Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT6:裁きの拳

 

 ここに、3人のサーヴァントがいるッ!!

 

 セイバー! 7つのクラスで最優とされる、剣の英霊。見えぬ剣は単純ながらも効果的で、凄まじい直感で危機を嗅ぎ取り、魔力放出によって生み出される破壊力と速度で勝負を決める。最優の名に恥じぬ大英雄!

 

 アーチャー! サーヴァントの中でも強力とされる、三騎士の内の一つ。トリッキーな戦術で相手を翻弄する、奇異な弓兵。飛び道具だけでなく、双剣による白兵戦にも優れた、謎の戦士!

 

 ライダー! 多様な宝具を所持する、騎乗兵。俊敏さと、人ならざる怪力を誇り、三次元的な機動で襲撃する反英雄!

 

 誰もが、紛れもなく英雄。

 一挙手が大気を切り裂き、一投足が大地を砕く。

 一騎当千、万夫不当。近代兵器など及びもつかぬ、伝説の具現。

 

 ――これから、彼ら3人は敗北するッ!!

 

   ◆

 

「がっはぁ!」

 

 重い拳の連撃を受け、アーチャーは大地に叩き落とされる。咄嗟に身をかばい、霊核を腕で護ったものの、ダメージは浅くない。手にした剣は既に砕け、拳の凄まじさを表していた。

 

「アーチャー!」

 

 凛が叫ぶのを聞きながら、アーチャーは身を起こし、危なげなく着地したバーサーカーを見据える。

 

 学ランと学帽をまとった、一昔前の高校生。端正な顔立ちと高い背丈の、どこにでもいるとは決して言えないが、あくまで常人の域にいる男に見えた。しかし、その身にまとう気迫、振り撒かれる怒気は、確かに常人を超えていた。

 

 彼の背後には、古代ローマの拳闘士のごとき精悍な人型が浮き出て、鋲を打った黒グローブを嵌めた拳を、構えていた。獅子の鬣のように振り乱される髪、夜の闇にもはっきりと輝く星の如き眼光。上半身は肩当と、首に巻いている布程度しか身に着けていないが、その逞しい筋肉だけで、十分に頑強と思えた。

 それが、バーサーカーの力にして、バーサーカーそのもの。

 

 タロット、大アルカナにおける17番目。希望、願いの達成を意味するカード、『星』の暗示を持つスタンド。

 

 その名は【星の白金(スター・プラチナ)】。

 

「――――ッ!!」

 

 バーサーカーが吠える。決して大きな雄叫びではない。だが、音の大きさとは別のものが、大気を震わせる。狂戦士の纏う、威圧感。凄みとでも表現すべきものが、相対する者を怯ませる。

 

「慎二……このサーヴァントを知っているのか?」

 

 士郎が尋ねる。慎二は、まだ震えそうな喉で、言葉を紡ぐ。

 

「……空条承太郎。今は、海洋生物学者をやっている。目の前にいるのは、全盛期である高校生の頃だろうけど」

「今は、って……サーヴァントとして召喚されているのに、まだ生きてるっていうのか?」

「サーヴァントに、過去とか未来とか関係ない。時間軸を無視して召喚されるものらしい。そんなことより問題は、あいつが僕の知り合いの空条承太郎だとすれば、あいつは『最強』だということだ」

 

 スタンドに強弱の概念は無いと言われる。王には王の、料理人には料理人の生き方があるように、それぞれが別の力、別の在り方、別の居場所がある。適材適所。ゆえに、誰のスタンドが一番強いか、などという問いは意味が無い。

 それでも、子供が無邪気に『ゴジラとガメラが戦ったらどちらが強いか』というように、問いかけられて答えるならば、多くの者が『最強』と言えば、この【星の白金(スター・プラチナ)】を選ぶことだろう。

 それほどに、飛び抜けた存在なのだ。

 

 空条承太郎と、【星の白金(スター・プラチナ)】は。

 

「あら、バーサーカーのこと知ってるんだ」

 

 イリヤスフィールが機嫌良さげに言う。自分が好きなものを、他人が知っていたときの親近感が、その声には感じられた。それまで、慎二のことなどまるで見ていない様子だったが、急ににこやかに話しかける。

 

「それなら、早く諦めた方がいいんじゃないかな? バーサーカーの『スタンド能力』、知ってるんでしょ?」

「……まあな」

 

