Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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ACT2:運命の呼び声

 

 

 女の子たちとデートを楽しんだ慎二は、リフレッシュした気分で帰路についていた。

 本来だったら、彼女たちともっと、夜遅くまで楽しみたいところだが、なにしろ戦争中だ。自重しなくてはいけないという意識は、慎二にもあった。

 

「……うん?」

 

 そうして夜道を歩いていた彼の前に、見知った人影が降り立つ。

 その目障りな長身は、ライダーだった。

 

「なんだ? 何かあったか?」

「いえ、マスターを探していたわけではありませんが、会えたのは幸運です。サーヴァントを見つけました」

「……なんだと?」

 

 ライダーの言葉に、慎二は息を呑む。覚悟はしていたつもりであるが、実際に命を賭けた戦闘に直面することになると、やはり恐怖に襲われる。

 その恐怖を押し込め、慎二は必要なことを問う。

 

「どこだ? どんなサーヴァントだ?」

「場所は貴方の通う学校の校庭です。どうやら、他のサーヴァントを誘っているようです。体に張り付くような青い服を着て、手には赤い長槍を持っていました」

 

 随分好戦的なサーヴァントだ。まだ情報もさして集まっていないだろうに。よほど自分の力量に自信があるのか。

 

「槍か。単純に考えればランサーだが……戦うかどうかはともかく、見てみるべきだな」

 

 多くの情報を得られるチャンスを逃す手はない。ライダーと戦わせるかはまだ決断していないが、ともあれ慎二は、学校へと向かった。

 

   ◆

 

 赤い弓兵の姿が消えたかと思うと、青い槍兵の背後に回り込んでいた。瞬間移動したのかというほどの速度で、まるで目に見えない。

 しかし、その速度に容易く反応し、槍兵は剣撃をはね返す。それからは、目まぐるしい、消えては現れる、必殺の応酬。互いの武器が振るわれるごとに、余波だけで周囲の地面が砕け、剝がれ跳ぶ。

 

 やがて、アーチャーの手の中の剣が、槍に吹き飛ばされる。空中に跳ね上げられ、砕けて消える黒の剣。そして、とどめとばかりに突っ込むランサーだったが、アーチャーは涼しい顔で、空いた手に再び黒い剣を出現させた。

 眉を顰めたランサーが繰り出した槍を受け止め、アーチャーは戦いを続ける。

 

 そして幾度となく吹き飛ばされるアーチャーの剣。しかし、そのたびにアーチャーは剣を出現させて対応する。

 同じことが続き、単調な作業のようになってきたところでランサーが手を止める。フンと鼻を鳴らし、戦士の魂と言うべき武器を、使い捨てる戦法を取る奇妙な敵に、言葉をかけた。

 

「27……それだけ弾き飛ばしても、まだあるとはな」

「どうした? 様子見とはらしくないな。先ほどまでの勢いはどうした?」

「へっ……減らず口を。いいぜ、聞いてやるよ。貴様、どこの英霊だ? 二刀使いの弓兵なんぞ聞いたこともねえ」

「そういう君はわかりやすいな。槍兵には最速の英雄が選ばれると言うが、君はその中でも選りすぐりだ。これほどの槍手など、世界に三人といまい。加えて、獣の如き敏捷さと言えば、おそらく一人」

「ほぉ……良く言った、アーチャー」

 

 自らの正体について言及され、ランサーはより獰猛に笑う。朱色の槍に尋常ならざる魔力が籠り、強烈な闘気が吹き上がる。

 英霊の切り札。英雄の象徴。宝具の展開に他ならなかった。

 

「ならば喰らうか……我が必殺の一撃を」

 

   ◆

 

「ふぅん……青い奴が持っている槍。ギリシャ・ローマや中世ヨーロッパの槍じゃないな。北欧、あるいはケルト辺りの英霊かな?」

「その上で、あの槍捌き……かなり絞り込めますね」

 

 ライダーは、慎二の言葉を聞きながら自分でも候補をたてる。サーヴァントは聖杯でこの現世に召喚されたとき、聖杯から知識を送り込まれている。その知識には、現代社会の常識や、聖杯戦争の基本ルール、そして、英霊についての知識もある。召喚された時代より過去の時代に生きた英霊についてであれば、たとえ、その英霊が生きた時代や場所が違っていても、その名や業績を、少なくとも一般に出回っている情報と同じ程度には知っているのだ。

