[アマテラス]……ライターとの戦いが終わってからは、目まぐるしい毎日だった。
学校長と夕張先生、ルテミスや『精霊』関連の警察にとことん事情を追及された俺と涼花は喉が枯れるまで話し続けて、隼人とは険悪な雰囲気になりながらも質問攻めを乗り切った。今回の事件はあまり公表はされないらしいが、『聖域総合高等学校』の生徒には全てが包み隠さず話された。
あれ以来、フィニティとのポゼッション・リンクは30秒だけなら出来る様になった。
それを超えるとフィニティの持つ力に内側から体を蝕まれてしまう。困難な能力だけど、俺は確実に強くなっていた。
そして今日で、丁度あの夜から一週間が経つ。
久々の学校だ。目覚まし時計を止めた俺は、顔を洗い歯を磨いて、食堂へ。
寮を壊した犯人も捕らえられた上に、粉々だった筈の寮は一日で元に戻った。学校長が何やら疲れ切っていたが、誰も寮の修復風景を見ていない。
何にせよ、俺は今も変わらず最上階の端っこからエレベーターに乗って歩いている。
あるのは変わらない日常。今まで全く関わりの無かった『精霊』とも段々馴染んできた、何時も通りの風景。
食堂の列に一列で並び、お盆の上に置いた食器に沢山料理を盛っていく。
今日は和食。焼き鮭とお味噌汁のいい香りが食堂中に漂っていて、食欲を刺激する。今か今かと列の最後、デザートであるヨーグルトを取った俺は食堂の端っこへ。山盛りの料理が乗ったお盆を先に置き、その前にある椅子へと座った。
「いただきまーす」
しっかりと手を合わせて、食べ始める。何気なく、ふと思い出したのは村長からの手紙だった。
内容と言えば、俺の過去を全て知っている。記憶を封じて、すまない。などだ。
やはり俺の記憶通りに、涼花の前に[ツクヨミ]と契約していたのは村長だった。体が老いて限界になり、[ツクヨミ]が選んだのが幼い涼花だったらしい。
俺は別に、村長への怒りとかは持っていなかった。手紙を読んでも、ああそうなのか、と納得しただけ。細かく語られていた家族の死と昔の俺についても、全てが見たことのある景色だった。あの夜、トラウマを解放した時に。
ここから上梨村には気軽に帰れない。次帰って、村長と面を合わせるのは夏休みくらいになるだろうか。
そんな事を考えていると、目の前にことんとお盆が置かれる。
持ってある食事の量は俺よりも全然少ない。端っこの俺の真正面に座る少女は、制服姿のまま無表情に俺へと言葉を発した。
「おはよう、式」
「おはよう、涼花」
長く流麗な黒髪を背中に流し、蒼い瞳には一切の曇りは無い。細くしなやかな白い指で箸を持つと、ゆっくりと彼女はご飯を口に運び始めた。
[ツクヨミ]としての使命を果たした彼女からは、以前感じていた鬼気迫る感覚が消えた様に思える。包み込むように静かな月明かりの様な雰囲気を纏っている。一たび戦い始めれば、再び鬼の様な強さで相手をねじ伏せるのだろうが。
涼花にも健康状態の損害などは無く、一週間経った今はかすり傷すら残っていない。
[アマテラス]との戦い何てものは無かった。そう言われても、信じてしまうほどに日常は平凡で、平和。
殆ど同タイミングで食べ終わった俺と涼花は、食器を片付けて食堂の前で別れた。
そのまま部屋に戻り、学校へ行く準備を整えて、俺は部屋を出る。出入り口から一番遠い所からしたまで下っていくと、完全に修復されたホテルのロビーの様な玄関に見慣れた人影が。銀髪のツインテールに赤い瞳。腕には生徒会と書かれている腕章をつけている少女は俺の気づくと、珍しく歩み寄ってきた。
「おはようございます。元気ですか?」
「おはようございます、ルテミス。元気です!」
「……そうですか。[アマテラス]との戦い、お疲れさまでした。私との鍛錬は、少しでも役に立ちましたか?」
「少しどころじゃない。すっごい助かった! ありがとう!」
きっと。
ルテミスとの鍛錬が無ければ、俺は[アマテラス]に為す術も無く敗北していただろう。正門で立ちふさがった隼人にも勝てなかったし、[インフィニティ・バースト]も習得出来なかったと思う。
俺を強くしてくれて、後押ししてくれたのはルテミスだ。
お礼をして、頭を下げる。するとルテミスは珍しく微笑んで、柔らかい声音で呟いた。
「そうですか……それならば、良かったです。本当に」
そして、彼女は俺へと手を振って送り出してくれた。手を振り返して、寮の外へと飛び出る。
今日は暖かく、吹き抜ける風は春の終わりを告げて段々と夏を匂わせている。正門まえの桜並木にはもう緑が付き始めて、葉桜と言う物に移り変わっていた。
その中を、ゆっくりと歩いていく。少し早めに出たから、まだ時間はたっぷりある。
『精霊学科』に校舎に着いて、教室へ。中には一人だけしか居らず、その一人は俺の入室に気づくと顔を上げて、そして口を開いた。
「おはよー! 式君、調子はどうかな?」
「おはようございます。全然問題ないですよ!」
