それは、天変地異。
その天災は俺の両腕から撃ち放たれ、そしてあらゆる全てを粉々に打ち砕いた。
両腕が狂うような熱さと激痛に襲われている中で、爆発によって舞い上がった砂埃が全てエネルギーの余波による風で吹き飛ばされる。未だに空中にある俺の体は、視界を遮る物が無くなった世界をしっかりと見て。
「……まだ、倒れてないのかよ……っ!」
ボロボロになりながらも、まだ自分の足で地面を踏みしめしっかりと立っているライターを見た。左腕は力なく垂れ下がり、体に纏う白い光は淡く弱弱しい。全身が血まみれで、今も口から血液の塊が吐き出された。そんな極限の状態で、しかしライターは立っている。その場に居て、俺の視線と奴の視線が空中で交錯した。
「僕の、勝ちだ……! これで、君を殺せる。もう[アマテラス]を止める物は何も無い!!」
ライターがそう呟き、右手を持ち上げた。するとその手刀に淡い光が集まり、輝き始める。
その技は、俺の家族を殺した技だった。頭にカッと血が上り、怒りが沸き上がる。だが俺は今両腕が使えずに、後数秒で死にかけの状態に戻ってしまう。蹴りも、何の技も届かない。
だから今ここで、俺は何も出来ない。無力な事を悔やみながら、刃を待つのみだ。
その刃が、大きく掲げられる。ライターの顔が狂喜に歪み、彼が体を捻ったその瞬間。
「[日蝕]!」
ドズンッッ!!!
と、大きく掲げられていた闇の刃がライターを深く深く切り裂いた。星明りと月明かりに照らされる闇の刃の持ち主は、狐の耳に白と紫の巫女服を着ている少女。
矢代涼花。
切り付けられた部分から血を大量に流すライターへ向かって、服を汚している涼花は何も言わない。ただ冷徹に、体に纏う光を失い地面に膝を付くライターを見下ろすのみ。
「何で……だ? 僕は白い箱を直したのに。[ツクヨミ]は閉じ込めておいたのに、どうして出てきてる……!?」
10秒が過ぎた。
俺の体が蒼い光に包まれた次の瞬間に、死にかけの体へと戻る。気を失いそうな痛みに、思わず口からどす黒い血液の固体化した物が出た。
そんな俺へと涼花は慌てて駆け寄ってきて、無言で紫紺の光を放つ。俺を包み込み、病室と同じように俺の傷を……俺の体の時間を巻き戻した彼女は、すくっと立ち上がる。その時にはもう、俺の体には傷一つ無かった。
「……お前がさっき、俺にヒントをくれただろ?」
ゆっくりと、俺は話し始める。ライターが呆然と聞き入る中で、一つずつ。
「さっき、お前は両腕を爆発させれば白い箱を壊せたかもしれない、と言ったんだ。言ってしまったんだ。そうじゃなきゃ、俺は両腕をもう一度爆発させるなんて事はやらない」
一歩ずつ、絶望の表情を浮かべるライターへと歩み寄る。
更地となっているその場に聞こえるのは、吹き抜ける風の音と話し声だけ。
「それでも……すぐ後に、お前は死にかけの体に戻るんだぞ……!? その後の反撃は、怖くなかったのか!? 防げないんだよ!」
「いや、本命は白い箱を壊す事なんだ」
ライターへすかさず反論する。
後を引き継いだのは、涼花。
「私の[ツクヨミ]は、月を……つまりは、月を読む、月読み。月と太陽の動きとは一日。つまりは、暦。私は一日の中でなら時間を巻き戻す事が出来る。そしてそれを、式は知ってる」
勿論、携帯も体も直してもらった俺はその事を知っていた。
しかし、知っているといっても「涼花は体を治す事が出来る」くらいの知識。確証があった訳では無いけど、これしか無かったのだ。
「そして[日蝕]はその名の通り、[ツクヨミ]の闇が[アマテラス]の光を蝕み、その能力を一定時間封じる、[アマテラス]のみにだけ有効な技。それを使えば、もう貴方は逃げられない」
涼花が言い切り、同時に俺がライターの前へと立った。
少し後ろに佇んだままの彼女は、闇で生成した刃を未だに構えている。震えて怯えるライターは俺たちの説明を聞いてもまだ信じられないと言う風に表情を歪ませていたが、やがて俯き肩を震わせた。
「……まだだ、まだだ……!!」
そして、呟き、満身創痍の体で立ち上がる。汚れきった金髪碧眼のライターは、光も何も纏わずにただ拳を握り、振りかぶりながら叫んだ。
「僕はここで負けられない! やりたい事があるんだっ、やらなきゃ行けない事があるんだ!」
振るわれる拳。涼花が濃密な殺気を纏い、地面を蹴った。
だが、その必要は無かった。
「俺だって、」
短く言葉を発す。
そして、俺は右拳を強く強く強く握り締めた。爪が肌に食い込み、青い血管が拳に浮かぶ。
ミシシっ、と軋んだ右拳を大きく振りかぶって、体を限界まで捻り、
「ここで、お前に負けるわけには行かないんだよッッッ!!!!!!」
―――――溜めていた力を、一瞬で解放した。
宙に蒼い奇跡が描かれる。真っすぐに伸びた光はライターの頬を穿ち、頬骨を砕き。
ドゴォッッ!! と重く鈍い音を立てて、ライターは大きく吹き飛んだ。そのまま二回、三回と地面に強く体を打ち付けて―――――!!!
やがて、動かなくなった。
蒼い光が、俺の体からふっと消える。荒く、肩で呼吸を繰り返す。
星明りと月明かりのささやかな光の中で、もう、東の空は白み始めていた―――――。
次回、恐らく最終回です