ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント! 作:AUOジョンソン
それでは、どうぞ。
「壱与、どう?」
「……無理ですね。もう『組み替えられて』ます。一人や二人ならともかく、この数を助けるのは現実的じゃないですね」
いくつもの銅鏡を覗いている壱与が、首を振りながら結果を伝えてくる。……予想はしてたけど、だいぶ面倒なことをしてくれたわね。どうやってこの数にその術を掛けたのか知らないけれど、彼らの体は心ごと組み替えられているらしい。もう、同じ形をしただけの別の生物だと考えた方が良いだろう。
なら、遠慮は無用ね。薙ぎ払って、部隊をまとめ上げて、他の部隊と合流させる。やることは変わんないわ。
「壱与、このあたりを任せたわ。わらわは偉そうなやつに話を付けてくる」
「はいはーい。了解でーす」
「『はい』は一回でいいのよ。あと伸ばさないの」
『ほーい』とどこかの五歳児みたいな返事をする壱与にあとで折檻をすると決めて、わらわは空中で姿勢を変えて移動を始める。
鬼道が壱与より得意ではないとはいえ、精霊に頼んで空を飛ぶくらいならお茶の子さいさいだ。
背後からは楽しそうに光弾で爆撃する壱与の声。……敵と間違えられなきゃいいんだけど……まぁ、あいつもわらわと同じように家紋入りの外套を貰っている。肩から掛けているだけだけど、しっかりと家紋は判別できるようになっているだろう。
それから、撤退するかどうかで悩んでいる一団を発見し、事情を説明。わらわの外套の家紋に見覚えがあったらしく、すぐに話を信じてくれたようだ。そういえばあいつの隠れ蓑の家主導で食糧支援とかしてたわね。もしかして、こんな事態になることを見越して……? ……なーんて、あるわけないわね。あいつがいくら先を読めようと、これは見えていなかったはず。どちらかと言うと、あいつの馬鹿高い幸運値のなせるワザなのかしらね。
「わらわと同じような外套を着てる子供が狂ったように攻撃してるから、それをかいくぐって負傷者を集めなさい。水の秘薬が必要ならいくつかあるから、足りなくなったらいうこと。良い?」
「は、はっ! 聞いてたな! すぐに動くんだ!」
上空の壱与をちらりと見た指揮官らしき男が、部下に伝え、動き始める。
……うん、これなら手古摺らずに行けそうね。
「……それにしても、この『反乱』……何か裏がありそうね」
面倒なことになりそうだ。……ギルめ、解決策くらい思いついてるんでしょうね……?
・・・
「よし、順調だ」
それぞれの部隊が、こちらに向かって後退中。『反乱』を起こした者たちを排除しつつ、無事に再編成が出来ているらしい。
「で、この後はどうするわけ?」
「もちろん、反撃するとも」
未だ偵察に行った『彼』からは連絡はない。……と言うことは、まだ敵は動いていないということだ。
「は、反撃ぃ!?」
俺の言葉を聞いたマスターが、目と口を大きく開けて驚いている。その横で護衛をしている小碓は、うんうんと頷いているので、理解してくれているようだ。
「確かに、それが一番効果的でしょうね」
「あ、アサシンまでそんなこと言うの!? 敵からの奇襲を受けて司令部は壊滅! 兵士たちもかなりの数がいなくなってるわ! それにこの混乱……攻められるようになるまでどれだけかかると思っているの!」
「こちらに部隊すべてが下がってきてから、一日だ。一日後には、再編成を終えて前進し始める」
もちろん、それがかなりの無理だというのはわかっている。……だが、兵士たちも降臨祭を終えて休息は取れているし、混乱から醒めれば士気もそれなりに回復するだろう。戦力としても、俺たちがいれば降臨祭前の戦力近くまで戻せるだろうし……。不可能ではない。
「多分、相手の目的は混乱させて俺たちを後退させること。首都に近づけたくないんだろう。その準備に時間がかかるから、降臨祭をダシに休戦協定を申し出てきたんだ」
だから、ここで後退はできない。こちらから攻め込み、この戦争を終わらせる。
「さ、これから忙しいぞ。受け入れ態勢もとらないといけないしな。スカロン、行けるな?」
「まっかせてぇん!」
