俺は今、紛れもない『無限の精霊契約者』であった。
「……凄い、凄い凄い凄い! これがあれかな? [ホルス]かな? いや、違う!」
ライターは恍惚とした表情で天を仰ぐ。天井と壁は俺の蒼いエネルギーによって吹き飛ばされていて、ここはもうただの空き地となっていた。
「君はさっき[フィニティ]って言った! そうか……! 君が『無限の精霊契約者』なんだね!? 最強の『精霊』、[フィニティ]との契約したのか! うわあ凄いなあ、最高だね!こんなにも殺しがいのある人間が居るだなんてさあ!」
彼の体が、純白の光に包まれる。圧倒的な熱量を持ち始めたライターの拳は後ろへと引き絞られて、両腕の使えない俺へとその拳を撃ち放った。
凄まじい威力だった。気づけば、目の前へと迫っている拳。身じろぎすらしない俺へと、光速に限りなく近い拳は叩き付けられる。衝撃波が地面を砕き、飛び散った瓦礫が拳の威力でそのまま俺の後方へと吹き飛んで行った。
だが。俺はそこに立っていた。立っていられた。
10秒間しか、一つの可能性を辿る事は出来ない。そして、同じ可能性をセレクトするためには3分間のクールタイムが必要だ。
隼人の能力を使う事は、まだ無理。俺がやったのは、いつか模擬戦で見た樹木の鎧。
あの『精霊』が虚空から樹を無限に生成していた。それの応用で、拳の威力によって砕かれる速度よりも速く樹を生成し続けて拳打の威力を受け流したのである。
「……はははっ、予想以上、すぎるだろ……!」
フィニティ自身の持つ莫大なエネルギーは、純粋な力の結晶。
それを他の物に流し込めば、それは力の結晶が詰まりより強く強固な物へと増す。最強の『精霊』の力は、単純明快であり最強の矛にも盾にもなる。
それが、俺の中にいる青髪青目の少女の力。
トラウマを乗り越えた、俺の力。
ライターの笑みが引きつっている。拳を突き出したままの状態で、光速へと近づいた体は一瞬硬直した。してしまった。それが故に、その一瞬で訪れるのは両腕の使えない俺の攻撃チャンス。すかさず俺は鷹野の『精霊』と契約した可能性を辿り始めて、骨格を変えてまるで鷹の様な風貌へと変化する。
そして、蒼い光の宿った豪脚でライターの胸の中心を穿つ。口から涎と空気、少量の血液を吐き出しながらライターは大きく吹き飛び、白い箱に背中を打ち付けてやっと停止した。
「お前の下らない願望の所為で、俺の家族は殺されたんだ……」
蘇る、炎に包まれている家。順々に殺されていく家族の最期。
村長……いや、[ツクヨミ]の[日蝕]という技によって闇の刃に刺されるも、ライターは直ぐに抜け出して逃げ出した。
「俺はお前を絶対に許さない。その分は、絶対にお前を殴る。そんでもって、涼花も助け出す」
「出来るのかな? ポゼッション・リンクを今初めてやった様な君が、そんなに沢山の事を。殴るって言ったって、君の両腕は使い物にはならない。白い箱も崩せやしない君には、それらの事は不可能だろう!!」
堂々と宣言するライターは両腕を広げ、自身が纏う白い光を更に強めた。
より光速へと近づき、威力を増した一撃を俺にお見舞いする為にライターは低い低い戦闘姿勢を取る。武器も何も無い、あるのは必殺の拳。ライターの口角が、勝負を楽しんでいる笑みからやがて勝ちを確信した笑みへと変貌する。
「鉄パイプ……? 落ちてるそんな物で、何が出来るんだよ……。ああ、拍子抜けだ。結局また、僕の勝ちじゃないか!!」
カコーン、と俺は鉄パイプを蹴り上げる。低く呟いたライターは獰猛に笑うと、地面を蹴り飛ばした。その速さは、正に異常。砂埃は勿論、ソニックウェーブでの突風が廃工場の周りの森をざわめかせる。
回避は不可能だろう。受け止める事も、両手の無い俺には無理だ。
それでも、必ずどこかにライターを止める事の出来る可能性はある。俺は蹴り上げていた鉄パイプを、踵落としの要領で地面へと叩きつけた。
ドズンッッ!! とパイプは突き刺さる。地面に数十cmは埋まった鉄パイプは、血に濡れている。
「……嘘だ……何で、何で僕の手をそんなに綺麗に貫けたんだ!!」
踵落としで落としたパイプは、地面とライターの右手とを縫い合わせるように貫いていた。
ライターが絶叫する。それは初めて味わう強い痛みからか、それとも光速へと限りなく近づいた速度の一撃をいなして見せた俺への驚愕か。
どちらにしろ。
俺は、無慈悲に右足でライターを強く蹴り飛ばした。ありったけの憎しみと怒りを込めた一撃はライターの大柄で引き締まった筋肉質の体を吹き飛ばし、白い箱へと叩き付ける。
「ぐっ……ああ……っ! くそ、くそ、くそっ! 何でだ、どうして僕が追い詰められてる!あんな両腕が使えない餓鬼に、どうして―――――!!」
