リィエルお勧めです。
では、どうぞ!
「あの単眼の巨人、サイクロプスと契約していた人は」
少女はそこで言葉を切った。
そして、次いで言い切る。
「わかりません」
「なんやねんっっ!!」
「しょうがないでしょう。私は唯の生徒会です。貴方を助けたとは言っても、部外者と言っても過言ではありません。そういう事は学校長にでも聞いて下さい」
「ええ……」
銀髪の少女はそう言って、俺を見つめたまま首を傾ける。
どうやら、他の質問は? という意思を込めてのジェスチャーらしい。何も言わない少女へ、俺は仕方なしに涼花へと問いかけようとしていた話題を切り出した。
「見えなかった、ってどういう事? あれだけ派手に暴れてたのに」
「簡単に言えば、そこは誰にも見えなかったんです。勿論、貴方にも。思い出して下さい。あの校舎を超える身長のあれを見つけたのは、いつでしたか?」
「角を曲がった時だけど」
「それこそ可笑しくないですか? 何で気づかなかったんですか? あの大きさを」
それは、さっき俺が涼花に向けていたのと同じ質問だった。
聞かれて、言葉に詰まって。俯いて考えて、そして俺はやっと理解する。
俺も見えてなかったのだ。角を曲がるまで、校舎以上の巨人を見つけられずに、角を曲がったところでやっと見つけれた。そんな至近距離に居て見つけられないのに、遠くからなら更に見つけるのが困難になるだろう。
何故、と思いつつ、俺は少女へと視線を向ける。
「……答えは簡単で、難しい。人間の目は光を捉えて物を映しています。ので、逆に言えばその光さえ操れば何でも見させることが可能なんですよ。勿論難しいですが」
「そんな事が出来るのか?」
「人間を超えた力を持つ『精霊』。常識外の事を出来るから『精霊』なんです」
少女は言った。
真剣な表情で。『精霊学科』としての実感と経験を込めた言葉だった。
「この『聖域総合高等学校』は、良くも悪くも校舎が左右対称になっています。『精霊学科』の壊されていない校舎の風景を、光を操って壊されている『普通学科』の校舎の周りで反射させる。多少の違和感はありつつも、それに気づくことは難しい。自分の見ているものを素直に捉えすぎてしまう、馬鹿な人間の脳みその所為で。光のカーテンとでも言いましょうか。それは恐らく、巨人を何らかの目的で隠す物だと推測。そのカーテンの中へ、運悪く入ってしまったのが貴方です」
人間としての常識で考えると、それは異常だった。
数百m離れている校舎の風景を、光を操って映し出す。そんな現代の科学技術を使っても難しい、もしくは不可能な事をやってのけた。
しかし、その突拍子も無い事を言っている割には少女の赤い瞳には確信している様に真っすぐだ。 この異常現象と言っても過言では無い物を疑いもせずに信じているらしい。
「そんな事を出来る『精霊』は、沢山居るの?」
「いいえ、いません」
俺の問いに、少女は首を振って答える。
しかし。
直後に、彼女は淡々と言い切った。
「沢山は居ませんが、一人だけなら居るんです」
それはきっと、『精霊』の中でも桁違いの力を持つのだろう。
一人だけ、光を操って人の目を欺ける『精霊』が居るのだ。
「そいつの名前は?」
興味本位で、俺は聞いてみる。
「その『精霊』の名前は、[アマテラス]。光と熱を操る、太陽の『精霊』です」
[アマテラス]という名前は、田舎出身の俺でも知っていた。
日本神話において、高天原と呼ばれる場所の最高神。太陽の化身として、イザナギという神から生まれた女神だ。
有名な話に、天岩戸の伝説がある。
たった一人の神様が消えた事で、大混乱に陥った国を助けるために、沢山の神が集いアマテラスを岩の中から誘き出すお話だ。
「……答えられるのはこれくらいです」
銀髪の少女はそう言って、俺へと何かを投げつけて来た。
それを空中でキャッチして見てみれば、見覚えのある赤い宝石の付いたペンダント。
「拾っておきました。それではお大事に」
生徒会の腕章を揺らしながら、少女はつかつかと真っすぐに歩いていき、ドアを開けて出て行った。
残された俺と涼花は、どうすれば良いんだろうと顔を見合わせる。涼花はさっき銀髪の少女に言われたとおりに教室へ戻ればいいのだが、俺には行く当てが一つも無い。
体は治っているけど、制服はボロボロ。唯一手元にあるのはペンダントのみという状況だ。
それにお腹も空いている。ここが『聖域総合高等学校』と言う事だけは分かるが、それ以外は全く分からない。ここを出て歩き回るのは得策ではない筈。
「思考放棄して、寝ようかな」
ぼそりと呟いて、俺はベッドに寝っ転がった。
それを見て、涼花は黒い丸椅子から立ち上がる。スカートを撫でつけて形を整えると、俺へ向けて口を開いた。
「じゃあ、私はそろそろ行く」
「分かった。ありがとうな!」
「ん。どういたしまして」
最後まで表情を変えずに、涼花は去っていく。ドアを片手で開けると、俺に軽く一礼してから彼女は部屋を出て行った。
一人残された部屋の中で、俺は真っ白の天井を眺めて大きく息を吐いた。
さっきの説明も、巨人に襲われていた時も、分からないことが多すぎるのだ。
ペンダントを持ち上げて、天井の蛍光灯に透かす。赤い宝石が光を反射して輝く中で、俺は巨人の右足と右手を吹き飛ばしたペンダントから発されていた白い光を思い出した。
そして、一回聞こえた謎の声も。あれは外からではなく、体の中で脳へ直接投げかけられた言葉だった。
その声の持ち主は誰だったのか。巨人を操っていたのは? そして、何故アマテラスは光のカーテンを使ってまで巨人を隠していた? アマテラスは?
「分っかんないなあ」
ぽつりと呟く。
入学式初日にしては、随分色濃かった。ペンダントを枕元に置いて、俺は目を閉じようとして。
直後、すぱーんっと強くドアが開けられた音に驚いて、思わず起き上がった。
そこに立っていたのは、黒いスーツを着ている背の高い女性。
眼鏡を掛けて、黒髪をポニーテールに纏めている。朱色の口紅を塗っている口を開いた女性は、テンション高く俺へと言い放つ。
「やあ少年! 君には色々聞きたい事があるんだけど、ちょっと今動ける?」
「動けますけど……。貴方誰ですか?」
「あ、私? んとね、そうだなあ。簡単に言えば」
女性は決めポーズを取って、眼鏡をくいっと人差し指で押し上げる。
「学校長です。さあ、ちょっと学校長室までカモン!」
予想以上の大物だった。
俺のベッドへとつかつか歩いてきた学校長は俺の手を握ると、強引に立たせる。手を引いたまま歩き出した学校長に連れていかれる間際にペンダントを取った俺は、半ば引きずられるようにして白い部屋を出て、広い広い廊下を歩いて行った。