ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「あの、耳寄りな情報があるんですけど……」「は? ……なによ」「これ、私調べなんですけど、ギルさんって……貧乳好きなんですよ!」「……は?」「だって、そうじゃないですか! 生前のマスターも貧乳、今のマスターも貧乳、召喚したサーヴァントも……ほぼ貧乳! これは確定じゃないですかね!? だから、ルーラーの私もアベンジャーの私も、このセイヴァーの私に勝てないんですよぉ!」「……はぁ?」「だから、卑弥呼さんも言っちゃいましょう、ギルさんのクラス別玉座を狙っていきましょうよ!」「……はぁ……。ま、とりあえず後ろ見ておきなさい」「ふぇ? 後ろに何……が……あ、ひ、ひぃっ」

この後、「ぴぃー!」と言う可愛らしい悲鳴が響いたのでした。


それでは、どうぞ。


第三十三話 それは耳寄りな情報

「……なるほどねぇ」

 

 アサシンとの定時連絡。昼間の目立たない時間に行うこの情報交換で、マスターの不利な状況を知り、俺は一つ決意する。

 

「うん、なら、今日行こうかな」

 

「『魅惑の妖精亭(ウチ)』にですか?」

 

「ああ。こっちもある程度のパイプは作れたからな。そういうところに行くとしよう」

 

「……じゃあ、ボクがついてあげますね。……たくさんサービスしてあげますよ?」

 

 くいくい、と卑猥なハンドサインをしてくるアサシンにデコピンをして、そういう店じゃないだろ、と冷静に突っ込む。

 

「よし、じゃあ夜の行動は決定だな」

 

・・・

 

 というわけで夜。『魅惑の妖精亭』の前に俺は立っていた。

 ……凄いな。ここだけ空気違うぞ。とりあえず入店するかと羽扉を開く。

 

「いらっしゃいませぇぇーん!」

 

「おっと店を間違えた」

 

 一歩踏み出す方向をかえ、店を出ようとしたのだが……がっしと肩を掴まれてしまった。『逃げる』コマンドすらないとかバグかよ!

 

「間違いではないわよぉ~。一名様ご来てーん!」

 

 そう言って背中を押されて入店すると、派手な格好をした女の子たちが「いらっしゃいませー」と声をそろえて出迎えてくれた。……ふむ? ふむふむ?

 

「はーい、お席にいきましょうねー」

 

 そう言って俺の手を取ったのは、同じく派手目の服装に身を包んでいるアサシンだった。顔はニコニコとしているが、いつの間にか抱きしめられた腕はかなりの力で絞められている。どうやら、店の女の子たちに見とれていたのを見られていたらしい。嫉妬とは、可愛い限りである。

 

「……はーい、お酒ー」

 

「えー。急におざなりになったな」

 

 席に着いた瞬間、だん、と酒の瓶を置かれた。……え、ラッパ飲みなの?

 しばらく視線を送っていると、顔を赤くしてグラスを取り出した。……根の『いい子』なところは変わらないようだ。

 

「んで、マスターは?」

 

「まだお皿洗ってるよ。お皿洗い終わるまで出てこれないんだ」

 

「なるほど」

 

 基本的に皿洗いなんて終わらないものだから、遠回しに『出てくるな』と言われているのだろう。……ま、それはそれでいい気もするけど。俺を見たマスターが平静を保て無くなる未来しか見えないからな。

 

「で、今チップレースってやってるんですけど……」

 

「……いや、依怙贔屓はしないようにしてるから……」

 

「ふーん? ……優勝したら、『魅惑のビスチェ』っていうの着れるんですけど……洋装のボクとか、興味ないです?」

 

「ここに九十エキューある」

 

「わぁい。ボクが今日までに稼いだチップレースの金額と同額が一瞬で稼げたー」

 

 煤けた瞳をしながら、アサシンが俺から金を受け取る。

 

「これで一位に並んだくらいですかねー。ほんと主いるとこういうの困らないなー……」

 