いつも通りくねくねしているスカロンが、『妖精亭』のみんなをまとめて、いくつかの天幕の中を整えていく。
全員が入ることは無理だろうが、怪我をした兵士たちを治療するくらいのことはできるだろう。
「……む、来たな」
ラインを通して、サーヴァントのみんなの接近を感じる。最初にたどり着いたのは、やはり敏捷の高いセイバー、上杉謙信。
「やぁ、到着したよ。もう少ししたら部隊の方も下がってくると思う」
「了解。よくやってくれたよ。相手のサーヴァントは出てこなかったか?」
「うん、不気味なぐらいにね。……部隊を率いるものには到着次第こちらに顔を出すように言ってあるから、もう少しで来ると思うんだけれど……」
そう言って周りを見渡す謙信。それから、目的の人物を見つけたのか、「こっちこっち」と手招きをする。駆け寄ってくる兵士は杖を持っていないようなので、おそらく平民の兵士なのだろう。……こっちの世界基準の話だけどな。
「お初にお目にかかります、司令官!」
ある程度は話が通っているんだな。謙信が説明してくれたのか……これは話も短縮できるから助かる。それからも続々と兵士たちは集結し、全軍の半数が『反乱』によって相手に付いてしまったにしては、残っている方だろう。負傷者は多いが、死者は少ない。
全員が集合した後は、指揮官クラスの人員を集めてこれからのことを説明する。カリスマのおかげか、しっかり計画を立てていたからか、質問は飛んでくるものの反対の声はあまり聞こえてこない。
「よし、それでは明日から進軍を開始する!」
そう言って会議を締める。士官たちは早速部下に指示を出しに行くのだろう。我先にと部屋を出ていく。
「……行けそうか、謙信?」
「もちろん。守りの戦が得意とはいえ、攻めるのが苦手ではないからね。……さぁ、明日も早い。ルイズ嬢を寝かしつけてあげるといいよ。……それとも、私と閨を共にするかい?」
そう言って流し目で俺を誘惑する謙信。……んー、それもいいけど、マスターが不安そうだったからな。今日くらいは添い寝してあげないとダメだろう。
「マスターを寝かしつけてくるよ。謙信とは……戦いが終わったらたくさんしような」
「……ふぅん? その言葉が妙な旗を立てないことを祈っているよ、まったく」
不満そうに鼻を鳴らした謙信がぷいと顔をそむける。……クール系なのに、こういうときに見せる子供っぽさが可愛いんだよなぁ……。っと、いかんいかん、マスターと添い寝してあげると決めたのに、謙信のことを構いたくなってしまう。これが魔性の女……!? ……いや、たぶん違うな。俺の節操がないだけの話だ。
「それじゃ、行ってくる」
「はいはい。こっちはこっちで小碓達をまとめておくよ。配置はこっちで決めてもいいかい?」
「ああ、頼んだ。……武将が一人いるとこういう時楽だなー……」
小碓は個人戦が強いし、卑弥呼や壱与は女王だから戦と言うよりは政が得意だ。信玄は……今の感じだと個人で突っ込んでいくのが好きそうであまり頼れなさそうだし、ジャンヌも意外と戦上手な面もあるけれど感覚派で説得力が低い。カルキは……どうなんだろ。未来の英霊だから、今の人間の戦い方とか慣れてないんじゃないだろうか。でもAIとかだからそういうのもインストールされてたり学んでたりするんだろうか……。
まぁ、こういう時に頼れるのは謙信くらいだ、というのがわかっただけ良いだろう。
「それじゃあ、行こうかな」
そう言って部屋を出ていく謙信に付いていくように、俺も外へ出る。途中で行き先が違うので謙信とは別れ、マスターの寝所へと向かう。部屋はそんなに離れてはいないので、少し歩けば簡単にたどり着く。
「マスター? 俺だけど」
「ギル? ……入っていいわよ」
中からは少し気の抜けたマスターの声。許可が出たからか、かちゃりと扉が開く。マスターの護衛に付けている自動人形(セイバーのすがた)が開けたのだろう。自動人形は俺と魔術的なパスでつながっているため、いちいち確認せずとも真偽を判断でき、こうしてスムーズに案内してくれるのだ。
マスターを見ると、すでにベッドの上で寝間着を来て寛いでいるところらしかった。明日は出立の日。早めに寝ようとしていたのだろう。
「どうしたのよ、こんな時間に」
