『精霊』への恐怖を忘れ、[アマテラス]の事も頭から消し飛ばす。今自分がやる事は、たった一つだけでいいのだから。
「あと、30秒」
ライターが告げる。いつの間にか、もうそんなに時間が経っていた。
だけど、十分だ。この一撃に、俺は全てを懸ける。そうしなきゃ白い箱は壊せずに、涼花も死ぬ。[アマテラス]を止めるためにも、ここで全力を越えなければならない。
俺はゆっくりと白い箱に近づくと、右拳を強く叩きつけた。重く鈍い音を響かせるも、傷一つ入っていない。そこまでは想定通りで、[インフィニティ・バースト]もこの箱には通用しない。考えられる突破口。それは。
フィニティの力を、直接ぶつける事!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
気合い一声。
叫ぶと同時に、青白い光が渦を巻き俺の右手から迸る。竜巻の様に吹き荒れる光とエネルギーはまるで風の様になり、俺の服や髪をごうごうと荒らす。体の節々がミシミシと軋み、口の中に鉄の味が広がって、目からは鮮血の涙が流れ落ちた。
髪はエネルギーの余波、影響で段々と白くなり始める。血管が浮かび上がり、地面には無数の亀裂が駆け抜けた。
もっと。もっともっともっと。
足りない。力を、己の中に眠る力を全て開放しろ―――――!!
「ああああああああああああああああおあああああおあおあおおああああああああ!!!」
ドグンッッ!
叫んだ瞬間に、心臓が一度高く跳ねて。
直後、俺の視界には燃える家が映っていた。
青白い光に、俺は包まれていた。奥のほうでは、男性が一人倒れて、女性と少女が震えあがっている。
そして、輝く白い一撃を受けて女性は死んだ。吹き飛んだ。
少女も、無慈悲に殺された。呆気なく。
男性と女性、少女を殺した人間は今度は此方へと振り向く。金髪碧眼の男。狂ったような笑みを浮かべながら俺に手を向け、輝いた瞬間。
『[日食]』
声が響いた。男の纏う光を全て食らい尽くす闇が天から雷の様に降り注ぎ、男から光が消える。闇に包まれたそいつへと、闇の淵から現れた紫と白の服を着た老人が告げる。
『”上梨村”に、手を出すな。[アマテラス]」
ザザザッ、とノイズが掛かる。
そして。闇で生成した一振りの大剣を。
上梨村の村長は、金髪碧眼の男へと突き刺した。
視界が戻る。右腕には、最早限界を超えた力が秘められていた。今の風景を疑問に思うよりも先に激痛が脳を焦がす。その衝動に煽られるがままに、俺は最後に、砲声。
「[インフィニティ・バースト]ォォォォォ!!!!!!!」
音も光も痛みも感覚も世界も。
全てを、青白い光が吹き飛ばした。俺の右腕のキャパシティを超えて溢れ出した『精霊』の持つ純粋なエネルギーが何もかもを無に帰し、一瞬だけ世界から全てが消えた。
やがて、激しい痛みと耳鳴り、閃光を直視してしまったからかチカチカとする視界と共に世界が段々と見え始める。吐き気を堪える事が出来ずに、口を開けると、出てきたのは赤い赤い血のみ。
黒々しく星明りに艶めくそれから視線を上げて、俺は白い箱のあった場所へと目を向ける。山一つなら吹き飛ばせるくらいの威力だった[インフィニティ・バースト]。
単純だからこそ使い勝手もよく威力が高い。
かなりの手応えを感じた俺は、少なからずの希望と自信を抱き、霞む目を拭う。両腕が使い物にならなくなり、力なくぶら下がっている中で、段々と砂埃が晴れて。
そして―――――
そこには、白い箱が鎮座していた。
今にも崩れ去りそうな程に亀裂を全体に入れながら。ぱらぱらと欠片を降らせながら。
白い箱は、あった。完全に壊れは、しなかった。
「残念! いやあ、惜しかったねえ。最後の奴を両腕で撃てたらきっとこの箱も壊せただろうに。まあ、何はともあれ」
ライターが座っていた状態から立ち上がり、白い箱と俺の間に立つ。呆然と崩れ落ちた俺へと、ライターはにっこりとほほ笑んだ。
「時間切れ。僕の勝ちだ」
そして、鳩尾を凄まじい一撃が貫いた。回避も受け身も、一瞬の身じろぎさえも許されない。痛みさえも霞むレベルの一撃を受けて、俺は大きく吹き飛んだ。30m程を、地面に何回も体を打ち付けて朦朧とする意識の中で、やがて止まる。
もう、体は動かせなかった。
もう、動く気力さえも無かった。
結局俺は[アマテラス]に負けて、[ツクヨミ]を助ける事ができなかった。せめて、せめて俺がもう少し強かったら。
これで、涼花は死ぬ。[ツクヨミ]も死ぬ。そして『無限の精霊契約者』が蘇り、全ての『精霊』の力が使える存在の手によって少なくともここら一体は壊滅する。隼人も夕張先生もルテミスも、そして恐らくは上梨村の皆にも被害は届く。
日本だけでなく、世界中に。
人間を超えた力を持つ『精霊』の手によって。無限の『精霊』によって。
ライターが、揺れる視界の奥で白い箱に手を翳した。すると、徐々にギギギとゆっくりゆっくり箱が圧縮されていく。
どうやらライターは涼花を押しつぶすつもりらしい。惨いやり方。
……もう、無理だ。諦めるしかない。
自分が情けない。でも、動けない俺はこのまま死を待つしか無いのだろう。
ああ。せめて。
せめて。
―――――ポゼッション・リンクが出来たのなら―――――
心の中で、ぼんやりと思う。動かない血まみれでぐちゃぐちゃの両腕から伝わる熱いような痛いような、そんな不可思議な感覚を味わいながら、俺は目を閉じた。