「なんだなんだ、今更か? 戦いに必要ないスキルで俺に勝てる奴ほぼいないだろ」

 

「……基本的にサーヴァントなんて戦いに必要ないスキルあんまり持ってこないですからね」

 

 そう言って苦笑いをするアサシンに笑いを返しながら、酒を一口。……む? こういうところにしては、良いものだ。アサシンが持ってきたんだが……。

 

「? ああ、店で一番いいの持ってきましたよ? 主なら払えるだろうし、こういうところの安酒とかあんまり飲ませたくないですしね」

 

「そ、そうか」

 

 周りのテーブルを見ると、チップレース開催中だからか、色んな所で駆け引きが行われているのが見える。おお、あの黒髪の子とかすごくないか。嫉妬をあえて見せることによってチップを貰うとか……その見切りの良さも凄い。貰ったら何かと理由を付けて立ち去って、最大効率でチップを貰って回っている。

 

「アサシンはああいうのしなくていいのか?」

 

「……ボクの最大効率は主の相手をしてお小遣いせびることなんで」

 

「それもそうだ」

 

「まぁ、主と離れて稼いでも意味ないっていうのもありますけど」

 

「……可愛いなぁお前」

 

「そりゃそうですよ。じゃなきゃこんな格好してませんって」

 

 そう言いながら、俺にしなだれかかってくるアサシン。少し俺の方へ体を預けていたが、ぱっと離れて立ち上がる。

 

「そうだ。セイバーに伝えるの忘れてました。ちょっと厨房行ってきますね」

 

「ああ」

 

 そう言って、アサシンは厨房へと駆けて行った。さてどーするか、と思っていると、すっと人影。視線を向けると、先ほど凄いなと思った黒髪の女の子が立っていた。……確か、アサシンから

 

の情報によるとジェシカという名前だったはずだ。

 

「こんばんわ、お兄さん。お酌するわ」

 

「ありがとう」

 

 テーブルの上の酒瓶を持って、俺のグラスに注いでくれるジェシカ。……さて、チップレース真っただ中の彼女がわざわざ俺のところに来た理由はなんだろ。

 

「……お隣、良い?」

 

 許可を求めながらも、俺が答える前にすっと隣に腰を下ろすジェシカ。

 

「ね、今隣にいたのアンよね? 『主』とか呼ばれてたけど、どういう関係なの?」

 

 ……なるほど、と思うのと同時に、しまったな、とも思った。

 先ほどの会話を、断片的にだろうが聞かれてしまったのだろう。しかも、俺のことを『主』と呼ぶところとか、一番まずいところをだ。

 

「それに、さっき渡してたチップ。……凄い額よね?」

 

 にやり、とこちらをのぞき込みながら、ジェシカが笑う。そこまで見られていたか。……だがまぁ、どれもこれも決定的なものじゃない。誤魔化せばいいだけだ。

 そう思って口を開こうとした瞬間。

 

「このアホ使い魔ッ! マスターたる私がピンチに陥ったらすぐに助けに……あっ」

 

 だだだだっ、と駆けてきたマスターが、俺に指を突き付けながら勢いよくまくし立てて、隣にいるジェシカに気づいてハッとした。

 ……あー、このアホマスター……。

 

「……ふぅん?」

 

「はぁ……。わかったわかった。説明するから裏に案内してくれ」

 

 そう言って立ち上がる。マスターが何か言っているが、ジェスチャーで静かにさせる。

 ジェシカに案内されて裏……厨房に入ると、アサシンとセイバーがバツの悪そうな顔をして苦笑いしていた。

 

「あー、すまない殿。小碓殿との会話を聞かれていたようで……」

 

「気づいた時にはすでにそっちの席に……ごめんなさいっ」

 

「いや、大丈夫だ。……さて、ジェシカと言ったか。色々と説明をしよう」

 

