「……ん?」

 

 なにやら彼女は、その辺を歩き回って小石を拾い始めた。……なにをしているのだろうか、と思いながら観察していると、その石を並べて杖を取り出したではないか。

 そのあたりで、フーケは彼女の二つ名と、その由来を思い出した。そう、確か魔法が成功せず……。

 

「『錬金』っ」

 

「っ!?」

 

 魔法が爆発してしまうから、魔法成功率『ゼロ』のルイズ。確かそう呼ばれていたはずだ。だが、あれは使えるかもしれない。『固定化』のかかったこの壁は、物理的な衝撃に弱いという話だった。……当然、炎やらの魔法よりは、という意味で、生半可な衝撃ではびくともしないだろうが。

 その点、あの爆発はかなり有用なように思える。なんといったって爆発だ。ゴーレムの一撃よりももしかしたら上かもしれない。あれを使わない手はない。

 ……問題は、それをどうあの壁に使わせるか、だ。学院長の秘書として、土のトライアングルのメイジとして彼女に『錬金』を教えるという体で近づくことは容易だ。……だが、そのあとどうあの『宝物庫の壁に失敗魔法を使わせるか』が難しい。

 

「うぅ……」

 

 なにやら煤けてきたヴァリエールは、いまだに練習を続けるらしく、再び小石を拾い始める。

 

「これは、使えるかもね」

 

 今まで観察して、気づいたことがある。この爆発魔法、あんまり命中率は良くないようだ。爆発に巻き込まれないよう離れよう、としたヴァリエールが小石ではなく地面を爆破していたところを見たのでおそらく間違いはない。

 ……ならば、それを使えば……。

 フーケはどうせ逃げることになるんだし、とこの少女を使うことを決意して、隠れていた物陰から出ていく。

 

「ミス・ヴァリエール?」

 

「ふぇ? あ、ミス・ロングビル!」

 

 自分の声に振り返ったヴァリエールが、ぱっぱっと自身の服を手で払って、こちらを向く。

 

「どうしてこんなところに?」

 

「それはこちらのセリフですよ、ミス・ヴァリエール。私は学院の見回り中だったのですが……魔法の音が聞こえたので」

 

「あ……え、えっと、申し訳ありません」

 

「いいえ。魔法の練習をしていたのでしょう? 謝ることではありませんよ」

 

 優しい『ミス・ロングビル』の仮面をかぶってヴァリエールに話しかける。

 

「それで、その足元にある小石を見るに……『錬金』の練習でしょうか?」

 

「はい……何度か挑戦してみたのですが……」

 

 それなら、とアドバイスを送る。……それは、『少し高いところにつるして魔法をかける』というものだった。少し苦しいかと思ったが、「あえて遠く、魔法をかけづらいところに置くことで、集中力を高める」とそれっぽいことを言えば、ヴァリエールは信じたようだ。こういう時、土のトライアングルという肩書は使える。

 自分が小石に魔法をかけ、少し高くにあげてやり、それに爆発魔法をかける。何度か成功してしまい小石も爆発したが、何発かは壁に当たり、その中でも宝物庫の壁に当たったのも何発かあった。作戦は成功といっていい。

 壁を爆破してしまって青い顔をしているヴァリエールには、「あの程度なら宝物庫の固定化はびくともしない」ということと、「このことは二人だけの内緒」ということで黙らせておいた。今日の夜にでも襲撃する必要があるだろう。もしかしたらこの壁の破損を知っている人物ということで、自分=フーケの図式ができるかもしれないが、その時はその時。逃げるだけだ。いつものことである。

 そんなリスクを負ってでも、この宝物この中にあるという『聖なる杯』というマジックアイテムは手に入れる価値がある。なんでも、『持ち主の願いをかなえる』だとか、『無限の魔力を持ち主に与える』だとか、様々な効果が謳われている、本当かはわからないが、この学院長があそこまでの力を手に入れられたのも、この『聖なる杯』の力のおかげだとか言われている。……かなりの眉唾な話ではあるが、かのオールド・オスマンが学院長という肩書きにふさわしい力を持ち、この魔法学院を治めていることは確かである。

 さらに、それが王城の宝物庫より堅牢といわれているこの学院の宝物庫にあるというのも怪しい。ここにある、というだけで『価値がある』という意味になる。それならば、盗み、正体のバレるリスクを背負うには十分だ。……故郷の妹が妙な人間を拾ってきたため、食い扶持が増えて急に金が必要になった、というのも今焦っている原因だろう。

 ゆえに、今ここで強引にでも壁を壊せるようにしておかなければならない。……これなら、今日の夜にでも破壊は可能だろう。

 

