ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント!   作:AUOジョンソン

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「明日朝早いから、今日は早く寝ましょ」「了解。起きなかったらおいていけばいいんだな?」「なんでよ!? 起こしなさい!」「あ、ギルさん、私もお願いしますねー?」「……セイバーについては、徹夜だな」「ひえっ!? な、なんででしょう!?」「自分のその微妙な大きさの胸に手を当てて考えてみろ」「びみょっ!? ふ、ふつーですよこのくらいは! そりゃ、あの無限の容量のあるおっぱいとかみたいに大きくないし、ギルさんのマスターさんみたいにぺったんこでもない、ちょうど中間くらいの大きさですけど、これが女の子の普通なんです!」「そうだな、まさに普乳だな」「ま、また普通って言ったぁ!」「……あんたらね」「ん? どうしたマスター、そんなにプルプル震えて」「? なんだろ、この魔力の流れ……?」「あんたらぁっ! そこに正座っ!」「うお、マスター、杖を振るのはやめ……!」「ひゃ、魔力の流れが爆発する……!?」

 翌日、部屋の中は乱れに乱れていましたが、全部自動人形に投げて旅に出ました。……なんか、お土産買ってかないとなぁ。


第十一話 密命、気合、いれて

 次の日の朝。太陽も登り始めたばかりで学院に朝もやのかかる中、俺たちは旅の準備をしていた。といっても、荷物やらなんやらは俺の宝物庫に入れているため、馬の鞍やらを準備するくらいだ。そんな中、ギーシュがそういえば、と話しかけてきた。

 

「僕の使い魔も連れていきたいんだけど、いいかな」

 

「ギーシュの使い魔? ……そういえば見たことなかったな。どんな使い魔なんだ?」

 

「紹介するよ。もうここにいるんだ」

 

 そういって、地面を足で叩くギーシュ。すると、土が盛り上がり、そこから茶色い大きな生物が顔を出した。

 

「おっと。モグラ……か?」

 

 大きさは普通のモグラとは違い、抱き着くギーシュと同じくらいに見えるが。

 

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったのね」

 

「そうさ! ああ、可愛いヴェルダンデ! たくさんどばどばミミズは食べてきたかい?」

 

 ジャイアントモール……つまり巨大モグラ、である。そのまんまか。だいぶんギーシュはこの巨大モグラ……ヴェルダンデを溺愛しているらしい。抱き着き、頬ずりをし、鼻をひくつかせるヴェルダンデとスキンシップをしていた。

 

「……可愛い……?」

 

 セイバーが首をかしげるが……まぁ、その辺は個人的な趣向になるから黙っていような。

 

「っていうか、それだと連れていけないわ、ギーシュ。モグラだから地面を進むんでしょう?」

 

「大丈夫さ! なんて言ったってヴェルダンデだよ!? 地面を掘って進むのは得意なんだ!」

 

「もう忘れたの? 行先はアルビオン。地面を掘って進むこの子を連れてはいけないわ」

 

 ああ、そういえばアルビオンは『空飛ぶ国』だ。輸送手段を確保しない限りモグラは住めない環境だろう。

 マスターの言葉に、ギーシュは顔を悲しげにゆがませた。

 

「そんな! お別れなんて、辛すぎる……胸が張り裂けそうだよ、ヴェルダンデ!」

 

 別れの言葉をかけているその時、ヴェルダンデが鼻を再びひくつかせ、くんくんと俺のほうに寄ってくる。

 

「ん? なんだ、ギーシュより俺の使い魔になりたいってか?」

 

「そっ、そんな!? ヴェルダンデ!?」

 

 押し倒されそうなほどの勢いですり寄ってきて鼻で体を探索するようにつつきまわされる。まったく、これが俺じゃなかったら押しつぶされているところだ。仕方がないなと撫で繰り回していると、冷静になったのか、ギーシュが首を傾げた。

 

「あ、そうそう、ヴェルダンデは宝石なんかが好きなんだ。貴重な鉱物や宝石の原石を見つけてくれたりしてね。君も何か身に着けてるんじゃないのかい?」

 

「ん、ああ、そういわれるとそうだな」

 

 撫で繰り回しているうちに、俺の手についている指輪に夢中になっているらしいヴェルダンデ。こらこら、これは大事なものだから、舐めないでくれよー。

 

「あー、その指輪……下手な宝石より貴重なものでできてますもんねー」

 

 セイバーが苦笑いしながらそうつぶやく。それにしても、前日のうちにマスターから手紙と姫の指輪を預かっておいてよかった。そうでなければ、マスターのほうにこのモグラが言っていたかもしれないしね。流石のマスターも、巨大モグラに押し倒されては抵抗できまい。下着くらいは御開帳してたかもしれないな。

 

「さて、ほら、そろそろご主人のもとに帰るんだ、ヴェルダンデ」

 

 俺がそういうと、満足したのかギーシュのもとへヴェルダンデが戻っていく。ギーシュはもう一度名残惜しそうにヴェルダンデに別れを告げると、馬の準備に戻る。

 そして、全員分の準備が完了したとき、朝もやの中から一人の男性がやってきた。

 

「すまない。待たせたかな?」

 

「……あなたは?」

 

「ああ、自己紹介が先だったね。グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

「わ、ワルドさま……?」

 

 なるほど、この男が姫のつけてくれた護衛のようだ。マスターが驚いたように声をかけているところを見るに、また昔の知り合いらしい。

 ワルドはマスターを視界に入れると、にっこりと笑ってマスターに駆け寄り抱き上げる。

 

「ルイズ! 久しぶりだなぁ、僕のルイズ!」

 

 ……何気に『僕の』呼ばわりしているところに若干の不満はあるものの、マスターと顔見知りならば信頼もできるだろう。姫の選択は間違っていないといえる。

 

「お久しぶりでございます」

 

 マスターも頬を染めつつ挨拶をして、抱き上げられるままになっているところを見るに、まんざらでもないらしい。

 

「そうだ、彼らを紹介してくれたまえ」

 

 そういって、ワルドはマスターを下した。だいぶん親しい仲のようだ。マスターも特に何かを言うこともなく、俺たちに顔を向けてワルドに紹介してくれた。

 

「ええと、こっちがギーシュ・ド・グラモン。そして、使い魔のギルといいます。もう一人の女の子は使い魔の……ええと、同僚です」

 

「使い魔? 君が? ははは、まさか人が使い魔とは思わなかったな」

 

 そういって、朗らかに笑うワルド。だろうな。この世界では前例のないことらしいし。こちらに近づいてきたワルドは、気さくに話しかけてきた。

 

「僕の婚約者がお世話になってるね」

 

「婚約者? ……ああ、でもまぁ、納得だ。よろしく、ワルド子爵」

 

 そういって、右手を差し出す。ワルドのほうも察してくれたらしく、握手に応じてくれた。

 