 興味津々な様子のジェシカに、俺はマスターの任務を多少ぼかして伝えた。王宮に新しくできた部署で、情報を集めていたこと。隠していたが、いざとなった時に貴族の力が必要なためマスターに白羽の矢が立ったこと、その補助として、俺たちがいることを伝えた。

 そのうえで、俺はジェシカに提案する。

 

「……へぇ? あたしもその一員に、ねぇ」

 

「そうだ。この『魅惑の妖精亭』はいろんな客が集まる。情報もそれなりに集まるだろう。今後もこの町での情報収集をする際、現地の協力者がいた方が良いということも確かだしな」

 

「なるほどね。……で、その見返りは?」

 

 年の割に、かなり冷静な判断ができるようだ。こちらが王宮に関係すると言っても尚、交渉をしようとしているところからもそれが見受けられる。肝が据わっているというか……。

 この酒場で立派に働いているから、精神の成熟も早かったということなのだろうか。まぁ、あのチップレースの立ち回りを見ても、人の心理を理解することに長けているのがわかる。

 

「単純に言えば金と命だな」

 

「お金はわかるとして……命?」

 

「もちろん。こちらは身分を隠してこうして情報収集をしているんだ。今回はウチのマスターがポカしたせいでばれてしまったが、本来は正体を知られてはならない任務」

 

 俺の席が少し離れていたところにあったのと、マスターがすぐに口を噤んだためにジェシカ以外にはばれていないのが幸いだが、できることなら誰にもばれないのが理想だ。

 ……それが、もしばれたときに一番手っ取り早いのは……。

 

「なるほどねー。一番手っ取り早いのは口封じだもんね。……でも、あたしがいなくなれば、パパが黙ってないわよ。あれで、結構いろんなところに顔がきくんだから」

 

「そのためのわらわたちよ」

 

 ジェシカが得意げにそう言った瞬間、その首筋に細い指がかかる。いつの間にかジェシカの背後に立っていた卑弥呼がその指を突き付けていたのだ。

 

「え……だ、誰っ!?」

 

「その君の後ろに立ってる二人は、人一人の記憶をなんとかするのは造作もないんだ。……現に今、身体動かないだろ?」

 

 ジェシカの顔に初めて驚愕が浮かぶ。

 ……本当ならこんな脅すようなことしたくないんだけど、無駄に俺たちの存在を喧伝でもしたら、危険な目に合うのはジェシカだ。俺の気持ちを分かってくれているのか、言わずとも卑弥呼達はばっちりの演技をしてくれている。

 

「……本当ならこのまま『初めからいなかった人』にしてやってもいいのよ? それを、わらわ達の主であるギルが役に立つことで許してやろうって言ってんだから、文句言わないでやりなさいよ」

 

「まったくですよ。ギル様のお役に立てるという大変名誉な……ほんと……名誉な……あ、ああっ、ギル様ぁっ! ギル様ギル様ギル様ぁっ!」

 

「え、なに、どしたの。ちょっとギル!? 壱与が! 壱与がぁ! いつも通りだけど怖いぃ!」

 

 急に壱与が自分の体を抱きしめながら震え始めたので、卑弥呼が俺に抱き着いてくる。ジェシカも怖くなってしまったようで、なぜか俺に抱き着いて……ふぅむ、これは、うむ、メロンとは言わないが……とても良い、リンゴ……だな……。

 

「やはり……おっぱい……か……」

 

 後ろでは小碓が自分の胸をぺたぺたと触りながらハイライトの無くなった眼をして呟いているのが聞こえる。

 

「と、とりあえず、だ! 答えを聞こうか!」

 

 俺がもうここしかジェシカを口説き落とすポイントはない、と追い立てるようにジェシカの肩を掴む。

 俺の顔がちょっと必死だったからか、ジェシカは戸惑っているようだが……行けるか……!?