「その、ミス・ロングビル。このことは後日、お礼しにいきます……」

 

 妙にかしこまったルイズにロングビルことフーケは微笑みかける。大丈夫ですよ、と。安心させるように。

 ――決行は今夜。皆が寝静まった深夜に。

 

・・・

 

 宝物庫の壁の前に作成したゴーレムの肩に乗り、壁を破壊し始める。今日の当直はシュヴルーズだったはず。彼女に限らず、当直は基本「問題は起こらないだろう」と思い込んで寝ていたりサボっていたりすることが多い。そのため、気づかれるのは一番早くても明日の朝……当直の朝の見回りの時だろう。その時になれば逃げきるか、ごまかすためのアリバイ作りのどちらかはできているはずだ。そう思いながらゴーレムに命じて壁を破壊していると、拳が壁を突き抜けた。

 

「よっし、そのまま止まってな」

 

 そういってゴーレムの腕を伝って、宝物庫の中へ侵入する。中は暗く、様々なものがおいてあったが、一つだけ、大切そうに保管してあるものがあった。黄金でできた杯で、見ているだけで魅入られるような異質な空気の物体。直感で『聖なる杯』だと気づいた。ガラスのケースを割り、杯を持っていた布に包んで取り出す。あとは、逃げ切るだけだ。

 

「っ!?」

 

 振り返ってゴーレムの肩に戻ろうとした瞬間、そのゴーレムの腕が爆ぜた。まさかヴァリエールが、とも思ったが、爆発音は聞こえなかったし爆発は見えなかった。……何かに、『超高速で貫かれた』ようにゴーレムの腕に穴が開いており、その穴の数が増えていって、ついに耐え切れずにゴーレムの腕が落ちた。

 ……だが、このゴーレムはその程度では揺るがない。すぐに足元の土を吸い上げて、腕を再生させる。その間に宝物庫の壁にいつも通りメッセージを残して、再生した腕を伝って再び肩に戻る。

 そのまま、下をのぞき込んで誰がやったのかを見やる。……そこには、一人の男がいた。

 『男』だと分かったのは、あの決闘騒動で一躍学院の注目の的になった、『ゼロの使い魔』だったからだ。……だが、あの姿は何だろうか。

 美しい金髪は烈火のように逆立ち、身を包むのは上等な黒い革の服ではなく、黄金の鎧に朱色のマント。こちらを見上げるその背後には、空間に浮かぶ波紋。……そうだ、確かあそこからとんでもない戦闘力のメイドを生み出すのだったか。……いや、そのメイドだとしても、そのメイドが何か投げてこうなったのだとしても、今その姿が見えないのはおかしい。

 とにかく、一人ならば都合がいい。目撃者は処分して、逃げるとしよう。強力なメイドを生み出せるのだとしても、この質量で踏みつければ逃げる間もなく下敷きになるだろう。そうだ、あいつ自身は戦っていないんだし、もしかしたら戦闘力は低いのかもしれない。そう判断して、ゴーレムを一歩、使い魔の男のほうへと踏み出させる。

 

「じゃあな」

 

 その瞬間、今まで盗賊としてやってきた自分の勘が、警鐘を鳴らした。勘に従ってその場で伏せると、甲高い音を立てて何かが通り過ぎていく。

 風切り音。『何かが飛んできていた』のだ。

 その正体には、すぐに思い至った。あいつの背後の波紋。あそこから、数十の剣やら槍やらが顔をのぞかせていた。……しかもあれはただの剣や槍じゃない。魔法の力のある武器だ。

 あいつは、あんなふうにマジックアイテムを射出してきていたのだ。なんてもったいない。

 

「うわっとぉ。……こいつぁ、ちょっとまずいかもねぇ」

 

 ゴーレムを揺るがすような一撃が、いくつも飛んでくる。こんな状況では離脱もできないし、反撃しようとしてもゴーレムの拳が届く前に削られてしまい、相手まで届かない。ならば相手が飛ばしてくるマジックアイテムが切れるまで耐えればいいとも思うが、どうもなくなる気配がない。無限なのだろうか。……いや、そんなものはあり得ない。

 しかし、不思議なのはあの使い魔の男だ。ここまでゴーレムを足止めできるのであれば、さっさとこちらを狙ってきてもいいものだが……何か、理由でもあるのだろうか。

 逃げるには、あいつを黙らせるか、そう、隙を作ればいい。腹を決めたら、行動は迅速に、だ。

 ゴーレムを少しずつ後退させていき、攻撃によって飛び散る土に紛れて学園の塔、相手から死角になる位置に飛び移る。ゴーレムとのつながりを切って、ゴーレムをただの土へと返す。土砂となって使い魔の男に降り注ぐ土を見て視界は塞いだと判断し、別の魔法を発動させる。『錬金』である。トライアングルである自分には土を真鍮に変えるくらいしかできないだろうが、この暗闇の中、真鍮と黄金の区別はぱっとはつかないだろう。

