Fate/XXI :2―間桐慎二はくじけない   作:荒風

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 恥ずかしながら、帰ってまいりました。


ACT12:盗みを重ね、悪を束ね

 

 

 バゼットは望み通りのサーヴァントを召喚することに成功していた。

 

 ケルト最大級の戦士。

 アイルランドの伝説における頂点。

 一つの時代において、『英雄の王』と謳われた存在。

 影の国の女王スカサハに教わり、ルーンの魔術を極め、魔槍ゲイ・ボルクを携えた最強の戦士。

 

 クー・フーリン。

 

 憧れていた英雄を召喚し、順風満帆と言えた彼女たちの前に、立ちはだかった最初の敵が、アトラム・ガリアスタであった。

 

   ◆

 

 突如現れた、見覚えのある顔。それと対峙しながら、舞弥は冷静に問いかけた。

 

「全身を銃弾で撃ち抜かれ、炎に崩れ落ちる建物の中に取り残され……あの状況では魔術師であっても逃げ切ることなどできない。まして調べた限り、貴方の魔術の腕は大したものではなかった。どうやって、生き延びたのです?」

「……言う必要はないわ」

 

 舞弥の問いに答えず、ソラウはぞっとするような鬼気をまとう笑みと浮かべる。

 

「そんなことより……自分の身を心配した方がいいんじゃなくて?」

 

 ソラウが乗る車が、メキメキと音を立てて変形を始めた。機械的な変形ではなく、生物が成長するように、薄汚れた車体が膨れ上がり、タイヤからスズメバチの針よりも鋭いスパイクが、無数に飛び出した。ヘッドライトが目のように舞弥の方を睨み、バンパーが歪んで、裂け目が生まれて、牙の生えた口となる。運転席の窓からは、逞しい男の腕が伸びていたが、フロントガラスは曇っていて、運転手の顔はわからない。

 

「紹介するわ。【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】のズィー・ズィー。私の愛を叶えるための、愛の天使(キューピッド)というところかしら」

「これはまた……随分いかついキューピッドだねぇ」

 

 怪獣じみた自動車を目にし、キャスターが顔をしかめる。しかし、怖気づくような様子は当然のごとくありはしない。

 

「とりあえず、私の希望は、ここで二組を潰してしまうこと。その内に、もう一組が潰れるし、今晩だけで大分はかどるわ」

「……背後での繋がりが、中々気になる所ですが」

 

 舞弥は顔色を変えることなく、何気ない動作で銃口をソラウの額に向ける。

 

「聞き出している時間的余裕がないので、早々にご退場ください」

 

 魔術師の指を加工した魔術弾が放たれる。しかし、それらはソラウに当たる前に、全て空中で破壊された。

 

(今のは……)

 

 一瞬であったが、舞弥には何が起こったのか見ることができた。

 全く未知のものであれば、この段階では見切れなかったであろうが、それを彼女は『十年前』に既に見ていたのだ。

 

(あの言峰綺礼の……)

 

 舞弥がソラウの目を鋭く覗き込むと、彼女は妖艶な微笑みを浮かべる。さながら、猫が小ネズミを前に浮かべるような笑みを。

 

 ダンッ!

 

 ソラウが車体を蹴り、高く跳びあがった。夜の空に、赤い洋服が美しく映える。

 

(この身体能力‼ しかも、これは魔術による強化ではない!)

 

 舞弥がいる運転席に、飛びかかろうとするソラウ。だが、今度は舞弥の運転する自動車の屋根が開き、影が素早く飛び出した。

 

「昨日の続きと行きましょうか、お嬢さん!」

 

 ボンテージ姿の、蛇の如き美女が躍動する。

 まだ空中にいるソラウに、ライダーが突進する。

 

 赤と紫の影が、激突した。

 

「ゴフッ!」

「カハァッ!」

 

 空中で、お互いの拳が顔面を抉る。クロスカウンターが、互いの身を吹き飛ばし、アスファルトの道路に落下させた。

 ソラウとライダーが乗っていた自動車は、両方とも走り去っていき、二つの人型が取り残される。

 ライダーがまず立ち上がり、少し遅れてソラウが立ち上がる。サーヴァントの、スキル【怪力】の持ち主の拳を顔に受けて、立ち上がるのだ。

 並ではない人間であっても、首から上が吹き飛んでいるはずなのに、少し頬が腫れている程度。否、その腫れも急速に引いていく。凄まじい治癒力である。

 

「血の香り……今夜の食事は済ませてきたようですね」

 

 ライダーの敏感な鼻が、ソラウから漂う異臭を嗅ぎ取る。それはライダーにとってもなじみ深いものだ。何せ、彼女もまた、同じことが出来るのだから。

 ゆえに、彼女が他の誰かから、『生命』を盗み取ってきたのだと、理解できた。

 

「昨夜ははっきりしませんでしたが、貴方は死徒(しと)の類ですか。ここ最近の殺人事件も貴方の仕業……!」

 

 死徒。地球の影法師。人類史を否定する者。

 血を吸う鬼。死と共に歩き、命から遠い者。

 けれど、ソラウは嘲りの笑いを浮かべた。

 

「フフ……死の、(ともがら)?」

 

 威圧感を高めるライダーに、ソラウは人間離れした鋭い牙をさらして笑った。

 