「今日は一緒に寝ようかなって思ってさ。ほら、そっち詰めて」
「ん、ちょっと……もー、仕方ないわねー……」
少し強引にベッドに入る。マスターはセリフこそ渋々と言った感じだったが、顔を赤くしてスペースを作ってくれるので、まんざらでもないのだろう。そこにいそいそと入り、ふう、と一息。
「ね。……明日から行って、勝てるのよね?」
やはり不安なのだろう。俺のことを信じてくれてもいるが、それでも何かあったら、と考えてしまったのか……少し顔に陰を作りながら聞いてくるマスター。アンリの進退もかかっていそうだし、その辺も思い詰めてしまったのだろう。激情家なのに色々抱え込むタイプだしな、マスターは。
「もちろん。これでも色々と戦いの経験はあるんだ。個人でも、軍でも、国でもな」
そう言って、少しでも安心できるように頭を撫でる。サラサラの桃髪が、とても触り心地良い。髪を梳かすように何度か撫でると、こちらに頭を預けてくる。そのまま手を頭から背中に移して、軽くたたく。……子供をあやすようだが、マスターは安心してくれたのか、うとうととし始めた。
「絶対……負けないでよね……」
「もちろん。……お休み、マスター」
「んぅ……おやふ……み……」
俺の腕の中で眠ったマスターを見て、自動人形に灯りを落としてもらうように伝える。すぐに実行した自動人形は、暗くなった部屋の中でもすべてが見えているかのように動き、俺たちをいつでも守れるような位置に付いた。防御宝具もあるし、俺も少し休むか。マスターを抱えたまま、俺も目を閉じた。
・・・
翌日。太陽が昇ってからすぐ。俺たちは出発の準備を終え、前進を始めようとしていた。
「これより、アルビオンの首都、ロンディヌウムへと進撃する!」
臨時総司令官と言うことになっているので、出発前の兵士たちの前で士気が上がるように檄を飛ばす。俺の横には、呼び出したサーヴァントたち、そしてカルキの姿があった。こうしておけば、俺の直接の騎士ということが印象付けられるだろうと思ってのことだ。
「今回、司令官たちへ『反乱』を起こした者たちは、敵の姦計によるものとわかった!」
これは、今回の『反乱』を起こした兵士たちと戦い、その死体を検めた壱与からの情報だ。何らかの手段で『内側』から変えられ、操られていたとのこと。その兵士たちの周りでは水に関係する霊的存在が狂わされていたことから、おそらく『水』に関係する魔法か何かだろう、と言っていたが……。
「このまま撤退するわけにはいかない。敵の狙い通り我々が撤退してしまえば、敵に利用された我らの仲間の死を無駄にすることになる」
相手の狙いは、俺たちの撤退、もしくは何らかの時間稼ぎ。……ここでこのまま撤退するのは……そうだな、『気が進まない』。誰かの計画にこのまま乗るのは、何かまずい気がするのだ。
「確かに仲間は減った。……だが、俺の横に並ぶ彼女たちは、一騎当千の騎士たちだ。その力を知っている者も多いだろう」
伯爵の下に付くものたちなので、従者と言うよりは騎士と言う方がわかりやすいだろう、とマスターに助言され、彼女たちは伯爵家お付きの騎士たちと言うことになっている。実際に助けられたものたちも多いからか、兵士たちの顔に希望と高揚が見える。
「今回は速度が命だ。俺も先頭を行き、みんなと共に戦う。俺の後ろに着いてこい!」
俺がそう叫んで右手を高く上げると、兵士たちも雄たけびをあげて手を上げる。……うん、これだけ盛り上がっていれば、敵の数が多くてもひるむことはないだろう。
「万歳! オルレアン伯爵万歳!」
おっと、俺を呼んでくれるのはとてもいいことだ。俺に希望を持ってくれているってことだからな。俺が負けたり死んだりしない限りは兵士たちの心が折れることはないだろう。そう思って俺もその声に応える様に手を上げると、兵士たちもさらに盛り上がり、更に声を上げる。
「剣の騎士、セイバーさま万歳!」
おそらく謙信に助けられたのだろう兵士が、それを称えるように叫ぶ。……『剣の騎士』って……確かに謙信はこっちでいう魔法を使わないから正しいんだろうけど……『頭痛が痛い』みたいなものを感じるな。……言葉の翻訳機能の不足なんだろうか……?
