無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第四十七話「覚醒」

 声が。絶叫が、俺の喉が張り裂けそうな程に迸った。

 家族全員の死がトリガーとなって、俺の記憶が全て掘り返される。今まで封印されてきたからこそ、今開放した古い普通なら忘れているような記憶が溢れ出す。脳を埋め尽くす膨大な記憶はトラウマを、恐怖を増幅させていく。

 気が狂いそうだ。いや、もう狂っているかもしれない。

 怖い。怖い怖い怖い怖い、『精霊』もライターも人間すらも怖い。生きている事も怖い。

 嫌だという感情が恐怖とトラウマと絡み合って全身を縛りつくす。ライターに、村長の振り下ろした闇の刃が突き刺さり、その光景もまた鮮明に映り俺の心を切り裂いた。

 狂う。自分が絶望に飲み込まれていくのが分かる。

 家族全員が殺されるところ見た。それがトラウマにならない訳が無く、俺は今家族の思い出と死にざまを同時に見ている。記憶が俺を飲み尽くす中で、トラウマは加速して心を壊す。

 見なければよかった。フィニティの言う通りに、やめて置けば良かった。

 でも、今更戻れない。見てしまった、戻れない。

 立ち上がれない。戦うなんて絶対に無理。ライターも[アマテラス]も、憎いけどあいつらとは絶対に戦えない。無理だ、無理だ―――――!!

 

『……式』

 どこからか。

 少女の、可憐で爽やかな風の様な声が聞こえた。

『大丈夫だよ。落ち着いて、ゆっくり深呼吸をして?』

 声に従って、俺は深呼吸をする。鼓動が段々と、ゆっくりと落ち着いていく。

『貴方がやるべき事は? ねえ、式。思い出して?』

 俺の、やるべき事……。

 それは。俺のやるべき事、やらなきゃ行けない事は。

 

 ―――――涼花を、救う事だ。

 ドクンッッ!! と鼓動が高く跳ねる。血が全身を高速で巡り、視界は澄んで脳はクリアになる。荒れていた呼吸も整い、体の震えは消え去っていた。

 そうだ。

 俺は、何のためにここに居るんだ。何のために、わざわざトラウマを掘り返したんだ。

 震えている為? 戦わない理由を作るため? 逃げる理由を作るため? 

 違うだろう。全部全部全部、俺のやる事じゃない。

 動くためだろう。戦う為だろう。逃げない為だろう。

 そして、何よりも。

「涼花を救って、[アマテラス]を……ライターを、倒す事だろっ!!」

 俺は叫んだ。自らの目標を、やる事を理解して、そして決意する。覚悟を決めて、立ち上がる。

 そこは記憶ではなく、白い世界だった。目の前ではフィニティが、泣きながら微笑んでいる。

「……お帰り、式。もう大丈夫?」

「ああ。勿論。ありがとうね、フィニティ」

 白い世界の果ては見えない。無限に広がっている。俺はその無限の世界に、しっかりと自分の力で立っている。俺の前に広がる無限の世界にも可能性にも、全てに手が届く。

 不可能なんて物は、無いんだ。

 『精霊』は怖い。トラウマの事も、思い出すだけで震える。狂いそうにもなる。

 でも、そのお陰で俺は立ち上がれた。自分の気持ちを確かめ、決意をする事が出来たんだ。

 自分自身の記憶を知ることで、自分自身に広がる可能性を知る。そうしなきゃ発動できないフィニティの能力、無限の可能性。

 良いじゃないか。掴んでやるよ。

 [アマテラス]と俺、[フィニティ]。正面からぶつかって、そして。

 涼花を救う。

 ライターを倒す。

 白い世界で、俺はすっと目を閉じた。そして、体から力を抜く。次の瞬間、突然荒ぶる青白い光―――――では無く、蒼い光。空のように、宇宙の様にも見える輝きが俺の体から吹き荒れる。まるで俺を中心にした竜巻の様に高速で渦を巻き、やがて。

 

 俺は、現実に戻っていた。

 霞む視界は鮮明に。ぼやける意識はクリアに。痛みは俺の動きを加速させる重要な物に。

 涼花の居る白い箱が、段々と圧縮されて行っている。ライターへの距離は、およそ30m。殴ろうにも両腕は使えずに、足のみしか使えず、走って跳んでキックするには遅すぎるだろう。だから、俺が今出来る事をやろう。全部を掛けて、

「ポゼッション・リンク」

 俺の前に広がる、無限の可能性を掴もう。

 蒼い光が俺の全身から吹き、渦を巻き、荒れ狂う圧倒的な力の奔流は廃工場の天井や壁を全て吹き飛ばす。粉々になっていく建物の上には、無数の星々が煌めきながら俺たちを照らしている。雲から新月が覗き、世界はより一層、明るくなった。

 ライターが驚いたように空を、周囲を見渡す。突如崩れた廃工場。彼は慌てたように視線を泳がせて、やがて俺を見つけた。

 その顔が、驚愕から狂喜へと変貌していく。まるで俺を煽る様に、彼は白い箱を潰す速度を速めた。

 しかし。

「フィニティ、行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 気合い一声。

 砲声と共に、俺の体からは蒼い粒子が迸る。刹那、俺の左肩から。

 ゴウッ!! と、紅蓮の炎の片翼が生成された。隼人の使っている、[ホルス]という『精霊』の能力だ。

 無限の可能性。その中には、”もしも俺がホルスと契約していたら”という可能性もある。

 その可能性を選択し、俺は今その可能性を辿っている。今、俺は[ホルス]と契約しているのだ。

 隼人の、いや、[ホルス]の翼に30mを貫く威力は無い。だから俺は、翼にフィニティの力を流し始めた。[インフィニティ・バースト]の応用。純粋なエネルギーを送り込まれた紅蓮の翼は強く燃え上がり、やがて紅蓮の炎は威力を強めて蒼い炎へと進化した。

 その片翼を、俺は全力でライターへと撃ち抜く。余りの熱量に触れても居ない地面がどろどろに溶ける熱さ、衝撃波で地面が吹き飛ぶレベルの威力を持ってしての一撃。

 流石のライターでさえも、この攻撃には白い箱を圧縮する手を止めて回避姿勢に移行した。光に包まれ、消える体。蒼炎の片翼の一撃が回避されて、そして翼が消える。

 一つの可能性を辿れる時間は10秒のみ。

 つまりは、俺がフィニティ以外の『精霊』と契約した可能性を辿っていて、そのフィニティ以外の『精霊』の力を使えるのは10秒だけと言う事だ。

 そして可能性とは、そのルートを知らなければ選択できない。

 つまりは、知らない『精霊』の力を使う事は出来ないと言う事。夕張先生や、学校長の『精霊』等は使えない。

 逆に言えば、見たことのある、知っている『精霊』の力は使えるのだ。

 単眼の巨人も。ルテミスも。隼人も。涼花も。鷹野も。人狼も。黒フードも。ライターも。

 だからこそ、『無限の精霊契約者』。

 全ての、無限の『精霊』と契約した可能性をセレクトしその可能性の道を10秒間だけ辿る事の出来る最強の存在。

 俺は今、『無限の精霊契約者』であった。


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