「違うわね。私は死と友人になるつもりはないわ。私は死なない。永遠に生きる! 愛しいあの人と共に、絢爛たる永遠を!」

「……貴方の事情は知りません。どうも私たちの協力者と因縁があるようですが」

 

 高らかなるソラウの宣言に、感情が動いた様子もなく、ライダーはそっけなく言う。

 

「私たちにも邪魔なようなので、ここでその永遠とやらを……終わらせていきなさい」

 

   ◆

 

「降りてしまったねぇ。まあ、彼女は強いから大丈夫だろうが……むしろ問題はこっちだね」

 

 キャスターは、派手な帽子の位置を整えながら、隣を走る怪物自動車(モンスターマシン)を睨む。

 

「スタンド使いの知識は君たちの方が豊富だろう……どう見る?」

 

 話しを振られ、慎二と億泰は窓から敵の偉容を見つめる。

 

「道具と一体化するタイプみたいだな。実体があって、スタンド使いでなくても見ることができるタイプだ」

 

 物質同化型。現実に存在する物質と一体化しているため、一般人にも見ることができるし、触れることもできる、例外的なスタンドである。

 慎二は、自分のスタンド能力を素早く発動させた。

 

『青コーナー! タロット十番目のカード、【運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)】のスタンド使い! 今は【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】のサーヴァント! 雄々しき腕の下は意外と貧弱! ズィー・ズィー!!』

 

 牙を剥く自動車に乗る相手を、『マイキー・ザ・マイクマン』の【真名看破】の力が見抜く。

 

「ズイー・ズィーねぇ……しかし、あれはまたサーヴァントだぞ? 一体何体のサーヴァントがいるんだ」

「それは重要な問題ですが、今は今のことに対処しましょう。それで、あれはスタンド使いでなくても見ることができるといいましたが……他に特徴は?」

 

 魔術師は、『見えないもの』を見ることができるため、スタンドを曖昧な形でなら、見ることができる。しかし、しっかり見ることができるというなら、戦いやすい。

 舞弥は、それ以外に何かあるか、慎二に確認を取る。

 

「そうだな……まず、スタンドを発現させているエネルギーが、物質と一体化することで節減されるのか、持続力が高いことが多い。持久戦はあまりお勧めできないな。あと、スタンドでなくても触れることはできるし、傷つけることもできる。もっとも、傷つくのは物体の部分だけで、スタンド自体はスタンドでなければ傷つけられないから、力を削ぐくらいの意味しかないが」

 

 現実にある物質と一体化しているため、依り代となっている物質の部分に力を加えれば、影響を与えることもできる。

 が、『スタンドはスタンドでなければ傷つけられない』というルールは生きている。依り代がどれだけ砕けようと、本体は傷つかない。依り代が完全に破壊されても、別の依り代を使って再戦してくるだけ。結局、攻撃する側が、いたずらに力を消耗するだけだ。

 

「足止めできれば十分です。ミスター・フーゴ、運転を変わってください。億泰……オートバイを出してください」

「お、おう!」

 

 けれど、舞弥は十分だと判断した。指示を飛ばされた億泰は、状況の流れに驚きながらも、(おのの)くことはなく、狭い車内を動き、固定されたオートバイを引っ張り出す。

 

「いいのかい?」

 

 キャスターの問いかけは、自分に呼びかけなかったことによるものだ。舞弥は、サーヴァントの力を借りず、億泰と二人だけで対処しようとしている。

 

「キャスターは士郎を助けてやってください。危険になったら逃げるくらいはできます」

「フ~~ム、わかった。士郎くんは任せておいてくれ」

「はい」

「こっちは行けるぜ!」

 

 億泰が、自動車のバックドアを開きながら呼びかける。フーゴと素早く席を交代すると、舞弥は起こされたオートバイに跨り、後ろに億泰が座る。

 

「では、後は任せます」

「ここは俺たちに任せて先に行きな! へへっ、やっぱかっこいいなぁ、この台詞」

 

 億泰の言葉が放たれてすぐ、舞弥がオートバイのエンジンに火を点ける。

 ドッドッドという鈍い音が鳴り始めたかと思うと、排気ガスを噴き出しながらタイヤが回転する。

 黒い二輪車が二人の戦士を乗せ、路上に跳び下りて行った。

 

「ふう……随分広くなったな。フーゴ、急ごうぜ」

「カーチェイスは、ミスタの方が経験豊富なんだけどなぁ」

 

 慎二の急かす言葉に、パンナコッタ・フーゴは強くアクセルを踏み込んだ。

 

   ◆

 

 オートバイが飛び出してきたとき、ズィー・ズィーは身構えたが、すぐに興味を失くした。

 オートバイに乗っていたのが、サーヴァントではなかったからだ。仮にもサーヴァントとして召喚された身である以上、相手が魔術師であろうとスタンド使いであろうと、負けはしないという自負があった。

 

(特に、俺はライダーとして召喚されているから【対魔力】がある。魔術師相手には有利だ!)

 

 またサーヴァントである以上、身体能力も幾らか向上している。少なくとも、並みの人間よりはしぶとく、死に難い。

 相手もその程度はわかっているはず。となれば、彼らは足止めに過ぎない。

 

(そんなものに構ってやる義理はねえ。とっとと追い越して、車の方を潰してやる)

 

 機動力を削げば、ひとまず救援に駆け付けることはできなくなる。そう考えたズィー・ズィーは、相手の車体の背後にまわり、攻撃を仕掛けようとしたが、

 

「【ザ・ハンド】ォ!!」

 

 億泰の方が、一手早かった。

 

 ガオォンッ!!

