ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「あ、あの」「何の書類ミスった?」「……この、『世界運営に関する時空のゆがみについて』のレポートの……」「はいはい、コレ新しいコピー。コレ見て、書き直し」「……はい」

「……あのぉ……」「何の処理ミスった?」「『超新星爆発に類するエネルギー再生事業による新しい異世界誕生』の植物処理を……」「……あー、この種使ってみて。それでもダメだったらまた来て」「……うぅ、はい」

「……」「……はい、これ」「……ごべんなざいぃぃぃぃぃ! ほんどごめんねぇぇっ! 先輩なのに! 私神様として先輩なのにぃぃぃぃ!」「あーもう、泣かない泣かない。ほら、ちーん」「えぐ、えぐ、ちーん……」「はいはい、よしよし。ほら、こっちおいで」「うぅ……」「可愛いなぁ、このダ女神さま」


それでは、どうぞ。


第十四話 それも全部、お見通し

 俺たちを乗せた『イーグル』号は、浮遊大陸であるアルビオンの海岸線……といっていいのかわからないが、ジグザグしたそこを雲に隠れるように航海している。そろそろ着くといわれて部屋から甲板へと上がると、大陸から突き出している岬が見えた。その突端には高い城がそびえている。ウェールズはわざわざ俺たちの下へきて、あれが『ニューカッスル城』だと説明してくれた。……だけど、まっすぐ城にはいかず大陸の下に潜り込むような進路をとっている。なぜ下にもぐるのか、とマスターが聞くと、ウェールズははるか上空を指さす。そこは、巨大な船がニューカッスル城へ向けて降下してくるのが見えた。こちらは雲の中を進んできたので、向こうからはこちらは見えていないようだ。

 

「反徒どもの船だ」

 

 かなり巨大である。『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』のどのタイプよりも大きく、この『イーグル』号よりも大きい。二倍はあるだろう。帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下すると、ニューカッスル城に目がけて砲門を一斉射する。その砲撃の振動がこちらにまで伝わってくるほどだ。

 ニューカッスル城に着弾した砲撃は、城壁を砕いて小規模とはいえ火災を発生させているようだ。

 

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。反徒どもが手に入れてからは『レキシントン』号と名前を改めている。奴らが初めて我らから勝利をもぎ取った戦地の名前だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 

 ウェールズは自嘲気味の微笑を浮かべて続ける。

 

「あの忌々しい船は、上空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲をぶっ放していく」

 

 千里眼を使って、遠くのあの巨大船をみやる。無数の大砲が舷側から突き出て、艦上にはドラゴンが待っている。……なんという。空母能力を有した戦艦とか、なんて無理ゲー。俺でも流石に宝物庫を開くしか対抗策が浮かばん。

 俺の戦慄をよそに、ウェールズは説明を続ける。

 

「備砲は両舷合わせて百八門。おまけに竜騎兵まで積んでいる。……あの船の反乱から、すべてが始まった、因縁の船さ。我々の船はあんな化け物を相手にできるわけもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」

 

 雲の中を通り、大陸の下に出ると辺りは真っ暗になる。頭上に浮遊大陸が来るために日が差さないのだ。雲中ということもあって、視界はゼロに近い。こんなところでは頭上の大陸に座礁する危険が高いため、反乱軍の軍艦は大陸の下に近づかないのだ、と追加で説明してくれた。

 まぁ、制空権取ってる反乱軍が、わざわざこんなところ来ないだろうしな。

 

「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海することは、王立空軍の航海士にとっては造作もないことなのだが」

 

 貴族派はしょせん、空を知らぬ無粋ものさ、とウェールズは笑う。元の地球でいう、海軍の軍人のような矜持だろうか。海を行き、海に生きる、船乗りの矜持。誇りと言い換えていいそれを、彼らは持っているのだろう。

 

「一時停止」

 

「一時停止。アイ・サー」

 

 掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令で『イーグル』号は裏帆を打つと、そのあとに暗闇の中でもきびきびとした動きを失わない水兵たちによって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

 

「微速上昇」

 

