ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「思えば、俺たちの出会いも運命だったのかもなぁ」「ふぇっ!? ど、どうしたんです突然そんな、いや、その、うれしいんですけどまだ心の準備ができてないっていうか……で、でも、その、ふっ、不束者ですが末永くよろしくお願いいたしますっ」「ほんと、運命だよな……このペン、書きやすいし」「……」「……うん? どうしたんだ、神様」「……いいもん。最初から攻略には千年単位でかかるって思ってたもん。まだ二百年くらいしかたってないし、私も結婚適齢期まだだし、まだいけるもん。……な、泣いてないもんっ」「どうしたんだ神様。ほらほら、涙拭けよ」「うえーん! このひと優しいー! うえーん!」「や、優しくして泣かれたのは初めてだぞ……」

それでは、どうぞ。


第二話 二人の出会い

……なんてことをしていると、夜もあけ、朝を迎えた。

 

「……っと、そろそろか」

 

 時計を見て、丁度終わった百人分目のマフラーを宝物庫にぶっ込む。

 くぅ、と背伸びをして、ぽきぽきと鳴る骨に心地よさを感じつつ、マスターに視線を移す。朝日に少し顔を顰めるも、未だにすぅすぅと小さな寝息をたてている。ふむ、可愛いものである。

 

「おーい、起きろー。朝だぞー」

 

「むにゃ……うぅん……後五分……」

 

「うん、五分な」

 

 おっけー、とそのまま五分待つ。暇つぶしに自動人形の頬をつついてうっとうしそうにつつき返されるのを繰り返していると、あっという間に五分が経つ。

 

「よし、ほら、五分だぞー」

 

「あぅあぅ……うぅん……あによぅ……」

 

 もぞもぞ、と渋ったものの、しつこく揺すられたからか、目をこすりこすり起き上がるマスター。そのまま寝ぼけ眼で俺を見て、小首を傾げる。

 

「……あんた、だれ?」

 

「おいおい、それはあんまりだろう。昨日召喚されたサーヴァントだよ、マスター」

 

「……さー、ばんと。……しょうかん? ……っあ、召喚! 召喚したわ!」

 

「おう、思い出したみたいだな。おはよう、マスター」

 

「え、ええ。おはよう」

 

 大声で俺を認めたマスターが、挨拶を返してベッドから降りる。ネグリジェ姿なので、ああ、着替えか、と昨日探索しておいたタンスの中からブラウスやスカート、マントを取り出す。

 

「ほら、着替え。その寝巻きはどうするんだ? 洗うなら受け取っておくが」

 

「ふぇ? あ、うん、ありがと。……えと、コレもお洗濯ね」

 

 そう言って、ネグリジェを脱いでベッドに放り投げるルイズ。そのまま俺の出した服を手に取り、ごそごそと着替えを始める。

 全てを着終えて、タイまで結んだルイズが、少し首をかしげた後、何かに気付いたようにこちらを振り向く。

 

「……って、普通に着替えちゃったじゃない!」

 

「うん? 何か不味かったか?」

 

「あのね、貴族って言うのは、従者がいるときは自分で着替えたりしないのっ」

 

「ああ、なるほど。俺がやれってことね」

 

 確かに、俺も一瞬で着替えられるというのに侍女とかがどうしてもと着替えさせたがってたよなぁ。ふむふむ、その辺も離れて久しいからなぁ。思い出しつつやらないといかんか。

 

「そうよ!」

 

「でもまぁ、着ちゃった物は仕方ないな。明日の朝からは気をつけるからさ」

 

「むぅ……まぁ、分かったなら良いんだけど……」

 

 そのまま身嗜みを整えたマスター。最後に杖を取って、外に出ようと歩みを進める。

 

「あ、ちょっと待てマスター」

 

「ん? なによ」

 

「ほれ、襟」

 

 ちょちょい、と襟を直してやると、少しだけ頬を赤く染めて短く礼を言ってくれるマスター。うんうん、そういう不器用な素直さがいいと思うよ、俺は。

 そんな風に俺がほのぼのしていることを知らないであろうマスターは、そのまま扉を開けて部屋を出る。

 

「取り合えず朝食を取りに食堂まで行くわ」

 

「了解。食堂って言うのは……うん?」

 

「……げっ」

 

 部屋を出た俺たちの前に現れたのは、燃えるような赤髪、褐色の肌、そしてその豊満な二つの果実! ふむ、メロンかな? 目には挑発的な意思が見え、こちらを値踏みするような視線を遠慮なくむけてきている。ほほう、なかなか自分に自信のある娘みたいじゃないか。マスターより年上みたいだし、その分の余裕もあるのだろう。

 

「あら、朝からずいぶんなご挨拶じゃない」

 

「うるさいっ。あんたなんかにする挨拶はないわっ!」

 

 むむ、マスターの反応を見るに、あんまり得意な相手では無いらしい。

 がるる、といまにも噛みつきそうな犬みたいな反応を返している。こらこら、学友にそんな態度はいただけないなぁ。

 まぁまぁ、となだめていると、メロン娘は初めて俺に視線を向ける。

 

「あら、あなたは……?」

 

「そうか、初めましてだな。マスター……ルイズのサーヴァントやることになった、ギルという。よろしくな」

 

「あら、本当に人間を召喚したのね、ヴァリエールってば。……まぁ、顔は良いみたいだし、ヴェリエールの使い魔が嫌になったらおいでなさい。可愛がってあげるわ」

 

 おおう、久しぶりに直球で誘われたな。うぅむ、確かにこのメロンは一度味わってみたいけれども……うん、隣のマスターの殺気が凄まじいので、乗り気になるのはやめておこう。令呪をつかってでも土下座させられそうである

 さすがに三画しかない令呪をそんなことで消費させるわけにもいかないだろう。

 

「はは、お誘いは嬉しいけど、今のマスターはこの娘なんだ。彼女から許可が出ない限り――」

 