 慎二は苦々しく答える。当然知っている。どうにもならないということも含めて。

 

「えっと……『スタンド能力』ってなんだ?」

「とりあえず、魔術とは別物の、超能力と考えればいい。詳しいことは後で説明してやるさ。まあ、『後』があったらの話だけどな」

 

 士郎の疑問に、慎二は冷や汗を流しながら答える。

 

「ちょっと……『スタンド能力』なの? 今のが」

 

 今度は、凛が口を開ける。異能の一種として、凛はスタンドの知識を持っていた。昨夜、慎二が口を滑らせたため、襲ってきた相手の使っていたのがスタンドであることも、わかっていた。

 しかし、基本的に魔術師がスタンドに対する評価は、『半端な異能』という程度だ。魔術が様々なことで尋常ならざる力を発揮できるのに対し、スタンドは専門的なことしかできないし、できることも魔術に比べて優れているとは言えない。魔力の消耗などは気にしなくていいので、それは便利であるが、せいぜい便利どまりの力というのが、魔術師の一般的な認識だ。

 英霊を一方的に叩き伏せるようなものなどとは、思っていなかった。

 

「スタンド能力は多岐に渡る。くだらないものから、常軌を逸するものまで、ピンキリさ。そして、こいつの能力は」

 

 ゴクリと唾を飲み込み、慎二は決意して言う。今にも心が折れそうだった。バーサーカーの能力が、あまりにも恐ろしすぎたから。

 

「『時を止める能力』」

「そう、世界の時の流れを止めて、自分だけが好きに動くことができる。それが私のバーサーカーの宝具――【世界果てるとも星は輝く(スター・プラチナ・ザ・ワールド)】なんだから」

 

 凛は唖然とした。

 それはもはや魔法だ。魔術でも、個人レベルの時間の流れ程度はどうにかできる。だが、全世界の時の流れを止めるなど、人の業ではない。しかも見たところでは、負荷も無いようではないか。

 スタンドとは、そんな桁外れな真似のできるものなのか。

 

「……時を、止める?」

 

 セイバーが反応した。それは、彼女が前回戦った、最悪の敵の力であったからだが、慎二は、単にその能力の異常さに驚いただけだと思った。

 

「安心しろよ。時を止めると言っても、制限はある。時を止められるのは数秒だけ。時が止まっているのに数秒ってのもおかしいが、まあ感覚にして、5秒程度……まず10秒はない」

「ふーん……本当に詳しいんだ。貴方、間桐でしょ? 名前は知らないけど。没落した家系の名前なんて、憶えていても仕方ないからって。知ってるのは、今の間桐の長男は、魔術回路を持っていないってことだけ」

 

 慎二の最も気にしていることを、無邪気に言われ、慎二の目つきがきつくなる。

 

「……間桐慎二だ」

「シンジね……思ったより面白そうだから、憶えておいてあげる」

 

 慎二は精一杯怒りを込めた声を出すが、イリヤは意にも介さずに微笑む。どうやら彼女にとって、自分たちは敵でさえないらしい。いまだにバーサーカーを攻撃に使わず、お喋りを楽しんでいるくらいに。

 

「……衛宮、遠坂。あいつのヤバさはわかったと思う。ここは一時共闘しないか?」

「……俺はいいけど、セイバーは」

「私も賛成です。『時を止める能力』を使えるのなら、今の私では勝ちきれない」

 

 かつての敗北が、セイバーの脳裏をよぎる。あの時に使えた宝具は、今は無い。『時間停止』を無効化できる、セイバーの真の宝具が。

 無い以上は、あるものを使わなければならない。

 

「アーチャー、どう?」

「悔しいが、確かに厄介だ。下手な攻撃では届きもしない。倒されたこともわからぬうちに、倒れているようではな。だが、共闘すると言っても、何か策があるのか?」

 

 凛は、実際に戦う褐色の弓兵に意見を求め、弓兵は共闘に賛成する。全員の賛意を得たうえで、慎二は方針を話す。

 

「策なんて大層なものはない。どうせ本来敵対する者同士、自分の情報も言えないだろ? 連携なんて期待はしない。ただ、3人で同時にかかって、誰か辿り着いた奴がバーサーカーを……倒せばいい」

 