 

 歩道の脇を走るオートバイに乗った億泰が、横一文字に【ザ・ハンド】の右手で、空間を薙ぎ払う。次の瞬間、自動車スタンド【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】の車体が、引き寄せられ、一車線ずれた。

 前を走る車に放たれた攻撃は、ちょうど運悪く前方を走っていたホンダ製の自動車に直撃し、後輪を破壊した。哀れ自動車は衝撃で吹き飛んで横転する。

 

「あちゃあ……生きてるといいけどなぁ」

「日本の自動車は世界一です。大丈夫でしょう」

 

 億泰は巻き添えになった運転手を心配したが、そちらに心囚われて殺されるわけにはいかない。気持ちを切り替え、少なくとも十メートルは離れていた地点にいた軽自動車を吹き飛ばした攻撃について、考えてみる。

 

「どうやらあいつ『飛び道具』を持ってるみたいだな……。よく見えなかったけど」

「ふむ……見当はつきます。似たようなのを知っていますから。ひとまずは警戒しましょう」

 

 億泰と舞弥が、【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】の能力を見定めようとしている一方、ズィー・ズィーの方も顔をしかめていた。

 

「なんだ……? 俺を移動させただと? 無視できないってわけか。やってくれるねぇ」

 

 仕方ない。ここは早急に、オートバイの組をぶっ殺してから、自動車の方を潰すことにしよう――速やかに決断し、ズィー・ズィーは自慢のマシンをオートバイの方へ寄せていく。

 

 決死のカーチェイスが、いよいよ始まった。

 

   ◆

 

 吹き荒れた稲妻が、空間に散り、消えていく。

 獣の牙のような雷の攻撃を、防ぐ素振りさえなく、立ち塞がるだけで容易く防いだのは、青い衣のセイバーであった。

 

「令呪を使われる前に、と思ったがな。間に合わなかったか」

 

 アトラムは残念そうに言いながらも、焦った様子はない。そこまで都合よくことが進むとは、最初から思っていなかった。うまくいけば、幸運だとは考えていたが。

 

「士郎、状況は?」

 

 令呪の力で、衛宮邸から急に瞬間移動させられたため、セイバーには現状が把握できていない。

 視線を巡らしてみたところ、どうやらビル建築の工事現場らしい。まだ骨組みが出来上がったばかりのビルの下に、彼らはいる。セイバーは不可視の剣をかざし、どこから攻撃されても対処可能なようにしながら、説明を求めた。

 

「すまんセイバー……どうやら、魔術で誘い出されたらしい。マスターが一人と、サーヴァントが……2体。あと、なぜか……」

 

 士郎が訝し気に視線を向けた先には、

 

「フン。礼を言うなど期待はしていないが、その目つきはどうかと思うがね」

 

 中華刀を手にした、アーチャーが立っていた。

 

「……助けてくれたのは感謝する。けど、なんでここに」

「なぁに、一番喰いやすいエサに魚が食いつくのを待っていた。それだけのことだ」

 

 士郎を囮として、アトラムたちを誘い出したと言うアーチャー。

 その物言いに腹が立つものの、助けられた手前、文句は呑み込み、代わりに尋ねた。

 

「遠坂は、来ているのか?」

「いいや……こいつら程度、彼女の力を要するほどではないさ」

 

 その言葉に反応したのは、青い衣装の槍兵であった。顔に血管を浮き立たせ、獰猛に歯を剥き出す。

 

「へえ……言ってくれるな。色男!」

 

 キュガッという空気が引き裂かれる音を置き去りに、ランサーの朱槍がアーチャーに叩き付けられる。その破壊力を巧みに受け流しながら、アーチャーは後方に跳んだ。

 それを追い、槍を振るうランサー。最初の夜の攻防戦が、再び開始された。

 

「あちらは、あちらに任せるとしよう。さて、セイバー……提案がある」

 

 アトラムが整った容姿に、信用のおけない笑みを浮かべ、話しかける。

 

「マスターを変える気はないか? 私なら、もっと効率よく君を勝たせることができる」

「断る」

 

 一秒もかけずに返された返答に、アトラムの顔がしかめられる。頷いてくれると思っていたわけではないにせよ、セイバーの返答はまさに斬って捨てるような態度であった。考える素振りも無く、嫌悪感さえ込めて返された否定。

 プライドの高い魔術師は、『たかだか使い魔』ごときに、そのような態度を取られたことが許せなかった。

 

「……ならいい。やれ、『アサシン』」

 

 クラス名で呼ばれたセッコが動いた。その身が、ドプリと地中に沈み込む。

 

「む……」

 

 姿を消したセッコに、セイバーは感覚を研ぎ澄ませた。足裏から地面の震動を感じ取り、相手が近づいてきていることを悟る。

 

(シロウから話は聞いている。地面でも人間でも柔らかく溶かし、液体のようにする力を持っていると……おそらく、私の鎧や剣でも溶かせるだろう。しかし、攻撃するときは直接触れてくる)

 

 現れた瞬間を狙い、切り裂く。仮に足元から現れたとしても、蹴りつけて叩き伏せてから、とどめを刺す。

 

(クラスは『暗殺者(アサシン)』と言いましたが……ならば、正面からの戦いで、(セイバー)が負ける道理はない!)