顔を掻き毟り、狂乱し始めるライターへと俺はゆっくり歩み寄る。
わざと足音を立てるように、強く強く一歩一歩を踏みしめて、間合いを詰める。
「来るな……来るな! くそ、くそっ!」
ライターは地面の小石を持ち上げて、そのまま俺へと投げつけた。しかし、それは俺の纏う蒼い光に当たった瞬間に爆ぜる。ポゼッション・リンクの状態では、もう何も言わずとも[インフィニティ・バースト]を発動させられるようになっていた。
「お前が俺の家族を殺した時。きっと、皆は今のお前と同じような気持ちだったんだろうよ」
ぽつりと、自然と俺の口から声が漏れた。
「だけどお前は構わずに殺した!! 意味も無く理由も無く、ただ無造作に! どうだ、追いつめられる側の気持ちは! 目の前で家族全員を殺された人間の気持ちが、お前にわかるか!」
それは叫びへと、激昂へと変わっていく。
「……知らないよ。知らないよ、知りたくもない! [アマテラス]が最強なんだ、だから他の皆は黙って殺されてれば良い! だから、だから! お前も殺してやるよ、餓鬼!!」
ライターの全身から、白い光が迸る。網膜を焼き尽くしそうな程に眩いその光は、間違いなく[アマテラス]の限界。俺にも鳥肌が走った。
それでも。
ここで、引く訳には行かない。立ち上がって、立ち向かって、一歩を踏み出せ。
「君が!! 僕に!! 勝てる可能性なんて、0%なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
ライターが叫び、その拳を振るった。
それは紛れもない光速。一秒間に地球を七周半する速さの一撃が、一瞬で俺へと迫る。対処なんて出来っこない、回避不能の一撃。
その一撃が、俺の鳩尾を抉った。体が5m程上へと跳ね上げられて、痛みと熱さが俺の意識を焼き尽くす。霞始め朦朧とする意識。落ちていく思考の隅っこの視界に映る、俺の口から出ている真っ赤な鮮血。
致命傷。間違いなく、死亡する一撃。
幾らフィニティの力で身体能力を爆発的に強化しているからと言って、光速の一撃を耐えきれる訳が無い。吹き飛ぶ俺の体から力が抜けて、意識が、消え去る。
敗北。その可能性が、ちらりと脳内に浮かび上がった。
でも。
俺とフィニティの能力は、言ってしまえば可能性の制御。世界のルールを塗り替える能力。
決死の作戦だった。でも、これしか俺達には手が無い。ライターに勝って、涼花を止めるには、これしか、無いッッ!!
「フィニティ……」
死にかけの状態で、出る言葉は小さい。
「フィニティ………っ」
でも。その言葉は確かに空気を震わせ、しっかりと伝わった。そして俺は、咆哮する。
「頼む、フィニティ――――――!!!!」
刹那。
蒼い光が、世界を塗り替えた。可能性の上書き。勝利を確信していたライターがあまりの眩しさに目を腕で覆い、背後の白い箱に背を付ける。
光に包まれた俺は、段々と、段々と変化していき。
やがてそこには、無傷の俺が居た。
10秒間のみ、あらゆる可能性をセレクトしてそのルートを辿れる俺の能力。今やったのは、俺が涼花を助けようとして『聖域総合高等学校』を飛び出さなかった場合だ。そうすれば隼人との戦いもライターとの戦いも無かった事になり、俺の体の傷は無くなる。
だが、これは十秒のみだ。十秒立てば元の死にかけの体に戻り、俺は死ぬ。
タイムリミットは十秒。それで、確実に決めなければならない。
「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺は完全に傷の無い体を空中で強引に捻って、両腕をライターに向けた。
次の瞬間、輝く蒼い光。両腕から迸る蒼き極光は凄まじいエネルギーを巻き散らかして周囲の地面や空気を穿つ。
「ま、まさか―――――」
ライターが呆然と呟いた。その顔が、驚愕に満ちる。
「両腕どっちも大爆発させて、僕と白い箱を同時に吹き飛ばすつもりなのか!!??」
その言葉に、俺は一言だけ簡潔に答える。
「正解だ」
直後、すぐに回避姿勢を取ろうとするライター。横を向いて、膝を曲げようとしたその時にはもう。
――――――遅かった。
「[インフィニティ・バースト]!!!!!!!!!!!!」
そして。天変地異が、始まった。
ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッッッ!!!!!!!!!!
と、連なる二つの蒼光。暗闇に包まれた世界を光が全て塗り替えて、余りの大音量に音が消え去る。五感すべてが吹き飛ばされるレベルの大爆発。
それは、天変地異。
その天災は俺の両腕から撃ち放たれ、そしてあらゆる全てを粉々に打ち砕いた。