それからというもの、それぞれの兵士が助けてくれたサーヴァントを『鏡の騎士』やら『鎧の騎士』やらと呼んで称える。謙信や信玄はこういうことになれているのか手を振って応えたりしているが、ジャンヌや壱与あたりはどぎまぎしながらこちらを見上げたりしてくる。
「旗を揚げたりすればいいんだよ、『旗の騎士』さま?」
「うぅぅ、そうやってすぐからかうぅ……お、おーっ!」
俺の言葉に少しためらったものの、何か吹っ切れたように宝具たる旗を振り上げる。……宝具効果で仲間の能力を上げられるからか、兵士たちの声がさらに大きくなったように感じる。
「はー! なんですかみんなして! 壱与のこと『光の騎士』とか呼んじゃって!」
一人ぷんすかしている壱与は、どうやら戦闘中は『狂戦士』やら『狂った子供』なんて呼ばれていたのに、ここでは『光の騎士』と呼ばれ始めたことに憤慨しているようだ。
「いいじゃないか、『光の騎士』。なんか最後の幻想に旅立ちそうだろ?」
「壱与は『ふぁいなる』でも『ふぁんたじー』でもありませんよ! んもー、言い始めた奴ぼこぼこにしてやろうかな……」
俺に抗議した後は小声だったが、壱与はこういう時放っておくと本当に『言い始めた奴』を探し出してボコボコにしかねないので、止めておく。
「いいじゃないか、俺は気に入ったぞ?」
「なら全然おっけーです! 『狂戦士』よりは可愛いですよね? 光ですし!」
「ん、まー、そうだな!」
「んー! 気を使って煮え切らないギル様……素敵……!」
……相変わらず俺への評価ダダ甘だなこの子……。
……とにかく、そんなこともありながらも出発の時刻が迫ってきたため、兵士たちを解散させ、最後の点検をさせる。足の速い騎兵隊や俺と謙信、小碓が一番前を行き、少し間隔をあけて信玄やジャンヌのいる部隊、さらに後方には卑弥呼と壱与、そしてカルキのいる輜重隊と分けられている。
それから太陽も完全に上ったころ、最初に出発する俺たちの部隊が前進を開始する。一番先頭には俺と小碓、謙信が固まって前進している。その後ろには目や耳の良い者を近くにおいて、何かあればすぐに報告が上がるようにしている。
俺たちが出発してから少しすれば信玄たちの部隊、そこからも少し時間を空けて卑弥呼達の部隊が前進してくるはずだ。俺たちが固まっているここが一番守りやすいので、俺たちの後ろにはマスターも一緒に来ている。流石に二人乗りは兵士の目の前だしちょっと……と謙信から苦言を呈されたので、馬は別だ。
気配を読むことに優れた謙信、眼の良い俺、敏捷が高い小碓の全員をかいくぐってこられるようなことはないと思うのだが、一応マスターには防御宝具もくっつけている。それに、彼女の爆発魔法には助けられたこともあるので、戦力としても優秀だ。
兵の前だと俺もいつもの戦い方じゃなくて杖を持って戦わないといけなくなるからな……不便なものだ。まぁ最悪、後方にいるカルキが飛んでくる算段にはなっているが……。カルキの主任務は壱与と卑弥呼の防衛だ。何かあって後方にサーヴァントが来たりした場合、非力ング二名では手古摺るだろうと考えてのことだ。
「む、主?」
「大丈夫、あれは味方だよ」
小碓が上げた疑問の声に、振り向かずに答える。
上空に見えるのは小さな点。時間を経るごとに大きくなっていくそれは、数少ない竜騎兵の物だ。
「あれ……竜騎兵じゃないの」
マスターはそれを見て何かわかったらしい。あれは俺たちと共に空を飛び、虚無の魔法をぶち込みに行った竜騎兵たちだ。
俺たちに風の魔法で言葉を飛ばし、近くに来ることを伝えてきた。それから何分も経たないうちに、俺たちのそばに風竜が並走する。羽ばたきで起こる風は何かで押さえているのか、そこまでこちらに来ることはない。
「敵部隊接近! ここより15リーグ北東!」
「了解だ。……後方の部隊に迂回するように伝えろ」
俺たちが正面からぶつかって足止めし、横から迂回させた信玄たちに攻撃させるとしよう。こちらにはメイジたちは少なく、後方の部隊には多く割り当てている。魔法使いのほうが何かと応用きくしな。その魔法使いたちに横からの攻撃を任せれば、こちらは攻撃に耐えるだけだ。結局これが一番可能性の高い戦いになるだろう。時間かけるわけにもいかないしな。
・・・
……緒戦は、すぐに決着がついた。半数以下しか残っていないとたかを括っていたらしい相手は、最初に俺たちとぶつかった時にその数を大幅に減らし、その被害の大きさに動揺している間に横からの迂回部隊が到着。そのままの勢いで突撃すると、こちらにはほとんど被害もないまま撃破完了した。
後方の部隊の一部に残った敵兵の処理を任せて、俺たちは人員の確認と少しの休憩を取ってすぐさま前進。それからもいくつかの敵部隊とぶつかったが、此方の被害はほとんどないまま快進撃を続けた。