 

「でも、これ以上の情報収集は、見ているだけじゃ難しいな。さて……じゃあそろそろ始めるか」

 

 慎二は己が右手を前に伸ばし、手のひらを開く。

 同時に、喉元の古傷がズクリと疼く。『コレ』をする時はいつもそうだ。

 

 慎二がしようとしているのは、魔術とは別の異能。

 幼少の頃、師と出会った日に手に入れた力。

 

 自分の腕から、自分自身が溢れて、外へと飛び出そうとしているのを感じる。

 

「――」

 

 慎二が、自分自身の力の名を、口にしようとした直前、

 

「衛宮?」

 

 校舎から、慎二の見知った人間が現れた。

 

   ◆

 

 慎二に押し付けられた道場の掃除を、日が沈むまでかけて片付けた士郎は、校舎を出たところで、異様な物音を耳にし、その音源の方へと足を延ばした。

 

 そして士郎は、その信じられないような光景を見つけてしまった。

 

 二つの人型による嵐。

 

 大気を切り裂く速度。大地を抉る剛力。磨き抜かれた技巧は、至高の美へと達する。その尋常を遥かに超える凄まじさに、士郎は見入る。

 けれど、その光景への衝撃に慣れ始めると、その戦いの外を見る余裕が生まれた。

 つまり、視界の片隅に立つ、見覚えのある少女のことだ。

 

(遠坂……?)

 

 密かに憧れを懐く、学校でも評判の美少女は、この夢物語のような戦いを黙して見守っている。

 そう、見守っているのだと、士郎は理解した。彼女の様子に、緊張はあれど混乱はない。士郎のように、偶然この戦いに遭遇したのではない。確かな関係者として、彼女はそこに立っているのだ。

 

(一体……?)

 

 士郎は戦闘から、遠坂凛へと注目を移す。そしてそれゆえに、気が付いた。

 凛の背後に立ち、悪意の笑みを浮かべる男の姿に。

 

「遠坂っ! 危ないっ!」

 

 士郎は、考えるより前に声をあげていた。

 

  ◆

 

「えっ?」

 

 凛は、彼女にしては間の抜けた声をあげて、声のした方を向く。

 しかし、その声の主が誰か確認するより前に、背後におぞましい気配を感じ、反射的にその場から右に跳んだ。

 まさに危機一髪。その一瞬後、凛の首があった空間を、鋭い斬撃が薙いでいた。

 

「ちっ!」

 

 凛は着地するよりも前に首を捻り、自分を襲った相手を見る。

 

 ガッシリとした、逞しい筋肉の大男。口ひげを生やし、薄手のTシャツと長ズボンを着て、首にスカーフを巻いている。

 そして、その男の背後には、薄く光る人形の像があった。凛の目には、ぼんやりとしかわからないが、何かがあることだけはわかる。

 

「お返しっ!」

 

 凛は、右手の人差し指を、その男に向けた。凛が魔力を腕に通すと、指先から魔弾が発射される。北欧に伝わる『指差しの呪い』――それを極めて強力にしたものだ。本物の銃弾並みの殺傷力を持つ。

 

「フッ!」

 

 しかし、対する男は背後に立つ光の像を動かした。像は腕を振るい、魔弾を弾き飛ばす。

 

「くっ、こいつっ」

 

 着地した凛は、その速度とパワーに侮れないものを感じた。

 そして、聖杯戦争のマスターとしての眼力は、相手の男が『サーヴァント』であることを看破する。

 

(ステータスはわからない……。何かの隠蔽?)

