一話を見てから、この五話を読んでください。お願いします!!
では、どうぞ!
ぼんやりと、意識が覚醒した。
息を吸い込めば、鼻にツンとくる消毒液の香りがする。閉じた瞼の上からは光が差し込んでいるようで、瞼の奥に光が透き通って見えた。
少し体を動かすと、全身に痛みが走る。筋肉痛にも近い痛みの中に熱さが混じって、俺は寝っ転がったまま思わず呻いた。
ここはどこだろうか。と、俺はゆっくりと目を開けていく。
最初に目に映ったのは、真っ白な天井。そこに付いている蛍光灯と、視界の隅にある白いカーテンも見える。
体は痛いから動かせない。だけど、消毒液の匂いから察するにここは病院か保健室だろう。
近くには、誰も居ないのだろうか。俺は口を開いて、何度か声を出してみるが。
「………………」
反応はなかった。
自分を結構な怪我人だと思っていた俺は、近くに誰もいてくれなかったのかと少しガッカリする。しかしそれも一瞬。瞬きを一回したくらいの時間で、この部屋の外から足音が聞こえた。その足音は段々とこっちに近づいてきている。
俺がそれを待っていると、やがてこの部屋のドアがガララっと開かれた。
「おーい! 起きましたー!」
その人に向けて、俺は大きく声を出す。
声に気付いたのか、病室に入ってきた人は少し歩くのを速めたらしい。直ぐに、俺を真上から見下ろす少女と目が合った。
「……今、生徒会の人と先生が来る」
それは、桜並木で会って、壊れた携帯を直してくれた長い黒髪の少女だった。
静かな無表情で、俺をじっと見下ろしている。蒼い瞳が俺の全身を見渡すと、少女は首を傾げた。
「大怪我だね。どうしたの?」
「えっと、『精霊』と戦ったんだよ」
「……貴方は、確か『普通学科』でしょ? どうやって戦ったの?」
「知らん。取り敢えず逃げて逃げて逃げまくって、そしたら銀髪のツインテの人が助けてくれた」
次々に繰り出される質問に、俺は答えていく。
しかし、俺自身どうやったか分からない所がかなりある。少女は何秒間か間を置いて、そして俺へと手を翳した。
「痛いと思うけど、体、治そうか?」
「治せるの?」
「うん。痛いけど」
さも当たり前の様に頷く少女。
痛みがある、と言う事に俺は躊躇して、でもこの体ではまともに動けないだろうという結論に至ってから、俺は寝っ転がったままお願い、と告げる。
すると、少女は一回頷いてから、開いた右手を俺に押し付けた。
そこから放たれる、紫紺の光。それが段々と俺を包み込んで行く。
「[ツクヨミ]。怪我する直前まで戻して」
鈴の音を鳴らしたような、そんな綺麗な声が白い部屋の中に響いて。
突然、月明かりのように青白い光が紫紺の輝きを裂いて、俺の全身を包み込む。そしてそれらは俺の怪我しているところに突き刺さり、少女が強く右手を俺に押し付けると同時に眩い極光を放った。
すると。
ギュルルル!!! という音と共に、俺の怪我が蠢いた。
それと同時に、全身を貫くような痛みが脊髄を灼熱の熱さと共に駆け抜ける。奥歯を噛みしめ、その刹那の痛みに何とか堪えた俺は、光が消えるとともにベッドへと深く沈み込んだ。
「……大丈夫?」
「な、何とか。痛いのも一瞬だったし、もう痛みは無いよ」
不安げに俺を覗き込む少女へと、俺は苦しみながらも微笑みを返す。
実際に、体に痛みはもう無い。落ちてきた瓦礫に潰された左手も問題なく動くし、動かすたびに俺を苦しめていた痛みも消えていた。
がちがちに固められたギプスと巻かれまくった包帯を体から外しながら、俺は少女へと問う。
「俺は上代式。『普通学科』の生徒だ。君は?」
「私は矢代涼花。『精霊学科』の新入生徒代表、主席で挨拶するような人」