 

 やがて、気配がすぐ傍に近づいて来る。腕を伸ばせば、触れられる距離にまで来たと同時に、セイバーの背後で地面が盛り上がった。

 

「甘いっ!!」

 

 セイバーが最優のサーヴァントと呼ばれるのは、伊達ではない。あらゆる戦闘力が並みではないがゆえに、セイバーとして召喚されるのだ。

 当然、反射神経も、速度も、平均を圧倒的に上回っている。背後をとられたところで瞬時に対応し、返り討ちにすることくらいは、容易い。

 

「ハァァァァッ!!」

 

 後ろを振り向きながら、遠心力を加えた剣を振り下ろす!

 その先には、確かに濁った眼のセッコが、地面から顔を出していた。セッコが白兵戦に優れているとは言っても、セイバーの剣は『透明』である。初見で見極めて防御することはできない。

 セッコに、その身を守る術はない――かに思われた。

 

「ブフォォォォォォッ!!」

 

 だがその斬撃がアサシンを両断する前に、セッコの口から液体が噴き出した。

 液体は雫となって撒き散らされ、雫はセッコの身から離れたらすぐに、『元に戻る』。

 

「っ!? これはっ!」

 

 セッコが口に貯め込んでいたのは、能力で液状化させた『鋼鉄』であった。

 鋼鉄は鋭く尖り、『矢』となってセイバーに突き刺さった。

 神秘無き、ただの物質にサーヴァントは傷つけられないが、セッコが噴き出した『矢』には、セッコのスキル【武器改造】が付与される。日常的に転がっているあらゆるものを、人を殺す武器とする、暗殺者としての力。

 宝具化させるほど強力なものではないが、それでも、サーヴァントにも通用する武器となり、セイバーの斬撃を押し返し、突き飛ばしてしまうことはできた。

 そして、体勢を崩したセイバーに、セッコは邪悪にほくそ笑み、拳をつくる。

 

「【心乾きし泥の海(オアシィィィィス)】!!」

「っ! まだだっ!」

 

 セイバーの剣が爆殺したように、傍からは見えた。剣先から砲撃の如き突風が走り、土砂が巻き上げられる。

 余波だけで拳を振るうセッコを吹き飛ばし、進路上で戦っていたアーチャーとランサーの間で炸裂し、大地を抉り砕いた。

 

「ぬおぉ……あ、味な真似を!」

 

 セッコの殴撃が決まらんとする直前、セイバーは【風王鉄槌(ストライク・エア)】を放ったのだ。さしものセッコも集中させた嵐の如き威力の前には、押しのけられるしかなかった。

 

「大丈夫か、セイバー」

「ええ。しかし、大丈夫なのは相手も同じ……。どうやら思っていた以上に、応用の効く力を使えるようです」

 

 窮地を切り抜けたのは良かったが、セイバーの言う通り、セッコにダメージを与えるまではいかなかった。セッコが口から吹き出した鉄の矢を受け、体勢を崩していたため、正確に狙いをつけてセッコを撃墜することはできなかったのだ。

 風自体は掠めた程度で、セッコの腕のガードを突き破れるほどのものではなかった。大地に叩き付けられるときも、大地に泥化をかけ、クッションのように柔らかくし、衝撃を和らげられてしまった。

 

「けれど、やはり正攻法での戦いなら我が剣の方が上。今度こそは斬り伏せて見せましょう」

 

 自信を持って、透明化の解けた剣を両手で構えるセイバー。剣身から溢れる輝きが、夜の空間を照らす。その光がセイバーの剣気と一体化し、敵に対しての威圧となっていた。

 対するセッコは口を閉ざし、濁った眼でセイバーを見つめる。空間を澱ませるような暗い視線に、セイバーへの恐怖などはない。ただ粘りつくような殺意があった。

 互いに睨み合い、いつ動くか、西部劇でガンマンが向かい合って勝負するのと同じく、機を待っている。

 

 そのまま流れた時間は数秒程度であったが、見守る士郎にとっては酷く永く感じられた。そのまま世界が終わるまで続くかと錯覚しそうな、息も絶える時間。アーチャーとランサーの交える刃の音は、絶え間なく響いているが、それもどこか遠くに感じる。

 

(くそっ……このまま、見ているだけだなんて)

 

 士郎は自分の無力を噛みしめ、呪う。士郎程度の魔術では支援にもならない。令呪によるバックアップ程度は士郎にも可能だが、少ない令呪をみだりに使うのは憚られた。アドバイスなどできるはずもない。

 何もできず見守り続ける士郎であったが、その懊悩の時間を貫くように、乱入する者があった。

 

 ドゥルルルルルルルルル!!