「だすわけないでしょっ」

 

 俺が言い切るよりも早く、マスターから否定の言葉が割って入ってきた。まぁ、そうだろうと思ったけども。

 そんなやり取りの後、呆れたようにため息をついたメロン娘が、「やっぱり使い魔にするならウチの子みたいなのじゃないとね」と振り返る。

 

「フレイムー」

 

 その声に反応するように、背後の部屋からのそのそと巨大なトカゲがあらわれる。

 尻尾には火が灯り、口からはきゅるきゅるという鳴き声とともに、小さな炎が吐き出されている。……ふむ、これは……幻想種ではないみたいだけど、普通の生き物でもないだろう。この世界特有の魔法生物だろうか。

 そんなことを思いながら観察していると、俺の視線に気付いたのか、メロン娘が説明をしてくれる。なんでもサラマンダーという種類の使い魔で、名前をフレイムと言うらしい。名前の通り「火」の使い魔であり、メロン娘は「好事家に見せたら値段なんかつかないんだから」とその大きな胸を張って教えてくれた。

 どうも彼女の話によると、「使い魔とマスターは同じ属性を持つ」のだそうだ。……という事は、我がマスターにも俺と同じ属性が……って、俺って何属性なんだろうか。エアの真名解放は風のせめぎ合いによる時空切断なんだが、それを考えると風? ……いやいや、でも、それはどっちかっていうとエアの属性であって俺ではないだろう。

 

「ふむ……ではマスター、君の属性はなんなんだ?」

 

 考えててもラチがあかないと判断して、マスターに聞いてみる。

 だが、どうやら地雷を踏んだらしい。目の前のマスターのいかりのボルテージが上がっていくのが目に見えて分かってしまう。やべ、と思った時にはもう遅く。

 

「うるさいっ! ……行くわよ!」

 

「あ、ああ。……すまんな、メロン娘。どうやらマスターを怒らせたらしい」

 

 流石にそのまま立ち去るのは、と声をかけるが、メロン娘は苦笑しながらいいのよ、と返してくれた。

 

「大変だろうとは思うけど……ま、あの子のあれは癇癪みたいなものだから」

 

 そう返してくれたメロン娘に謝意を示して、足早に去ってしまったマスターの背中を追う。

 

「……ちょっと時間ずらしてご飯食べようかしら。……それにしても、なんで彼は私のことを「メロン娘」って呼ぶのかしら……?」

 

 取り残された彼女の疑問は、廊下の騒がしさの中に消えていくのだった。

 

・・・

 

 マスターの背中を追っていくと、一つの部屋にたどり着いた。……いや、これは部屋というよりは広間だろう。廊下とは比べ物にならない騒がしさと、空腹を誘う良い匂い、昨日見た、厨房の近くにあった扉がこの辺りだったので、たぶん昨日見たのはこの広間の扉だったのだろう。

 ずんずん進んでいくマスターに声をかけ続けると、広間に入る直前にこちらを振り返り……。

 

「あんた、ご飯抜き!」

 

 びし、とこちらを指差して言い切ると、更に「ついてこないで!」と言って立ち去ってしまった。……これは、これ以上追いかけるのは逆効果だろうな。大人しく引いて、ほとぼりが冷めるのを待つとしよう。

 となると、今するべきは……洗濯だな! そういえば昨日の探索では洗濯場だけは見つけられなかったな。……むぅ、その辺のメイドさん捕まえて聞くとしよう。……ええと、緊張させないように、優しく対応するのを意識して……。

 

・・・

 

「君、ちょっと良いかな?」

 

 給仕のお仕事中。背後からかけられた優しげな声に、はい、といつも通り振り返る。

 ここにいらっしゃるのは貴族の方々。万が一にも、粗相があってはいけません。声をかけてきた方も、無茶を言わない方だと良いけれど、と心中で祈りながらお相手を確認……。

 

「あ、う……」

 

 ――した瞬間、息がつまったかと思うほどの衝撃が私を襲った。目の前にいらっしゃるのは、これまで見たことも無い「黄金」と表現するのがふさわしいお方。思わず手に持ったお盆を取り落としそうになって、慌てて持ち直す。目の前でこぼしてかけてしまっては、私の首だけではすまなさそうだからだ。

 威圧感……とはまた違った感覚が、目の前の方から発せられているような気がする。何度か貴族の方から威圧感たっぷりに命令を受けたりした時に感じた、逆らう気を潰す威圧感に似た、もっと別の何か……。

 

「あー、大丈夫? 調子悪いなら……」

 

「い、いえっ! 問題ありませんっ」

 

 心配そうにこちらを見るお方に、慌てて否定の言葉を返す。……って、あれ? 心配……してくださったのだろうか。そういえば、よく見れば今まで学園では見たことの無い方。……お召し物も学生の方たちの制服とは違うようですし……。

 新しく教師の方がくるとは聞いていないけれど、もし教師の方であれば、こうして私のようなメイドにも柔らかい対応をしてくださるのも納得がいく。学園長をはじめとして、教師の方は私たちメイドにも気を使ってくださったり、労ってくださったりする方は多い。学園長に至っては、あの貴族嫌いのマルトーさんがここで働いても良いと思うくらい、平民想いの良いお方と聞きますし……。

 

「あーっと、大丈夫ならちょっと案内して欲しいところがあるんだよね」

 

「は、はいっ。今すぐ! ……すみません、このトレイお願いっ」

 