 

「よし、まぁ、いい出来じゃないかい?」

 

 そんな自問をして、真鍮でできた『聖なる杯』を手に持ち、本物をローブの中、背中に縛り付ける。……よし、準備完了だ。あとはもう、運だ。あの男が、この『偽物』にどれだけ目を奪われてくれるか……。

 そう考えながら、もう一度ゴーレムを作り出す。学院の壁を越えられればいいので、造りは適当だ。屋根を走り、再びゴーレムに飛び乗る。背後に目をやると、崩れた土砂の中でぽっかりとあの男の周りだけが開けていた。その目は、こちらを見ている……ような気がする。この距離で視線なんてわからない。だが、狙われていることだけはわかる。

 ゴーレムを後ろ向きに歩かせながら、射出されるマジックアイテムを防ぐ。もう少しで学院の壁だ。……よし、いまだっ!

 

「おら、返すよっと」

 

 全力で偽物をブン投げる。相手の男はそれを警戒したのか、一瞬マジックアイテムの射出が止まり、視線も偽物に向けられる。

 

「……はん、じゃーな」

 

 その隙をついて、全力で森へと逃げるのだった。

 

・・・

 

「……ふむ、やられたな」

 

 巨大なゴーレムとの戦いの間、見覚えのあるものに目を取られて、下手人を取りのがしてしまった。

 

「聖杯……の模造品? 真鍮でできてるな」

 

 あのゴーレムの肩に乗っていたメイジらしき人物から妙な魔力反応が見えたから殺さず捕らえることに気を使っていたが……むぅ、そういうのはまだ苦手だな。しかし、この造形の細かさ……聖杯を知っている人間の犯行か? むむむ、神様の言っていた『守ってほしい』というのはこのことなんだろうか。

 

「ん? ……マスターか。起きたのか」

 

 いや、まぁ、あれだけうるさかったのだ。その上マスターは俺とパスでつながっている。なにがあったかまではわからないだろうが、何かあったのはわかるのだろう。たぶんそばに置いてきた自動人形が俺の位置を教えたのだろう。

 

「ギルっ!」

 

「む、マスター。早かったな」

 

「……な、なに、これ」

 

「説明するとながくなるんだが……」

 

 そう前置きして、マスターにあったことを話す。巨大なゴーレムによって壁に穴をあけられたこと。そこは宝物庫につながる壁であり、何らかの宝物を持ち出されたこと。真鍮でできた杯を投げられたので、たぶんこれと同じ形のものを盗まれたであろうこと。

 たぶん、これは俺の目をそらすための『偽物』だ。持ち出した『本物』そっくりに作ったんだろう。これを宝物庫の責任者に見せれば、何が盗られたかわかるはずだ。

 

「あの壁……嘘……」

 

 そこまで説明して、マスターの顔が真っ青になっていることに気づいた。どうしたのだろうか。

 

「あ、あのね、えっと、実は……」

 

 マスターから聞いた話によると、昼間、魔法の練習中にあの壁を爆破してしまったらしい。それをあの盗賊はついたのではないか、ということであった。

 

「……まぁ、どっちみち明日になって詳しいことがわからなければどうにもならないだろ。とりあえず、先生を呼ぼうか」

 

「う、うん」

 

 ……それにしても、聖杯か。俺以外のサーヴァントがいたりして……なんてな。変なフラグを立てるのはやめておこう。

 

・・・

 

 翌朝。学院長室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。サボって寝ていたらしい当直を責める声。学院長に詰め寄る声。これからの対策を話し合う声など、教師たちの様々な声が学院長室で響いている。

 秘宝が盗まれたことはすでに学院中の教師が知るところとなり、巨大なゴーレム、深夜の大胆な犯行、そして残された犯行声明から、『土くれ』のフーケの犯行であると判断された。

 オールド・オスマンがやってきたときには、当日の当直であるシュヴルーズがつるし上げられていたところであった。

 

「これこれ、そこまで責めてやることはないじゃろうて」

 

 しかし、と食い下がる教師たちに、ならば、君たちは今までまともに当直についたことはあるのか、と問うと、途端に皆が目をそらした。……そんなものだ。

 

「これは我ら全員の責任じゃよ。……さて、目撃者は」

 

「私たちです、オールド・オスマン」

 

