ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「わ、わ、わわっ!? なにこれ!?」「何って……格ゲーじゃよくあることだろ、乱入なんて」「え? い、いや、このゲーム一個しかないから私以外にやってる人いるわけないじゃないですか!」「……む。確かに。誰だろうか」「ひゃー! おばけー! ホラー! シャイニングー!」「……逃げてったな。しかし、結局乱入してきたのは誰だったんだろうか……」

それでは、どうぞ。


第三話 決闘、そして三人目の乱入者

「諸君! 決闘だ!」

 

 案内されてやってきたのは、ヴェストリの広場と言われる場所。すでに生徒たちが円状にあの少年を取り囲んで、即席のリングを作っていた。

 これから、あそこであの少年と俺が戦うことになるのだろう。……なるんだよな? そんなことを思いながら人混みを抜けて中央まで向かうと、俺を視界に入れた少年がバラの造花を振りかざして大仰に話しかけてくる。

 

「よく逃げなかったね。その意気込みは褒めてあげよう」

 

「どーも。で、勝敗はどうやって決めるんだ? 流石に君ほど若い子を殺したくはないんだが」

 

 まずはルール確認、と少年に話しかけてみると、少年は俺の言葉にプルプルと肩を震わせ始めた。

 どうしたんだろうか、と首をかしげるより先に、少年がびっ、と俺にバラの造花を向ける。

 

「貴様……! 貴族の恐ろしさを知らないらしいな! ……僕が負けるのは、負けを認めた時かこの杖を落とした時! そして、君が負けた時というのは……!」

 

 そういうと、ふわり、とバラの造花から一枚の花弁が落ちる。それは、地面に触れた瞬間に変化を起こし、地面から土を取り込んで人の形をかたどる。

 ほほう、ゴーレムだな? しかし、青銅とは。まずは小手調べと言ったところだろうか?

 

「……君が死んだ時のみ! 僕はメイジだ! 魔法を使わせてもらうよ。もちろん、文句はないね?」

 

「当然だ。持ち得る力全てでかかってこい」

 

 神秘も篭っていないあのゴーレムならば、特に防がずともダメージはないだろう。そう判断して、相手の出方を待つ。慢心でも油断でもなく、ある種当然の余裕。

 俺の上からの言葉に激昂したのか、少年がバラを振りゴーレムを吶喊させる。……さて、どれほどのものか、と待ち構え、その拳が俺の体に触れる、その直前。

 

「――は?」

 

「おっと?」

 

 少年と俺、二人から抜けたような声が漏れる。それも当然だ。青銅でできたゴーレムの拳が、俺の体に当たる寸前で止められているからだ。

 ……そう。『止まっている』のではなく、『止められている』。空中にできた波紋……そこから伸びた、白魚のように美しく、細い手によって。

 ゴーレムの前腕を押さえたまま、その手の持ち主は姿を現していく。目を閉じた表情のない顔、クラシカルなメイド服。俺の蔵にいる、自動人形の一人だ。彼女からは、少しばかり怒りの感情が伝わってくる。……え、怒り? なんで?

 

「め、メイド? 何もないところから……メイドがあらわれたぞ!?」

 

 周りのギャラリーから、驚く声やざわつきが聞こえてくる。いや、うん、当事者である俺も驚いているので、驚いていないのは渦中の自動人形だけであろう。

 ゴーレムを掴みながら、自動人形は俺に思念を送る。『人を象るには、これは出来損ない過ぎる。それに、この程度は貴方自らが相手するほどじゃない』と。その思念に追従するかのように、ゴーレムの腕がひしゃげて折れる。自動人形が握りつぶしたのだ。

 そのあと、腕がもげてしまった事に動揺したのか、少年のコントロールから一瞬外れたゴーレムのボディに自動人形のアッパーが入り、浮き上がったところに右のフック。腰の入ったその一発は、ゴーレムをくの字に折り曲げて横に吹き飛ばし、城壁に大きな凹みを作った。

 ぱらぱら、と破片が落ち土埃が舞う中、ボロボロになったゴーレムが活動を停止する。

 ……ざわつきが聞こえなくなる。目の前の細身のメイドのどこに、そんな膂力があるのか、とギャラリーの戦慄が手に取るようにわかる。

 ちらり、と少年に視線を投げかけると、びくり、と肩を跳ねさせる。

 

「……ウチの子がさ、ちょっと手を抜きすぎって怒ってるみたいなんだ。……どうにかならない?」

 

 俺の前に立ち、少しだけ眉根を寄せる自動人形の言葉を代弁してやる。どうも、こういうゴーレム作成とかに関しては手抜きを認めたくないらしい。いやほら、でも君レベル量産すると採算取れないって神様判断しちゃったし。……え? 俺は使ってるって……そりゃ、君たちそれを差し引いても優秀だし。

 そう伝えると、自動人形はこちらを振り返って少しだけ口角を上げた。……笑った? いま、こいつ笑ったか?