 同僚にそう声をかけると、察してくれた一人が頷きを返して駆け寄ってくれる。そのままトレイを渡して、どちらへ案内いたしましょう、とお聞きする。

 ……なんと、洗濯場を探してらっしゃるそうだ。流石にそんな貴族の方は見たことが無い。お洗濯なら私たちに預けていただければ、と提案してみるが、この方は苦笑いをしてちょっとね、と言葉を濁した。……とても気になる対応である。が、しかし、案内してほしいと言われれば、疑問を持たない方が良いだろう。とりあえず、こちらです、と先を歩いて案内を始める。……あ、お洗濯物持ってないみたいだし、もしかしたら洗濯場の点検……とか? と考えてみたりするが、いやいや、それこそ貴族様のお仕事じゃ無いよね、とその考えを消す。

 

「あー、なるほど」

 

 しばらく歩くと、背後から納得したような、そんな声が聞こえた。

 

「は、はいっ!?」

 

 何かしちゃったかしら、と背後を振り返ると、「あー、いや」と苦笑いをする貴族様。気まずそうに頬をかくと、視線を進行方向……外につながる勝手口に向ける。

 

「いや、洗濯場と言えば外だよなーって。昨日探したんだけど見つからなくてさ」

 

「は、はぁ……」

 

 お洗濯をするということは、大量のお水を使うということである。ならば、室内に作って排水やらの問題を抱えるよりは、初めから気遣う必要の無い外に作ってしまった方が効率も良い。

 丁寧にそう伝えると、なるほどね、ともう一度納得した声が貴族様の口から漏れる。

 

「いやはや、現代に生きるとやっぱり排水口とかあるのが当たり前に思っちゃうしさ。そういうところ、やっぱり常識ないなー、って思うよ。メイドさんもそう思うでしょ?」

 

「え? い、いえっ。お洗濯は私たちメイドの仕事ですので! 貴族の方がご存知ないのは当然かと……」

 

「ん? 貴族?」

 

 私の言葉に、首をかしげる貴族様。どうなさったんだろう、と私も首をかしげる。

 

「俺が?」

 

「え? あ、はい!」

 

「……そういうことか」

 

 頭に軽く指をあて、「あちゃー」と声を漏らす貴族様。私の頭には、どうしたんだろう、と疑問符が増え続けています。

 

「……緊張してもらってるところ悪いけど、俺、貴族じゃないよ」

 

「ええっ!?」

 

・・・

 

「そ、そんな勘違いを……も、申し訳ありませんっ」

 

「あー、気にしてないから。ね?」

 

 事情を説明され、全ての勘違いを正された後、がばっ、と頭をさげる私に、ギルさん(事情の説明と同時にお互い自己紹介してお名前を教えていただきました)は苦笑いを浮かべます。

 うぅ、顔から火が出るとはこの事かと思うくらい恥ずかしいです。まさか、こちらが勝手に勘違いした上で接していたなんて……。

 

「いやー、俺カリスマなしでそんなことになるとは思わなくてねー」

 

「え? ……あの、今何か……」

 

「んー? なんでもない。なんでもないよー」

 

 勝手口から外に出て、壁沿いに少し歩いている最中、ギルさんが何か仰っていたようだけれど、恥ずかしさで身悶えしていた私の耳には届かなかった。

 

「ま、ほら、こういう事があって仲良くなれたんだし、前向きに行こうよ、ね?」

 

「うぅ、ありがとうございます……」

 

 そんなやり取りをしていると、洗濯場に到着しました。ギルさんはなんとあのミス・ヴァリエールの使い魔として召喚された、同じ平民の方なのだそうです。それで、彼女からお洗濯を命じられ、洗濯場を探していた、という事でした。

 ……『召喚された』という事は、ご家族とは離れ離れになってしまったのでしょうか。とてもデリケートなお話ですし、軽々しく聞けない事なのですが、もしそうであれば……いつでも、お力になりますからね、ギルさんっ。

 

「うん、ここを借りて良いんだな」

 

「はい。道具やお洗剤も置いてありますので、ご自由にお使いください」

 

「何から何まですまないね。あ、場所は分かったからあとは大丈夫だよ。ごめんね、仕事中にここまで付き合わさせちゃって」

 

「いえいえ。……その、またお困りの事がありましたら、また言ってくださいね! お力になりますからっ」

 

「ん、ありがとう。……また後で、お礼を言いに行くよ。いつもは厨房で働いてるのかな?」

 

「そ、そんな、お礼なんていいですっ。平民はお互い助け合うのが当然ですから!」

 

 そう言って断るものの、ギルさんはそれじゃあ自分の気が済まないから、と折れてくれません。何度かの問答の後、私の方が折れ、後ほどまたゆっくりお礼を言いに行くよ、という申し出を受ける事となりました。……でも、マルトーさんに気に入られそうな方だから、一度ギルさんにマルトーさんを紹介してもいいかもしれない。

 ギルさんとわかれ、自分の仕事場に戻る道すがら、とても良い人がいましたよってマルトーさんに報告しなきゃ、なんて考えながら歩く。

 ……戻った時、同僚の何人かに心配され、事情を説明することになる可能性なんて、この時は頭からすっぽ抜けていたのだった。

 

・・・

 

「良い子もいたものだ」

 

 シエスタちゃん(先ほど道案内をしてくれたメイドさん)を見送り、宝物庫から洗濯物を取り出して呟く。ああいう子がいるという事は、この学園は良いところなのだろう。

 洗濯物をカゴごと地面に置き、続けて宝物庫から魔導書を取り出す。これは水の魔導書だ。幾つかの魔術を起動させると、井戸の水が勝手に洗濯物を巻き込んでいき、投げ入れた洗剤を混ぜ合わせてじゃばじゃばと洗濯していく。……ふっふっふ、これぞ楽々お洗濯! しかし、マスターももう少し恥じらいを持たないとなぁ。まだ思春期を完全に迎えていないからこういう事ができるんだろうが、そのうちいくらサーヴァントとはいえ男に自分の衣類を洗濯されるのは恥ずかしいということを教育していかないとなー。