「やしろ、すずか。うん、覚えた。学科が違うからもう会わないかもしれないけど、ありがとう。矢代さん」
「涼花で良い。どういたしまして」
左腕の包帯とギプスを取った俺は、上体を起こしてベッドの上に座るような姿勢になる。
見渡せば、そこは思った通りに白一色の病室だった。ベッドを覆っている白いカーテンを開けると、その部屋にはいくつもベッドがあった。
窓からは天辺に昇っている太陽と、深い緑が見える。
左側にはドアがあり、その上に時計があった。針はもう昼過ぎを指していて、俺が三時間くらい眠っていたことを示している。
起き上がった俺に合わせて、涼花はベッドの横にある黒い丸椅子へと腰かけた。
俺が今着ているものは、白衣だった。病人が着ているそれである。
結構すーすーしているな、と思いつつ、窓の外に見える緑の濃さからこの白い部屋はおそらく『聖域総合高等学校』の保健室だろうと推測した。電車から見る限り、こんなに緑の生い茂っているところに高い建物は『聖域総合高等学校』以外に無かったからだ。
「ところで、何で涼花がここに?」
「私が最初に『精霊』に気づいて、それで貴方を助けるのを手伝って、そのままの流れで生徒会の人に頼まれて貴方を診ることになった」
「……そうだ、そういえば何であんなに『精霊』は暴れまわっていたのに誰も来なかったんだ?大きな音も立てて、校舎も破壊してた。いくら『普通学科』と『精霊学科』に距離があると言っても、流石にもう少し早く来れたと思うんだけど……」
「音は聞こえてた。『精霊』の力も感じてた」
涼花はそこまで言って、一拍置いた。
「だけど見えなかった。どこにも、『精霊』の姿は見えなかった」
「見えなかった!?」
それは可笑しい。
どんなに遠くても、あの大きい校舎の一角が崩れ去るのは見えるはずだ。ましてや、音も聞こえていて『精霊』が居ると分かっていたのに、見えないのは疑問に思う。
『精霊』と契約している人にしか分からない何かがあるのかもしれない。
それでも俺はその事を疑問に思い、それを涼花に言おうとした瞬間に。
「そこからは私が引き受けます。涼花さんは自分のクラスへ行って、先生から説明を受けて下さい」
ドアが開くと同時に、声が室内に響いた。
自然と、俺と涼花はその声に反応してドアへと振り向く。
そこに立っていたのは、綺麗な銀髪をツインテールにして、気丈な赤い瞳を俺に向けている少女。
生徒会と書かれた腕章を身に着けた、俺よりも身長の低いおそらく150cm台であろうその人だった。
名前は分からない。
しかし今日初めて会ったのに、その少女とは何度も顔を合わせていた。
「上代式、ですね。対応が遅れたのは私たちの落ち度が原因です。出来る限り答えましょう」
少女はそう言って、俺のベッドの直ぐ傍に立った。
その真剣な表情に俺は躊躇いつつ、質問をする。
「お昼ご飯ってある?」
「今はそれ所じゃないと思うと回答。私が可笑しいのでしょうか」
「いや腹減った」
「知りませんと回答。それ以外にも聞くことあんだろ馬鹿野郎」
「お前暴言酷いよな!?」
「私は先輩ですよ」
「貴方様は暴言が酷いと思います!!」
「よし、『精霊学科』生徒会として貴方を抹殺します」
「ごめんなさい」
無表情を貫き続ける生徒会の少女に、俺は恐らくお互いの共通の本題をぶつけた。
「あの単眼の巨人。あの襲い掛かってきた『精霊』と契約しているのは、誰なんだ?」
そう言って、俺は少女の赤い瞳をじっと見つめる。涼花も同じように生徒会の人を見つめる中で、やがて少女が口を開いた。
「あの単眼の巨人、サイクロプスと契約していた人は」
少女はそこで言葉を切った。
そして、次いで言い切る。