 そういって、ルイズは手を挙げた。昨夜、詳しい状況説明を求めたルイズにより、ギルは自身の見たゴーレムとの闘いの記憶を、ルイズと共有していた。マスターとのパスができるからこその力技であり、少し気分も悪くなったが、それでもどんなことがあったのか、遅れて現場に到着したルイズにはわからなかったため、仕方がないと割り切った。

 それに、いくら英霊といえども対外的には使い魔という扱いのギルでは、こういう時の発言は信じてもらえないかもしれない、と思ったルイズの思いやりだったりする。貴族である自分からなら、話も通しやすいだろう、ということだ。

 ルイズはたまにギルにフォローされつつも、何があったか、を説明した。

 

「ふぅむ……それで投げられたのが、この『偽物』というわけじゃな」

 

「はい、そうなります」

 

「……確かに、真鍮であるし、夜目には一瞬わからぬかもしれぬな。造形もそっくりじゃ」

 

 オスマンは手に持った真鍮製の『聖なる杯』を手でもてあそびながらつぶやく。

 

「……そういえばミス・ロングビルはどうしたかの? 朝から姿がみえなんだが」

 

「確かに。人をやって呼んできましょうか」

 

「ふむ。緊急時であるし、そうしようか。ええと、ミス・シュヴルーズ……」

 

 オスマンが一人の教師に呼びに行かせようとしたその時、学院長室の扉が開いてミス・ロングビルがやってきた。その手には、いくつかの紙らしきものが握られている。

 

「おお、ちょうど呼びに行こうと思っていたところじゃ、ミス・ロングビル」

 

 一礼したロングビルは、申し訳ありません、と謝罪をし、この場にいなかった理由を説明し始めた。

 

「朝早くより騒ぎを聞きつけ、壊れた宝物庫の壁や、フーケのサインからもしやと思って調査を開始していたのです」

 

「なるほどの。いつも通り、仕事が早い」

 

「そして、フーケの居場所を見つけてきました」

 

 ロングビルのその言葉に、部屋中から「おお!」と感嘆の声が漏れる。手に持つメモらしきものに目を走らせながら、ロングビルは口を開く。

 

「近所の農民に聞き込みをしていたところ、近くの森で廃屋に入っていく黒いローブの男を見た、との情報を得ました」

 

「黒いローブ……それはフーケです!」

 

 ルイズの指摘に、オスマンはうなずき、ロングビルに質問を飛ばす。

 

「それはここからは近いのかね」

 

「ええ。徒歩であれば半日。馬で四時間ほどでしょう」

 

 手に持っている紙にはある程度の地理も書いてあるのか、ロングビルはよどみなく質問に答えていく。

 

「よくぞ調べてくださいました! 学院長、すぐに王室へ報告を! 兵を差し向けてもらいましょう!」

 

 コルベールがここぞとばかりに快哉を叫ぶ。これほどまでに情報があるのなら、数で包囲すれば逃がすことはないだろう、という考えからだ。

 しかし、オスマンはそれを一喝する。

 

「あほう! そんなことしている間にフーケは逃げるじゃろう! 己の身に降りかかる火の粉も振り払えんでなにが貴族か! 何がメイジか! あれはこの魔法学院の宝! 我らで解決し、我らで取り返すしかあるまい!」

 

 コルベールを一喝した後、オスマンは部屋にいるすべての教師たちに向けて声を上げる。

 

「捜索隊を編成する! 我こそはと思うものは杖を上げよ!」

 

 オスマンのその言葉に、しかし部屋の教師たちはお互いに目を見合わせるだけであった。

 

「おらんのか? フーケを捕まえれば、名を上げられるぞ? 名を上げようとする貴族はおらんのか!」

 

 しんと静まり返る部屋の中で、一つの手が上がる。杖を持たない、ただの手だ。

 

「ぎ、ギルっ!?」

 

「俺が行くよ。俺ならゴーレムにも対応できる」

 

「しかしっ、あなたがいくら強力なメイドを持っていようと、相手はあのフーケなのですよ!?」

 

 シュヴルーズにそういわれるが、ギルは引かない。

 

「オールド・オスマン。俺ならば奪還は可能だろう。ギーシュとの決闘を見ていたのならわかるだろうが、こちらには強力な仲間がいる」

 

 その言葉に、むぅ、とオスマンはうなる。確かに、彼とその周りを守るメイドたちなら可能であろう。何より、ギルからは「彼に任せれば大丈夫」という確信を感じられる。最終的に、オスマンは自分の勘を信じることにした。深く頷いて、ギルに言葉を返す。

 

「そこまで言うのならば、使い魔ギルよ。おぬしに奪還の任、託すとしよう」

 