「さて、それじゃあさっそく出発しようか」

 

 ワルドは口笛を吹く。すると、まだ晴れない朝もやの中からグリフォンが現れる。おお、グリフォン。ヒッポグリフなら乗ったことあるけど、グリフォンはまだだな。乗ってみたいけど、でも定員は一人……小柄な人間で二人ってところだから、難しいなー。

 ひらりとグリフォンにまたがると、ワルドはマスターを手招きする。

 

「おいで、ルイズ」

 

 頬を染め、少しためらっていたが、もじもじしているマスターを見かねたのか、ワルドに抱きかかえられてグリフォンにまたがった。

 そのままワルドは杖を掲げて、雄々しく叫ぶ。

 

「さぁ諸君! 出発だ!」

 

 グリフォンが駆け出して、それにキラキラとしたまなざしを向けたギーシュが続いた。俺とセイバーは、顔を見合わせてため息をつくと、馬にまたがって後を追った。

 まったく、憧れの年上の婚約者と出会ってずいぶんと乙女になっているようだが……大切な密命だってこと、忘れてないだろうな。

 

・・・

 

 ワルドがグリフォンに乗って休みなく走っていくので、俺とギーシュは宝物庫にあった宝具の鞍を使って馬の強化、騎乗者の保護、能力の向上をしたうえで、路上を駆け抜けていた。……ちょっとくらいこっちを慮るとか、そういう配慮ないんですかねぇ!

 ちなみに、セイバーは俺と一緒に馬に乗っている。『馬……ちょっと不安です』と言っていたので、相乗りすることになったのだ。

 

「もー! アストルフォさんかケツァルさんかマルタさん呼びましょうよー」

 

 「早すぎませんかあれは!」と途中から騒ぎ始めたセイバーのイライラはだいぶん高まってきているらしく、俺も苦笑しか返せていないのが現状だ。すでに半日以上は馬を走らせており、宝具を使っていなければ馬は何度か交換が必要だったろうし、ギーシュもへばっていたことだろう。

 宝具でも疲労軽減くらいしかできないので、少し辛そうではあるものの、馬もギーシュもまだ余裕を感じられる。

 道中ギーシュに聞いた話だと本来港町のラ・ロシェールまでは馬で二日かかるらしいが、この調子なら夜にはつくだろう、とのことだった。その言葉の通り、日が暮れて夜になったころには、すでに港町ラ・ロシェールに続く山道に入っていた。

 港町といっても空飛ぶ船の港なので、峡谷に挟まれるようにして町があり、岩をくり抜いて作ったような建物が見える。

 

「はー、ようやくついたー」

 

「もうそろそろ腰が痛くなってきたころだったから、助かったよ……いやはや、君の鞍は優秀だな」

 

「……安心はまだできないようだぞ。セイバー!」

 

「っ! 敵襲!?」

 

 いくつも投げ込まれた松明でようやくセイバーも気づいたのか、俺の見ている方向……崖の上に視線を向けた。

 その明かりで驚いた馬だったが、鞍の性能のおかげか、俺もギーシュも振り落とされはせず、なんとか馬を落ち着かせることに成功。

 そして、聞こえてきた風切り音に反応し、俺は腰に付けていたデルフリンガーで、セイバーは腰に佩いた細身の剣で、それぞれ飛んできた矢を弾いた。

 

「な、なんだ一体……!」

 

「こんなところで襲われるとなると、物取りか山賊か……」

 

 もしくは、と続けようとしたその時、次の矢が飛んでくる。

 だが、その矢は小さな竜巻によって絡めとられ、明後日の方向へと運ばれていった。風の魔法か……?

 

「無事か!」

 

 声の方向へ視線を向けると、ワルドが杖を構えてそう叫んでいた。杖から先ほどとは違う魔力を感じたので、やはりさっきのはワルドの魔法だったらしい。

 ワルドが合流し、もう矢を放っても無駄だと判断したのか、三度目の矢は無いようだった。

 グリフォンを降下させて隣に降り立ったワルドは、上を見て警戒しつつ、つぶやく。

 

「山賊か?」

 

「ちょうどよかった。マスターとギーシュを頼んだ!」

 

 そういって、俺は馬を走らせて崖へ駆け寄り、馬から飛び上がる。途中でとっかかりを掴んで再び飛んで、崖の上へ。そこにはザ・山賊といった風貌の男たちが待ち構えていた。

 手には斧からこん棒のようなものまで、いろいろだ。統一性のなさが、踏んできた修羅場の数を物語っているようだ。

 

「上ってきやがったぞ、こいつ!」

 

「馬鹿め! 一人で何が出来んだ!」

 

 こういう手合いは会話をしても無駄だ。握ったデルフリンガーを力ずくで振るい、目の前にいた二人を吹っ飛ばす。さび付いているせいで、斬れはしなかったがいくつか骨も折れているだろうし内臓も傷ついているだろう。気絶したのか動かなくなった二人から視線を外して、次に狙いをつける。

 

「ひ、ひっ!」

 

 吹っ飛ばされた二人を見たからか、弓に矢をつがえていた男が慌てて弦を引き、矢を放ってくる。手慣れているからか、こんな状況でもきちんと俺の顔めがけて飛んできた矢を首をかしげて避けると、その男のもとへと踏み込む。

 その勢いのままにデルフリンガーを握っていない片方の手でぶん殴る。相当な勢いで飛んで行った男は、後方にいた一人を巻き込んで転がっていく。ダメージは低そうだからもしかしたら立ち上がるかもしれないが……今は無視していいだろう。

 

「あと三人か」

 

 一人にデルフリンガーを投げつけ、結果を見ることなく残った二人のうち一人に駆け寄る。そいつの襟首をつかみ、最後の一人のもとへ。踏み込んだ勢いそのままに手に持った男をぶつけると、鈍い音を立てて二人が転がっていく。そこで初めてデルフリンガーを投げた相手に視線を向ける。どうやらいいところに当たったらしく、白目をむいて倒れている男が見えた。

 

「よし、すまんなデルフリンガー。投げたりして」

 

「い、いやぁ、頑丈なのが取り柄だからよぅ……」

 

 デルフリンガーを拾うために倒れた男の近くまで近寄ると、男の懐から小さな袋が出ているのが見える。……?