 

 しかし、マスターに備わる、サーヴァントの能力を読み取る力が、効力を発揮しない。正確には、発揮してはいるが、読み取れないのだ。ステータスが黒く塗り潰されたように見える。普通ではありえないこれは、このサーヴァントの能力か宝具によるものだろう。

 

(さてどうするかしらね……。ランサーを相手にしたまま、こいつまで相手にできるか……)

 

 凛は目の前の男とどう戦うかに意識を向け、ついうっかり重要なことを忘れていた。

 男の攻撃を避けられたのは、『誰か』の声がしたからだということを。

 

   ◆

 

 慎二は混乱していた。

 この戦争に参加する前に、自身が危機にさらされることに対しては、覚悟を済ませていた。何も知らない人間が巻き込まれることも、理解していた。けれど、知人が犠牲になるという事態には、心の準備ができていなかった。

 

 ゆえに、思わず彼は命令してしまう。

 それは、かつて慎二の師も行ったもの。他の参加者から見れば、まったく聖杯戦争というものを舐めた偽善的行為。

 

「あ、あいつを助けろライダー!!」

 

 ライダーはふぅとため息を一つつく。それが、どんな心境で行われたものかは、慎二にはわからなかったし、気にする精神的余裕も無かった。

 ただ慎二は、ライダーに腕を掴まれ、

 

「えっ?」

 

 そのままライダーに引きずられて、校舎の屋上から足場のない空間へ、身を躍らせていた。

 

「はぁっ!?」

 

 ライダーは命令を達成するため、現場への最短距離を行く。すなわち、屋上から真っ直ぐ跳び下りた。当然、サーヴァントとしてはマスターを無防備な状態で放置するわけにはいかず、一緒に連れていくことにしたのだった。

 絶叫するマスターの声は、この際、些末なことだ。それに、その悲鳴を聞いていると、正直ちょっとスッキリした。

 

(初対面の暴言は、そろそろ許してあげましょうか)

 

 ライダーが胸中にそんな思いを浮かべた時には、ライダーは現場にたどり着いていた。

 

「フッ!!」

 

 よって、彼女はまず、青い服を着こんだ槍兵を、思い切り踏みつけた。

 

   ◆

 

 ランサーは士郎の声を聴き、アーチャーとの間合いを広げ、一度戦闘を中断する。そして、主人からの命令に従い、殺気を『見るべきでないモノ』を見てしまった、不幸な目撃者に向けた。

 その殺気を感じた士郎は、背を向けてその場から走って逃げていく。

 生物の本能に突き動かされた、正しい行動と言える。けれど、到底その逃げ足はランサーには敵わない。すぐに追いついて刺し殺せる未来を想い、ランサーは嘆息する。

 

(逃げるガキを追って殺すか。くだらん仕事だ)

 

 ただ目撃しただけの、罪もない人間を殺す。

 英雄の行動とは到底言えない。ランサーとて決して乗り気ではないが、仕方ないとも思っていた。

 元より、現代日本に生きる人間とは、倫理も価値観も違う人間だ。いつ、どのような死をとげてもおかしくない、命が木の葉より軽い時代の存在だ。

 彼が生まれ育った社会では、男は17歳で成人となる。ランサーも元服してすぐに戦場に出て、自分の所属する国と敵対関係にあった国へと侵攻した。そして、戦士として名高かった『ネフタンの3兄弟』を皆殺しにし、館に火を放って焼き払うという戦功をあげたのだ。

 理由なく殺すような殺人鬼ではないが、理由があれば躊躇なく殺せる男であった。

 

 なにせ、彼は筋金入りの戦士なのだから。

 

 ランサーは少年の背中に、正確に槍の穂先を向ける。

 外しようもなく、草を毟るように容易く、その心臓を抉ることができた。

 

 あまりにも簡単な行為。

 あまりにもか弱い獲物。

 

 だからランサーは、油断した。

 

「ぐぅっ!?」

 

 メキャァッ!!

 

 頭上から降って来た一撃が、ランサーの背中に直撃。視界の死角から放たれたそれに、ランサーは押し潰される。重力加速度を味方につけた相手は、大地に倒れたランサーに、追撃を与えようとする。

 だが、それはやすやすと実行させるランサーではない。一度は不覚を取ったが、すぐに腕に力を籠め、地を押して身を起こし、背中に乗ったままの襲撃者を振り落とす。そして、槍を振るって、襲撃者へ反撃に出た。

 

「フッ!」

 

 しかし、襲撃者は身軽にその槍の一閃をかわし、距離を取る。

 

 そこでランサーは、襲撃者の姿を確認する。

 長身の美女。艶めかしく、妖しく、恐ろしい空気をまとうサーヴァント。

 右手に、マスターと思しき少年を掴んでいる。少年は地に膝をつき、顔を蒼白にして荒い息をしていたが、サーヴァントの方は手を放し、ランサーに向かって進み出た。ランサーも合わせて動き、サーヴァントたちは慎二たちからある程度離れた場所で停止する。慎二を巻き込まぬようにだ。