「微速上昇。アイ・サー」

 

 ゆるゆると『イーグル』号は穴に向かって上昇していく。そのあとを、『マリー・ガラント』号が続く。あちらにもこの船の航海士が乗っているらしい。同じく危なげない操船で、穴を通っていく。

 その様子に、ワルドがうなずきながら笑う。馬鹿にしたような笑みではなく、この一連の行動を称えての笑みだ。

 

「まるで空賊ですな、殿下」

 

「まさに空賊なのだよ、子爵」

 

 それに答えるウェールズもまた、同じような笑顔だった。

 

・・・

 

 穴に沿って上昇していくと、頭上に明かりが見える。その明かりに誘われるように上昇していくと、秘密の港に到着していた。真っ白い発光性のコケに覆われた、鍾乳洞を港にしているようであった。なるほど、発光性のコケっていうのは考えてなかったなー。魔法の明かりとかかと思ってたけど。

 さらに港を見ていくと、大勢の人が待ち構えているのが見えた。

 『イーグル』号が岸壁に近づくと、一斉にもやいの縄が飛んでくる。それを水兵たちは艦に結わえ付け、艦はその縄で引き寄せられる。そのあと、車輪のついたタラップが運ばれてきてぴったりと艦に付けられると、車輪止めがつけられる。

 それを見届けた後、ウェールズは俺たちを促して、タラップを降りる。

 降りた先では、背の高い老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらう。それから、『イーグル』号の後に上がってきた『マリー・ガラント』号を見て、頬をほころばせた。

 

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな、殿下」

 

「喜べ、バリー! 硫黄だぞ、硫黄!」

 

 ウェールズがそう叫ぶと、集まっていた兵隊が、うぉぉー! と歓声を上げた。

 これは……そういうことか。そういう状況か。そうなってしまったのか、この国は。

 

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 

 老メイジ……バリーというらしい……は、おいおいと泣き出した。……この反応で、確信した。この国は、滅びを未来としている。誇りのために、ここにこの国ありと玉砕するつもりなのだ。

 

「先の陛下よりお仕えして六十年……こんなうれしい日はありませぬぞ、殿下。反乱がおこってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば……」

 

 その言葉の先を、にっこりと笑ったウェールズが引き継いだ。

 

「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」

 

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒どもは明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えてまいりました。まったく、殿下が間に合って、よかったですわい」

 

「してみると間一髪とはまさにこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 

 ウェールズ達は、そう言って笑い合う。マスターは、その会話を聞いているうちに顔色を変えていっていた。今では真っ青だ。死ぬということを受け入れた人間を、初めて見たのだろう。

 

「して、その方たちは?」

 

 バリーが、俺たちを見てウェールズに尋ねる。

 

「うむ、トリステインからの大使殿でな。重要な要件で、この王国に参られたのだ」

 

 そういわれたバリーの顔が、キョトンとした顔になる。何しに来たんだ? という疑問が顔に現れている。しかし、すぐにその表情を微笑みに変えた。

 

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。大したおもてなしはできませぬが、今夜はささやかながら祝宴が催されます。ぜひともご出席くださいませ」

 

 マスターは、青い顔のまま、ただ一言だけ、答えた。

 

「は、はい、わかりました」

 

・・・

 

 俺たちは、そのあとウェールズに付いていき、城内にある彼の私室へ向かった。ニューカッスル城の一番高い天守の一角にあるその部屋は、王子の部屋とは思えない、質素な部屋であった。

 木でできた粗末なベッド、イスとテーブルが一組、壁には戦の様子を描いたタペストリー。そのくらいしか部屋にはものがないようだ。

 ウェールズは椅子に腰かけると、机の引き出しを開く。そこには宝石がちりばめられた小箱が入っていた。ウェールズは首からネックレスを外すと、その先についている小さなカギで小箱のカギを開けた。蓋の内側にはアンリエッタ王女の肖像が描かれている。

 全員がその箱をのぞき込んでいることに気づいたウェールズが、それを咎めるでもなくはにかんで言った。

 

「……宝箱でね」

 