 洗濯をしているあいだ、宝物庫の中からシエスタちゃんに渡すお礼のプレゼントを見繕っておく。洗濯をしたり厨房で働いているという事は、水仕事が多いのだろう、と判断して、ハンドクリームを贈ることにした。シンプルな容器に入ったこのハンドクリームは、なんとあの湖の女神様も愛用しているという逸品なのである。冷たい湖の中で冷たい聖剣とか磨いてるとどうしてもあかぎれしてしまうんだそうだ。そんな時もこのクリームを塗ればあら不思議。魔力とか魔術触媒とか概念とか妖精の加護とかが美しい白魚のような手を取り戻してくれるんだそうだ。湖の女神もこれでイケメンの騎士をゲットした、とウチの神様に自慢していたらしい。何やってんだ湖の女神様。

 まぁ、そんなこんなで効能は実証済みの女神印のハンドクリームは、お礼としては良いんじゃないだろうか。装飾品のように好みと違って処理に困ったりとか、食べ物みたいに好き嫌いのわからないものとかよりは、実用的で常識的な範囲内だろう。

 

「……っと、洗濯が終わったみたいだな」

 

 ある程度洗剤が汚れを落とし、すすぎ洗いも終わったので、次の魔導書を取り出す。これは風の魔導書で、次は乾燥だ。ついでにたたむのも一緒にやっちゃおうと思っている。

 同じように呪文を唱えると、魔術式が起動。水を吹き飛ばし、風が洗濯物を捉える。そのまま温風で水分を飛ばすと、シワを伸ばし、俺の思う通りにたたまれていく。全ての行程が終了した洗濯物たちは、洗濯カゴの中に順番に戻っていく。

 

「っし、おーわりっと」

 

 最後にカゴと魔導書を宝物庫に戻し、本日の洗濯は終了である。そろそろ朝食も終わるだろうが……マスターのご機嫌はいかがだろうか。パスで繋がっているので若干の感情は伝わってくるのだが、まぁ先ほどよりは落ち着いているな。これなら、迎えに行っても良いだろう。

 そう決めた俺は、確認のために取り出していたハンドクリームを宝物庫に戻し、先ほどの道のりを逆に辿って、食堂まで戻るのだった。

 

・・・

 

「お、マスター」

 

「……あんた、どこ行ってたの?」

 

「お洗濯。マスターに命じられた仕事をしてたのさ」

 

「ふぅん。そう。……まぁ、小間使いとしては使えるみたいね」

 

 幾分か落ち着いたのか、まだイラつきはあるみたいだが話は出来る。これからの予定を聞くと授業という答えが返ってきたので、取り敢えず後ろについていくことにする。授業とか久しぶりだなー。

 到着したのは、大学の講義室のような教室だ。中心に教卓があり、そこから半円の放射状に机が並んでいる。マスターと一緒に教室に入ると、全員からの視線を感じる。……ふむ、やっぱり使い魔召喚って言ってサーヴァントを召喚したのはウチのマスターだけか。……いや、そりゃそうだ。特に儀式もないのにサーヴァントホイホイ召喚されてたら、第一次異世界聖杯戦争の始まりである。本来であれば今朝見たサラマンダーだとか、目の前を飛ぶフクロウやコウモリと言った動物が使い魔としてはちょうど良いのだろう。

 視線を様々な使い魔たちに向けていると、マスターが席の一つに腰掛けたので、その隣に腰掛ける。

 俺が座ったことを理解したマスターは、今朝の食堂前を髣髴とさせる鋭い瞳でこちらを見上げてくる。

 

「ちょっと。あんたは床よ」

 

「まぁまぁ。あ、ほら、教師も来たみたいだぞ」

 

 俺の言葉に、マスターは少しムッとしたものの、教師が入ってきたからか大人しく前を向いた。

 教師は少しふくよかな中年女性で、シュヴルーズと言うらしい。『土』属性の教師で、毎年新たに召喚された使い魔を見るのが楽しみなんだとか。……あ、俺の所で視線が止まった。予想はしてたけど。

 

「あら。ミス・ヴァリエールは珍しい使い魔を召喚したようですね」

 

 まぁ、使い魔というかサーヴァントだからな。ほぼ神霊の俺を召喚するとか、前代未聞なんじゃなかろうか。

 そんなシュヴルーズ先生の言葉に反応したのは、これまたぽっちゃりした少年だ。

 

「どうせその辺の平民連れてきたんだろー!」

 

 その言葉を皮切りにして、教室が笑いに包まれる。……どこでも、こんな下らないことがあるらしい。学校という特殊な環境の宿命というか……。まぁ、彼らの前で一度も鎧姿になったことないし、そう勘違いしても構わないけど……。

 さてどうやって黙らせてやろうか、と穏便な手段を模索していると、何かとマスターを揶揄していた少年が、急にもがもがと苦しみ始めた。

 どうしたのだろうか、と視線をそちらにむけると、どうやら口の中に土が詰め込まれたらしい。まさか、とシュヴルーズ先生を見てみると、杖を持ってこほん、と咳払いしていたので、俺の予想はあっているだろう。とても優しい先生のようだ。……まぁ、きっかけを作ったのは先生の一言なので、若干の軽率さは否めないが。

 

「クラスメイトの悪口はいうものではありませんよ、ミスタ・グランドプレ」

 

 漸く土を取り除いた少年が、しょんぼりと頷く。よろしい、とそこで先生は話を変え、自分の教える『土』属性について話し始める。『火』『水』『風』『土』の4属性(そのほかに、今は失われてしまった『虚無』というのがあるらしいが)の中でも、一番生活に密着しておりこの魔法が無ければ城の建設などもままならないとか、土属性がいるからこそ今の生活があるだとか、若干土属性について偏りもあったが、それを差し引いても大切な属性なのだ、というのが彼女の論らしい。なるほどなー。