 

「お、財布か。……やけにいっぱい入ってるな。デルフリンガー、これだけあればしばらく生活できるよな?」

 

「え? あ、ああ、そうだな。……確かにそうだ。こんなに持ってて、なお襲うってぇのは、あんまり考えられねえな」

 

 ある程度の稼ぎがあれば、アジトに戻って金を置いて来るなりいったん撤退するなりするはずだ。余計なリスクを背負ってこんな少人数を襲っても実入りはほとんどないだろうし……。

 財布の中を検めてみると、トリステインの新金貨という奴だ。俺も何度か見たことがある。確か、三枚で旧金貨の二枚分の価値があるんだとかなんとか……。

 

「怪しいな」

 

 全員を集めてまとめて縛るついでに懐を探ってみると、全員それなりに金を持っているようだった。むむむ、なおさら怪しい。全員ひとまとめにはせずに、一人だけ外しておく。そして、そいつをぺちぺち叩いて起こす。

 

「う、うあ……?」

 

「おはよう。……さっそくだけど、カリスマ全開で行くぞ」

 

 EXランクにまで高まったカリスマは、判定次第で敵対意思を持つ者すら従わせることができる。サーヴァントやら魔術師やらメイジとかの対抗策のありそうなのならともかく、山賊くらいならば対抗ロールも出来ずに俺の指揮下におかれる。俺の幸運と合わせて、これはかなり強力なスキルだ。……だからこそ、いつもは抑えているんだけども。

 

「聞きたいことがある。君たちは金目当ての山賊か? それとも……誰かにやとわれたのか?」

 

「あ、お、おう? ……そうだよ、なんか白い仮面つけた男にやとわれたんだ。へへ、金払いもよくてよ。前金で結構もらったんだよ」

 

 最初は混乱しているようだったが、すぐにあくどそうな笑みを浮かべて口を滑らせてくれた。……白い仮面の男、ねぇ。

 

「なんか言ってなかったか? ほら、アルビオン、とか密命、とか」

 

「ああ? あー、貴族派だとか言ってたな。二人組でよ。もう一人は緑の髪をした、メイジの女だったからよぉ……へへ、もう一人もそうなんじゃねえか? で、お前らが通るはずだから、襲ってほしいってよ」

 

「……なるほど。どこかから洩れているということか。あの姫様も抜けてそうだったしなぁ」

 

 緑髪のメイジはたぶんフーケだろう。その白い仮面の男か、貴族派か……どちらかに何かを感じ取ったのだ。ということは、その白い仮面の男……気を付けるべきだな。

 

「ありがとう。……じゃ、もうちょっと寝てようか」

 

「お、ぐっ……」

 

 もう一度彼には気絶してもらい、縛っておく。そのあたりで、大きな羽ばたきの音。ワルドがグリフォンで助けに来たらしい。

 

「……なんと。もう終わっていたとは」

 

 驚いた表情でワルドがこちらにやってくる。

 

「これでも腕には自信があるんでな。……さ、下に戻ろう」

 

 金貨の入った袋はすべて宝物庫にしまった。……これは、みんなに内緒で調べるとしよう。

 

・・・

 

 下に降りると、人数が増えていた。

どうやら出発の際のごたごたで気づかれたらしく、キュルケとタバサの両名がシルフィードに乗ってついてきたのだ。タバサの格好が寝間着であることを鑑みるに、どうもキュルケが無理やり起こして連れてきたようだ。

 

「ダーリン!」

 

 俺を見つけたキュルケが、シルフィードのもとからこちらに駆け寄ってくる。

 それを受け止めてから、少し離れてもらう。マスターは中々に嫉妬深いのだ。こんな姿を見られては、また頬を膨らませるに違いない。……でもまぁ、ちょっとキュルケの自慢のメロンが当たるのは仕方がないよね、とひっついてくるキュルケを完全には離さずにマスターのほうを向く。

 案の定こちらを見てほおを膨らませ、何かを言おうと口を開きかけていたマスターだが、ワルドになにやら言われてその言葉を引っ込めたようだ。

 

「今日はこのラ・ロシェールで一泊し、明日の早朝アルビオンへ向かおう」

 

「ああ。……キュルケ、タバサ。一応密命なんだ。……ついてくるというなら全力で守るけど、できれば帰ってほしいかな」

 

「ふふっ。ダーリン、ごめんね? でも、心配なの……」

 

 しおらしく顔をうつむかせ、こちらを見上げてはにかむキュルケ。むむむ、流石小悪魔である。こういうツボを押さえるのは得意らしい。

 しばらく視線をぶつけ合わせて、無言の間。先に根負けしたのは、俺だった。

 

「……はぁ。負けだ、負け。ま、任務内容さえ言わなければただのアルビオン観光みたいなもんだ。でも、俺かセイバーのどっちかから絶対離れないこと。わかったな?」

 

「うんっ! ありがとっ。やっぱり優しいのね、ダーリンは!」

 

「そっちで無関係とばかりに本を読んでるタバサもだ。わかったかー?」

 

 キュルケからタバサに視線を変えてそう声をかけると、彼女はずっと読んでいた本から顔を上げ、こてん、と小首をかしげた後、つぶやくように答えた。

 

「……私は大丈夫」

 

 そういって、タバサは本を読んでいる間小脇に立てかけるように持っている杖を動かす。魔法が使えるから心配するな、という彼女なりのアピールなのだろう。確かフーケ討伐の時も彼女は特別強い、みたいなことをオスマンが言っていたような気もするし、実際にそうなのだろう。

 だけど、それとこれとは話が別だ。強くても一歩間違えれば怪我をしたり、最悪死んでしまうのだ。それは、彼女だけではなく、彼女の友人や、親御さんにも申し訳が立たない。ここでの保護者は俺なのだ。マスターだけではなく、ギーシュや彼女たちも、きっちり守ってやろう。

 

「タバサが戦い方を知ってて大丈夫でも、だ。マスターと同じように、ギーシュも、キュルケも、タバサも俺の大切な子だからな」

 

「私っ。私はー!?」

 

「はいはい、セイバーも大切な子の一人だよ」

 

 俺に抱き着くようにしていたキュルケに一言断って離れ、さらにすり寄ってくるセイバーを押さえて、タバサのもとへ。不思議そうに見上げてくるタバサの頭を少し乱暴に撫でる。目をつぶりながらも、されるがままのタバサから手を放すと、まだやっぱりこちらを不思議そうな顔をして見上げてきていた。

 

「大切……」

 

「そ。大切。……さ、今日はここで一泊らしいし、みんな、行こうか」

 

 話している間にすでにワルドとマスターは先に進んで行ってしまっていた。それに追いつくために二人をせかして、俺たちを待ってくれていたギーシュと共に、五人で二人の背中を追ったのだった。

 

・・・

 

 ラ・ロシェールにて一番高い宿……『女神の杵亭』に宿泊することとなった。……まぁ、みんな貴族だしな。しゃーないしゃーない。

 ちなみに今は一階にある酒場にいる。ワルドとマスターが二人そろって船着き場へ交渉しに行ったため、残った俺たちはこうして酒場で待っているのだ。酒場といっても、貴族向けの宿。安っぽい感じはせず、照明やらテーブルやら、ある程度金を使っているのがわかる。

