「『精霊』と、契約できるよ」
その一言は、俺の体の芯を震わせ、衝撃を走らせる。
『普通学科』の、平凡な人間として終わる筈だった人生。それが、村長から貰った母親の形見のペンダント一つで大幅に変わろうとしている。
人間を超えた力を持ちつつも、その力は単体では使う事の出来ない『精霊』。
彼らは人間と契約し、人間を超えた力を使えるようになる。その目的は国を支配するために、や異常な力で人の上に立ちたいなどの物から始まり、今は『精霊』と人間が共存していく上での関係を築くと言う物が目的になっていた。
だから、『精霊学科』なんて言うものが存在するのだ。
人間はそれを超えた力を使うために。
『精霊』と共存するために。
その必要な知識を学び、そして『精霊』との交友を深める。力の正しい使い方を覚え、それを将来に生かす。
世界の割合的には、『精霊』と契約している人は普通の人よりも少ない。
が、恐らくこの世界はもう『精霊』無しには回って行かないだろう。それほどまでに、彼らの存在は大きいのだから。
その大きく強い存在。異常を生み出す力を持つ『精霊』と、今まで平凡を貫いてきた俺が急に契約出来ると言われても、それは少し信じがたかった。
どうやら学校長は俺の戸惑いを見抜いたらしく、うっすらと微笑を湛えながら話し始める。
「赤い宝石の付いた、ペンダント。そこから発された白い光が、巨人の右膝から下と右手を破壊した。はっきり言うと、この時点でもう『精霊』の有無がはっきりしているような物だけどね。この世に起きる異常現象は、例えこの目で見た上で信じられなくとも『精霊』の力の事が多い。殆どだ。解明されていない気象現象とかは知らないけどね? ……式君、ちょっと良いかな? ペンダントをくれるかい?」
すっと伸ばされた手の上に、俺はまだ『精霊』の存在を信じ切れずに首を捻りつつもペンダントを手渡す。それを受け取った瞬間に、学校長は上に放り投げた。
何をするのだろうか。そう思った直後に、学校長の指から漆黒の弾丸が放たれる。
その漆黒の弾丸も、『精霊』の力なのだろう。撃たれた瞬間の空気の震え、雰囲気ががらりと変わったのは直ぐに理解していた。背中に冷や汗が噴き出し、白衣が汗を吸う。
弾丸は寸分の狂いなく放り投げられたペンダントへと向かっていた。
何の変哲も無いペンダントを、『精霊』の力で撃ち出された漆黒の弾丸が貫く。思わず体を動かし、ペンダントに手を伸ばそうとするが間に合わず。
弾丸が、赤い宝石に触れた。
そして次の瞬間、眩い白い光がその弾丸を一瞬で消滅させる。一ミリの傷も付かずに自然落下してきたペンダントを掴んだ学校長は、俺にウィンクしつつ話す。
「ね? 『精霊』の力に対抗して、あろうことかそれを真正面から消滅させた。因みに」
言葉を切った学校長は、くるりと椅子ごと回転して人差し指を窓へと向ける。
「えいっ」
小さな声。すると同時に人差し指の先から黒い弾丸が再び打ち出され、それは窓ガラスに突き刺さり、ガラスは瞬く間に爆ぜた。
しかし、弾丸はその威力を微塵も落とさず、ガラスを砕いた後もずっと真っすぐに飛び続ける。青空に一筋の黒い軌跡が描かれて、それが見えなくなってから学校長は振り向いた。
「こんくらいの威力はあるのよね。あの弾丸」
何の気無しに言い放つ。軽く、さも当たり前のごとく。
「これを防いだって事は、まあこの弾丸よりも強い『精霊』さんがこの宝石の中に居る筈なんだけどさ、きっとこの子は君にしか懐かないよ、式君」
「この子って……見えるんですか?」
「ぼんやりと」
「見えるんですか!?」
「うん。本当に薄くだけども、多分式君が呼びかけたら話は出来ると思うよ」
学校長は頷いた。
『精霊』がそこに居る。会話できる。
そして最初に言われた、契約が出来ると言う事。
遠くにあった憧れの様な物が、突然目の前に現れた。『精霊』と契約して、異能を使ってみたいという思いが無かった訳では無い。寧ろそれが強かった俺は、この千載一遇のチャンスとも呼べる今に喜びで舞い上がりそうだった。
しかし、素直に舞い上がれないのはその気持ちを咎める思いもあるからだ。
それは恐怖。単眼の巨人に、漆黒の弾丸。俺の体や携帯を一瞬で直し、巨人を貫いた無数の矢。
人間を超えた力に、単に俺は委縮していた。
「それを踏まえて、式君にはこれを渡しておこうかなって思ってここに呼んだんだよね」
学校長はそう言って、一枚のプリントを机の上に置く。
それを覗き込み、俺は目を見開いた。そこに書かれていたのは。
『精霊学科転入書類』。……『精霊学科』への、門を開く一枚の紙だった。