 ランサーの方は、慎二が巻き込まれてもむしろ好都合のはずだが、どうやらライダーに合わせてくれたらしい。おそらくは、ライダーと互いに全力で戦うために。

 

「女かい。だがこの臭い……真っ当な英霊じゃなさそうだな? 魔物の類か?」

「これはこれは、犬のように鼻で相手を測るとは無作法な。では、犬らしく鎖で縛ってあげましょうか?」

 

 ライダーは、ランサーの挑発じみた言葉に、挑発で返し、杭剣のついた鎖を取り出す。ライダーは、先ほどまでのランサーの戦いぶりから、ランサーの真名をある程度検討をつけていた。その推測から乗っ取った挑発は、中々効果的であったようだ。

 ランサーは忌まわしそうに眉をしかめ、怒気を含んだ言葉を口にする。

 

「貴様……俺を『犬』と言ったか?」

「おっと失礼。確かに犬なんて愛らしいものじゃないですね。せいぜいドタバタと騒がしくして寝た子を起こす、ドブネズミがいいところです」

「……ほざいたな? 女とはいえ、侮辱は許さん」

 

 青服の槍兵は、血のように赤い槍をクルリと回して、構えをとる。対するライダーも、腰を落とし、身構える。互いに身を低くした姿は、飛びかかる寸前の獅子のよう。

 

「…………」

「…………」

 

 空気が悲鳴をあげるような緊張感が空間を満たす。どちらも、歴史に名を刻んだ存在同士、互いに油断の欠片もない。

 横合いから隙をうかがっていたアーチャーも同様に、攻撃するチャンスは見つけられなかった。むしろ、下手に動けばアーチャーの方が、二人から同時に襲われて真っ先に潰される。無論、それはその場の全員が同じ立場だ。

 三すくみであった。

 

 

   ◆

 

「し、慎二?」

 

 いきなり落下してきた美女が、ランサーを押し潰す様に凛は呆気に取られていたが、その女性が傍らに放り出した少年に気づき、思わず声を上げる。その声で、同じように意表を突かれ驚きを顔に浮かべていた、口ひげを生やした大男が、ハッと現状を認識した。

 ニヤリと笑い、凛に向かって、また『光の像』を出現させ、凛の背後から襲い掛からせる。

 

「おい遠坂っ! 後ろっ!」

 

 だが、今度は慎二がそれに気がつき、声を張り上げた。

 慎二の眼には、ハッキリと見えていた。『四つ目の奇怪な半魚人』が、鋭い爪を振り上げている姿を。

 

 

「ッ! このっ!」

 

 凛は背後に、『魔弾(ガンド)』を撃ち放つ。銃弾並みの威力を誇る魔術に、『光の像』は1メートルほども吹き飛ばされたが、痛痒はまるでないようで、すぐに体勢を立て直し、凛と向かい合う。しかしその時には凛は『光の像』から離れ、すぐに攻撃できない間合いを確保していた。

 

「そ、それっ、お前、『スタンド使い』かっ!」

「へえ……兄ちゃん……知っているのか」

 

 慎二が叫び、口ひげの大男は眉をしかめ、面倒そうに言う。

 

「魔術師なんて連中の間でも、知っている奴は少ないって話だったが……こんなに早く知られちまうとはなぁ」

 

 男は頭を掻きながら、渋い顔になる。そして『光の像』――『スタンド』を消した。

 

「どうも、今夜はツキがねえようだ」

 

 クルリと踵を返すと、凛たちに背を向けて走り出す。

 

「って、逃げんじゃないわよ!」

 

 凛は怒鳴って、男の背中を攻撃しようとしたが、スタコラと走り去るその姿は、夜の空気に溶け込むように、すぅっと消えて、見えなくなった。

 

「ちっ、霊体化したか」

 

 霊体化されると、同じように霊体化したサーヴァントでないと手出しできない。しかし、凛のサーヴァントであるアーチャーは、ランサーと戦っているため、追うことはできない。

 残念ながら、見逃すしかなかった。

 