 

 そこにエンジンの雄叫びをあげて、戦場に駆け込んできた一台の自動車。その窓から上半身を出し、不機嫌な表情を士郎に向けている、見慣れた顔。

 

「慎二! なんでここに!」

「お前が馬鹿だからだよ! 衛宮!」

 

   ◆

 

 セッコは新たな顔ぶれが現れたのを見て、舌打ちしていた。邪魔な蠅が増えるのを喜ぶアホはいない。だがいずれにせよやることに変わりはない。今こそ、誰もが恐れ、おぞましさに震えた自分の力の真価を発揮するときだ。

 

「【心乾きし泥の海(オアシスゥゥゥゥゥ)】!!」

 

 全てをグチャグチャに蹴散らす悪意の力を込めて、彼はその拳を自分の足元に向けて叩き付けた。

 

   ◆

 

 ガクンと車体が揺れ、タイヤがギュルギュルと嫌な音を立てて空回りする。

 

「なんだ! 落とし穴にでも嵌ったか!」

「似たようなものだが……車体が沈みこんでいる! 地面が泥沼みてーになって、走れない!」

 

 運転するフーゴに、窓から外の様子が見えていた慎二が状況を伝える。その通り、この戦場一帯が、セッコのスタンド能力によって柔らかく泥化していた。

 慎二たちの車だけでなく、士郎やセイバーも足がズブズブと地面に沈み込んでいく。

 

「これは……自分の触れるものだけではなく、周囲まで溶かせるのですか……!」

 

 セイバーは表情を険しくする。足を取られては、戦力は半減以下となろう。

 特にセイバーは水の精霊の加護を持っており、水面に立って歩くこともできた。決して溺れることはない特性を持っているだけに、『溺れかねない状況』での戦いは初めてであった。

 

(まさか、陸地で沈むなんてことがあり得るとは、思ってもみませんでした)

 

 アトラムは姿を消している。時間的に遠くに逃げているわけではなく、魔術的に姿を消し、沈みこまない場所にいるのだろう。あるいは浮力や重量を変化させる魔術で沈まないようにしているのか。

 

(こやつを相手にしながら、マスターを探すという行動は現実的ではない……)

 

 純粋な戦闘能力で言えばセイバーの方がセッコより遥かに上だろう。だが、セッコのスタンド能力がその戦力差を覆している。

 

 ――『底知れぬ』。

 

 まさにその言葉が相応しい、スタンド使いの力。魔術のように汎用性が効くわけでもなく、一つのことしかできない『専門バカ』――にも関わらず、その認識を嘲笑うように、様々な戦術を繰り出してくる。

 セイバーの頬を冷や汗が伝い、セッコの澱んだ目が暗い歓びの色を浮かべ――跳ねた。

 

「っ‼」

 

 直感に従い振るわれたセイバーの剣。それが辛くもセッコの攻撃を弾いていた。

 だが、今までにない速度と瞬発力に、セイバーの肝が冷える。

 

(今のは、体全体を『柔らかくした大地』で弾ませて、バネで弾かれるように跳んできた……!)

 

 セイバー自身、己が魔力を爆発させるように放出して、推進力に変えて攻撃している。それゆえ、セッコの能力もすぐに察することができた。

 同時に、その強さと、現状の危機にも。

 

(こちらは足を絡めとられ、思うように動けないのに、あちらは存分に動き、苛烈な攻撃を叩き込んでくるっ!)

 

 単純明快な窮地。今まさにセイバーは追い込まれていた。

 

   ◆

 

 しかし、アトラム陣営にとっていいことばかりではなかった。

 

「ぬおっ……あの野郎、なにやってやがる!」

 

 自陣の戦力であるランサーもまた、泥に足を捕られている。セッコの能力は細かいコントロールが効くものではない。セッコ自身、周囲に配慮するような性格ではないのも合わせて、見境なく攻撃をかけている。

 俊足を自慢とするクラスであるランサーにとって、動きを奪われることは大きな問題だ。泥から無理矢理足を引き抜いて動くことはできるが、それでは今までの疾風をも追い越す走りなど望むべくもない。それでも動かずにいたら下半身がまるごと沈むので、動かないわけにはいかないが。

 

「厄介な……」

 

 アーチャーの方も剣を振るった戦法は使えない。しかし、セッコに攻撃を仕掛ければランサーに対して隙を見せることになる。自分以外の戦力に任せる他なかった。

 遠距離攻撃を得意とするアーチャーにとって、機動力が大幅に削がれるデメリットは、ランサーに比べれば、まだマシである。とはいえ、あまり破壊力のある攻撃を放てば、この距離ではアーチャー自身をも巻き込む。中華剣を生み出し続け、それを投げ続けると言う手段をとる。

 要は牽制である。ランサーも、槍が届かないために剣を弾き飛ばし続けることしかできない。アーチャーもランサーも、思い切った行動をとれないわけではないが、今は良い機会ではないと、互いに読んだ。

 弓兵と槍兵は、互いに足の全てを沈ませないように動きながら、全力を出せない戦闘を続けていた。

 

   ◆

 

「オォォォォォォ‼」

 

 セイバーに向かい放たれる無数の拳。一撃一撃が、肉を溶かし、骨まで崩す、悪夢の拳。

 さすがに神造兵装たる、セイバーの聖剣までは溶かせないらしいのが救いであるが、それは不幸中の幸いでしかない。

 なにせ、今のセイバーは防戦一方であり、しかも全力なのだ。

 

(この、ままではっ!)