 すぐに前に向き直ってしまったので確認はできなかったが、……可愛いところもあるじゃないか、あいつも。

 

「ば、バカにしやがって……! もういい……そのメイド諸共、嬲り殺しだ……!」

 

 俺たちの態度で堪忍袋の尾が切れたのか、少年は残りの花弁を地面に落とす。先ほどのゴーレムが花弁の数だけ現れる。……その数、6体。数は増えたが、材質は変わらず青銅らしい。

 しかし、今度はそれぞれに武器を持っている。剣や槍、斧などだ。こっちは徒手だと言うのに、まったく。

 

「……僕は優しいから、最後通告だけはしてやろう。そこのメイド共々頭を下げれば、半殺しくらいで勘弁してやるぞ」

 

「いや、心遣いは嬉しいがそれには及ばないかな。むしろ、もっとゴーレムを作成しなくて大丈夫か? あと、材質を変えるとか……」

 

 俺の提案に、少年は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。

 

「き、貴様ぁっ! 先ほどから僕の魔法をバカにして……! もう謝っても許さないからな! いけ、ワルキューレ!」

 

 あ、名前とかあるんだ。いいね。俺も自動人形に名前つけてやろうかな。

 そんなことを思っているうちに、いつのまにやらこちらに駆け出してきていた6体のゴーレムの武器が、先ほどと同じように振り下ろされる前に止められる。

 ……今度は手ではなく、様々な武器によってだ。ワルキューレの武器を止めている聖剣や魔槍の柄には、やはりというかなんというか、同じような手が繋がっている。

 ……自動人形は全員、意識を共有している。一人一人に性格はあるが、基本的に同じようなことを思い、同じような事に喜び、そして、同じような事に……怒る。

 新たに出てきたのは5人。そして、先ほどから出張っている自動人形も、手に聖剣を持ってゴーレム……ワルキューレの一撃を止めていた。

 それぞれの武器を持って宝物庫から出てきた自動人形は、手に持つ武器以外に差異が見つからない程に似通っていた。……というか、同一個体と言っても過言ではないと思う。

 

「お、同じメイドが6人……!?」

 

「偏在!? 風のメイジだっていうのか!?」

 

 おや、今聞きなれない言葉が。『偏在』と言ったか。話の流れ的に魔法の名前っぽいが……まぁ、そこはあとで聞き出すとしよう。一瞬止まっていたゴーレムも、もう一度動き出す。

 ……だが、まぁ、黄金でできている神造の人間と、青銅でできた人造の人形。どちらが圧倒するかは、目の前の光景を見なくても断言できる。

 しかも持つ武器もランクが低いとはいえ宝具だ。全てが青銅でできている存在に押し負けるはずがない。

 ワルキューレと呼ばれた青銅の女騎士たちを、黄金の侍女が切り裂き、撃ち抜き、貫き、砕き、叩き潰し、メッタ刺しにする。まるで豆腐でも切っているのかと錯覚するくらいにあっさりと6体のワルキューレ達を土へと還した。

 

「そ、そのメイドはなんだ! 僕のゴーレムをこんな、あっさりと……! そのメイドはメイジか!?」

 

「いいや、これも君のワルキューレと同じ分類さ。作られた存在……だから、みんな同じ姿してるだろ?」

 

「お、同じ? ゴーレムだとでも言うのか……!?」

 

「うーん、当たらずとも遠からず、って感じかな。……それで、次は? ほら、もっとじゃんじゃん出さないと、こっちから攻めちゃうぞー」

 

「う、ぐ……!」

 

 俺の言葉に、少年は苦しそうな顔をする。……どうしたんだろうか。

 その様子を見た自動人形から、もしかしてもう使えないんじゃない? と進言があった。……魔力切れ? うん? そうなると、あの青銅のゴーレムを7体出して精一杯……ってことか。