 

「あ、わ、わかった! わかったから! ……ち、近い」

 

「そ、そうか。……そうか! よし!」

 

 ちょっと予想外のトラブルもあったが、ジェシカを無事に仲間に引き入れることに成功した。

 ……あとはここにいないマスターの説得かぁ……まぁ、これがばれたのもマスターがボロを出したせいだし、そんなに反対されないだろ。

 

・・・

 

「……うぅ。い、言いたいことはわかったけどぉ……」

 

 その後。俺が席に戻ると、マスターがお酌をするという建前で俺の隣に座ってきた。本来の用件は交渉の結果がどうなったかを聞きたいのだろう。

 そんなマスターに交渉がどうなったかを教えると、なんだかもじもじしながら不満そうに返してきたのだ。

 

「まぁ、マスターが早計なことをしなければジェシカにはばれなかったわけだし、ナイスフォローだと思ってくれよ。な?」

 

 ほら、と俺が飲んでいるものと同じものをグラスに注ぎ、マスターに手渡す。

 おずおずと受け取ったマスターのグラスに、軽く俺の持っているグラスをあてる。

 

「ほら、上手くいきそう祝いに、かんぱーい」

 

「うぅ、上手くいってるから不安なんだけど……かんぱい」

 

 それからは、マスターをなだめすかして、情報交換もしておいた。マスターはマスターで個別に得た情報があるらしく、そちらの方でもアンリエッタの人気が陰ってきていることがわかったのだそうだ。……うーむ、個人的に不安なのは、そんな状態なのに何もしていないマリーの方だ。こういう時黙っていなさそうな正確なのになぁ……それとも、アンリエッタに止められているのだろうか。……いや、その程度で止まるマリーじゃないな。

 ま、今は何かして目立ってしまうのを避けているのかもしれないな。正体不明のアーチャーやら向こう側にもサーヴァントと言う戦力が増えていっているわけだし、慎重になるのも仕方のない事だろう。

 

「あ、美味しい……」

 

「そういえばマスターはチップレースの調子はどうなんだ?」

 

 俺がそう聞いた瞬間、酒に舌鼓を打っていたマスターは一瞬にして苦い顔をした。

 

「……あんまり、集まってないわね」

 

「ふぅん……さて、ここに四百エキューあります」

 

「っ!」

 

 しゅばっ、と俺の持っている袋に手を伸ばしてくるマスター。すっと上にあげて意地悪をしてやると、がるる、とこちらを威嚇するマスター。なぜこの子獣になりかけてるんだ……?

 

「……よこしなさい」

 

「いやー、四百エキューなんて、おいそれと渡せないなー。それ分のサービスがないとねー」

 

 ここぞとばかりにマスターを煽る。こういうことでもないと、マスターをおちょくるとかそうそうできないしなー。マスターは一通り唸った後、座ったままスカートの裾を少しだけ手で持ち上げた。

 

「ちらっ。……ちらっ」

 

 体つきに違わず、細いが健康的できれいな太ももがちらちらと見える。……え? それで?

 

「……ど、どう?」

 

「……えーっと……綺麗な太もも……だな?」

 

「こ、興奮したりしない……?」

 

 ああ、もしかしてこれ、色仕掛けされているのか……?

 

「マスター。……そのやり方、マスターにはあってないんじゃないかなぁ……」

 

「うぐっ……」

 

 まったくもう。

 そんな風にマスターに苦笑いを返すと、1エキューだけ手渡す。

 

「やってる姿はかわいらしかったから、これをあげよう」

 

「……もっとよこしなさいよ」

 

「可愛くないぞー、マスター。もっと可愛くならないと。……明日また来るよ」

 

 そう言って立ち上がり、会計を済ませて外に出る。

 

・・・

 

 ……主が来るようになってから、『魅惑の妖精亭』は変わった。まぁ、今は『貴族』を演じているのもあるし、『黄金律』スキルのおかげでかなりお金持ちだ。なんだ、子孫代々までお金に困らないって。自分以外の子孫に効果を発揮するスキルとか流石は英霊の中でも頭おかしいと言われる英霊王だ。