この授業を聞いて、俺の中で更に疑問がわいてくる。結局、俺やマスターはどの属性なのだろう、というのがことだ。

 『火』? ……確かに彼女は癇癪を起こすし烈火の如く怒る。だが、それは『燃やし尽くす』というほどではない。

 『水』? ……いやいや、癒しの力というのは違うだろう。『火』の時も思ったが、俺の属性は確実に違うだろう。

 『風』? ……一番近いが……俺はともかく、マスターは違うだろう。なんというか、マスターも俺と同じく『固定砲台』タイプだと思うのだ。

 『土』? ……これは……。

 っと、マスターが呼ばれた。どうやら、『錬金』という魔法の実技をするらしい。ただの石ころを真鍮に変えた先生が「貴女もやってみましょう」と前に出るよう促す。その瞬間、何故かシンと静まり返った教室内で、先ほどのメロン娘がマスターに声をかける。

 

「ルイズ? ……その、やめましょう?」

 

 その言葉は、ウチのマスターの琴線に触れたらしい。先ほどまで出て行こうか迷っていたマスターが、ハッキリと決意した瞳で「やります!」と教壇まで進んでいったのだ。

 その後の教室内の人間の反応は凄かった。机の下に隠れるもの、自分の使い魔を保護しにいくもの、教室を出て行く子までいるようだ。

 なんだなんだ、防災訓練みたいだな、なんて思っていると、マスターが深呼吸を何度かして、杖を振り上げ呪文を唱える。

 これで、『土』属性なのか分かるかな、なんて興味津々に見ていると、マスターが杖を振り下ろし……爆発が起きた。

 

「なんと」

 

 目の前に盾の宝具を展開して爆風と破片から身を守る。ついでに近くの使い魔たちも守っておく。

 ……なるほど、中々に反骨精神溢れるマスターだな。「錬金しました。塵に」ということだろう。見ろ、先生なんてあまりの衝撃に気絶しちゃってる。

 そして、まわりからは「だから『ゼロ』のルイズに魔法を使わせるなって言ってるんだ!」やら「ああっ、僕のラッキーがぁっ」やら、様々な悲鳴が聞こえてくる阿鼻叫喚の様相を呈していた。……うん、大体わかったぞ。この子のこの強大な力を見るに、俺がするのは用心棒みたいなものだろう。強大な力は狙われることも多いからな。そういうことだろ、神様。どやっ。

 俺が神様にそんなドヤ顔を内心で披露していると、爆発で煤けた制服やブラウスを手で払っているマスターがふぅ、と一つ息をはいて。

 

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 呆れたようにつぶやいた。

 

・・・

 

 また爆発。一瞬で現れた光と衝撃で、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。先生は今の衝撃で気絶してしまったし、生徒たちは瓦礫から抜け出したり使い魔をおちつかせたりで忙しそうだ。……一瞬、『錬金しました。塵に』と言おうかとも思ったが、流石に捻くれ過ぎかと思いやめた。目の前の机は、原型こそ留めているものの、上に乗っていた石ころは当然消滅しているし、なんだったら周りの机も悉く薙ぎ倒されている。

けほ、と咳払いをして、自分でも呆れの感情がこもっているとわかる声で一人呟く。

 

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 そう言ってから、召喚した使い魔に視線を向ける。……あいつは私の属性を知りたがっていたけれど、私はついぞ答えられなかった。それは別に意地悪をしていたわけじゃなくて……ただ単に、『自分でもわからない』だけ。爆発だから火じゃないのか、と思ったが『ファイアボール』すら放てなかった。すべて爆発に帰結してしまうのだ。

私を『ゼロ』と罵りながらこの惨状をなんとか収拾させようと走り回っている生徒たちの中、私の使い魔……ギルは、こちらをあの紅い瞳でじっと見つめていた。

 ……あの眼で見られると、なんだか全てを見透かされているようで落ち着かなくなる。何を思っているんだろうか。今ので私が一つも魔法を使えない『ゼロ』のルイズだという事がわかったのだから、魔法も使えないくせに偉ぶっていたのかと怒っているかもしれない。

 どうしよう、と一人纏まらない考えに翻弄されていると、背後からうめき声。……どうやら、先生が起きたらしい。これ幸いと彼女を介抱する。

 そして、それからすぐ。誰かが呼んできたらしいコルベール先生が来るまで、私は努めてあの使い魔の方を見ないようにしたのだった。

 

・・・

 

 あれからすぐ。俺を召喚した時に一緒にいた男性教師が教室にいると生徒達に指示を出し、マスターを呼び出した。俺もついていったほうがいいのかと思ったが、その前にこの教室を片付けるのが先か、と片付けを引き受けた。

 男性教師はそうですね、と頷き、後でマスターに掃除道具を持たせるので、それまでに瓦礫を片付けておいてください、と言うと、しょんぼりしたマスターと共に教室を出て行った。

 

「よし」

 

 切り替えるように一人そう呟くと、宝物庫から自動人形を十体ほど呼び出す。その自動人形に瓦礫の片付けをお願いして、俺は焼け焦げた教壇を見下ろした。……黒く焦げた部分は放射状に広がっており、粉微塵となった石ころは一欠片も残っていない。確か、マスターや先生が詠唱していたのは、かなり短いものだったはずだ。ガンドのように、一工程ほどで完成するほどの。それで、この威力。……危ないな。よくよく思い出せば、俺が召喚された時も足元の土は剥き出しで土埃も舞っていた気がする、

ふむ……しかし、その後のクラスメイト達の反応を考思い返すと、彼女の『ゼロ』というのは、きっと……。

 

「魔法成功率……『ゼロ』ってことかな」

 

 召喚されたあの日、生徒達は空を飛べるのにマスターは歩いた。『錬金』は石が爆発した。そして、魔法が成功した事がないから……『マスターの属性は?』という質問に答えられなかった。……ずいぶんと、俺は彼女を傷つけたらしい。先ほどまでは彼女の反骨精神の表れだろうと思っていたあれも、マスター自身の『失敗したみたい』という一言で見方が変わる。