 中には一通の手紙。これが、今回の目的である手紙のようだ。それを取り出して、いとおしそうに口づけた後、開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうされてきた手紙は、もうすでにボロボロで、どれだけウェールズがこの手紙を大切にしているか一目でわかるものであった。

 読み終わった後、ウェールズはその手紙を丁寧に畳んで、封筒に戻し、ルイズに手渡した。

 

「これが姫からいただいた手紙だ。……この通り、確かに返却したぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 マスターは深々と頭を下げ、その手紙を受け取る。

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 

 その言葉を聞いていたのかいないのか、マスターはずっと手紙を見つめていて、すぐに何かを決心したかのように口を開いた。

 

「殿下。……先ほど栄光ある敗北とおっしゃっていましたが……王軍に勝ち目はないのですか?」

 

「ないよ」

 

 マスターの戸惑うような問いに、ウェールズはあっさりと答える。

 

「わが軍は三百。敵は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできることは……はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せることだけだ」

 

 その言葉に、マスターは唇を震えさせながら尋ねる。

 

「その中には、殿下の討ち死になさるさまも、含まれるのですか?」

 

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

 ……ここの王族たちは、みんな優秀な劇団員だな。

 やり取りをそばで見ていて、俺は少しため息をついた。……王は、真っ先に死んではいけないだろう。国の行く末を見てから死ぬべきだ……とは思うものの、子孫に国を任せて、人類史を見る旅に出てしまい、神様に無理やり座にあげられた俺がそれを言うことは決してできない。

 マスターはそんな考え事をしている俺の前で、深々とウェールズに一礼した。何か、無礼なことを言いたいらしい。

 

「殿下……失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

 

「何なりと。申してみよ」

 

「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは……」

 

 マスターが言いよどむ。……うんまぁ、確かにストレートには聞けないよね。「これラブレターですか?」なんて。だが、一度俯いてしまったものの、すぐにきっと顔を上げ、口を開いた。

 

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫様のご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫様の肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや姫様と殿下は……」

 

「なるほど、君は従妹のアンリエッタと私が恋仲であったといいたいのだね?」

 

「そう、想像いたしました……。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは……」

 

 ウェールズは額に手を当てて悩む仕草をとった。……言おうか言うまいか、迷っているのだろう。だが、真摯な瞳をしたマスターの前で、嘘をつくことを嫌ったのであろうウェールズは、うなずいて口を開いた。

 

「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かに、アンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室にわたっては、不味いことになる。何せ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているのだからね」

 

 それは何かまずいのだろうか。確かに永久の愛を誓っている、という部分はまずいだろうが、子供同士の戯言、みたいに笑われたりは……あ、そうだ。この子らは、王族なのだ。結婚というのは家を繋ぐ大切な儀式。その当事者に、いくら昔のことであろうと永久の愛を誓った相手がいるというのは、不味いのか。

 ウェールズはそんな俺の様子に気づいてはいなかっただろうが、その疑問に対しての答えをそのまま続けて説明してくれた。

 

「知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いで無ければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯すことなってしまうであろう」

 

 あ、そうなんだ。宗教的な問題だったか。確かに、この世界では神様ではない『始祖ブリミル』という魔法使いの始祖みたいな存在が、一神教状態でこの世界の宗教を担っている。もちろん国というのは宗教とは切っては離せない。ならば、宗教的な後ろ盾をなくしてしまったトリステインは、ゲルマニアとの婚約は破棄され、同盟も取り消されてしまうことになるだろう。

 そうすれば、トリステイン一国で貴族派と戦わねばならなくなる。……なるほど、手紙が大切なわけだ。

 俺が頭の中で納得の頷きを繰り返していると、マスターはそのウェールズの説明を切るように言葉をかぶせた。

 

「とにかく、姫様は殿下と恋仲であらせられたのですね?」

 

「……昔の話だ」

 

 過去形とはいえ認めたウェールズに、マスターは熱く食って掛かる。

 

「亡命なされませ、殿下! トリステインに! 亡命なされませ!」

 