「了解した。さっそく出るとするよ」

 

 そういって、ギルが踵を返そうと半歩引いたとき。タクトのような杖が、掲げられた。

 ……それは、教師ではなかった。生徒であるルイズが、杖を顔の前に掲げていたのだ。

 

「ルイズ?」

 

「私も行きます。……使い魔だけに任せておくなんてこと、貴族としてできません!」

 

 信念の宿る瞳で、ルイズはオスマンにそう言い切った。ギルは意外そうな顔をして、あごに手を当てる。その後、オスマンに顔を向け、苦笑を一つ。「そちらに任せるよ」という視線だった。

 

「うぅむ。では、ミス・ヴァリエール。君にも……」

 

 任せよう。そういおうとした瞬間、学院長室の扉がバンと開いた。そこには、燃えるような赤髪と、凍えるような青髪の少女がいた。キュルケとタバサである。

 

「その話、私も参加させてもらいますわっ!」

 

「君たちっ! 盗み聞きしていたのかっ!?」

 

 コルベールの叱責も何のその、キュルケはそのままずんずんとオスマンの前まで行き、杖を掲げた。

 

「これ、遊びに行くのではないのだぞ?」

 

「ええ、十分承知ですわ。ですが、ヴァリエールには負けられないんです」

 

 そういって、ルイズを見下ろし小馬鹿にしたように笑うキュルケ。ルイズがムッとして何かを言おうとしたとき、タバサも杖を掲げる。

 

「あら。タバサはいいのよ。関係ないんだし」

 

「……心配」

 

「……そ? ありがとね」

 

 そっけない返答ながらも、キュルケのタバサへの信頼のほどがわかる心のこもった一言であった。

 

「オールド・オスマン。こちらとしては問題はない。彼女たちを無事に返すことを約束しよう」

 

「ふむ。君がそこまで言うのなら大丈夫なのであろう。よし、君たちに『聖なる杯』奪還の任を任せる!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいオールド・オスマン! 彼女たちは生徒! 危険です! やはり王室に報告して……!」

 

「くどいぞコルベール君。ヴァリエールとその使い魔については敵を見ておる。それに、ミス・タバサはこの若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いている」

 

 オスマンのその一言で、タバサに視線が集まる。本人はその視線を無視してるのか気づいていないのか、いつものように眠そうな眼を向けるだけだが。

 

「へぇ。ほんとなの?」

 

「……」

 

 キュルケの問いに、タバサが言葉ではなくうなずきで答えると、周りのざわめきが大きくなる。実績によって与えられる爵位……『シュヴァリエ』という爵位は、実力あるものにしか与えられない、一種の称号なのである。

 

「それに、ミス・ツェルプストーはゲルマニアにて優秀な軍人を数多く輩出した家系であり、本人の炎の魔法も強力であると聞いておる」

 

 キュルケは自身の髪をかき上げ、当然ね、と笑う。

 

「彼女らであれば、この任を任せてもよいであろう」

 

 そのオスマンの結言に、反論する人間は誰もいなかった。

 オスマンは四人に相対し、優しげな瞳で語り掛ける。

 

「魔法学院学院長として、君たちの勇気に感謝しよう。……頼んだぞ」

 

「杖にかけて!」

 

 ギルを除いた三人が、直立の姿勢で唱和する。そして、貴族らしく一礼をすると、オスマンは満足そうにうなずいた。

 

「では、ミス・ロングビルよ。彼女らをその場所まで送り届けてくれたまえ。魔法は温存せねばな」

 

 半分ほどは『フライ』の使えないルイズに対する優しさであったが、オスマンは口にせずにおいた。ロングビルは「もとよりそのつもりです」と頭を下げ、馬車を用意しに先に出て行った。

 オスマンは、ルイズたちにある程度の用意をして向かうように、と四人に退出を促し、学院長室での一件は終わるのであった。

 

・・・




「そういえば、あんたなにそのかっこ」「ん? ああ、これが俺の来てた鎧でな。色々とすごい鎧なんだよ」「へー。あ、マントもついてるのね」「ああ。これは俺が死んだときにその遺体を包んでいた聖骸布でな」「へ?」「しかも俺の死後じゃないと手に入らないはずのものを、生前に手に入れるという矛盾をはらんだ存在で……」「ふぇ? 死んだ後に遺体を包んでいた布を、生きてるうちに手に入れて、でも生きてるうちは聖骸布じゃなくて……きゅぅ」「あらら。考えすぎてばてちゃったか。まぁ、マスターって頭でっかちっぽいしなぁ。そういうのこだわってたら神霊やってられないんだよ」


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