 

 焦りが生まれる。

 もし、セッコの攻撃が現状より更に強力なものとなるのであれば、もはやセイバーにはしのぎきれない。

 

(口惜しいが……シロウに令呪を)

 

 令呪により短時間の強化を施さざるをえないかと、セイバーが考えていたところで、狙いすましたかのようにセッコが動いた。

 おそらくは頭脳で考えた洞察ではなく、魂の嗅覚で嗅ぎ取ったことによる反応。相手の弱みを見つけ、鋭く突く、邪悪な嗅覚による才能。

 

「オォォォォォアァァァァァァ‼」

 

 セッコの蹴りが、泥化したコンクリートを抉って撒き散らした。

 空中に蹴り出された泥はセイバーの顔に降りかかった瞬間、泥化が解けて固体に戻り、セイバーの顔にこびりついた。

 

「むっ……くっ……」

 

 仮面のように顔を覆ったコンクリートに目や口を塞がれ、セイバーは声に出して士郎に呼びかけることもできなくなってしまった。すぐさまコンクリートの覆いに手をかけ、握り潰して破壊したものの、セッコの方はそのわずかの間に次の行動をとっていた。

 

「シィィィィィ‼」

 

 再び、セッコの体が大地に沈み込んでいる。また弓矢のように自らを発射させる戦法だ。だが、その視線に向きは、セイバーではない。

 

(こいつっ、シロウを先に……!)

 

 セイバーが移動できない今、士郎への攻撃を食い止めることはできない。ならば、マスターである士郎を殺した方が、当然簡単だ。

 

「アアアアアアッ‼」

「スゥッ‼」

 

 セイバーがなりふり構わず斬りかかるが、その斬撃を潜り抜けるように、セッコは射出された。

 

(終わったっ!)

 

 セッコは確信していた。

 この泥の海のフィールドで、自分以外に自由な行動をとれる者はいない。セイバーはもちろん、この場の誰も空を飛ぶことなどできない。

 ゆえに、誰も間に合わない。

 

 衛宮士郎はここで死ぬ。

 

「フヘハハハハハッ!」

 

 一つの陣営がここに崩れる。

 

「ハハハハハッ」

 

 その確信は、

 

「げぶぅぅぅっ!?」

 

 蹴りの一撃によって吹き飛ばされた。

 

「フゥゥ~~……セイバー君。選手交代だ。こいつとは私が戦う」

 

 歯を圧し折られる痛みに呻きながら、セッコはありえぬと思っていた乱入者の姿を見る。

 ペットボトルを片手に身構えるキャスターの足元は、全く泥に沈むことなく――大地は波紋を帯びて輝いていた。

 

「キャスター……」

「士郎くん。大方、誘い出されたのだろうが、あまり私のマスターたちに心配をかけさせないでくれたまえ」

 

 たしなめるキャスターに、士郎はバツが悪そうな顔をする。

 話しているうちに、バゴンッという大きな破裂音がして、セイバーが文字通り飛んできた。彼女は士郎の横に立つと、剣を振るって士郎の足元の泥を薙ぎ払い、泥の拘束をお取り払った後、士郎を抱きかかえる。

 

「うわっ、ちょっ、セイバー?」

「少し我慢していただきたい、マスター。まったく危ないところでした……礼を言わせてもらいます、キャスター。貴方がいなければ今頃は」

「なに、お節介をしたまでさ。ただし、士郎くんには後でお説教があると思うがね。ともあれ、ここは私に任せたまえ。この敵……私との方が、相性が良さそうだ」

 

 セイバーはキャスターの申し出に、若干迷いを見せた。彼女の人柄からして、自分の敵を他者に押し付けるような真似を渋ったのだろう。だが、キャスターの言うように、セッコの能力に対抗するにはキャスターの方が向いていることも理解できた。

 

「……感謝します」

「なに、適材適所さ。それより、あちらの方を」

 

 キャスターが視線で、セイバーに示したのは、アーチャーと対峙するランサーであった。いまだ、千日手の状態で攻防を続けている。

 

「わかりました。任せてください」

 

 頷いたセイバーは、脚にまとわる泥を弾き飛ばしながら高く跳躍した。セイバーに抱きかかえられた士郎が慌て、声を上げるのを聞き流し、キャスターはセッコに神経を集中させた。

 

   ◆

 

 ドスンと、自動車の屋根の上で音がした。窓から身を乗り出した慎二は、屋根の上に立つセイバーを見つける。ついでに、お姫様のように横抱きにされた士郎も。

 

「なんだ。いつから正義の味方からピーチ姫になったんだ?」

「うっさい」

 

 慎二が意地悪気な笑みと共に発した軽口に、士郎は短く言葉を返した。セイバーに抱えられているのは流石に恥ずかしいらしく、頬を染めて視線を逸らしている。

 

「マスターはここにいてください。私はランサーを倒します」

「あ、ああ……わかった」

「では」

 

 士郎を腕から降ろすと、再び跳躍してアーチャーとランサーの戦いの中に躍り込んでいく。その足の踏み込みで、自動車の屋根が深く凹んだのは、かえりみられなかった。

 車内のフーゴは、かつて仲間の拳銃使いが何故か自動車の上に降ってきたときと、同じ顔をしていた。舞弥に弁償するのは彼の仕事になるだろう。

 一方、まだ回復しきっていない女魔術師は、ずっと黙ったまま、体力を温存していた。ただ一つ起こした行動は、痛む体を起こして、窓から最大の目当てであった人影を見つめることのみ。