 そんなマスターを止めようと、ワルドがマスターの肩に手を置く。……だが、そんなことで止まるマスターではあるまい。

 

「お願いでございます! 私たちと共に……トリステインに!」

 

「それはできんよ」

 

 ウェールズは苦笑しながら言う。

 だが、マスターも折れる気はないらしい。そのままの剣幕で、言葉を続ける。

 

「これは私の願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、亡命を勧める言葉があったはず! ……姫様がご幼少の砌より、私は姫様の遊び相手を務めておりました。ですので、姫様の気性は大変よく存じています!」

 

 マスターは、髪を振り乱すように、熱く語る。

 

「あの姫様は……愛した人を見捨てるようなことは絶対にしません! お答えください、殿下! 亡命を勧める文が、手紙にはあったはずです!」

 

「そのようなことは……一行も書かれていない」

 

「殿下!」

 

 マスターの瞳には涙すら浮かんできていた。……感情表現の豊かなマスターだ。俺の守るべきマスターの良い一面が見れて、こんな時ではあるけれど、少し感動してしまった。

 

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓う。――ただの一行たりとも、私に亡命をするめるような文句は書かれていない」

 

 ウェールズのこの顔は、何度か見た顔だ。自分の大切なもののために、自分を殺そうとしている顔。苦しいのを我慢している顔だ。

 そして、マスターの顔を見て、顔を笑みに変える。マスターの肩を叩いて、口を開く。

 

「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直でまっすぐな、良い目をしている。……だけど、忠告しておこう。そんなに正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 

 ウェールズは笑顔のまま、「しかしながら」と続けた。

 

「このような亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」

 

 それから、ウェールズは机の上にある盆に水を張り、その上に乗った針を見た。方位磁石に見えるが……針が複数あるから、たぶん時計なんだろう。

 

「そろそろパーティの時間だ。君たちは我らが王国が迎える最後の客だ。ぜひとも出席してほしい」

 

 俺たちは部屋の外に出る。……しかし、ワルドは何やら用があるようだ。一人ウェールズの部屋に残っている。

 

「まだ、何か御用がおありかな?」

 

 扉が閉じる前。漏れ聞こえてきたのは、二人の話声。

 

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

 

 ……ぱたん、としまってしまった扉の向こうで、ワルドが何を望んだのかは……ちょっとわからなかった。

 

・・・

 

 さて、そんなわけで参加したパーティは、城のホールで行われている。簡易の玉座が置かれていて、そこにはアルビオンの王、ジェームズ一世が腰掛けて集まった貴族や臣下を眼を細めて見守っていた。年老いたその相貌も相まって、自分の息子や孫を見るような、そんな柔らかさを含んでいた。

 ジェームズ一世が見守る貴族たちは、明日にも滅びるという悲しさをまるで見せない様子で着飾り、テーブルにはこの日のために取っておいたのであろう様々なご馳走が置いてあった。料理人たちも腕を振るったのだろう。まるで戦争に勝った後のような華やかさで、少しだけ驚いてしまった。

 

「散り際の儚い美しさ、と言う奴か」

 

「……なにそれ」

 

 むす、とマスターが俺の言葉に反応する。明日で終わってしまう国の、矛盾するような明るい華やかさに不満を抱いているのだろう。

 

「マスターにはまだ早かったかな」

 

「子ども扱いするなっ」

 

「はいはい、レディーレディー」

 

「……」

 

「おっと、流石にパーティに黒焦げで出るわけには行かないな。すまんすまん」

 

 無言で杖を取り出したマスターに、慌てて取り繕う。何とか機嫌は戻ったらしく、杖は懐に戻された。

 きゃあ、と言う黄色い歓声に眼を向けると、ウェールズが出てきたところだった。うんうん、イケメンはいつでも女性の目の保養だよな。俺とか。……俺とか!