 そこで二人が帰ってくるまで、こうして世間話でもしながら待っているのだ。……っと、帰ってきたみたいだな。浮かない顔をしたマスターと、困った顔をしたワルドが、俺たちのいたテーブルに座る。

 

「アルビオンへの船は明後日まで出ないそうだ」

 

「明後日? 確か空を飛ぶんですよね? なんで明後日まで出ないんです?」

 

 セイバーがきょとんと小首をかしげる。両手で抱えるように持ったカップには、他とは違いワインではなく暖かいミルクが注がれている。

 

「明日の夜は月が重なる『スヴェルの月夜』だ。その翌日の朝、アルビオンは最もラ・ロシェールに近づくのだ」

 

「あー……そういえば浮遊大陸なんだったか」

 

「動いてるんですねー」

 

 サーヴァント二人組がそろってほほう、と頷く。まだ見たことはないのだが、浮遊大陸アルビオンが近づくまではここで待機になるようだ。ま、それはそれで仕方がない。

 

「もう疲れただろうし、今日は休もう。みんなの分も部屋をとっておいた。ギル、君とギーシュ、キュルケとタバサとセイバーで相部屋だ」

 

「? ワルド、私は?」

 

「君は僕と同室だよ、ルイズ」

 

 婚約者だからね、と微笑むワルドに、マスターが椅子から立ち上がって叫ぶ。

 

「まだ結婚してるわけじゃないのに! 駄目よ、そんなの!」

 

 そう言ったマスターは、困ったようにこちらに視線を向ける。……なんだなんだ、まったく。しかしまぁ、以前までなら困っても俺にそんなに頼ろうとしなかったのに……。こうして頼ってくれるようになったのはうれしく思うとともに、微笑ましく感じる。だけどまぁ、十歳で婚約者と同室というのは緊張するだろう。仕方ないなぁ。助け舟を出してやろうと口を挟む。

 

「ワルド、男女で部屋を分けたらどうだ。マスターも困ってるみたいだしな」

 

 俺の言葉に、しかしワルドは首を横に振った。

 

「使い魔たる君から主人を離すのは悪いと思っているよ。だけど、ルイズと大事な話があるんだ。二人っきりで話したいんだ」

 

 むぅ、彼の意思は固いようだ。これ以上彼を説得するなら俺のカリスマスキルによる判定をするしかないが……。マスターと大事な話があるという彼の言葉に嘘はないようだ。ならば、ここは彼の意思を尊重してやるしかないな。

 

「……仕方がない。マスター、何かあればパスで俺を呼べ」

 

 それぞれの部屋に向かう前。一応安心させるためにとマスターに小声で伝えておく。

 ま、ワルドもここで変なことはしないだろうが、一応念のため。

 

・・・

 

 その日の夜。俺は宿の屋上に立ち、考え事にふけっていた。部屋ではギーシュが爆睡しており、起こすのも忍びないとこうして外に出てきたのだ。吹き寄せる風が俺の髪を乱していく。

 

「……なーんか悩んでると思ったら」

 

 そんな俺に声をかけながら、金色の粒子が集まり人型をなしていく。霊体化した状態から実体化するときの現象だ。

 

「セイバーか」

 

 そちらに振り向くことなく声をかけると、こつり、と固いブーツの音が一度だけ聞こえる。

 

「そんなに心配です? マスターのこと」

 

「あたりまえだろ。俺はこれでもマスター思いでな」

 

「あんまり過保護だと反抗期が来ちゃいますよー」

 

 くすくすと笑うセイバーに、振り向かずにつぶやく。

 

「……一番怪しいのはワルドだと思っていたんだ」

 

「んー? あ、情報漏れの話ですね?」

 

「そうそう。でも、姫がマスターに相談してからワルドに依頼して、合流してからこの方、一度も俺たちから離れてはいない。……もしくは、その白い仮面の男がサーヴァントなのか」

 

 性別男のサーヴァントにはあまり詳しくないので、白い仮面、男だけの情報では何とも言えないが。

 

「気にしすぎても視野狭窄になりますよ。魔法がある世界なんです。なにがあってもおかしくありません。……備えるのはいいですが、怯えるのは愚策です」

 

 こちらを見上げるセイバーの言葉に、それもそうだ、とうなずく。どんなサーヴァントが来ようが、マスターを、その友達を、俺の守るべき人を守るだけだ。

 

「セイバーに教えられるとはな」

 

 そうと決まれば、あとは明日に備えるだけだ。サーヴァントは眠らなくても問題ないが、魔力を節約するために睡眠をとっておくとしよう。

 

・・・

 

 翌朝。まだぐーすか眠っているギーシュを置いて、部屋を出る。朝食でも取ろうかと階下へ降りようとすると、向かいの部屋から同じタイミングでセイバーが出てきた。

 

「あ、おはよーございます、ギルさん」

 

「ああ、おはよう。早いな」

 

「そうですか? ……ま、いいです。朝ごはん食べに行きましょう」

 

 二人で階下の酒場へ行くと、夜になるまでは食堂として機能していて、学院ほどとはいかなくとも、それなりに重そうなメニューが運ばれてきた。

 

「んーっ、おいしーですねぇ」

 

「朝からこれとは……良く胃がもたれないものだ」

 

 俺やセイバーは食べたものを魔力に変換することができるのでそういうものには無縁だが、この世界の貴族は胃も強いのだろうか。

 そんな風に世間話をしながら朝食を食べていると、そろそろ食べ終わる、という頃にワルドが下りてきた。

 

「ああ、ここにいたのか。部屋に行ってもいないものだから探したよ」

 

 そういって、俺のもとへとやってくるワルド。いつも通りの羽根つき帽子にきちんとした服装で、隙の無い姿だった。そして、開いている席に着くと、飲み物だけを注文する。

 

「朝食は食べないのか?」

 

「……軽く部屋で取ってきたんだ。それよりも、君に話があってね」

 

「? 話?」

 

「ああ。昨日ルイズと色々話をさせてもらったんだが……君は伝説の使い魔、『ガンダールヴ』なんだな?」

 

 ほお、なんでそこに至ったのかは……まぁ、コルベールのように昔の伝承やらに詳しければ、令呪という形でルイズに表れている以上簡単に推察できるだろう。それは、サーヴァントの情報から真名に至るマスターやほかの英霊のようなものだ。

 武器やら特徴から真名を突き止め、弱点を突く。それは聖杯戦争での正しい戦い方だ。ならば、ワルドが同じことをしてその『ガンダールヴ』に至るのもわからないことじゃない。……だけどまぁ、一応は隠しておくとしよう。学院長も広めると良くないというようなことを言っていたし、英霊の真名と同じく秘匿するべき情報だ。だからこそ、マスターにもいってないわけだしな。

 

「伝説の使い魔? 聞いたこともないな」

 