『倒せばいい』と口にする前に、少し間が空く。慎二にとって、バーサーカーとなっている彼は、恩人であり、尊敬に値する数少ない人物であった。それを倒すというのは、愉快な話ではない。それでも、慎二は戦う者として、すべきことをする。

 

「ふむ……ならば、誰が貧乏くじを引いても、恨まないということで」

 

 ライダーもまた、臆することなくバーサーカーに向けて攻撃する体勢をとる。

 時が止まった中でバーサーカーの攻撃は避けられない。だが、敵が複数である場合、これら全てを倒しきる前に、時は動き出す。再び、時間停止を行うには一呼吸置く必要がある。その間に、バーサーカーを倒す。

 スタンド能力が無ければ、バーサーカー自身はステータス通り、決して強力なサーヴァントではない。本体には、音速級の速度で動き、拳で大地にクレーターをつくるほどの力はない。

 勝機は十分にある。

 

「作戦会議は終わったみたいね。それじゃ……やっっちゃえ、バーサーカー!」

「――――ッ!!」

 

 バーサーカーが走り出した。

 同時に、セイバーたち3人も、各々行動を開始する。

 

「ふっ!」

 

 アーチャーは、今度は剣を出さず、弓兵らしく戦うことを選んだ。後方に跳び、距離をとる。手近な電柱の上に、1秒で駆け上ると、その手に黒塗りの弓を出現させた。続いて矢を数本取り出すと、目にも止まらぬ速さで矢をつがえ、撃ち放つ。射出された矢は、赤い光線のように輝き、バーサーカーに飛来した。一本一本が、戦車を撃ち抜く兵器に匹敵する威力だ。

 その矢よりも速く翔けるのはライダーだ。バーサーカーの右側に回り込むと、いの一番に攻撃を仕掛ける。鎖付きの短剣を振り回し、遠心力の利いた刺突を投げ放つ。たとえ短剣を交わしても、鎖が巻き付き、動きを阻害することになる。

 ライダーが仕掛けるのと逆、左側からはセイバーが迫る。先ほど、スタンドによる痛烈な洗礼をくらっても、まるで恐れを見せていない。たとえ、時が止まった中で何十発の拳を打ち込まれようとも、怯まず、時が動き出した瞬間に斬りつける覚悟を決めて、渾身の剣を振り下ろす。

 そしてバーサーカーは、この3対1の中、時を止める――ことはしなかった。

 

「――――ッ!!」

 

 セイバーとライダー、左右からの攻撃を見て、バーサーカーはまず、先に自分に届く、ライダーの鎖付き短剣の方から対処した。

 

 ガチィッ!!

 

 投げられた短剣を、バーサーカーの背後から現れたスタンド【星の白金(スター・プラチナ)】が抑えた。短剣が飛んでくる方向に顔を向けたスタンドは、短剣をあろうことか、『歯』で噛みついて受け止めたのだ。一瞬でもタイミングがずれていたら、口の奥を貫かれて、重傷だったはず。

 

「――――ッ!!」

 

 ライダーからの攻撃を抑えたあと、次はセイバーへと鋭い視線を向けた。既にセイバーの剣は振り下ろしの体勢にあった。

 

 バシィィィィッ!!

 

「こ、これはっ!!」

 

 斬りかかってくるセイバーの、目に映らぬ剣を、剣身を両手のひらで、挟み込んで受け止める。いわゆる『真剣白刃取り』を、見事に成功させていた。

 

(馬鹿な……私の不可視の剣を、受け止めるなど!)

 

 セイバーの宝具【風王結界(インビジブル・エア)】により、不可視になった彼女の剣は、その長さも幅も知覚できない。ゆえに、どれほどの達人でも、白刃取りのタイミングを合わせることなどできないはずだ。まして、理性を失っている状態で。

 だが、バーサーカーはやってのけた。実は先ほど、時を止めてセイバーを殴り飛ばしたとき、【星の白金(スター・プラチナ)】は剣も共に殴っていた。その時に、剣の形状は把握していたのだ。

 無論、剣の形状がわかったからと言って、セイバーという大英雄が繰り出す必殺の一撃を、受け止めることは至難の業だ。体に触れるほどの至近距離から撃たれた銃弾を、指で摘まんで受け止めるほどの、速度とパワー、超精密な動きとを、兼ね揃えたスタンドの真価である。

 

「――――ッ!!」

 