 

「……? なによ」

 

「いや、なんでもないとも」

 

 マスターにウィンクしてみたが、素の反応で首を傾げられてしまった。うむ、流石は俺のマスター。

 視線をウェールズに戻すと、なにやらジェームズ一世に耳打ちしているようだ。それからジェームズ一世は立ち上がろうとしたが、寄る年並みには勝てないという奴だろう。よろけて倒れそうになる。ホールにいる貴族たちから、悪意のない笑いが起こる。

 

「陛下! 御倒れになるのはまだ早いですぞ!」

 

「そうですとも! せめて明日まではお立ちになってもらわねば、我々が困る!」

 

 そんな軽口が掛けられるものの、気分を害した様子も無く、ジェームズ一世は人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「あいや、各々がた。座っていてちと、足が痺れただけじゃ」

 

 そんなジェームズ一世に、ウェールズが寄り添うようにして体を支える。それからこほんと一つせきをすると、ホールの貴族や貴婦人たちが、一斉に直立する。

 

「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となる。朕は忠勇な諸君らが傷つき斃れるのを見るのを見るに忍びない」

 

 そこでジェームズ一世は咳き込み、それからまた言葉を続ける。

 

「したがって、朕は諸君らに暇を与える。……長年、良くぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べる。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らもこの船に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」

 

 その言葉に、ホールの貴族たちは誰も返事をしない。……ああ、この感情は分かるぞ。自身の王に、尽くすべき主に、身命を捧げる人間の熱量だ。

 俺の予想通り、一人の貴族が大声を上げる。

 

「陛下! 我らは唯一つの命令をお待ちしております! 『全軍前へ! 全軍前へ! 全軍前へ!』……今宵、美味い酒の所為で、いささか耳が遠くなっております! はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」

 

 その勇ましい言葉に、集まった全員が頷く。それに続くように、他の貴族たちも『耄碌するには早いですぞ、陛下!』やら『なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?』やら、自身の覚悟を示す言葉を老いた王に告げる。

 それを受けた王は、目頭を拭い、「ばかものどもめ」と短く呟くと、杖を掲げる。

 

「……良かろう! しからば、この王に続くがよい! さぁ、諸君! 今宵はよき日である! 重なりし月は、始祖からの祝福の調べである! 良く飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」

 

 王の言葉に、あたりは喧騒に包まれた。こんなときにやってきたトリステインからの客が珍しいらしく、貴族たちがかわるがわる俺達の元にやってきた。彼らは悲嘆にくれたようなことを一言も言わず、俺達に料理を勧め、酒を勧め、冗談を口にする。

 

「大使殿! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」

 

「何! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鳥を食して御覧なさい! 美味くて頬が落ちますぞ!」

 

 皆、最後に「アルビオン万歳!」と口にして去っていく。

 あんまりこういう空気はなれないなぁ、と勧められたワインを口にしながら一人思っていると、マスターはこの空気に耐えられなくなったのか、顔を振って外に出て行ってしまった。

 ……追おうかと思ったが、婚約者のワルドがいたのを思い出して視線を向ける。落ち込んでしまった子を慰めるのも、婚約者としての役割だろう。ワルドは俺の視線の意図に気付いたのか、マスターの後を追っていった。

 

「あ、蜂蜜を塗った鳥が美味いんだったか」

 

 食べておかねば、と視線を動かしていると、ウェールズと目が合った。それから、ウェールズは歓談していた場を離れ、こちらに近寄ってくる。

 

「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔、だね? しかし人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国なのだな」

 

 そう言って笑うウェールズに、俺も笑って返す。

 

「そうだろうそうだろう。なんてったってトリステインでも珍しいからな」

 

「それもそうだな。なんせ、今まで聞いたこともない。……君は、こういう場に慣れているみたいだね。流石は王だ」

 

 ウェールズが、急に真剣な瞳でこちらを見上げ、尋ねて来た。

 

「うん? あれ、俺のこと話したっけか?」

 

「アンリからの手紙に書いてあったよ。なんとも数奇な運命をしているな」

 

「はっはっは。まぁ、今は王を休業中でな。一人の使い魔として、挑戦中だよ」

 

 そう言って笑うと、ウェールズも笑った。

 

「それはいい! 休業できる王とは、なんとも斬新だ!」

 