「ああもう……まあ、次に見つけるまで生かしといてやるとして……」

 

 凛は憎々し気に吐き捨てながら、慎二へと冷たい視線を動かした。

 慎二は肩をびくつかせ、腹部に手を回す。制服の下には、一冊の書物があった。

 

(『偽臣の書』……)

 

 それは、サーヴァントへの絶対命令権である令呪を利用してつくられた礼装。一人のマスターに三画与えられる内の一画を使用して造り出した、マスターの権限を他者に与えるアイテム。

 本来、魔術師ではない慎二はどうあがいてもマスターにはなれないが、これを使い、桜のサーヴァントであるライダーに、言うことを聞かせることは可能としている。

 そして、これを利用すれば、多少の魔術を行使することもできる。もちろん、凛ほどの魔術師には遠く及ばないものだが、無いよりましである。

 

「慎二……どうやらあんたもマスターになったようね? どんなイカサマしてるのか知らないけど、その辺はどうでもいいわ。正々堂々叩きのめせば済むだけの話だしねぇ?」

 

 凛は雄々しい台詞と共に、高い殺傷性を持つ人差し指を、慎二に向けた。

 

(やべえ、逃げなきゃ)

 

 戦う選択肢はすぐに消す。自信家で自惚れ屋の彼も、勝ち目は低いと悟らざるを得ない。それ以前に、こんな凶暴なのは普通に怖い。

 しかし、ライダーの方も戦闘中だ。そう簡単に抜け出して、慎二を助けてはくれないだろう。

 

(しょうがない。こうなりゃ『スタンド』を使ってでも……)

 

 自分の力を早々とさらすのは、賢いやり方ではない。よほど高い実力があり、能力がばれても問題なく戦える超一流ならともかく、常識的に考えれば、手の内は秘するものだ。

 だからできるだけ使いたくはなかったが、命の危機の前にはそうも言っていられない。

 

(ならば先手必勝で……!)

 

 慎二が覚悟を決めようとしたとき、

 

「……勝負は預けたぞ」

 

 ランサーが退いた。

 

 残る2体のサーヴァントが対応する暇もなく、最速のクラスであるランサーは、風より速く翔け去り、その青い戦装束は瞬く間に見えなくなった。

 

「……潮時ですね」

 

 ライダーもまたポツリと呟いた直後、軽やかに身をひるがえらせ、慎二の傍に跳ぶ。そしてようやく立ち上がっていた慎二の胴に腕を回すと、彼を抱えて、更に高く跳び、校舎の壁を駆け上がっていった。

 

「追うかね?」

「……いいわ。今夜は」

 

 ライダーの姿が、校舎の屋上に昇りつめて見えなくなるのを見送り、凛は首を振った。

 

「まさか、こうもサーヴァントが集まるとはね。一気に3体も見つかるなんて……大盤振る舞いだわ」

 

 それでも10年前の第4次聖杯戦争の派手さには遠く及ばないと、凛が知る由もない。

 

「ところで……さきほど、私とランサーの戦いの目撃者の方はどうするつもりだ?」

「…………あっ!?」

 

 完全に忘れていたと、その声と表情でわかった。アーチャーは深くため息をつくのだった。

 

   ◆

 

 ライダーは慎二を抱えて走り、学校から2キロほど離れた場所で適当な公園を見つけて、そこで足を止めた。オートバイも顔負けの速度は、強化魔術も使えぬ慎二の体には少々きつく、ライダーの手から離れた慎二はげんなりとしていた。

 

「初手からグダグダだなクソ……」

 

 今回の件は、慎二にとって失敗だった。

 慎二としては、見られていることさえ気づかれずに、2体のサーヴァントの能力と正体を存分に知るチャンスだったのだ。あそこで横槍を入れるつもりなどなかった。それが自分までサーヴァントをさらしてしまった。

 

「貴方の命令に従ったまでです」

「わかってるよ! クソッ!」

 

 余計なことを言う下僕に苛立ちながら、せめて得られた情報を整理する。

 

「あのランサー。十中八九、クー・フーリンだろう。ケルト最大級の英雄だ」

 