 来て一日目でジェシカと大主以外の全員を虜にしたその魅力と財力は、瞬く間にこの店を変えてしまった。主が来た瞬間に大半の女の子が席を準備し、酒を用意し、隣の席を取り合い、何だったら床に座ってでも近くに行こうとする。かくいうボクも気配遮断と敏捷ステータスの高さを活かしてだいたい隣を確保してるけど。

 そして現在最終日。主がかなりお金をばらまくもんだから、現在一位のジェシカも結構なりふり構わない稼ぎ方をし始めていると聞いた。今日は最終日……向こうでいう給料日のあとの休み前日のようなものなので、かなりのお客さんが来店しているものの……ほとんどの店員が主の所に集っているので、そこからあぶれてしまった人が客の所を回っている状況だ。……まぁ、あぶれた店員になんとか来てほしいと主以外のお客さんがチップを積むので、そちらでもお金が大量に行きかっている。先ほどジェシカから話を聞いたが、この『魅惑の妖精亭』史上一番お金が行き交っている日だと笑っていた。

 

「……主ぃ……」

 

「あーはいはい。良い子良い子」

 

 座っている主の脚に縋りつくように抱き着いてると、頭を撫でられる。うへへ、幸せ。

 

「あーっ、ギル様、アンばかりずるいですー!」

 

「私もーっ!」

 

 ボクが撫でられているのを見てか、他の店員さんも主の下へ集う。……がるる。このなでなではボクのものだぞー。

 全く、主はすぐ女の子落とすんだからぁ……。お金につられてるって子もいるんだろうけど……カッコいいしなぁ……。

 

「はっはっは、いいねえ、こういうの。やっぱりこういう悪い遊びたまにやると面白いよなー」

 

 金ならあるぞー、となんか変なしゃべり方で料理を持ってきた子、お酒を注いだ子、何か話をした子、色んな子にいろんな理由でチップを渡す主は、変な遊びにハマって高笑いしているのを含めてちょっと馬鹿っぽいけど、そういうのもなんかギャップを感じて可愛いなー、なんて思ったりして、ふへへ、なんか、ドキドキしてしまうのだ。……フヒヒ。

 まぁ、主はみんなを楽しませるのも上手だ。このテーブルの周りでは、笑いが絶えない。お酒も入っているからか、ここだけ異常に熱気が凄い。

 そんな風に楽しんでいると、大きな音を立てて扉が開いた。

 

「いらっしゃいま……あ、あら、いらっしゃいませ~!」

 

 店長が揉み手をしながら新たに来た客を出迎えた。……? あの店長があんな反応をしたのは初めてだ。かなり上の人間なのだろう。それこそ、貴族なのかもしれない。店員だけではなく、お客さんも静かになってしまっている。

 

「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ、『魅惑の妖精亭』へ……」

 

「ふむ、繁盛しておるようだな」

 

「い、いえいえ! 本日はたまたまというもので……」

 

 なにやら店長が下手に出て謙遜をするが、あのチュレンヌとかいう男は、こういう店のなにがしかに口を出せる……場合によっては、手も出せる立場なのだろう。ある程度そんな茶番を繰り返した後、仕事ではなく客で来た、との言葉に、店長のスカロンが申し訳なさそうに口を開く。

 

「申し訳ありませんが、本日はこのように満席でして……」

 

 スカロンがそう言うも、チュレンヌはふん、と鼻を鳴らして偉そうにのけ反る。

 

「そうは見えんがな」

 

 その一言と共に、背後にいた護衛らしき男たちが杖を抜いた。巻き込まれてはたまらないと思ったのか、酔いも醒めた様子のお客さんたちが、我先にと店から出ていく。……それでも残っているのは、恐れる必要のない主くらいのものだ。主が逃げないので、その席の周りには店員の女の子たちが隠れるように集っていた。……主ー? 今ちょっと不穏な空気ですよ? そんな、「次はシャンパンタワー行ってみようかー!」じゃないんですよ! っていうかその文化こっちにないでしょ! 「オッケー!」じゃないんだよアリサ(入店三年目)! あの子あんなに空気読めなかったっけ!?