 

「……なるほどな? さて、じゃあ逆襲といこうじゃないか。みんな、構えろ」

 

 俺の言葉に、自動人形たちはそれぞれの宝具を持って構えを取る。その様子を見て、少年は短い悲鳴をあげる。

 

「さて、なんだっけ? 君が言ってたのは確か……『メイド共々嬲り殺し』……だったか?」

 

 ざ、ざ、と一歩ずつメイドたちが近づいていく。途中少年の杖から石礫が飛んできたものの、自動人形たちにそんなものが通用するはずもない。自動人形のうちの一人が軽く宝具を振るって城壁より更に向こうへホームランしてしまった。

 目の前まで彼女たちが迫り、武器を振り上げた時……少年は杖を手放した。

 

「良い判断だ」

 

 こうして、ちょっと想像とは違ったものの、シエスタちゃんを怖がらせた少年にお仕置きを完了したのだった。

 

・・・

 

 召喚した翌日。メイドにお礼をしに行くと別行動を許可したギルと別に行動し、食事をとった後。みんなからは少し遅れてテラスに行くと、何やら人が少ないことに気付いた。どうしたのかしら、と思っていると、生徒の一人がやってきて『ヴェストリの広場でギーシュが平民の使い魔と決闘だってよ!』と別の生徒に興奮した様子で話しているのが聞こえた。どういうことか問いただしてみると、私がいたことに気付いていなかったのか、気まずそうな顔をした後、事の顛末を教えてくれた。

 なんでも、学園のメイドを庇ったギルが、ギーシュを挑発して怒らせ、それならば決闘だ、という話になったらしい。……マズイ。ドットランクとはいえ、ギーシュは確か『ワルキューレ』と呼ぶゴーレムを7体使役できたはず。そんなの相手に、魔法も使えないギルが勝てるはずが無い。

 ……気が付けば、私はヴェストリの広場へ向かっていた。望んだ使い魔では無いにしても、ギルは私が召喚した、私の使い魔である。……あの、私の呼び声に答えてくれたという不思議な幽霊を見捨てるなんて選択肢は、私には無い。

 

「諸君、決闘だ!」

 

 ヴェストリの広場に着いた瞬間に聞こえたのは、キザなあいつの声。広場のほぼ中央の人垣の中から聞こえてきているようだ。なんとか他の生徒たちの間を潜り抜け、ギルとギーシュを囲む中央へと出る。

 

「あら。ヴァリエールじゃない」

 

「……ツェルプストー」

 

 私に声をかけてきたのは、今朝も絡んできたクラスメイト、ツェルプストーである。隣には、性格は真反対なのにいつも行動を共にしている、タバサもいる。

 はぁい、と手を上げてくるツェルプストーをふん、と無視して、ギーシュを止めようと前に歩み出る……が、その手を掴まれた。

 

「何するのよっ!」

 

 もちろんそんなことをするのは一人しかいない。先ほど無視したツェルプストーに怒りをぶつけると、そんなのどこ吹く風、といった様子のツェルプストーはニコリと笑う。

 

「危ないから止めてあげたんじゃないの。決闘に巻き込まれたら、『ゼロ』のあなたじゃ怪我しちゃうじゃない。親切心よ?」

 

 いらないお世話だ。その手を振り払おうとするも、私より体格が上のツェルプストーを、私が振り払えるはずもなく。慌てて視線をギルの方へ戻すと、いつのまにかギーシュのワルキューレがギルを殴ろうとして――。

 

「ふぇ?」

 

「あら」

 

「……」

 

 ――三者三様の反応を返した。全員に共通しているのは、驚愕。

 そりゃそうだ。どこの世界に、空中から生える腕があるというのか。まるで、『空中の波紋を通じてどこかから出てきている』ような――。

 

「きゃっ!?」

 

 考え込んでいると、唐突に大きな音がして変な声を出してしまった。慌てて視線をギルの方へ向けると、ワルキューレがおらず、その代わりにメイド服を着た女性が立っていた。

 ――綺麗。そのメイドを見て思ったのは、そんな簡単なことだった。だけど、それ以外に表現の方法がわからない。目を瞑り、俯き加減に控えるその姿に一縷の隙もなく。私たちではない、精霊が作り上げたんじゃないかと思うくらいに完璧なその姿に、ギーシュだけではなく、ギャラリーも目を奪われているようだ。