 苦笑しながら、食後のお茶を口にする。だが、そこでワルドは引き下がらなかった。

 

「とぼけなくてもいいよ。昨日、ルイズにある使い魔のルーンを見た。昔から僕は歴史や兵について興味があってね。見た瞬間にピンときたよ」

 

「ほほう、なるほど。……申し訳ないが、俺にそういう知識はなくてな。それが本当かどうかはわからないんだよ」

 

「ふふ、まぁ、そういうことにしておくよ。……それで、話にはまだ続きがあってね」

 

 そういうと、ワルドはにっこりと笑って腰にある魔法の杖を叩いた。

 

「君のその腕前を見たくてね。『手合わせ』しようじゃないか」

 

「えぇー? 確かに一日予定はないけど……」

 

 言外に『昨日襲われたばかりだよな?』ということを含めて嫌そうな空気を出してみるが、ワルドはそれに怯まずに言葉を続ける。

 

「昨日君が賊を倒したという『結果』は見たが、そこに至る『過程』を見ていないものでね。君の戦力を把握したいというのもあるんだ」

 

「なるほど。……理にはかなっているな。いいだろう、少し相手をしよう」

 

 腰にはちゃんとデルフリンガーがあり、このままでも問題はない。……朝飯を食べたことだし、腹ごなしと行こうか。

 

「それでこそだ。こっちに来たまえ。場所は用意してあるんだ」

 

「セイバー、どうする? 部屋に戻ったり観光しててもいいけど」

 

「んー……観光するにも部屋で休むにしても、ギルさんと一緒じゃないとつまんないし……ついてきますっ」

 

「はいはい」

 

 そして連れてこられたのは宿の中庭。樽やら空き箱やらが積まれているが、広さはそれなりにある。

 

「ここは昔アルビオンの侵攻に備えるための砦だったんだ。その時にここは練兵場でね。かのフィリップ三世の治下では貴族がよく決闘していたのだ」

 

 先ほどの言葉通り、歴史と兵に興味があるというワルドは、そういうことにも詳しいらしい。この場所が元砦の練兵場だったことがあるとか、フィリップ三世という見知らぬ統治者の話だとかを感慨深そうに教えてくれた。

 

「まぁ、実際はくだらないことで杖を抜いたりしていた。例えば、飲み屋で肩がぶつかっただとか……ああ、そうそう、女を取り合ったりだとかね」

 

「ふぅん?」

 

 取り合ったりというよりは、そちらが一方的に仕掛けてきているような気もするが……マスターを俺と取り合いたいというのなら受けて立とうじゃないか。……あの子を守ると決めたときから、たとえ婚約者であろうと簡単に渡すわけにはいかない。力を示してもらうためというのなら、これはちょうどいいのかもしれないな。

 

「そして、決闘には作法がある。介添え人が必要だ」

 

「セイバーじゃダメか?」

 

「その子でもよいが……もっと相応しい介添え人が来ている」

 

 そういって、ワルドは中庭の入り口に視線を向けた。俺もつられてそちらに視線を向けると、マスターがてくてくと歩いてきた。確かにこれはセイバーよりもふさわしいだろう。ぜひマスターにはこの後『私のために争わないで!』と言ってほしいものだ。

 

「ワルド? 呼ばれたから来てみたけど……なにするの?」

 

「これから彼の実力を試そうと思ってね。その介添え人を頼みたいんだ」

 

「手合わせってこと? ……もう、そんなことしてる場合じゃないでしょ?」

 

 昨日話し合ったからか、マスターからは妙な緊張はなくなり、呆れたようにため息をつくことができるくらいにはワルドと打ち解けたようだ。緊張して何か言われるたびに顔を染めていたマスターも可愛かったけれど、本来のマスターらしさが出てきたこちらのほうが俺は好きだな。

 

「確かに今は大変な任務の途中だけど……貴族というのは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともうどうにもならなくなる」

 

 ワルドを説得するのは不可能だとあきらめたのか、ため息をついてからマスターはこちらに近づいて腕を組みながら小声でつぶやく。

 

「……宝物庫は使っちゃだめよ。あと、怪我もさせちゃダメ。そのボロ剣だけ使うこと。いい?」

 

「もちろん。……やめろ、とは言わないんだな」

 

「言ったところであんたはやめないでしょ? ……ワルドも変なところで頑固だし」

 

 そういって、マスターはやれやれと言いたげに頭を振ってから、セイバーのいる位置まで下がった。どうやら、諦めて介添え人をすることにしたらしい。

 

「ルイズから応援でもされたのかな? 少し妬けるね」

 

「ワルドは強いから怪我をしないように、と注意されただけだよ」

 

 俺がそう返すと、ワルドは笑って腰の杖を抜く。構えはフェンシングのよう。俺のほうに細剣のような杖が突き出されている。

 

「さぁ、全力で来たまえ」

 

 久しぶりに会った婚約者に実力を示してアピールしたい、という考えらしいが……当て馬になる気はさらさらない。油断しているようならばマスターは任せられない。それこそ、奪い取る気で行ってやろう。

 デルフリンガーを抜き、そのままだらんと腕を垂らす。特に構えないこの姿こそが、俺の構えだ。

 こちらからは向かわない。流石に魔法衛士隊なんてエリートと戦うのは初めてなので、まずは様子見だ。

 

「来ないのかな? ……ならば、こちらから行くぞ!」

 

 ワルドは予想通り、機動力を活かして戦うスタイルらしく、素早く一歩で間合いを詰めると、杖の構えの通り、素早く鋭い突きを放ってくる。

 

「ふっ……!」

 

 デルフリンガーでそれを受け流し、大振りで牽制の払いを振るう。もちろん身軽なワルドはそれにあたることもなく後ろに跳び、もう一度あのフェンシングのような構えをとった。

 

「魔法は使わないのか……」

 

 ギーシュの時とは違い、すぐさま魔法を使って優位を築く、という戦法ではないらしい。まぁ、いいところを見せようと思ってすぐに魔法を使ってちゃ、アピールにならないしな。

 

「魔法を使わないのが不思議かね? ……魔法衛士隊のメイジはただ魔法を唱えればいいというわけじゃないのさ」

 

 そういって、ワルドは白い歯を見せて気障に笑う。……そのワイルドな容姿も相まって、かなり似合っている。ギーシュもこういうところを学べばいいのに、ここにいないことが悔やまれるな。

 

「詠唱する動作さえ戦いに特化している。杖を構え、突き出す。剣のように扱いつつ詠唱をするのは、軍人の基本なのさ」

 

「なるほどな」

 

 剣を扱えるキャスターのようなものだ。接近戦をこなしつつ詠唱をして魔法を放つ。それは、確かに脅威だ。

 こちらはステータスを軒並み落とし、武装も限られている。……だけど、こんなのは生前訓練の時に散々やった。ステータスだよりではない戦い方の技術はきちんと身に着けているのだ。