 

「……ランサー」

 

 彼女の唇は、望まぬ別離に至った相棒の名を呟いていた。

 

   ◆

 

「てめぇ……どういうことだ。なぜ沈まねえ……」

 

 セッコの力、【心乾きし泥の海(オアシス)】は、セッコがその身にスーツのように纏っている能力。触れた物質を泥状に変質させる。

 かつて彼と戦った男は、『触れた物体にジッパーを張りつけ、ジッパーを開くことで空間を作り出す』能力を持っていたため、泥化した地面に穴をつくり、地面の中を移動することができた。

 だが、そんな能力でもない限り、泥の中に沈んだらセッコ以外は泳ぐことなどできない。泥化を解除して生き埋めにしてしまえばいいだけのことだからだ。

 ゆえに、現状は沈むまで待つ時間があれば、セッコの勝利は揺るぎないはずだった。

 

 だが、今かつて戦った相手よりも、自分の能力に対抗できる相手がここにいる。

 

(このオヤジ……情報では水をカッターのように飛ばすとかいう話だったが)

 

 セッコは、自分の支配するフィールドを踏みつけて平然としている、憎き敵を睨みながら、考察する。学はないが、戦闘と殺害については、セッコは決して無能ではない。

 

(ペットボトルの水を、地面にこぼして……その水が輝いている。やはり……水を扱う力? それに蹴りの威力……殴り合いでも、そこそこはやる……か)

 

 キャスターの能力を静かに分析していく。

 一方、キャスターの方も、セッコの攻略法を思案していた。

 

(こいつの能力……ただ液状にするというのではない。触れた感触からすると、この地面は『硬いままに泥のようになっている』。奇妙な感覚だが……グニャグニャになっているにも関わらず、土や石としての性質を失っていない)

 

 固体は波紋を通しにくいため、少しばかり水を地面に振りかけ足元だけを濡らす。水に濡れた大地には波紋が流れやすくなり、波紋の反発作用が発揮されセッコが泥化した大地にも立つことができているのだ。

 なおかつ、キャスターは落ちれば確実に死ぬような高所で、ただ一本の縄を足場とした状況においても、冷静に呼吸を乱さずにいられるように修行を積んでいる。この程度の足場の悪さなど、苦にもならない。

 また、常識を超えた吸血鬼や屍生人(ゾンビ)と戦ってきたため、思いも寄らぬ戦法にも慣れている。地中に潜り込んで襲い掛かってくる相手であっても、必要以上の怯みはなく、かと言って相手を侮るような愚を犯すはずもない。

 かつて、『真紅の帝王』でさえ使うことを躊躇うほどの、凶悪なスタンド使いの片割れであろうとも、練達の波紋使いは静かに相対する。

 

 相手を変えて、戦況は再び動く。

 

   ◆

 

 もう一つの戦場――真夜中の車道でも、戦いは続いていた。

 

「億泰っ」

「どらぁっ!」

 

 億泰の【ザ・ハンド】が空間を抉り、バイクを真横へ瞬間移動させる。

 そして、先ほどまでバイクの位置していた空間を、何かが通り過ぎるのを、舞弥が魔術で強化した五感で感じ取っていた。

 

「眼ではとらえきれませんでした。速度もさることながら、小さく、そして無色透明であったためでしょう。しかし、微かな風切り音にくわえ、強い臭気。間違いなく、敵が飛ばしているのはガソリンです」

 

 舞弥は自分の結論を億泰に伝える。

 ズィー・ズィーの【運命車輪・鋼鉄餓獣(ホウィール・オブ・フォーチュン)】は、自動車につきもののガソリン燃料を武器として射出しているのだ。

 高気圧で液体を発射して攻撃することは、魔術でも良く行われている。第四次聖杯戦争ではロード・エルメロイが水銀を操作していたし、水を操るスタンド使いも登場した。

 今回、舞弥が召喚したキャスターも、水に圧力をかけて飛ばすことで、鉄をも切り裂く波紋カッターとすることができる。

 そういった経験もあり、舞弥は相手の攻撃方法をいち早く暴いていた。

 

「なるほどぉ~、けどどうすんだ? 俺のスタンドは近距離型だから飛び道具持ってる奴は苦手だぜ。相手はスタンドだから銃とかも効かないしよぉ」

 

 一撃目は、背後につかれたことで何か狙っていると直感した億泰が、本能的にズィー・ズィーを自動車ごと強制移動させたことでかわした。

 二撃目は、舞弥が相手の攻撃に準備し、身構えて集中していたから避けられた。

 だが、何度も回避できるかはわからない。ただでさえ速く鋭く、避けづらい攻撃なのだ。まして運転手の舞弥が、敵自動車にばかり集中しているわけにはいかない。

 

「ええ、防御に回っていては、いずれ命中するでしょうね。ならば」

「攻めに回るってことだな。いいぜ……シンプルで俺に向いてる」

 

 億泰はニッと笑って、誰もが恐れる己のスタンドを構えた。

 

 一方、彼らと並走し、ときに上空に舞い上がる二つの美しい影は、幾十回目かの衝突を迎えていた。

 

 ゴガッ! ゲズゥッ! ズブムッ! ミシィッ! メメタァッ!