 そしてバーサーカーは、今度は自分目がけて飛んでくる赤い矢の群れを見据えると、剣ごとセイバーを持ち上げ、

 

「な、何をっ……まさかっ!」

 

 そして、空高く投げ飛ばした。自分に飛来する矢へと向けて。

 

「おのれっ!」

 

 セイバーは仕方なしと、空中で剣を構える。しかし、幾本もの矢を、空中ですべて切り払うことは流石にできない。ならば、一撃で矢を全てまとめて、薙ぎ払うしかない。

 

「風よ……」

 

 セイバーは、剣にかけられた不可視の結界を、解き放つ覚悟を決めた。剣身にまとわり、超圧縮された空気を、一気に解き放つことで、一度限りの強力な衝撃波を繰り出す。

 

「【風王鉄槌(ストライク・エア)】!!」

 

 ゴッ!!

 

 剣が振るわれ、振るわれた方向へと突風というには激しすぎる、指向性と持った嵐が撃ち出される。風の一撃は、アーチャーの放った矢と、正面からぶつかり合い、

 

 ドッゴォォォォォォォォッ!!

 

 巨大な爆発を巻き起こした。矢に込められた魔力が炸裂したのだ。セイバーの小さな体は、木の葉のように爆風に飛ばされ、くるくると回転する。それでも、懸命に体勢を立て直し、なんとか両足から着地することに成功し、大地に倒れて隙を作るような、無様はさらさずに済んだ。

 しかし、これで3人のサーヴァントによる攻撃は、全てしのがれてしまうという結果になった。

 

   ◆

 

「時を止めなくとも……これほどとは」

 

 ライダーは歯噛みする。

 油断していた。甘く見ていた。

 時を止めるという、魔法級の能力ばかりを警戒し、それ以外の能力を軽視していた。

 

「――――ッ!!」

 

 そうしている間に、バーサーカーは噛みしめていたライダーの短剣を手に取り、鎖を引いて、ライダーを自分の間合いに引き寄せていた。

 

「おのれっ!」

 

 ライダーは悔しがりながらも、自身の武器を手放すことを選択する。確かにライダーは怪力であるが、白兵戦の経験はあまりない。バーサーカーとの殴り合いは不利だ。

 武器を失いながらも、ライダーはバーサーカーとの距離をとろうとするが、残念ながら、その判断は少し遅かった。

 

「ッ!? ガハッ!!」

 

 ライダーは、激痛に苦しみながら、地面に転がっている自分を発見した。

 

(時間……停止っ!)

 

 ついに使われた。3体同時攻撃を崩し、1体ずつ倒す算段がついたからだ。幸い霊核は傷ついていないようだが、もう少し、バーサーカーとの距離が短ければ危なかった。より早く近づかれ、より長く殴られ、消滅していたかもしれない。

 

(しかし、くっ……動けませんね。シンジでは、この傷を癒す力はない……魔力を費やして傷を治すには、多少時間がかかる。これは、まずいですね……)

 

   ◆

 

 その有り様は、電柱の上で戦況を見据えていたアーチャーも見ていた。

 

「巧妙な戦闘、慎重な戦術、冷静な判断……本当に奴はバーサーカーか?」

 

 アーチャーは忌々し気に唸る。もっとも、バーサーカーを知る者ならば、決して驚くまい。むしろ、理性があればもっと上手くやったと、低い評価を下すだろう。

 空条承太郎。その知識は、聖杯からほとんど与えられていない。人々に、ほとんど知られていないためだろう。決定的な情報不足。

 間桐慎二から、詳しく聞いている時間はなかった。

 

「だがこの距離であれば、時間停止の間に距離をつめることはできない。見下ろせば、時間停止中に動いていても、すぐにどこに動いたか見つけ出せる……我が骨子は捻じれ狂う(I am the bone of my sword)

 

 アーチャーは弓を構え、空いた手に、一振りの剣を造り出した。剣身が、螺旋状になった奇妙な剣。それを更に変形させ、矢として弓につがえる。

 

「くらえ……【偽・螺旋(カラド)ッ!?」

 

 突如、アーチャーの額と左胸に、鋭い衝撃が襲い掛かった。弓騎士は、電柱から落下し、地面に激突した。落下の衝撃は、サーヴァントにとって問題ではない。しかし、疼く痛みと、攻撃された動揺は抑えきれない。

 

「こ、れはっ」

 