 そんななか、いつも通り平然としているギルがギーシュに何かを言ったようだ。ギーシュが顔を真っ赤にして、ワルキューレを6体作り上げる。次のゴーレムは、それぞれ武器を持っているようだ。……危ない、止めないと。ギルも、あの綺麗なメイドも、殺されちゃう。そう思って声を上げようとするも、それよりも早くワルキューレが動き出し……広場に、再び静寂が広がった。

 

「また、あの腕……」

 

 しかも、5人分。それぞれに武器を持ち、ワルキューレを止めている。先に出ていた一人も、どこからともなく剣を抜き、ワルキューレの一体を止めていた。そして、空間にできた波紋から姿を現したのは……同じ顔、同じ姿をした、5人のメイド。それぞれに持つ武器以外、彼女たちに差異が見られない。風の魔法に『偏在』という自分と全く同じ存在を作り上げること魔法があるけれど、それでもあれほどの数を作り上げるのは、スクウェアクラスでも不可能だ。

 新たに出てきた5人は、先に出てきていた一人の横に並ぶと、それぞれ武器を構えた。

 ギーシュがなんとか我に返り、ワルキューレを突撃させるが……全て、一撃のもとに葬られた。青銅の体を真っ二つに切り裂かれ、貫かれ、潰され、砕かれ。後に残ったのは、ワルキューレだったモノ。そして、ギルにも、メイドにも表情の変化はなく、それが当然だ、とでもいう顔をしている。……メイドの方なんかは、今までに一度も目を開いてすらいない。

 そのあと、6人のメイドは手に武器を持ったまま、ギーシュに迫っていく。……その切っ先がギーシュの体を貫く前に……ギーシュは、杖を捨てた。

 その瞬間、メイドたちの体はピタリと止まる。まるで、人間の姿をしたゴーレムだ。統制のとれた動きでギルの前まで戻ると、そのままギルに一礼し、また空間にできた波紋を通って帰っていく。

 

「か、勝っちゃった……?」

 

 そして、今に至る、という訳だ。この決闘騒ぎを見に来た全員が、あまりの驚きに固まってしまっている。

 

「勝っちゃった、わね」

 

「不可思議」

 

 私の隣にいた二人も、驚いているようだ。……そりゃそうか。今までの常識が、全部通用しないような出来事があったのだ。……これは、あとであいつを問いただして、あの不可思議な現象は何なのか聞かないと……。

 

・・・

 

 決闘騒ぎで動いていたのは、何も生徒たちだけではない。その騒ぎを聞いていたのは、もちろん学院の教師たちもだ。止めようとしたものの、生徒たちの人混みに邪魔され、学院長に秘宝『眠りの鐘』の使用許可を出すぐらいしかできなかったが。

 時間は前後するが、決闘騒ぎの少し前。学院長室では、学院長のオールド・オスマンが秘書のミス・ロングビルと共に書類を片付けていた。

 水タバコを吸おうとして没収されたり、オールド・オスマンが使い魔を使ってスカートの中を覗こうとしてミス・ロングビルに折檻されたりと日常を過ごしていると、慌ただしい足音が聞こえ、扉が吹っ飛ぶのではないかと思う勢いで開かれた。

 

「オールド・オスマン! 一大事ですぞ!」

 

「なんじゃ、騒々しい」

 

 鬱陶しそうにオスマンが答えると、コルベールは手に持ったスケッチと一冊の本を差し出した。そこには、『始祖の使い魔』とタイトルが書かれていた。古い伝承の本であるらしく、表紙も中身もボロボロだ。

 

「かーっ、君はまたこんなものを読んで……。だから未だに結婚も出来んのだぞ?」

 

「余計なお世話ですっ。とにかく、このスケッチと……この頁を見てください!」

 

 オスマンは言われるがままに面倒臭そうな表情を隠すことなくその二つを見比べる。――瞬間、彼の瞳が鋭くなる。いつもの好々爺然とした様子とは隔絶した、老練したメイジの顔であった。

 

「ミス・ロングビル。少し席を外しなさい」

 

「はい」

 

 オスマンはこれからの話しを部外者に聞かせる訳にはいかないと、自身の秘書に席を外させる。ロングビルはいつもは見せないオスマンの様子に驚きつつも、そんな内心をおくびにも出さずに退室していく。