 

「……む? おい貴様!」

 

 そんな風に大騒ぎしているからか、やっぱりというかなんというべきか、取り巻きの一人がこちらに目を付けてしまった。一人豪遊してるのもそうだし、周りに店の女の子を侍らせている(ように見えるだけで、大半は避難してるだけ)のも目を引いたのだろう。

 声を掛けられた本人である主は……ダメだ! シャンパンタワーの準備し始めた! 酔ってんじゃないのあの人! 特殊な日本酒じゃないと酔わない主が酔うとかなんか盛られたんじゃ……。

 

「聞いているのか!」

 

 ずかずかと足音を立てて目の前まで来た護衛に、ようやく主が目を向ける。

 

「おお? どうした、何か問題か?」

 

「きっ、貴様! 口の利き方に気を付けろ! この杖が見えぬのか!」

 

「……ほう、杖。そういえば、貴族の証だったな」

 

 厳密にいえば貴族の血脈以外は魔法を使えないからそうなってるってだけなんだけど……。まぁ、貴族じゃなくて魔法が使えるって人間のほうが少ないから細かいことはいいか。あの現地協力者のフーケさんだってなんかあって貴族じゃなくなったらしいですし。

 

「まぁまぁ、仲良く飲もうじゃないか。これからシャンパンタワー……じゃないけどちょっと色々やるんだ。……お酒来ないな」

 

「貴様……! 何を言っている……!?」

 

「……あ、マスター」

 

 主がふっと視線を向けると、その先には大主が。……あー、えっと、あの人空気読めないもんなぁ……。たぶん「お酒の注文来たから届けないと」って頭いっぱいになってるな……?

 

「お待たせ……って、なに、あんたが頼んだの?」

 

 にこりと笑って主の顔を見た大主が、ため息をつきながらお酒をテーブルに乗せる。

 

「チップくらい弾みなさいよ。まったくもう」

 

 そう言って腰に手を当てながらいつものように胸を反らしている大主を見たチュレンヌたちが、急に笑い始めた。

 

「なんだなんだ! 閑古鳥が鳴いているというのも本当なのかもしれんな! こんな子供をやとっているのだからな!」

 

「はっはっは! ……いやいや、よく見ると子供ではなくただの胸の無い女ではありませんか?」

 

 護衛の一人がそういうと、チュレンヌの瞳が厭らしい色に染まった。……む。

 

「そうかそうか、ならばわしが触って大きさを試してやろう」

 

 そう言って手を伸ばす。……あ、こら。

 

「ちょ、やめ……」

 

「風よ」

 

 ボクが止めるより先に、ノーモーションで主がチュレンヌたちを吹き飛ばしてしまった。

 にっこりと笑う主の手には、斧のような形の杖が握られていた。……それって霊基キャスターの時に使う奴……。

 

「マスター、大丈夫か?」

 

「え? あ、うん。……だいじょぶ」

 

「それならよかった。ほら、おいで。怖かったろう? 撫でてあげよう」

 

「はぁっ!? そ、そんなのいらないし! 怖くなかったし!」

 

 手招きをする主と、恥じらってそれにツンで返す大主。うんうん、可愛いなぁ。

 周りのみんな……アリスやらジャンヌ(ウチの田舎娘ではなく、この店のナンバースリー)も、ほっこりとした表情をしている。

 

「きっ、貴様ぁっ! この私を女王陛下の徴税官と知っての狼藉か! とっ、捕らえよ! その男を捕らえよ!」

 

 そう言って、徴税官の護衛達は魔法を唱え、なにやらロープのような魔法を飛ばして主を捕らえようとするも……。

 

「私の使い魔に……なにすんのよ!」

 

 どん、と爆発音。護衛の人間も、チュレンヌも、何だったら建物の扉も、一緒に吹っ飛んでいった。

 

「こ、これは……!? な、なんだこの魔法は!?」

 

「マスター、扉の向こうに穴をあけてくれ」

 