 大地に倒れながらも、アーチャーの鋭敏な視力は、自分と一緒に落下してきた物体を捉えていた。地面に転がった物体に手を伸ばし、摘まみ取ると、それはアーチャーがよく生前に目にしたものだった。

 

「ライフル弾……!」

 

 本物ではない。本物であれば、霊体であるサーヴァントを傷つけることはできない。それは、サーヴァントの魔力によって編まれた、魔力の塊だ。ライダーの鎖付き短剣や、セイバーの鎧のように、宝具には至らぬが、サーヴァントに通用する武装。

 

「バーサーカーの……!」

 

 狂戦士は、飛び道具まで備えていたということだ。それを、時を止めている間に、アーチャーに撃ち込んできた。額と左胸、脳と心臓、霊核のある位置を、正確に狙われた。

 距離の問題で、威力が落ちていなければ。アーチャーが構えた弓の邪魔がなく、急所をより的確に狙撃できていれば。凛からの魔力供給が十分でなく、アーチャーの耐久がもっと弱かったら。

 

「ほんの少しの幸運がなければ……今ので、私は死んでいたということか」

 

 額と左胸から血を流しながら、ぞっとする。バーサーカーの恐ろしさを思い知ったばかりだというのに、まだ足りないというのか。

 アーチャーは身を起こすが、本調子とはとても言えない。霊核に傷はないが、衝撃は響いていたらしい。最初に殴り倒された負傷もあって、全身が痺れ、立ち上がるのにも苦労する。

 

「……くそっ!」

 

 畏怖の次に、アーチャーの心に湧いたのは、激しい屈辱と、自分への怒りである。

 よりによって自分が、『飛び道具』で、『遠距離攻撃』で、敗北した。『弓兵(アーチャー)の領分』で、狂戦士(バーサーカー)に敗北したのだ。

 悔しさに震えるアーチャーであったが、今の状態では、最後に残ったセイバーと、バーサーカーの戦いを見守ることしかできなかった。

 

   ◆

 

「これで、後は貴方だけね? セイバー」

 

 最初から、今この時まで、ずっと余裕の態度で戦いを見つめてイリヤは、少し退屈そうに言った。

 

「でもつまんない。一晩で、聖杯戦争の半分が終わっちゃうなんて。折角だから、もう少し長く楽しもうと思ったのに」

 

 随分な言い草だが、セイバーに文句を言うことはできなかった。現状の圧倒的な戦果を見れば。

 

「とんでもないわね……それにしても、生粋の魔術師のアインツベルンが、なんでこんな隠れた逸材に目をつけたのかしら?」

 

 マスターであるイリヤを攻撃する隙を伺いながら、凛が疑問を口にする。話すことで、アーチャーの回復などの時間を稼ぐという意図からのものだが、不思議なのは確かだ。古くからの魔術の家系であるアインツベルンにとって、スタンドなどという最近知られるようになった異能力など、良くできた手品程度としか評価していないはずだ。

 一族の悲願である大勝負に、いくら魔法級の能力と言えど、歴史や伝説に名を知られた英雄ではなく、現在を生きる存在をサーヴァントに選ぶなど、分が悪い賭けだ。普通はしない。

 

「それは簡単なことよ、凛。10年前の、第四次聖杯戦争……大英雄が跋扈する中で、その半数を討ち取るという、最大成果をあげたサーヴァントがいたの。三騎士ではなく、アサシンのクラスでね」

「アサシン……!? 暗殺者が、まさか」

 

 凛は目を見開く。彼女は、前回の聖杯戦争の情報をほとんど持っていない。参加していた父が死に、町も重大な被害を受け、詳しい情報が伝えられなかったのだ。

 

「アインツベルンは、そのとき、マスターを送り込んだだけじゃなく、マスターの助手として、二人のスタンド使いを雇っていたの。その二人が、アインツベルン本家に逐一、戦況を報告していた。その時のアサシンは、スタンド使いの間では有名だったみたい。死徒にしてスタンド使い。このバーサーカーと同じく、時を止める能力を持ち、多くのスタンド使いを配下にした男――DIO」

 

 イリヤは楽し気に話す。どうやらお喋りは嫌いではないようだ。あるいは、バーサーカーのことを自慢したいのか。

 

「最終的に、アサシンもまた破れたけど……総合的な評価として、アサシンが第四次聖杯戦争で最強であると、アインツベルンは判断した。だから、このバーサーカーを召喚することに決定したの。なぜなら」