 クー・フーリン。幼名セタンタ。光明神ルーの息子とも言われる、アルスター国の赤枝騎士団においても最強の使い手。元服してすぐに敵国コナハトに侵攻して戦功をあげ、死ぬまで幾多の武功をたてて、『英雄の王』と謳われるまでになった、大英雄。

 その力は少年の頃より強く、鍛冶屋のクランという男が飼っていた、並みの戦士より強い番犬に襲い掛かられた時、返り討ちにして殺した逸話がある。その実力を、国王をはじめ誰もが褒めたたえたが、クランは自分の犬が死んだことを嘆いた。それを哀れんだ少年は、『代わりの犬が育つまで、自分が貴方の砦と家畜を護る番犬の役目をしよう』と申し出た。その優しさを讃え、彼は『クランの猛犬(クー・フーリン)』と呼ばれるようになったのだ。

 また、彼は複数のゲッシュを抱えている。ゲッシュとは、ケルト文化において、戦士が守る誓いである。この誓いを守っている間、その力は増すが、破れば力は大幅に落ちるのだという。彼のゲッシュは『犬の肉を食べない』『目下の者から食事の誘いを受けたら断らない』というもので、最後には『目下の者から犬肉の食事に誘われる』という、どうあがいてもどちらかのゲッシュを破らなくてはいけない状況に陥り、力を削られて戦わなくてはならなくなり、死に至った。

 

 ランサーがライダーに『犬』という言葉を使われて苛立ったのは、彼にとって『犬』というものがそんな自分の栄光と破滅の両方をもたらした、複雑な対象だからであろう。

 

「さすがに犬肉の食事に招待なんて二番煎じは通用しないだろうが……戦術は多少予測できるな。しかしアーチャーの方はまだわからない。服装は洋風なのに、手にしているのは中華剣……一体どういう」

「ところでマスター。あの目撃者はどうしますか?」

 

 考え込んでいたところで、ライダーに面倒なことを言われる。

 目撃者、衛宮士郎。彼をどうするかは問題だ。身元はわかっているのだから、記憶を消せば簡単だが、慎二は魔術が使えない。凛が記憶消去をしてくれるだろうか……あの状況では士郎だとわからなかったかもしれないので、あまり期待はできない。

 

「まあ、あいつは魔術を知っているはずだから、比較的大ごとにはならないと思うが……」

「そうなのですか?」

 

 慎二は、士郎が魔術を習っているかどうかは知らない。しかし、『衛宮』が魔術師であることは知っている。師匠から、聖杯戦争のことを幾らか聞いたついでに、魔術師・衛宮切嗣のことも少し聞いているのだ。

 魔術師を父親に持っているのだから、子も当然魔術師だろうと考えていた。

 

「衛宮士郎っていう、お人好しさ。あの性格じゃ、とても真っ当な魔術師じゃないだろうがね。父親は魔術使いだったっていうし、実力も大したものじゃないだろうさ」

 

 魔術使いという、魔術を私利私欲に使う者の対する偏見を混ぜつつ、慎二は言う。

 しかし、ライダーは慎二の声質に、言葉ほどの嘲りが含まれていないことから、軽蔑の対象というわけではないと判断する。

 

「友人なのですか?」

「ハン、あいつは単なる馬鹿だよ。まあそこそこいい仕事するけど、やっぱり馬鹿さ」

「そうですか……では急いで彼を追いかけた方がいいかもしません」

「ん? なんでそうなるんだ?」

 

 ライダーが神妙な様子になったことに、慎二は首を傾げる。

 

「おそらく、ランサーはそのシロウという少年を追ったでしょう。先ほども目撃者として始末しようとしていましたし、まず間違いなく」

「……え? だ、だけど、ランサーは衛宮の家も知らないんだぞ?」

 

 どちらに行ったか分からない者を、追いかけることなどできるのかと疑問を投げかける慎二に、ライダーは無情に答える。

 

「一流の狩人にとって、獲物の痕跡を追うことなど、造作もありません。そして、あのランサーは超一流の猟犬です。目を付けた兎は決して逃がしません」

「……もっと早く言えよ!!」

 

 慎二は血相を変えて、駆け出した。

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 

 




 凛を背後から襲った男、一体何者なのか……。
 いや実際、オランウータンや数百年前の刀鍛冶、床屋や赤ん坊にも名前があるのに、こいつだけ本名不詳なんですよね。

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