「それに、俺の国も滅びている。……まぁ、話してもいいか」

 

 そう前置きして、俺は自身のことを話した。すでに死んだ身であること。英霊という存在になり、マスター……ルイズに召喚されたこと。ここではない、異世界の存在であること。

 それを聞いたウェールズは、眼を丸くして驚いていた。

 

「なんと。そのようなことがあるのか」

 

「俺も最初は驚いたもんだ。……でも、だからこそ、君を安心させる為に、言える事がある」

 

「ほう? なにかな」

 

「……君の守りたいものは、俺の守りたいものだ。……マスターの友達なんだ。王女は」

 

「ははは! そうだな、それは大切だ!」

 

「王女には君が亡命しなかった理由を濁しておくよ」

 

 そう言って俺は笑う。ウェールズもその言葉に笑った。

 

「お見通しか。……しかしまぁ、それはありがたい。いらぬ心労は美貌を害するからな」

 

「ああ、確かにそうだな」

 

「ただ……そうだな、『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と、そう伝えてくれたまえ。それだけで十分だ」

 

 そう言って、ウェールズは再び、ホールの中心へと戻っていった。

 

・・・

 

 さて、パーティを楽しむのもいいが、部外者の俺が一人で長時間いても面倒だろう。そろそろお暇しておいたほうがいいな。

 

「あ、ちょっといいかな」

 

 近くにいた給仕さんに部屋を聞き、それじゃあいくかと踵を返すと、ワルドがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「君に言っておかねばならぬことがある」

 

 ワルドはすでに決めたことを伝えるような、事務的な冷たい声で俺に言った。

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 

「お、おお? 明日? マジで?」

 

 なんとも唐突な結婚宣言に、素で驚いてしまった。っていうか、マスター慰めに行ったこの短い時間で結婚の話したんだろうか。急すぎないか、ワルドもマスターも。

 

「ぜひとも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくてね」

 

「な、なるほど、それは確かに今じゃないと出来ないけど……ウェールズはなんて?」

 

「快く引き受けてくれたよ。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

 

「帰りはどうするんだ? 船には間に合うのか?」

 

「グリフォンは長い距離は飛べないが、滑空するだけなら別だ。それで帰る。……君には申し訳なく思うが、グリフォンはそんなに人数を乗せられなくてね」

 

 なるほど、確かに二人乗りが限界っぽかったもんな。それなら仕方ないか、と頷く。

 

「了解した。……大事なマスターなんだ。怪我でもさせたり、泣かせてみろ。……例えマスターの旦那だろうと、それ相応の目に合わせよう」

 

 睨むような目になってしまったからか、今まで冷たい反応しか返さなかったワルドに動揺の色が見えた。少しだけ、感情を表に出したような……。

 だが、それも一瞬のこと。すぐに顔を引き締めると、重々しく頷いた。

 

「もちろんだ。この日のために、僕は努力してきた。幸せにして見せるよ」

 

「……それならいい」

 

 ワルドなら腕も立つし、トリステインに戻るまでマスターを任せてもいいだろう。……本当ならちゃんとした『眼』を持ってして彼の略歴から何から全て精査してからじゃないと任せられないが……。仕方がないか。

 アサシンも余り離れてしまうと魔力供給が怪しくなってしまうので、一緒に『イーグル』号に乗ることになるだろうし、本当にワルドに任せてしまうことになる。……大丈夫かなぁ。うぅん、不安である。

 

「それでは、君とはここでお別れだな」

 

「まぁ、向こうに帰ってからもマスターの使い魔であることは変わりない。そのときはよろしく」

 

「……ああ、そうだな」

 

・・・

 

 ワルドと別れ、暗い廊下を一人歩いていた。

 ……灯火管制がかかっているから、灯りをつけられないのだ。ま、そんな中でも蝋燭を灯さずに歩けるぐらいの眼は持っている。

 

「……ん?」

 

 あそこで泣いてるのは……マスター!? あの子が泣くなんて尋常じゃないぞ! もしかして……マリッジブルーか!?

