無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第七話「女性」

白衣のまま連れ出された俺は、引き連れられていく途中の窓から外を眺める。

 遠くにはうっすらと壮大な山脈の影が見えて、その近くには大きな森が広がっていた。窓のすぐ下には広い校庭があるが、今人はいない。

 廊下の冷たい床をぺたぺたと裸足で歩く俺に、前を行っていた学校長は急に話しかけてきた。

「君は確か『普通学科』だよね。『精霊』は怖かった?」

「怖かったです。あれは……こう、簡単に受け入れられません」

「まーそうだよねー。私も『精霊』と契約してるけど、時々怖いと思うもんなー」

 軽く、笑いを含めながら学校長は呟く。

 そのまま保健室らしき処から廊下を一気に端っこまで突っ切り、途中に幾つもあった部屋を全て無視して階段を昇り始める。

 その途中の踊り場の窓から、黒い大きな正門と昼間の太陽に照らされた桜並木の坂が見えた。

 それが見えるのは、この校舎の左方面。

 つまりこの校舎は黒い正門から見ると左側に存在しているという事で、俺のいる校舎は『精霊学科』という事になる。

 何でわざわざこっちまで来たのかな、と疑問に思いつつも歩みは止まらない。階段で二階くらい上って、再び廊下を少し歩いて。やっとたどり着いたのは、焦げ茶色の扉に金の取っ手が付いた部屋だった。ドアの上には学校長室と書かれたプレートが付けられている。

 目的地まで辿り着いた。学校長はドアを開けて中に入ると、一番奥にあった机の向かい側にある大きな椅子へと腰かける。あけられていたドアを閉めた俺は、取り敢えず机を挟んで学校長と向かい合った。

「ん、座って良いよ」

 そう言うと、学校長は部屋の隅に積み上げられている椅子を指さした。

 積み上げられている椅子の一番上を取って、俺は戻ってきて対面に座る。飄々とした態度の所為で中々実感が沸かないが、目の前にいる人は学校長なのだ。

 窓から差し込む陽光をバックに、学校長は机に両肘を付いて手を組み、その上に顎を乗せる。

 逆光で表情は見えない。が、放たれる声からして学校長はどうやら笑っているらしかった。

「いやはや、『普通学科』の人が『精霊』にダメージを負わせたって聞いた時は吃驚したよ。何が起きたのかな、ってさ。『精霊』と契約してるならまだしも、人間を超えた力を持たない人間のやった事だしね。はっきり言って、全く予想がつかないんだ。何があったのか、私に教えてくれるかな?」

 そう切り出されて、俺は少し言葉を詰まらせた。

 何から話せば良いのか。俺だって分からない事が多い中で、質問をされてもまともに受け答えはできないと思う。

「……えっと、俺もよく分からないんですけど」

 だから、俺はそう前置きを入れて話し始めた。

 校舎の角を曲がったら単眼の巨人が居た事。逃げた事。頭の中で響いた声。突然白い光を放ち始めた赤い宝石の付いたペンダント。

 それら全てを、学校長は黙って聞いていた。時折頷き、首を捻りつつも。

 時計の針が規則正しく刻む音が、俺の話す声に交じって暗い部屋に響く。明かりと呼べるものは、逆光になっている太陽の光だけ。蛍光灯も付けずに話している俺が語り終えると、学校長は大きく息を吐きながら背もたれにもたれかかった。

「……なるほどねえ。ペンダント、か」 

 学校長は小さく、ため息交じりに呟く。

 その声はどこか納得しているようで、何かを思っているような声。

「ちょっと、見せてくれるかな?」

 直後、すっかり調子を戻した学校長はそう俺に告げた。それを何となく予想していた俺は、予め左手に持っておいたペンダントを学校長に手渡す。

 じゃら、と鎖を伸ばして学校長はペンダントを眺め始める。赤い宝石を高く掲げ太陽の光に透かしたり、すこし人差し指の先で突いてみたり。興味深そうに、同時に注意深く、その何の変哲も無さそうなペンダントをじっくりと見つめる。

 いや、何の変哲も無い訳がない。

 俺を守ってくれたのは紛れもないあのペンダントなのだから。白い輝きがもし現れなかったら、俺はもう死んでいる。

 『精霊』に傷を与える事の出来る、形見のペンダント。

 そして聞こえた声。

 直感で、俺はどうもこの二つに共通点があるような気がしていた。その思いを裏付けるように、ペンダントを返してくれた学校長は言い放つ。

「……君の名前は?」

「上代式です」

「そっか。式君、君は多分ね」

 そこで一旦切って。

 太陽が雲に隠れ、光が遮られる。逆光が消えて、見えるようになった学校長の表情は。

 楽しそうに、心の底から笑っていた。

「『精霊』と、契約できるよ」


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