 風を切る音を立てながら俺に突き出される杖を細かく受け流しながら隙を探していると、ワルドがなにやらぶつぶつとつぶやいているのが聞こえた。

 

「……ラ・ウィンデ……」

 

 少ししか聞き取れなかったが、呪文の詠唱だろう。杖の突きがリズムを持ち始めた。魔力の動きからして、あまりランクの高い魔法ではないのだろう。だが、俺の今の対魔力は素のものだ。当たってダメージがないとは言い切れないので、魔力の流れに注意する。

 

「っ、ここだっ!」

 

 発動する瞬間、身をかがめながら剣を振り上げ、ワルドの杖を上にはじく。

 

「なにっ!?」

 

 驚いた表情を浮かべるワルドの足を払い、姿勢を崩す。後ろに倒れそうになったワルドが、杖を持っていない手をついて転がり、距離をとった。……ち、暴発すれば、と思ったがそこまでうまくはいかなかったようだ。

 

「ちぃっ。だがっ!」

 

 姿勢を正す前に距離を詰めようと思ったが、それより早く杖を向けてきたワルドが魔法を放つ。ぼん、と空気のハンマーが勢いよく俺のほうへ飛んでくる。不味い、とガードするよりも先に踏み込んだ勢いをなんとか横にずらし、魔法……『エア・ハンマー』をよける。

 空気という点では俺もエアで扱うため、ある程度の造詣はある。風の流れから、見えない空気のハンマーの範囲くらいは予想できる。その範囲から逃れた、と判断した瞬間にはデルフリンガーを振るっていた。

 

「むぅ!」

 

 がぎぃん、と杖で止められたものの、ワルドは勢いを殺しきれずに一歩下がった。その間に俺は体制を取り直し、もう一度デルフリンガーを上段から振るう。ワルドはそれをもう一度杖で受け止める。今度はワルドも両手でしっかりと杖を支えていたために体制は崩れなかったが、俺は片手が開いている状態だ。押し返される前に素早く杖を掴むと、腹にけりを入れる。

 

「ぐあっ!?」

 

 勢いで杖から手を離したワルドは腹に手を当てて表情をゆがめるが、すぐに手に杖がないことに気づき顔をこちらに向けるが、その顔にデルフリンガーの切っ先を向ける。ぴたりと動きの止まったワルドに、俺はできる限りのドヤ顔で「勝負ありだな」と告げる。

 

「くっ……どうやら、そのようだ」

 

 大人げないといわないでほしい。これでも俺の力は制限されていたのだ。魔法が当たってしまえば俺も負ける可能性があったのだし、余裕で勝ったとは言えないのだ。なので、ドヤ顔くらい許してくれ。

 

「いい勝負だったな」

 

 奪った杖を返し、立ち上がったワルドの健闘を称える。ワルドは苦笑しながら

 

「いやはや、油断していたとはいえ、魔法まで使って負けるとはね。ルイズ、君の使い魔は中々の実力の持ち主のようだ」

 

「マスターを守る実力があると認めてくれるかな?」

 

「……もちろん。頼れる仲間がいることがわかってよかったよ」

 

「ワルドっ」

 

 手合わせが終わったのがわかったのか、マスターが駆け寄ってくる。持っていたハンカチをワルドに渡し、ワルドはそれで土汚れを落とす。それを見てから、マスターはこちらに視線を向け、一度うなずく。どうやら、合格点は貰えたらしい。

 

「一度部屋に戻りましょう?」

 

「ああ、そうだね、服も少し汚れてしまったし……使い魔君、この後は自由行動ということにしよう」

 

「了解だ」

 

 頷きを返した俺を見てから、マスターとワルドの二人は宿に戻っていった。

 

「いやー、見ててはらはらしましたよ、ギルさんっ!」

 

 それから、ようやくセイバーがこちらに近づいてくる。どうやら興奮した様子だ。

 

「でも強さは健在のようで! やっぱりあれですか? 人外に寝込みを襲われ続けるとそんな感じになるんですかね?」

 

「……やめい。個人的には蛇も鬼も獣も神もお腹いっぱいだよ……」

 

「あはは。またまたー、ご謙遜をー」

 

 そういて朗らかに笑うセイバーに、全く、とため息をつく。彼女は基本的に善人なので、あの辺の怖さを知らないのだろう。俺も出来れば知りたくはなかったけど……。

 

「あ、そういえば観光どうします? 個人的には空飛ぶ船の港とか、岩をくり抜いて作った街中とか楽しみすぎるんですけど!」

 

「ああ、そうだな。……ま、今は不安も忘れて観光と行きますか」

 

 こうして、俺とセイバーは観光へと繰り出すのだった。

 

・・・

 

 街に出て港で木に生るように船が止まっているのを見て感動してみたり、岩をくり抜いて作った建物に入ってみて二人してお上りさんのようにきょろきょろしてみたりとまさに観光客をやってみて、満足して宿に戻ってきたときにはすでに日も暮れかけた時間だった。

 

「楽しかったですね、観光!」

 

「確かに。いやはや、木に生る船は初めて見たな」

 

 別に生っているわけじゃないんだけど、どう見てもそう表現するかない船着き場に、話を聞いていただけの俺たちはかなり驚いたのだ。

 そんな風に感想を言いながら宿へと戻ると、俺の姿を見たフロントの女性が俺を呼び止める。

 

「お待ちください、ミスターギル。お手紙を預かっております」

 

「手紙?」

 

 俺の名前を知っていて、なおかつここにいることを知っているとは……フーケか?

 そう思いながらフロントの女性に近づくと、彼女は一枚の封筒を取り出した。

 

「こちらです」

 

 封筒に宛名や差出人の名前は書いておらず、裏返してみてもそれは同じだった。あとで開けるか、と判断すると同時に、フロントの女性が小声で話しかけてきた。

 

「そこには今まであたしが手に入れてきた情報が入ってる。……怪しまれないように渡したらすぐ去るけど、何かあればあんたらが立ち入ったあの雑貨屋に声を掛けな」

 

 その声に、目の前の女性こそフーケだと気づく。……変装術というよりは、意識の隙を突いたことによる隠蔽だろう。流石は凄腕の盗賊。確かによく見ればまとめ上げて帽子で隠しているとはいえ緑色の髪をしているし、顔も以前見たフーケそのままだ。

 

「……ありがとう。あとで読ませてもらうよ。……気を付けてな」

 

「はん。あたしの心配より自分の心配をするんだね。……まぁ、金ももらってるし、死ねない理由もあるし、精々気を付けるとするよ」

 

 追加の資金をこっそりと渡して、俺はフロントを後にする。

 

「あれが協力者のフーケさんですか」

 

「そうそう。凄腕の盗賊なんだ」

 