 

「さて――詳しく説明してもらおうか、ミスタ・コルベール」

 

 鋭い瞳で視線を向けられたコルベールだが、その視線に動揺することなく話を始める。学院の図書室で見つけたこの本には始祖ブリミルの4体の使い魔について書かれている。――そして、その使い魔のルーンについても。

 

「これはミス・ヴァリエールが使い魔を召喚した際に彼女自身に刻まれたルーンです。大体は文字として意味を持つのですが……この形はルーン文字というよりは図形のようでして、珍しく思いスケッチしたのです」

 

「ふむ……そして、このルーンについて調べていたときに、この本をみつけた、と」

 

「その通りです。――『神の左手』ガンダールヴ。奇しくも、彼女の左手にこのルーンはありました」

 

 コルベールの話を聞いている間も、オスマンの目はスケッチと本の記述を行ったり来たりしている。今までの学院の歴史上ありえない、人間の召喚。そして、こちらも歴史上ありえない、マスターへルーンが刻まれた事態。さらには、伝説のガンダールヴと同じルーンであるという。ここまでくれば、あの使い魔には何かあるのではないか、とオスマンの今までの経験からくる直感が告げてくる。

 

「ミスタ・コルベール。この事はワシ以外には言っておらんな?」

 

「は、もちろん」

 

「……であれば、この事実はワシら二人の中に秘めることとする」

 

「なっ、なぜですかっ。現代に蘇ったガンダールヴ! これを王宮に報告すれば……!」

 

「報告すれば、戦の道具として使われるじゃろうな」

 

 以前王宮に仕えていたオスマンには、彼らの思考というのが手に取るようにわかる。ガンダールヴの力が本当であろうと嘘であろうと、それは何かしらの形で利用されるだろう。……本人たちの意思は無視して。

 それが、陰謀策略渦巻く、王宮というものであるというのを、オスマンは経験で知っている。

 なおも食い下がろうとするコルベールが口を開くより早く、学院長室のドアがノックされる。

 

「なんじゃ?」

 

「私です。ロングビルです。……少し、困ったことが起きたようで」

 

「よろしい、入りなさい」

 

 視線でコルベールにこの話は終わりだ、と告げ、手早く本とスケッチを机の引き出しにしまう。それから、一礼して入室してきたロングビルを迎え、用件を聞く。

 

「ヴェストリの広場で、生徒たちが決闘騒ぎを起こしているようです」

 

「暇を持て余した貴族というのはこれだからのぅ。……で、誰と誰じゃ?」

 

「一人はギーシュ・ド・グラモン」

 

「ああ、あの。軍人の家系の上、女好きじゃったかの。どうせ女の取り合いじゃろうて。して、相手は?」

 

「それが……使い魔の、平民のようです」

 

 『使い魔の平民』で該当するのは、オスマンの頭には一人しかいなかった。ミス・ヴァリエールの使い魔で、今まさに話題に上がっていた男である。

 

「教師たちが止めに入ってはいるのですが、何せ生徒たちも熱狂していまして……。教師たちからは、『眠りの鐘』の使用許可を求められていますが」

 

「全く、この程度の騒ぎで秘宝が使えるか。放っておきなさいと伝えよ」

 

「はい」

 

 半ば予想していたのか、ロングビルの口からはほぼタイムラグのない返答が。そのまま再び退室して行ったのを見届けると、オスマンは学院長室に置いてある一つの鏡に杖を振る。『遠見の鏡』というマジックアイテムであるその鏡は、魔法の行使によってこの部屋ではなくヴェストリの広場を映し出す。

 そこには、学生たちとは違い、マントを身につけていない男が、青銅でできたゴーレムと対峙している様子が。オスマンもチラリと見たことのある、平民の使い魔だ。……しかし、様子が変である。平民にしては、この状況に恐れを全く抱いていないように見える。それなりに武術か何かの心得があるのか、隠し持つ切り札があるのか……。考え込むオスマンの目前で、状況は動く。ゴーレムが使い魔を殴るべく、駆け出したのだ。一方の使い魔は、そのまま構えも何もない、片手を腰に当て、もう片手をだらりとぶら下げただけの棒立ち状態。