 

「ん?」

 

 ちょいちょい、と自動人形の一人に背中を突かれる。その後教壇を指差したので、「それ片付けるの?」と聞いてきているのだろう。

 

「ああ。これもだな。ああいや、君たちは次にガラスとか戻しておいてくれ」

 

 これは俺がやるよ、と宝物庫からガラスやら壁に使うための材料を出しながら言う。片手でひょいと教壇を持ち上げ、入り口付近に置いておく。

 それから少し作業をすれば、元どおりの教室の出来上がりである。被害が大きかったのは机とガラスくらいのもので、壁は頑丈なものなのか少し欠けただけで補修してなんとかなった。あとは最後に掃除をすれば終わり。それも自動人形が十人いれば早く終わるだろう。

 さて、マスターが戻ってくる前に全て終わらせておくかー。

 

・・・

 

 片付けを全て終わらせて、誰もいなくなった教室で一人座っていると、掃除道具を持ったマスターが戻ってきた。マスターは教室が綺麗になっているのを見て、きょとんとしているようだ。

 

「凄い……あんた、やるじゃない」

 

「はは、まぁ、これくらいはね?」

 

 ほぼ自動人形のおかげなのだが、まぁ説明するのも面倒だ。マスターにどんな話をしてきたのか聞くと、今回の件は勧めた先生も悪いということで魔法抜きでの教室の片付けで手を打たれたらしい。……宝具は魔法じゃないからセーフだよな?

 それから、マスターは食事に行くとの事なので、俺は先ほどのシエスタちゃんにお礼をしに行くため別行動を取りたいと伝える。食事はまだ必要ないし、どうせご飯抜きだし。マスターもなにやら気まずいのか、その申し出を受け入れてくれたようだ。

 ……一応護衛という任務はあるので、食堂までは一緒に歩くことに。その道すがら、マスターが前を向いたまま呟く。

 

「軽蔑したでしょ。私は魔法を一つも使えない……『ゼロ』だって知って」

 

「いいや、軽蔑なんてしてないよ」

 

「え……?」

 

 即答したことに相当驚いたのか、足を止めて振り向くマスター。それに合わせて俺も足を止める。

 

「最初に言ったけど、俺は君の呼び声に応えてここにいる。……なら、その時点で魔法は一つ使えてるだろう?」

 

 マスターの目を見て、まっすぐに伝える。

 少なくとも、俺だけは信じてやれる。いくら周りに揶揄されようと、彼女が魔法を成功させたのは、俺という『結果』が一番実感している。だから、俺が存在している限り、彼女は魔法が成功しない落ちこぼれじゃない。

 ……それに、普通の魔法……俺ら風にいって魔術は、失敗すると爆発するわけじゃない。錬金とかの魔法が思い通りにいかず爆発するから失敗と認識されるだけで、魔法が使えないわけじゃないんだろう。それに、いくら少なくて済んでいるとはいえ、俺に魔力を供給しているのだ。魔力がないわけがない。

 

「ギル……」

 

「ほら、泣くな泣くな。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

 

「な、泣いてないし! ……ありがと」

 

 強がりながらぐしぐしと目元を拭ったマスターは、目元をこすりながら何かつぶやいたようだが、声量が小さすぎて聞こえなかった。……まぁ、聞かせる気のないつぶやきというやつだろう。

 そのまま食堂まで無事にたどり着き、マスターと別れる。

 

「じゃあマスター、また後で」

 

「ん」

 

 短く返事をして、マスターは食堂へと入っていく。……さて、俺は厨房へ、だな。そのまま踵を返してすぐそこの厨房を覗き込む。……が、俺は失念していた。マスターが昼食をとるという事は、その昼食を作る厨房は一番忙しい時間帯という事をだ。もちろん、シエスタちゃんも御多分に洩れず忙しそうに走り回っていた。

 

「……しまったな。落ち着いてから来た方が良かったか」

 

 お礼をしにきてシエスタちゃんの仕事を邪魔しては本末転倒である。それなら……そうだ、まだ中まで見てない、図書室に行くとしよう。丁度近いしな。

 そうと決まれば早速行動開始だ。クルリと再び踵を返して、図書室へと向かう。

 

・・・

 

 静かに扉を開けると、司書らしき女性がこちらに視線をむけ、すぐに戻した。……誰何くらいはあるかと思っていたが、特に咎められる事もなく入室に成功した。

 早速目指すは、適当な本棚だ。幾つかの本を適当に取り、近くの机に向かう。しばらくぱらぱらと本を捲り、どんなもんかとかくにんしてみる。適当に取った本だったが、教材としては満点に近いものだろう。挿絵があったりして、かなりわかりやすい本だった。

 それに、俺には『座に上がってもスキル、ステータス、宝具が固定されない』という『終わらない叙事詩』というスキルがある。これは、サーヴァントとして召喚されたりした時に経験した事や成し遂げた事が、そのまままたスキルとして得られるという「お前座に上がったんじゃないの?」と言われてもおかしくないレベルのスキルである。……ちなみに、スキルは着脱可能なものが多いので、必要なさそうなものは神様に預けてきているのだ。『子育て:EX』とか、『性癖看破:A+』とかな。

 単語は少しだけ覚えたので、本をまとめて持って席を立つ。その時、ガラリと図書室の扉が開かれた。新たなお客さんが来たのだろう。視線を向けると、マスターと同じかそれ以下くらいの背をした青髪の少女だった。手には身長より大きな、いかにも魔法使いですって感じの杖。表情からは何も読み取れない。かなりの無表情だ。

 彼女も見られている事に気づいたのか、視線をこちらにちらりと向ける。笑顔を浮かべて手を振ってみるも、青髪の少女は興味もなさそうに視線をそのまま本棚に移し、幾つかの本を取って席についた。……ガン無視である。だが、まぁ丁度いい。制服を着ているという事はここの生徒だろうし、昼食が終わったのかどうか聞いてみよう。流石に話しかければ無視はできまい。