 

 次の言葉に、セイバーは強い衝撃を受けることになる。

 

「そのアサシンであったDIOを殺した者……正面から打ち破った相手こそが、このバーサーカーなんだから」

「な……!!」

 

 セイバーの驚愕の理由を、誰も正確には測れなかった。セイバーから少し説明を受けた士郎以外は、彼女が前回の聖杯戦争に参加していたことを、知らなかったのだ。イリヤも知ってはいたが、前回の聖杯戦争で呼ばれたセイバーと、今回の聖杯戦争で呼ばれたセイバーは、同じだけど『別人』だと思っていた。サーヴァントは基本的に、本物の英雄のコピーであり、聖杯戦争の都度、召喚される。

 したがって、別の聖杯戦争で召喚されれば、同じ英雄を召喚しても、厳密には別人であり、前回の記憶など残っていないのが普通なのだ。

 しかし、ここに例外が存在する。普通は、召喚される英雄は死者だ。死んだ後、信仰され英霊となる。だが、セイバーはまだ死んでいない。死ぬ前に、『世界』と契約することで、生きながら聖杯戦争に召喚されるようになっているのだ。

 ゆえに、彼女だけはコピーではなく、本当の彼女自身が、何度も聖杯戦争に召喚される。ゆえに、記憶も受け継いでいる。ゆえに、バーサーカーが、生前のアサシンを打倒した相手と聞き、動揺してしまった。

 彼女は、あのアサシンに対し、完全に敗北したのだ。ただ力量ではなく、『王』として。彼女が持てなかったものを、彼女が最も認められない、邪悪な存在が容易く手に入れていたという現実に、激しく打ちのめされたのだ。

 

(あの男を……)

 

 セイバーの心に刻まれてしまった、黒い傷。それが、バーサーカーに対しての劣等感となり、士気が揺らぐ。自分が敗北した相手に、勝利した存在に対し、自分の勝利が信じきれなくなる。

 

「だから、貴方たちじゃバーサーカーには勝てないわ。最強を打ち破った勇者に、敵う者なんていないということよ。わかったら……そろそろ終わらせましょうか。やりなさい! バーサーカー!!」

 

 マスターの命令に、学ランの狂戦士が動く。彼のスタンドは近距離パワー型。本体から離れられる範囲は、約2メートル。それ以上離れると、パワーが弱まる。

 近づいてくるバーサーカー。その足取りには何の躊躇もない。もとより、恐怖を抱く理性など無いのがバーサーカーである。

 対して、セイバーはバーサーカーに怯む。彼女は強さを恐れない。敗北を恐れない。

 だが、自分が勝てなかった相手に、勝った男。自分に苦い涙を飲ませた、あの男を破った戦士。それを前に、自信が揺らいだ。ただ剣を振るうだけで、勝利を得る未来が、どうしても浮かばなかった。

 ゆえに、彼女は安易な選択をとってしまう。彼女は、手にする剣を、両手にて強く握る。

 風の守護を、撃ち放ってしまったため、今、彼女の剣は不可視ではない。美しく輝く剣身がはっきりと見え、夜の暗黒を照らしていた。

 

(宝具を、使う)

 

 らしくない判断であった。彼女の宝具は対城宝具。敵陣を滅ぼす大威力を誇るそれを、バーサーカーに向けるのは、歩兵一人にミサイルを撃ち込むようなもの。みだりに使うべきではない。いかにバーサーカーが強敵とはいえ、安易に頼るような、生易しい武器ではないのだ。

 つまりは、セイバーは怯えていたのだ。バーサーカーが近づいてくることに対し、その距離が狭まっていることに対し。だから、その拳が届く距離になってしまう前に、吹き飛ばしたくてたまらなかった。弱い犬が、恐慌をきたして無闇やたらに吠え掛かるのに似た、失態であった。

 前回の戦いでアサシンが残した傷の、深さが垣間見えた。

 

「バーサーカー……我が力の真を、見せてやろう」

 

 セイバーの剣が輝きを強め、膨大な魔力が吹き上がる。

 時を止めて走り寄っても、間に合わないギリギリの距離だ。いや仮に、攻撃をくらったとしても、必ずこの剣を振り下ろして敵を討つという覚悟で、セイバーは宝具の真名を解放しようとする。

 

「【約束(エク)――】

 

 ドガァッ!!