「……どう思う、小碓」
「少しおかしいですね。そんなに人を回してない……『もう終わった戦』かのように、戦後処置に重きを置いた編成です」
そもそも、と小碓は少しだけ声のトーンを落として続ける。
「ここまで一方的に負けていて、ボク達サーヴァントの気配にも気づいている……そのはずなのに、いまだにサーヴァントたちがやってこない。……これはもしかすると、誘い込まれているのかもしれませんね……」
「だとしても、食い破るまでだ。こうして反攻に出た以上、勝って終わるしか道はない」
「……流石のご英断だと思います。そこまで言い切るのでしたら……この小碓命、主のために全力を尽くすことを、再びここに誓いましょう」
胸に手を当ててにっこり笑いながらそう言ってくれる小碓に、ありがたいことだと思いながら頭を撫でてやる。つやつやの髪の毛は、こうして撫でても引っかかることなく手触りの良さを伝えてくる。
……今回のこの戦はおかしいことが起きる。……アルビオンを奪った者達だけではない、何かの思惑を感じざるを得ないな……。
「ただ、もうロンディヌウムは目の前だ。なにかあるとすればここから……気を抜かずに行こう」
俺の言葉に頷く小碓達。そのまま、俺たちは一路アルビオンの首都を目指すのだった。
・・・
「どうなっているのだ!」
司令部の部屋に、クロムウェルの叫びが響く。爪をがりがりと噛み、落ち着かない様子だ。
「ミス・シェフィールドに話を聞きたいがしばらくこちらには来ないし……。キャスター! キャスターはおるか!」
クロムウェルが金切声のように呼ぶと、部屋の一角に光が集まり、一人の男が現れる。フードを目深に被り、陰鬱な雰囲気を纏わせているその男は、目の前で騒ぐクロムウェルに対してため息をつきながらも靴を開く。
「あの女は今頃山登りでもしているよ。……それにしても、よくもまぁこんなに追い込まれたものだ。ここまでくると私でも逆転は難しいな」
両手を肩の高さまで上げ、『お手上げ』だと態度で示すキャスター。
「なぜこんなことに……。今頃『反乱』によって追い詰められたトリステインはサウスゴーダから撤退し、ロサイスまでに追い込まれ壊滅させられたというのに……」
先ほどまでの態度とは一変し、次は顔を覆ってさめざめとつぶやくクロムウェル。今度こそ処置なしとため息をつくキャスター。
「ガリア……ガリアはどうしたというのだ……! このような状態になる前にトリステインを挟撃してくれていれば……!」
「たらればを悩んでいても仕方あるまい。今考えるべきことは、『諦めて潔く死ぬ』か、『最後まで生にしがみ付くか』の二つだ。どうするのだ?」
その言葉を聞かされたクロムウェルは、キャスターに縋りつく。
「し、死にたくないのだ! 私は、私は大きすぎる願いを持ち過ぎた! しかし、こ、こんなところで死にたくはないのだ!」
「……その想いには同意するよ、クロムウェル。どんなに上り詰めても、最後にはそう思うのは誰でも同じだな。仮のマスターとはいえ、マスターとサーヴァントは似るということか」
再びため息をつくキャスター。しかし、先ほどのとは違い、どこかクロムウェルに同情的なものを含んでいるように聞こえた。
「よろしい、力になってやろう」
「ほ、本当か!?」
「ああ。お前は生き延びたいのだろう?」
「もちろんだ!」
「ならば、決戦しかあるまいな。幸い俺個人の軍隊とは別に心を奪ったトリステイン兵もいる。やり方次第では敵の足を止め、逃げおおせることも可能だろう。その代わりお前の王としての生活も終わるがな」
「そ、それでよい! もう王はこりごりだ! ここから逃げられれば、ガリアで再起もはかれよう!」
「ふむ……まぁ、それで良いならそれでよいか……」
少し考えるそぶりを見せたキャスターだが、クロムウェルの言葉と必死さに押されたのか、意見を変えないとあきらめたのか、この先の作戦を語る。
「よいか、ここから先、かなりの消耗戦を覚悟せよ。これからするのは防衛線でも撤退戦でも何でもない。ただの負け戦であるということだ」
そこには、いつもの陰鬱な雰囲気とはまた違い、フードから唯一覗く口元を歪ませて笑う、キャスターの姿があった。
・・・
「――ああ、本当に。人間というのは上に上り詰めれば上り詰めるほど落ちたくないと思うものなのだな。……本当に……救いがたい。この男も……私もな。――さて、ああ言ってしまった以上、なんとかせねばな。……安心しろ」
「――最後は、あっけないものだ」
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