 そうと決まれば善は急げだ。足早に青髪の少女の元へと向かう。近づく気配に気づいたのか、青髪少女は本から視線をこちらに向ける。

 

「こんにちは」

 

「なに」

 

 む、挨拶を返さないとはトテモシツレイな。しかし、この反応でこの子の事は大体わかった。無口っ子だ! しかもクールメガネ属性! うん、いいと思うよ。知的に見えるしね。

 ……しかし、不審者で終わるのもマズイ。 なんとか話を繋げないと。

 

「俺はギル。……ええと、ルイズって子の使い魔やってる」

 

「知っている。貴方は有名」

 

 珍獣的な意味でか。……彼女の反応に、少しだけ挫けそうになる。

 

「ちょっと聞きたい事があってね。もう昼食の時間は終わったかな?」

 

 俺の質問に、少女は一度頷く。それから、本に戻していた視線をこちらに向けて首をかしげる。

 

「……食べそびれた?」

 

「いや、メイドの一人に用件があってね。厨房が落ち着くのを待ってたんだよ」

 

「……そう」

 

「用件はそれだけ。ごめんな、読書の邪魔して」

 

「いい。……あと、メイドに用件があるなら厨房よりテラスに行ったほうがいい」

 

 少女によると、食事のあとはテラスでデザートを食べる生徒が多いらしい。その生徒たちに配膳するため、メイドたちは食事の時間が終わると厨房からテラスへと移動するらしい。これはいい事を聞いた。無駄足をしなくて済んだな。

 

「わざわざありがとう。それじゃあ、また機会があれば」

 

「……」

 

 もう一度手を振ってみると、小さくだがこちらに手を振り返してくれた。視線は本に向けたままだったが。

 まぁ、それでもいいや。取り敢えず、テラスに向かうとしよう。

 

・・・

 

 図書室から出て階下に向かう。この辺りは昨日夜に探索したところだ。特に迷うことなく目的地に向かえている。

 よし、次の角を曲がればテラスへはすぐだ。足早に角を曲がると、とん、と軽い衝撃。小さく声が上がったので、誰かとぶつかったらしい。急いでいたからか、前方不注意だったようだ。

 視線を下方にずらすと、前髪を切りそろえた、茶色いマントの少女が尻餅をついていた。……このマントの色は、確か1年生だったはずだ。

 

「ごめんごめん。少し急いでいて、前方不注意だった。……怪我はしてない?」

 

 そう言って手を差し出すと、お尻をさすりながら少女は俺の手を取った。そのまま引き上げると、思ったより少女の立ちがる力が強かったようで、胸に抱きとめるように助け起こす形になってしまった。

 唐突に起こった出来事に少女が固まってしまったので、また謝りつつそっと肩を押して離れてあげる。そこで少女と漸く目があった。……泣いた跡? む、そんなに痛かったのか。

 

「……すまないな。かなりの勢いでぶつかったみたいだ」

 

 そう言って少女の目元を親指で拭う。

 

「え? あ、いえっ、これは違いますっ。あの、こちらこそごめんなさい。急いでいたもので……」

 

「はは、ならお互い不注意って事で。……あと、あんまり泣くと……目元、腫れちゃうぞ」

 

 俺の指摘に、少女は慌てて目元を少しだけこする。

 

「あ、はいっ、これは、大丈夫ですっ。ご心配、ありがとうございます」

 

「うん、やっぱり女の子は泣いてるより笑ってるほうが可愛いよ」

 

 まだ泣いた跡は残っているものの、笑みを浮かべてくれた少女を撫でてやる。何があったのかは知らないが、泣いているということは何か悲しいことがあったという事だ。こうして撫でてやれば少しは気持ちも落ち着くだろう。追加でカリスマも発動する。キチンと加減すれば、これも人を落ち着かせる後押しになるしな。何度かあやすように撫でてから手を離すと、少女はこちらを見上げた後、はにかんだ。

 

「あ、ありがとうございます。……ええと」

 

「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったか。俺の名前はギル。よろしく」

 

「はい。私はケティ。ケティ・ド・ラ・ロッタです」

 

 もうすっかり落ち着いたのか、淑女らしい礼で自己紹介をしてくれるケティちゃん。……っとと、俺も急がないと、シエスタちゃんが配膳を終えてしまうかもしれないな。

 

「っと、すまないな。ちょっと急いでテラスに行かないと」

 

「テラス、ですか……」

 

 少しだけ目元に陰を落とすケティちゃん。……む、泣いていたのもテラスで何かあったからなのか。それは申し訳ない事を。思い出させてしまったかな。

 

「……あ、すみません、お引き留めしちゃって。それでは」

 

 ぺこり、と頭を下げてくれるケティちゃんに手を振って、テラスへと足を運ぶ。……またどこかで会ったら、お茶でも一緒に飲むとしよう。悩みを解決するには人に話す事がまず第一だからな。

 そんな事を決心しつつテラスに出ると、何やら騒がしい事に気づく。歓談している声……と言うにはなにやら荒々しい。一つのテーブルを人垣が囲んで……む、今チラリと見えたのは……シエスタちゃん?

 なにやら雲行きが怪しい。人垣を割ってシエスタちゃんのもとへと急ぐ。

 

「もっ、申し訳有りませんっ……!」

 

「ええい、もう良い! 君のような気の利かないメイドはこうだっ」

 

 やっと人垣を抜けて中心部にたどり着くと、地面に手をついて謝っているシエスタちゃんと、そのシエスタちゃんに向かってバラを振り下ろそうとしている少年の姿。

 ――魔力の動き……!? 魔法の杖か、あれ!