 

 しかし、やはり彼女は冷静でなかった。あまりに単純なことを見落としていた。

 

「――――ッ!!」

 

 まず、相手の能力を完全に把握し切れていなかったこと。バーサーカーとの距離は、確かに走り寄っても、宝具発動に間に合わない距離であった。だがバーサーカーは、ここでスタンドの足で大地を蹴り、跳躍する方法をとった。生前、DIOとの戦いで、夜の街を飛び回ったやり方である。

 走るより速く、セイバーの前に立ったバーサーカーは、間合いを詰められても構わず、宝具を放つつもりであったセイバーに、拳を振りかざした。

 もう一つ、セイバーが見落としていたこと。負傷を顧みず、敵を倒すことを優先するのは、狂戦士の領分であったこと。セイバーは、自分の身の危険を無視した戦闘を覚悟したが、バーサーカーにとってそれは覚悟するまでもない、当然のことであった。

 

「オラァァァァァッ!!」

 

 ゆえに、より躊躇なく、より速い攻撃が、セイバーへと繰り出される。

 

 怯えた攻撃より、遥かに勝る拳が。

 

 バーサーカーの拳が、戦局を見誤った愚者の罪を、裁く。

 

 ゴッ!!

 

「かはっ!!」

 

 心臓部を打たれ、セイバーは血を吐いた。ダメージは浅くない。だが、鎧が砕けただけで、心臓を貫ききることはできなかった。さすが、セイバーの耐久力というところか。だが、最強と謳われたスタンドの拳は、瞬時に次弾を放つ。

 

(耐え切れないっ!)

 

 セイバーは、次の攻撃で確実に霊核を貫かれることを悟るしかなかった。

 しかし直前、

 

「セイバァァァァァッ!!」

 

 ドンッ!

 

 セイバーが宝具を使おうとした時点で、ほぼ本能的に、セイバーの敗北を察した士郎が、走ってきていた。セイバーに体当たりするように押しのけ、バーサーカーの拳から、セイバーを逃がす。だが代わりに、

 

「って、何やってんだ衛宮ぁぁぁっ!!」

 

 慎二の絶叫する中、かつて多くの悪を打ちのめしてきた拳が、士郎へと迫る。

 士郎を一撃で潰し殺すのに、十分な威力の鉄拳が。

 

 ガオンッ!! パッ!

 

 ギュオンッ!!

 

 だが、血しぶきが飛び散らんとする直前、士郎の姿が搔き消えた。虚空に消えるように、突如、消失したのだ。

 

「え? え? どうなった?」

 

 まるで、先ほどバーサーカーの姿が消えたのと同じような現象に、慎二は混乱する。

 

「……貴方」

 

 そんな慎二より前に、その現象の正体を悟ったイリヤは、初めてその可愛らしい顔をしかめ、不機嫌を表した。

 彼女の視線の先、バーサーカーから若干離れた位置に、士郎が立っていた。彼自身、何が起こったのかわからず、困惑しているようだったが、イリヤが見ているのは士郎ではない。

 士郎の後ろに立つ男。美形とはとても言えない、少し間抜けそうな顔。しかし、親しみやすく、楽し気な様子の男。

 

「よおっ、元気してたかい。イリヤス……ス……ス……?」

 

 アインツベルンの少女の名前を呼ぼうとして、長い名前を憶え切れていなかったらしく、悩み出す男。そんな男をフォローするためか、男の隣にいた女性がイリヤに呼びかける。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴方は彼を殺すべきではない」

 

 黒い髪を肩まで伸ばした、冷たげな顔の女。整った顔立ちと、細身の体。その声を聞いて、士郎は振り返り、驚いて口を開いた。

 

「舞弥さん! なんで……!」

「……今は説明している時間はありません。ただ、この場を切り抜けましょう」

 

 久宇(ひさう)舞弥(まいや)。士郎にとって、家族の一人である女性。彼女は、その右手に拳銃を握りながら、傍らの男に言う。

 

「頼みましたよ、億泰(おくやす)

「任しておいてくれよ。それに……承太郎さんに、子供を殺させるわけにはいかないからよぉ」

 

 かつて、冬木の地で戦い抜いた男の背には、ロボットのような顔の人型が、自信ありげに、右手をかざしていた。

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 


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