 

 顔と言わず、腹と言わず、二人の女は拳と蹴りを相手に叩き込んでいた。

 常人であれば一撃で骨を砕き、肉を潰すそれらは、まことに容赦というものがなかった。

 

「ぶふっ、かはっ、このデカ女がっ!」

「ふぅっ! ふぅっ! いい加減に堕ちなさい、メンヘラ女っ!」

 

 億泰たちの頭上で拳を交わし合った彼女らは、アスファルトの地面に降りると今度は罵り合う。

 どちらもまだまだ元気そうだが、分が悪いのはやはりソラウの方であった。

 ソラウの拳には対サーヴァント用の魔術強化が施されているが、神代の魔女にでも術をかけてもらったのならともかく、現代の魔術によるものでは大した効果は望めない。

 今は吸血鬼の再生力で食い下がっているものの、いずれはエネルギーも切れ、力尽きるだろう。流石にサーヴァントであるライダーとは地力が違う。

 

(しかし……予想以上に時間がかかりそうですね。ここは、さっさと終わらせてしまいましょう)

 

 そう決めたライダーは、顔に手をやり、その双眸を隠すバイザーを手早く剥ぎ取った。

 

「……⁉」

 

 ソラウは、自分を見つめるその『眼』を見た。不思議な長方形の瞳を。

 

「固まりなさい……死人のように」

 

 ソラウは、ゴキリと自分の関節が固まるのを感じた。

 命である血が冷たく凍てつき、循環が堰き止められる。

 魂そのものが停滞し、次第に硬く縮まっていく。

 

 まさしく『石』になる感覚。

 

(これ、が……ゴルゴンの……)

 

 ギリシャ神話を読んだことのない人間でも、まず耳にしたことはあるだろう、あまりにも有名な伝説。

 その顔を見れば、あまりの恐ろしさのために血が凍り、身が固まって石になるとされた、世界で最も有名な怪物の一体――『石化の魔眼』のメデューサ。

 

 完全に停止したことを確認し、ライダーは彫像のようになったソラウへと近づく。

 人間ならともかく、ソラウは吸血鬼だ。まだ死なないかもしれない。

 

「完全なるとどめを、刺します」

 

 俗に不死者の王(ノーライフ・キング)などとも呼ばれる、死にぞこない(アンデッド)の中でも特に滅ぼしがたい怪物に対し、ライダーは丁寧に殺しきることを決めた。

 ライダーの持つ【怪力】ならば、造作もなく人型を微塵にできるだろう。

 

「ではまず脳から」

 

 腕を振るおうとしたライダーは、ふとソラウの顔を見つめて違和感を覚えた。

 

(……妙だ。固まって動けなくなったというのに、表情に恐怖の色がない)

 

 身動きがとれず、敵にいいようにされることになるというのに、ソラウの固まった顔が最後に浮かべていたのは、冷酷な敵意のみ。

 怯えや焦りといった、危機感が見られなかった。まるで、身動きがとれなくなるという状況が、危機ではないというような。

 

「っ‼」

 

 本能的に、ライダーは自身の方が危機感を覚え、咄嗟にその場から飛び退く。

 それは正解だった。その直後、ライダーに向けて鋭い拳が振るわれていたのだから。

 

「何者だっ!」

 

 ライダーが見たのは、奇怪な人影。

 常人では見ることは叶わない。魔術師でさえ、はっきりと見切ることはできない。

 その特殊な、エネルギーの(ヴィジョン)。それは滑るように空中を飛び、ライダーとの距離を詰めてくる。

 シルエットは人型だが、顔は目鼻も何もなく、宇宙飛行士のヘルメットと覆面を混ぜたようなものだった。ゆったりとした格子模様の服をまとい、手は金属的な装甲を嵌めている。

 

「スタンド……! ソラウ……貴方はスタンド使いっ!」

 

 言いながらライダーは鎖短剣を投げつける。だが、その切っ先は人型に突き立つことなく、まさしく影のようにすり抜けてしまう。

 そして、スタンドの方はライダーでも避けるのは難しいほどの速度で、拳を繰り出してきた。

 ライダーは腕を上げ、顔を防御したが、

 

「ぐぅっ⁉」

 

 顔面に拳が叩き込まれた。

 腕のガードを崩されたのではない。

 防御を素通りしたのだ。

 アスファルトに倒れ込みながら、ライダーはその単純かつ危険な能力を理解した。

 

(『すり抜ける能力』……! こちらの攻撃も防御も、受け付けないというのですかっ!)

 

 ライダーの視界から外れ、ほんの少し動けるようになったソラウは、ニヤリと嘲笑を浮かべ、自分の奥の手の名を呟く。

フワフワと空中に浮かぶ幽霊のような影の名を。

 

 

 

「【遠隔操作の恋(リモート・ロマンス)】……どのような障害であれ、私の『愛』は止められない」

 

 

 

 

 ……To Be Continued

 





◆リモート・ロマンス

破壊力・A
スピード・B
射程距離・A
持続力・C
精密動作性・D
成長性・E

本体・ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ
能力・物質やスタンドを透過できる。どのような障害もものともせず、標的をしとめる。

 元ネタは『荒木飛呂彦原画展:ジョジョ展』に登場した連載25周年記念スタンド。ファンがスタンド使いとなり、遠隔操作で深夜の会場をネット中継した。


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