 急いでシエスタちゃんの前に割り込み、庇うように彼女を隠す。振り下ろされたバラからは石礫が生成され飛んでくる。――このくらいであれば、対魔力で弾けるか。目を逸らさずに石礫を待ち構えると、予想通り対魔力に引っかかって弾けとぶ。……一工程の攻撃魔法って感じか。流石の俺もガンドで怪我するような対魔力ではないからな。

 

「……ん? なんだね君は」

 

 魔法を撃ち終わった少年が、俺に視線を向ける。唐突に攻撃しておいてそれか。多分君は石礫が逸れたか何かしたと思ってるんだろうが、俺がかばってなければシエスタちゃんは怪我してたんだぞ。

 1日しかここにはいないが、貴族と平民の力関係は大体わかった。平民は文字通り貴族に命を握られているのだ。生殺与奪すら自由にできるのだろう。……魔法という力があるから、そんな上下関係が生まれたのか。

 

「俺の名はギル。ルイズに召喚された、サーヴァントだよ」

 

 答えながら、シエスタちゃんを立たせる。

 

「ギル、さん……?」

 

 まさか誰かが助けに来るとは思ってなかったのか、シエスタちゃんの目には疑問の色が濃く映し出されていた。

 シエスタちゃんを背中に隠すようにかばいながら、もう一度少年に向き合う。シエスタちゃんは怖い思いをしたからか、俺の背中にくっつくように隠れている。

 

「ルイズ……ああ、そうだったな。確かヴァリエールは平民を召喚したんだったな! なるほど、平民どうしの助け合いってことか!」

 

「彼女は謝っていただろう。なにをしたのかは知らないが、あそこまで痛めつけることはないはずだ」

 

「うるさいぞ! そもそも、そこのメイドが軽率にも小瓶を拾わなければこんなことにはならなかったんだ!」

 

 こんなこと、の下りでもう一度少年をしっかり見て気づいたのだが、彼のブラウスは紫色に変色していた。髪からもポタポタと何かが滴り落ちている。……匂い的にワインだろう。

 ……しかし、小瓶? 何があって小瓶拾って怒られるような事態になるんだ。

 

「あ、あの……私が拾った小瓶が元で、二股がバレてしまったそうで……」

 

 俺の後ろに隠れたシエスタちゃんが、小声でそう説明してくれた。……え。二股がばれた程度でこんな激昂してるの? 俺はどうすれば良いのさ。その100倍は股かけてたけど。ああ、なるほど。その惨事はワインかけられたか何かしたな? ははーん、大体読めてきたぞ。

 シエスタちゃんの行動が元で二股がバレて、本命か浮気相手かにワインをかけられた。で、その恥ずかしさを有耶無耶にしたくてシエスタちゃんにお仕置きという名の憂さ晴らし……ってな流れだろうな。全く、その程度で動揺するなら浮気なんてしなきゃ良いのに。そんな気持ちも込めて、少年に声をかける。

 

「それはシエスタちゃんが悪いわけじゃないな。二股していた君が悪い」

 

「なっ……!?」

 

「ぎ、ギルさんっ……!?」

 

 厳密に言うと「二股をして、それがばれた修羅場の責任を他人に押し付けるお前が悪い」と言うことを言いたいのだが……。

 俺の言葉に、驚いたように声を上げる少年とシエスタちゃん。周りの取り巻きは、『そうだぞー、浮気をしたお前が悪いぞー』だとか、囃し立てるような野次が飛んでくる。

 それに耐えられなくなったのは、少年だ。うつむいてプルプルと震えたと思うと……。

 

「決闘だ! 貴様は平民のくせに貴族の僕に楯突こうというんだな!」

 

 決闘! そういうのもあるのか。だが、確かにそうだな。どうしても話し合いで解決しないのならば、お互い同意の上の決闘というのは貴族同士であるのだろう。

 ……貴族と王で成立するのかは知らないが。……あ、でも俺元王だわ。となると貴族対平民になるのか。それも成立するのかなぁ。

 

「ヴェストリの広場で待つ! ……逃げるなよ」

 

 一方的にそう言い捨てると、少年はマントを翻して去っていった。……取り巻きの一人が残ったのは、俺が逃げないように見張るためだろうか。そんなことしなくても逃げないって。子供に喧嘩売られた程度でビビるほど、ヤワな経験は積んでないのだ。

 ……それよりも、今はシエスタちゃんだな。振り返って大丈夫かと聞いてみるが、ワナワナと震えるだけで答えてくれない。

 

「……ええと……大丈夫か?」

 

「あ、ぎ、ギルさん……あなた、殺されちゃう……!」

 

「ん? いや、大丈夫だよ。ほら、年下の少年に負けるほど弱くはないからさ」

 

「き、貴族様は魔法を使うんですよっ!? へ、平民が勝てるはずないんです……!」

 

 そういうと、あまりの恐怖でいても立ってもいられなくなったのか、走り去ってしまうシエスタちゃん。……かなり、根は深いみたいだな。

 

「しかたないか。……あ、ヴェストリの広場ってどっち?」

 

「……こっちだよ。ついてこい」

 

 平民から慣れ慣れしく声をかけられたからか、残った取り巻きの一人は少し不快そうに顎をしゃくって歩き出す。

 ……さて。鎧が必要になるほどのものかなー。どんな魔法があるのか、少しだけ楽しみである。

 

・・・

 




「えーと、とりあえずスキルの整理しておくかー」「おや、召喚前にスキルの整理ですか。感心感心」「『子育て:EX』と『性癖看破:A+』はいらないだろ? あと『値切り:B』と『魅了:A+』と……えー、『芸術審美:C-』かぁ……いらんよなぁ。うわ、『女難:EX』ってなんじゃこりゃ。これはおいてこ……は!? 外せない!?」「あ、それはもう魂に焼き付いちゃってるんですねぇ。この『神霊の加護:EX』とかもそうですよ?」「呪われた装備かなんかかよ……」


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