 ――殴られる。そう思ったオスマンの予想を裏切り、その平民にはゴーレムの拳は届かなかった。『空中から生えた手によって、止められていたのだ』。

 

「なんと!」

 

「これは……マジックアイテム……でしょうか」

 

 そこからは、驚きの連続だ。全く同じ容姿のメイドが、それぞれの武器を手に、ゴーレムを破壊していく。あの細腕のどこに、そんな力があるというのか。

 

「ガンダールヴという話、嘘ではないようじゃな」

 

 あっという間に決着のついた決闘騒ぎに、オスマンはその言葉を絞り出すので精一杯であった。

 

・・・

 

 ギーシュとの決闘騒ぎが終わったあと。取り敢えずあの場からいなくなってしまったシエスタちゃんにことの顛末を教えるため厨房に向かおうとしたのだが……。

 

「イチから全部! 説明してもらうわよ!」

 

 俊敏な肉食獣のようにギャラリーのなかから飛び出してきたマスターに捕まってしまい、こうしてマスターの部屋の中で正座をさせられてまくし立てられている。

 曰く、あのメイドは何か、どこからあんなもの出てきたのか、などなど。

 この反応も懐かしいなぁ。俺の宝物庫を見たりした人はまずこんな反応だもんなぁ。何より、俺もそんな感じだった。

 

「彼女たちが出てきた蔵の名前は『王の財宝(ゲートオブバビロン)』。他に入ってるものについては俺にもわかってないよ。何しろ今も増え続けてるくらいだしな」

 

 オートで内容物が増えていく蔵とか正直人智を超えていると思う。いやまぁ、人智を超えてない宝具っていうのを見たことはないけど。

 それから、マスターに俺のステータスの見方を教える。反応を見るに、どうやら成功したらしい。俺のステータスがグラフとなって表示され、宝具も『王の財宝(ゲートオブバビロン)』は閲覧可能になったらしい。……マスターによってステータスの表示方法は変わると聞いたことがあるが、まさかグラフになっているとは。……まぁ、アルファベットが理解できるかという不安はあったので、マスターにとってわかりやすい表示方法で良かった良かった。

 そして、しばらく沈黙するマスター。俺の宝具の詳細を確認しているのだろう。

 

「……見た、わ」

 

すう、はぁ、と大きく深呼吸をしたマスターが、意を決したように口を開く。

 

「あんた、本当にすごい幽霊だったのね」

 

「ははは、生前とっても頑張ったからな」

 

「……そう。……ねえ、王様だったんでしょ?」

 

「ああ。その時に色々恥ずかしい二つ名つけられたりしたなぁ」

 

 昔を懐かしんでいると、マスターがこちらを見上げて口を開く。

 

「死んだ後悔とか……ないの? やりたかったこととか……できなかったこととか」

 

 マスターのその質問からは、諦めと、悲しみが伝わってきた。

 ……ああ、そうか。『できなかったこと』、ね。彼女なりに自分の魔法の才に折り合いをつけようとしてるんだろうか。

 

「ない。……って言ったらもちろん嘘になる。でも、これまで歩いてきた道を、俺は信じてるから」

 

「信じる……」

 

「そ。マスターの魔法の才についてはあんまり口出ししないけど……自分を信じられなくなるような道だけは、選ばないで欲しいかな」

 

 俺の言葉に、マスターは何かが胸につかえたような仕草をする。……それが彼女に新たなしがらみを作ってしまったのからなのか、それとも今まで抑えていたものに楔を打ち込んだからなのかは……本人だけが知っているのだろう。これ以上はあんまり口出ししないほうがいいかな。

 

「……もう寝る」

 

「ああ、おやすみマスター。――洗濯物はどうする?」

 

「……着替えるのめんどくさいから、明日でいいわ」

 

 マントだけ外したマスターが、そのまま布団へ潜り込んで行く。皺になるからあんまりよくは無いんだけど……。まぁ、明日は新しい制服を出しておくとするか。

 

・・・




「ねえ、ギル」「うん? なんだ、マスター」「……『恥ずかしい二つ名』って何があったわけ?」「……黙秘権を行使しよう」「却下よ。ほらほら、言いなさいよ」「……『あっちのほうでも英雄王』とか『女の子逃げて超逃げて』とか『男の娘も逃げて超逃げて』とか……」「……ごめん。聞いたわたしが間違ってたわ……」「……理解してくれたようで何よりだよ……」

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