黒髪をポニーテールで纏めた俺の担任の先生、夕張先生が教室に居た。彼女はファイルをぱたんと閉じると、俺をじっと見つめた。
「……うん。大分強くなったねえ。式君のこれからが楽しみだよ」
笑いながら言った夕張先生は、次いで直ぐに言葉を発す。
「[アマテラス]を止めてくれて、ありがとう。私を……[イザナミ]を助けてくれて、本当にありがとう」
しみじみと言った夕張先生は、一度深く頭を下げた。そして、ゆっくりと上げる。
「じゃ、私は今日の授業の準備をしてくるね、また後でー!」
直後、ぱあっと笑顔になった夕張先生は俺の横を駆け抜けていった。まだ何も言葉を返せていないのにも関わらず、まるで逃げるが如く先生は廊下を駆けていく。
「……は、恥ずかしかったのかな?」
真剣に感謝を伝えるだなんて、はっきり言ってあの人のキャラには合っていない。
静かになった教室の中を歩いて、自分の席に座る。一週間ぶりの学校。席に座ったまま天井を見上げて、俺は長く長く息を吐いた。
やがて、クラスメイトがどんどん登校してきて、クラス内は満杯になる。
何時も通りに、一時間目が始まる。日常の中でゆったりと過ごしながら、俺はしっかりと授業を受け続けた。
そんなこんなで昼休みも終わり、五時間目は精霊実技。
今までは屋内の模擬戦だったが、今日からは屋外での模擬戦だ。より広くなる場所での戦い。戦略は目まぐるしく変わり、今まで以上に高度な戦いになるらしい。
最初の戦う組が呼ばれて、校庭の真ん中に立った。
夕張先生の掛け声と同時に、光と『精霊』の力が吹き荒れ、そして激突。
その様子を眺めなていると、突然脳内で声がした。
『……終わったね』
フィニティの声だった。
爽やかな風のような声の彼女に、俺も言葉を返そうと口を開く。が、それよりも早くにフィニティはぴしゃりと言った。
『とか、思ってないよね?』
「……え?」
『ここからだよ、式は。世界最強の『精霊』と契約して、『無限の精霊契約者』としての力も手に入れた。[アマテラス]だけじゃ終わらない。少なくとも、』
一拍の間。
フィニティは、ゆっくりと、俺に向けて呟いた。
『この学校にはまだ、式が超えられる壁が残ってるでしょう?』
ごおっ、と。
強く、風が吹いた。俺の髪を揺らし、その風が吹き抜けた瞬間に、視界が大きく広がった。
青く広がる大空も、雄大に流れる白い雲も、遠くにそびえる緑の山脈も、校舎も。
全てが大きく見える。綺麗に澄んで見える。世界にとって、どれだけが俺一人が小さな存在かを、改めて知る。
『過去を乗り越えて。強くなったから、式はここがスタートだよ。貴方にも、私にも』
そこでフィニティは一度言葉を区切る。
模擬戦が終わった。
「次は……よし! 式君と涼花ちゃんだー!!」
夕張先生の言った組み合わせに、クラス全体が沸き上がる。大いに盛り上がる中で、俺と涼花はゆっくりと立ち上がった。
その時に、少し視線が合う。二人して一秒くらい目を合わせて、その後に柔らかい微笑を浮かべて前を向いて歩き始めた。校庭の真ん中に引かれたラインの上に立ち、真剣な面持ちで向き合う。
方や、クラス最強。
方や、[アマテラス]を吹き飛ばし隼人にも勝利したダークホース。
この盛り上がる事必須の対戦カードに、クラス内の皆は静かに熱く思いを燃え上がらせる。風が吹き抜ける中で、俺と涼花はどちらからともなく戦闘態勢を取った。
まずは、ここから。
この一歩を、踏み出そう。
『式にも、私にも、無限の可能性が広がっているから』
フィニティが、そう告げた。さっき一度区切った彼女の思いが、全て伝えられる。
「よーーーいっ、」
夕張先生が、声を張り上げる。ボルテージが高まり、
「行くよ、フィニティ!」
『うんっ!』
俺は声を上げた。フィニティはそれに答えた。涼花も笑みを浮かべて、姿勢を更に低くする。
ぶつかり合う視線。
「どんっっ!」
戦いの火蓋は切って落とされた。俺と涼花は、同時に叫ぶ。
「ステイ・リンク!!」
「ポゼッション・リンク!」
俺の体を、青白い光が包み込む。
涼花の体を紫の輝きが覆い尽くし、狐耳と白紫の巫女服を纏った涼花が現れた。
右拳を握りしめて、俺は強く地面を踏みしめる。蹴りだして、駆け出す。
俺の前に広がる、無限の可能性を信じて。大きな壁を、乗り越える為に。
空は蒼く、どこまでも広がっている。吹き抜ける風に流れる雲は、どこまでもどこまでも、雄大に大空を突き進んでいった――――――。
今までご愛読、ありがとうございました!
これにて「無限の精霊契約者」は完結となります。
読者様のおかげで、週間オリジナル作品ランキングや日間にも入る事が出来ました。
小説を書いている身としては、とても光栄で嬉しい事です。
来週の月曜日から、新作の毎日投稿を始めます。
良ければそちらもお願いします。
それでは皆さん、今まで本当に、本当にありがとうございましたあああ!!!!