「……美人さんでしたね?」

 

 そういって、下からジト目でのぞき込んでくるセイバーからの追及をかわしつつ、俺は部屋に戻るのだった。

 

「……まったく。ああいうのに弱いんだから、あの人は」

 

 背後のそんなつぶやきは、聞こえないことにした。

 

・・・

 

 部屋に戻ると、ギーシュが俺に気づいて顔を上げる。

 

「ああ、お帰り。ずいぶんと遅かったねぇ」

 

「セイバーと観光してきたんだ。空飛ぶ船は初めてでね」

 

「ああ、あれは驚くよね」

 

 そう言って笑ったギーシュは、そうそう、と思い出したように話を切り出す。

 

「夕食後にみんなで飲もうって話になったんだ。君もどうだい?」

 

「みんなって……キュルケたちとか」

 

「そうそう。向こうでは彼女たちがセイバーを誘っているはずさ」

 

「それもいいかもな。うん、ちょっと遅れるかもしれないけど、必ず行くよ」

 

 そういって、部屋に備え付けのテーブルに座る。先ほど受け取った封筒を取り出し、封を開けて中の手紙を読む。ええと、何々? ん? 読めない……ってそういえば、俺文字読めないじゃん。なにこのうっかり。そうだよ、言葉通じるからすっかり忘れてたけど、俺こっちの文字まだ勉強してないじゃん。くっそ、どうする。

 ……しばらく手紙を持って悩む。……誰かに読んでもらうか? マスターなら事情も知ってるし、適任か。

 

「手紙かい? 読むのもすぐだろう? 待ってるよ」

 

 ギーシュは髪をかき上げながら気障に笑う。……うーん、いや、そういうさっぱり系の感じは似合うんだけどなぁ。この世界の男……特に貴族のは、こういう気障なのが基本なんだろうか。

 そんなくだらないことを考えていると、扉をノックする音。

 

「おーい、ギルさーん? 晩御飯いきましょーよー」

 

「ダーリン、お酒もあるわよー」

 

「おっと、お迎えに来てくれたみたいだね。どうする?」

 

 扉の向こうからの声に、ギーシュが首をかしげる。仕方がない、今はあきらめるか。あとでマスターに聞くとしよう。

 

「手紙は後に回すよ。さ、行こうぜ」

 

「ああ、わかったよ」

 

 そういって二人して部屋を出る。すぐそこには、セイバーとキュルケ、タバサの姿が。

 

「マスターとワルドは?」

 

「誘ったんだけどねぇ。部屋で寛ぐって断られちゃったわ」

 

 キュルケが肩をすくめ、やれやれと顔を左右に振った。こういう姿が似合うから、キュルケは凄い。女優のようなプロポーションと、自分への絶対の自信があるからだろう。こういう大げさな所作に違和感がない。

 

「ま、婚約者同士ですし、放っておいたほうがいいわね」

 

「……おうさまのはなし、まだ聞き足りない」

 

「ギルさん、モテモテですねー?」

 

 俺の腕を抱き着くようにして取ったキュルケと、その反対側の裾を引っ張りながら話をせがむタバサ。いつも通りあの大きな杖も抱えているようだ。その様子を見たセイバーが、つんつんと俺の頬を突いてくる。こら、やめんか。

 

「ほら、行くならさっさと行くぞ」

 

 そういって、ひっついてる二人とセイバー、ギーシュを連れて、階下へ降りた。

 

・・・

 

 夕食をみんなで食べた後、出されたワインで乾杯する。明日早いということであまり飲みすぎないように、と抑えめではあるが、それでも頬が染まる程度にはみんな酔ってきているようだ。

 そんな中でセイバーとの今までの話なんかをしていると、ばん、と大きな音を立てて宿の扉が開く。見ると、そこにはガラの悪そうな男たちが。さらに、急激に高まる魔力。覚えのあるこの魔力は……!

 

「ちっ、セイバー!」

 

「がってんしょーち!」

 

 声を掛けたセイバーがテーブルを倒して、俺がキュルケとギーシュをテーブルの陰に隠す。タバサはすでに隠れていて、そのあとに大量の矢が飛んできた。

 

「襲撃っ!? ゴーレム……!?」

 

 開いた入り口から、ゴーレムの脚が見えたらしく、キュルケが杖を抜きながら驚いたように叫ぶ。

 すぐ後に、上のほうから衝撃と音。ゴーレムが拳をぶち込んだのだろう。場所としては、おそらくマスターやワルドがいたあたりの部屋だろう。このゴーレムの主はフーケだと思うので、殺すような一撃は入れないはず。ワルドがマスターを連れて下に降りてきてくれればいいんだが……。あ、パスから驚きの感情が流れてきた。

 

「ギルっ!」

 

「マスター!」

 

 すぐにワルドがマスターを連れて階下に降りてきた。こちらを見つけたマスターが、俺を呼んでくれる。状態を一瞬で理解したワルドがマスターを連れてテーブルの陰へ駆け込んでくる。

 

「ワルド、わかってると思うけどフーケとそのゆかいな仲間たちが攻めてきたみたいだ」

 

「ああ、そのようだ。傭兵団を雇ったのだろう。参ったな」

 

 ワルドが陰から少しだけ顔を出し、のぞき込んでからつぶやいた。

 

「しかし、死んだといわれていたフーケがまさか生き延びてアルビオンの貴族派についていたとはな」

 

 こちらに突撃してくる気配はないが、おそらくこっちの魔法が切れたとたんにやってくるつもりだろう。消耗戦というわけだ。

 

「……このような任務は、半数が目的地にたどり着けば成功とされる」

 

 そういって、ワルドは真剣な顔で全員を見渡す。それを聞いたからか、俺のそばでしゃがみ込んでいたタバサが自分とギーシュ、キュルケを指さし、それから俺のほうを見て口を開いた。

 

「……セイバーは、戦える?」

 

「もちろん。頼れる仲間だよ」

 

「なら、その四人で囮」

 

 そういった後、ワルドとマスター、俺を指さして、港へ、と小さくつぶやく。

 

「了解だ。……セイバー、みんなを頼む」

 

「はい! お任せを!」

 

 そういって、腰の剣を抜くセイバー。その顔は真剣で、自身に満ちていた。

 

「よし、行くぞ!」

 

 ワルドがそういってマスターの手を引き駆け出す。俺はしんがりを務め、デルフリンガーを握りながらそのあとをついていく。

 飛び出した俺たちに向けて大量の矢が降り注ぐが、タバサからの風の援護があり、壁のようなものを作ってくれた。そのまま酒場から裏口へ。ワルドが扉の向こうに待ち伏せがいないか確認して、宿から飛び出す。

 

「後ろも大丈夫だ、ワルド」

 

「ならば向かうぞ!」

 