 

「マスター!」

 

「えっ、あ、う……な、何っ」

 

 ごしごし、と目元を拭うマスターだが、すぐに表情を崩し、またぽろぽろと涙がこぼれ始める。そんなマスターに近づいて、手を広げる。おいで、と声を掛けると、ぽすり、とマスターがその小さな体を預けてきた。

 その体に手を回し、よしよしと頭を撫でる。鼻を鳴らして泣くマスターが、涙を流したまま俺の胸に顔を埋め、ごしごしと押し付けてくる。どうしたのか、と聞くのは後だ。今はこの子を落ち着かせるのが先だ、とマスターの髪を梳く様に撫でていく。しばらくして落ち着いたのか、ひっく、と言葉を詰まらせながらも話し始めた。

 

「いや……いやだわ……。あの人たちは、どうして……死を選ぶの? ……わけ、わかんない。姫様、姫様が逃げてって、恋人が、逃げてって、言ってるのに……」

 

「大切なものを守るため、だよ」

 

 それを分かってもらえるかといえば……まぁ、この胸の中でイヤイヤと首を振ってるマスターにはまだ早いかな。

 

「なにそれ。愛する人より大切なものがこの世にあるって言うの……?」

 

「愛する人より大切なものがこの世に無いから、戦って死ぬのさ」

 

「どういうことなのよっ。愛してる人が大切ならっ……! 生きて、会うことが……! 一番なんじゃないの!?」

 

「誰もが一番を選び続けられるわけじゃないんだよ。王族って言うのは、一番を選ばなきゃいけない立場なのに、一番を選んじゃいけない立場なんだ。難しいよな」

 

 俺の言葉に納得できないのか、マスターは俺の腕の中で「わけわかんないっ」と叫び続ける。

 マスターを何とか説得、なんてことは思い浮かばない。彼女を納得させるには、まだ小さすぎる。このまま吐き出させ続けるしかないだろう。最悪、自動人形に頼んで眠らせることにしよう。明日の花嫁に、ストレスは毒だ。

 しばらくして、マスターはポツリと呟いた。

 

「……はやく、かえりたい。ここから、この国から帰りたいわ。嫌な人、汚い人と、お馬鹿さんしかいないんだわ。誰も彼も自分のことばっかりで、残される人のことなんてどうでもいいのよ……!」

 

 悲しみで震えるマスターを、力強く抱き締める。

 

「……寝よう、マスター。眠れないというのなら、そのための宝具もある」

 

 そう言って離れると、まだ酷い顔になっているマスターをハンカチで拭ってやる。目元と鼻先は赤く腫れているが、まぁ寝れば何とかなるだろう。さぁ寝よう、と低くしていた体勢を戻すと、マスターは俺を呆然と見上げていた。

 

「……ねえ。一つ聞いてもいい?」

 

「うん? ああ、いいとも。なんなりと、マスター」

 

「あんた、宝具ってあるのよね?」

 

「ああ。君の見ているステータスに、おそらく宝物庫くらいは見えてると思うけど」

 

「……この戦争に、あんたが参戦して、勝てる?」

 

 その言葉に、俺はマスターが何をしたいのかを悟った。

 

「あんたは、凄い王様で、沢山の宝具を使える。……この『対国』って、国に対抗出来るってことでしょ!? なら、あんたが参加して、この国を勝たせて……!」

 

「マスター、良く聞いて欲しい」

 

 ここは、心を鬼にするしかないな。

 

・・・

 

 私は、左手の令呪を見て、コレしかない、そう思い至ったのだ。ギルは凄い王様で、宝物庫なんて凄い宝具を持っていて、それは国に対抗できる力がある。なら、アルビオンを勝利に導き、姫様と皇子をもう一度生きてあわせることが出来る!