「え? ……ああ、わかったわ」

 

 立ち上がった主が、杖をもう一度降る。宝物庫からバックアップを受けた魔術の風が、チュレンヌたちすべてを後方上に吹き飛ばす。そして、マスターも息ぴったりに地面に魔法を放ち、ズドンとどでかい穴をあけた。もちろん、あの男たちの着地点はその穴だ。大きな音を立てて穴に落ちた男たちが、上からのぞき込む主と大主。

 青い顔をしたチュレンヌが、ようやくやばいことに気づいたのか、こちらを見上げたまま叫ぶ。

 

「お、お前たちは……い、いや、あなた様達は、どこの高名な武家の方たちで!?」

 

「マスター、あれを」

 

「ん」

 

 大主が、男たちに向けて女王の許可証を見せる。

 

「そ、そそそそれは……陛下の許可証……!?」

 

「良いか、こちらにおわすのはな、女王陛下の女官にして、由緒正しい家柄のやんごとない家系の三女さまだ。お前たちごときに名乗る名前はないさ」

 

「はっ、ははー! そ、そうとは知らず! そうとは知らず!」

 

「ほら、マスター、杖を向けろ」

 

「なんでよ」

 

「いいから。ほら」

 

「……」

 

 主に何か言われた大主が、怪訝そうな顔で男たちに杖を向けた。

 冷や汗までかいたチュレンヌが、大慌てで懐をまさぐり、何かを取り出して大主の元へ放り投げた。……あ、財布だあれ。

 

「ゆ、許してください! 命だけは!」

 

 そういって、チュレンヌは周りの護衛達を促して財布を出させる。それも大主の足元へ放り投げるが、大主はそれを見もせずに、チュレンヌに言い放つ。

 

「今日見たことはすぐに忘れて誰にも言わないことね。……じゃなければ、命がいくつあっても足りないわよ?」

 

「は、はい! 誓って! 始祖と陛下の御前に誓って! このことは誰にも話しません!」

 

 そういうと、チュレンヌは他の護衛達と這う這うの体で穴から這いだし、夜の闇へと消えていった。

 

「凄いわルイズちゃん!」

 

 店主がそう喝采を上げると、他の女の子たちも大主を囲んではやし立てる。

 

「あのチュレンヌの顔! スカッとしたわ!」

 

 しばらくそのまま恥ずかしそうにはにかんでいた大主だったけれど、主と目が合って申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。あ、そっか。貴族ってばれちゃったから……。

 だけど、スカロンは首を振って笑う。

 

「あなたが貴族なんて、最初から分かってたわ」

 

「え……!?」

 

「だって、身振りも所作も、何もかも庶民とは違うんだもの。これでも酒場を長くやってるのよ? 人を見る目だけは一流なのよ」

 

 だから、とスカロンは続ける。

 

「ここにいるみんなは、過去に何かあった子たちなのよ。だから、詮索なんてしないし、誰も喋ったりもしないわ。安心して」

 

 そう言って手を叩いてみんなの注目を集めると、周りを見渡す。

 

「さて、最後のお客さんも……帰っちゃったし、今日はこれで終わりね! チップレースの結果は……まぁ、集計するまでもないわね」

 

 みんなの視線が、大主の足元にある財布に集まる。

 

「一位は、ルイズちゃん! おめでとう!」

 

 店の中に、大きな拍手の音が響いた。

 

・・・




「シャンパンタワーいこうかー!」「いえーい!」「ドンペリいこうかー!」「い、いえーい?」「神代のワインいってみようかー!」「ひぇーい!」「チップ総取りゲームやろうかー!」「ひゃー!」

「……あいつ、楽しんでるわねぇ……」「お金持ってたらこういうお店は楽しいだろうからねぇ……」「っていうかシャンパンとかこの世界にあるの?」「なんか、神代のワインと炭酸水入れたら宝物庫で作ってくれたんだって」「……へ、へー? ……今度、何か入れてみようかしら……」


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