 背後の轟音を聞きながら、ワルド、マスター、俺の順番で、港へ向かうのだった。

 

・・・ 

 

 ギルたちがいなくなった酒場で、僕は残った他のレディたちと作戦会議をしていた。

 

「で、何か策はあるの?」

 

「ぼ、僕のゴーレムを突撃させて……」

 

「はぁ。あのねギーシュ。今までの攻撃から見るに、相手は手練れの傭兵団よ? あんたのワルキューレでどうにかなる質と数じゃないわ」

 

「じゃ、じゃあどうすれば!」

 

「……私、いけますよ」

 

 突然聞こえてきた言葉に、全員がそちらを見る。そこには、ギルがいつの間にか連れていた、セイバーという少女がいつの間にか抜いた剣と、どこから持ってきたのか槍を手にして言った。

 

「いけますって……あなた、魔法は使えないんでしょう?」

 

 その通りだ、と僕も頷く。ギルのような恐ろしいほどの宝物庫を持っているわけでもなく、あのメイドたちのようなゴーレムも持たないという彼女が、その剣と槍だけで戦えるとは思えない。そんな平民の彼女を戦場に出してしまってはグラモン家の人間として……いや、男としての矜持にかかわる。

 

「大丈夫。私を信じて」

 

 その言葉が、僕の胸に響く。根拠はないけど、信じて良い、という謎の感覚が浮かんでくる。それはほかの二人も同様だったようで、その表情が変わる。

 

「……そこまで言うなら、わかったわ。でも、援護くらいはさせてちょうだい」

 

「はい、お願いします。……あのゴーレムの気を引きながら、傭兵団を倒します。その援護をお願いします。……出ます!」

 

 その動きは、いつも微笑んでいたあの子と同じ人物なのかと疑問に思うレベルだった。低い姿勢で傭兵団に突っ込んでいった彼女は、左手に持った槍を横に一閃。それだけで、入り口をふさいでいた傭兵たちをなぎ倒してしまった。

 

「なっ!」

 

「あらあら」

 

「……強い」

 

 僕たちが驚いているのと同様に、向こうも驚いているようだ。そりゃそうだ。自分より小さく細い、あんな華奢な細腕のどこに、あんな力があると思うのか。

 だが、そこは手練れの傭兵団。すぐにリーダー格の男が声を掛けると、近くにいるものは斧なんかの近接武器を。そして離れている者は弓を引き絞る。

 

「おっそい! です!」

 

 次に振るわれるのは右手の剣。あんなに細いのに、振るわれた速さからか、折れることなくいくつかの武器の柄を切り裂いた。

 

「殺したくはありません! 痛い目にあいたくなければ引きなさい!」

 

 さらに近い傭兵へ蹴りを一撃。それだけで吹っ飛んでいくのを、だろうな、とある意味諦めのような気持ちで見ていた。

 

「ギーシュ! ぼうっとしてないの!」

 

 その言葉と共に、肩をどん、と叩かれる。それで我に返った僕は、慌てて杖を振るう。出来上がったのは、四体のワルキューレ。見れば、すでにキュルケはファイアボールを放っているし、タバサもエア・ハンマーを放ってセイバーの周りを囲む傭兵たちへ攻撃していた。こちらに攻撃が来ないよう意識を引いてくれているおかげで、こちらには数発矢が飛んでくるくらいで済んでいて

 

、その矢すらもワルキューレを一体盾にすれば問題ないほどだ。

 

「っ、ゴーレムが来るわ! セイバー!」

 

 二発目を放ったキュルケが、周りの傭兵ごと踏みつぶそうと動き始めたゴーレムを見て叫ぶ。そちらに視線を向けたセイバーは、踏みつぶされないように自分の周りの傭兵たちを吹き飛ばし、自身もその場から離れる。

 

「巻き込み注意ですよ!」

 

 上を向いてそう叫んだセイバーが、ずん、と着地したゴーレムの脚を槍で数回突く。が、このゴーレムの素材は岩だ。いくら力があっても、武器が頑丈でも、致命的に武器が向いていない。

 そんなセイバーを後ろから攻撃しようとしている傭兵に、ワルキューレを突撃させる。

 

「セイバー! ち、傭兵を先に片づけなければ!」

 

「大規模な魔法は精神力を消費しすぎるし……」

 

 傭兵は少しずつ無力化されているが、ゴーレムをどうするかが問題だ、とギーシュは頭を抱えた。

 

・・・




「あら、ますたぁ。そんなところでどうされたのですか?」「んぅ? 旦那はんやないの。そんなところでなにしとるん?」「こんなところにご主人が一匹。これはキャット的には狩らないといけないワン? 据え膳食わぬは一生の恥?」「あら、こんなところに玩具が転がっているわ」「本当ね。片付けをしなければいけないかしら」

「あら」「おや」「ワン」「へぇ」「ふぅん?」

「ささ、ますたぁ? こんなところではますたぁのお体に障ります。玉座へ戻りましょう?」「旦那はん? こないなところで考え事してたらあかんよ? うちがついてくさかい、どっか静かなところで、ゆっくりしよか?」「ご主人、腹が減っては戦はできず、兜の緒も締められず、というのである。古事記にも書いてあったワン。キャットが腕を振るうゆえ、レッツクッキング!」「勘違いしているのもいるようだけれど……マスター? あなたは私の玩具よね?」「決して……決して! 寂しいとか構ってほしいとか思っているわけではないけれど……面白くないわよね?」

「は?」「あ?」「ふむ」「そう」「ん?」

「可愛そうに。ますたぁのそばにいるのは私だけなのに……勘違いしている女の多いこと」「へぇ。バーサーカーになると、頭の中も狂うんやね。旦那はんはうちのもんやのに……同情しますえ?」「む? ご主人はキャットのご主人ゆえ、そちらには貸出禁止、独占中なのである。キャットが胃も心も掴むゆえ、心配なさらず」「あらあら、これだから位階の低い女は……マスターは神の位階。ゆえに、ふさわしいのも女神になるのよ?」「つまりあなたたちでは力不足もいいところ。ね、マスター? 魅力あふれる女神のほうが、あなたにふさわしいと思わない?」

「……殺す」「死にはったらよろしおす」「酒池肉林をお見せしよう……」「そう、石になりたいのね?」「あら、それならそうと早く言ってよね」

「……ぎ、ギルさん? なんです、あれ」「……見てわからんか、土下座神様。うちの人外ズが俺を見つけて駆け寄ったはいいけど、基本仲が悪いから喧嘩になる、の図だ」「いや、喧嘩っていうか殺し合いっていうか……」「ちなみにまだ増えるときがある。ばらきーとかエリザとかフランとかリップとかリリスとか、その辺が加わると俺は逃げる」

 ちなみに、全員同時ノックアウト。勝者はなかったそうな。

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