 そう思ってギルにお願いしようとしたのだけれど、顔を上げてみたあいつの顔は、今まで見た中で、一番怖かった。

 

「あ……」

 

 全身が、一瞬で強張った。真顔になっているだけだ。無表情でこちらを見下ろしているだけ。それだけの視線が、私の体の自由を奪う。

 

「その案を実行するというのなら、令呪を三画消費する覚悟を持って欲しい。それでも俺は全力で抵抗する。君のその人を想う心は美徳だが、今からマスターが言おうとしていたことは、その全てを踏みにじる行為だぞ」

 

「う……あ……」

 

 呼吸も出来てないんじゃないか、というくらいに体が言うことを聞かない。でも、こいつが言っていることは、その意思の硬さは、痛いほど伝わってきた。

 私の今やろうとしていることは大きなお世話で、皇子の覚悟を踏みにじることなのだと。

 

「で、でも、だって、出来る力があって、助けられる命が、あるのに……!」

 

 それでも、私は姫様の嘆く顔が見たくなくて、何とか言葉を搾り出した。

 

「……そうだよ。俺の力は、いつでも、どこでも、誰のでも、命を助けられる力だ」

 

 ふっとギルが笑う。それだけで、体にかかっていた重圧は嘘のように消えていた。

 私を撫でながら、ギルは柔らかく笑って言う。

 

「今、ここで彼らを助けたとしよう。そうすれば、絶対に彼らを追う敵が来る。いつまでそいつらを倒す? マスター、俺は君のサーヴァントだ。だから、俺が力を振るう場には君もいなくてはならない。……いつまで、人が死に続けるのが見たい?」

 

 死に続ける。そこまで言われて、私は思い至った。そうだ。ギルの力は、どんなものでもなぎ倒すだろう。魔法ですらとめられない、大嵐だ。でも、その大嵐が巻き起こす被害は、全てをなぎ払うまで止まらない。止まれない。

 終わりはどこだ? ここで皇子を助けて、トリステインに連れて行って……そこへ来た敵も、攻め込んできた敵も、全部、全部……。

 多分、終わった頃には地図からトリステインという国は消えている。助けたかったものも、いつの間にか全て巻き込んで、漸く止まる。

 

「……マスターは聡明だから、今ので分かっただろう? 助けるなら、ずっと責任を持たないといけないんだ。ウェールズの全てを、アルビオンの全てを背負ってこれから生きていけるというのなら、俺はこの力を振るおう。……令呪に命じるがいい、我が主よ」

 

 左手に光る令呪が、途端に恐ろしいものに見えてくる。三画の絶対命令権。それは、ギルの力を振るうことの出来る……いいや、『ギルの力を私の意志で振るうことが出来る』ものなのだ。

 右手で左手の甲を隠すように握る。

 

「……恐怖は大事だ。それは、一歩を躊躇する大切な感情だよ。目の前に崖があったときに一歩を踏み出さないための、大切な感情だ」

 

 ギルは「それに」と続ける。

 

「令呪には抵抗できる。……流石に三画全部使われたら難しいけど、君が間違ったときには、こうして俺も抵抗しよう。……いいかな?」

 

 その笑顔に、不覚にもどきりとした。……何よ。王様のクセに、優しくて、甘くて……王様らしくない。

 でも、それこそが、こいつを王たらしめるものなのかもしれない、なんて……そんなことを、ふと想った。

 

「さ、今度こそ寝よう。ベッドに入れば、考え事をしていてもいつの間にか寝てしまうものだ」

 

 ギルの言葉どおり、ベッドに入ってからしばらく、色んな考え事が浮かんできたけれど……いつの間にか、意識を手放していた。

 

「くぅ……くぅ……」

 

「……おやすみ、マスター」

 

 ……そばで見守る黄金の王が、キラキラと魔力の粒子になってゆく。

 

・・・

 




「……」「なんだよ、アサシン」「いえいえー、なんと言うか、貴方様は小さな子を泣かせるのが趣味なのかなー、とか」「……これは別に、泣かせたくて泣かせたわけじゃないよ」「……そういえば、座で迦具夜さんギャン泣きしてましたよ」「アサシンに取って迦具夜は『小さい子』扱いなのか」「……? そうじゃないんですか? 背低いしまな板だしちょっとしたことで動揺するからちょろ……扱いやすいなぁって」「……強く生きろよ、迦具夜」「もう死んでますけどね?」


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