その声は校舎と校舎の間に反響して、俺の耳をつんざく。
単眼の巨人の振り下ろした拳。
それは何故か、血まみれで潰れていた。
俺自身、何が起きているかわからない。ただ、左手の痛みも忘れるほどにその光景は衝撃的で、俺の脳を麻痺させている。
絶体絶命だと思ったその瞬間に、単眼の巨人は絶叫している。
その一瞬に、何があったのかが理解できない。黒い目を見開く中で、そして俺は気づく。
首に下げていた、母親の形見のペンダント。それに付いている赤い宝石が、強い白の輝きを放っている事に。そして、その光に当たった巨人の拳が砕けた事を俺は直感的に理解する。
いや、砕けたというよりも内側から爆散した様に見える。
五指が全てぐちゃぐちゃになって、剥き出しの筋肉の間からは『精霊』の鮮血がだらだらと垂れていた。それは地面に落ちて大きな赤い染みを作って、潰れた拳の痛みを紛らわすかのように巨人は叫び続けている。
赤い宝玉から放たれ続けている白い光はまだ消えない。俺は右手でペンダントの鎖を首から引きちぎるようにして取ると、寝っ転がったままそれを大きく巨人に向かって投げつけた。
ひゅん、と空を切って飛んだ赤いペンダントは巨人の右足にぶつかり、その白い光が足を飲み込む。
その瞬間、再び巨人の右足は内側から爆散した。まるで水風船に水を入れ過ぎた時のように、膨れ上がった足は血肉を派手にぶちまけながら破裂する。
そして崩れ落ちる巨人。文字通り膝を地につけて、巨人は俺に攻撃する事すら出来ずに断末魔を上げ続ける。響き続ける悲鳴が俺の鼓膜を破りそうなほどに大きく聞こえる中で、その轟音を切り裂く一つの声を俺は聞いた。
「撃ち抜け、[アルテミス]」
それは、聞いた事のある声。
俺を覆い尽くしたまま叫ぶ巨人の体に、無数の緑色に光っている矢が突き刺さり、貫通する。
幾つもの風穴を開けながら、矢は続けざまにドンドン撃たれる。巨人は全身を貫かれて、今度は大きく叫ぶ間も無く、その巨体を横に倒した。
ずううん……と地響きがして、弱く地面が揺れる。周囲に落ちている地面の欠片、壊れた校舎の瓦礫を幾つも潰しながら巨人はやがて息を止め、その姿を無数の光の粒子と変えて消滅した。
それを倒れたまま呆然と見ている俺の前で、ペンダントの白い光はふっと消える。
巨人が消え去ったそこには、一人の男性が倒れていた。『精霊』を操っていた、”人間”だ。
突然終わる激戦。砂煙が漂う中で、倒れている巨人を使っていた男の元へ誰かが歩み寄った。うっすらと見えるその人は、倒れている男性へ向けて弓を引き絞り。
あっさりと、無慈悲に一発撃ちこんだ。
一回だけ、気を失っていた男性の体がビクンと跳ね上がる。地面に強く体を打ち付けた男性を何秒か見つめてから、人影が手を振ると大きな弓は消え去った。
どうやら男性を撃った人は、敵ではないらしい。巨人を倒して、俺には見向きもしなかったから。味方とは言えないけど、きっと今すぐに俺を殺そうとはしない筈だ。
そんな事を考えている内に、人影は男性を気にもせず俺へと歩み寄ってきた。
かつ、かつと音高く靴底を地面に打ち鳴らし。そのツインテールを揺らしながら、人影は俺へと歩み寄ってくる。
砂煙で姿はうっすらとしか見えないけど、その小柄な体と髪型から少女だと予想できる。
「……この状況は『普通学科』のこの人が『精霊』と契約している人相手に右手と右膝から下を吹き飛ばす善戦をしたと仮定。しかし、それは余りにも現実性が無いと否定。どういうことでしょうか」
凛としている、淡々とした声が俺の耳に響く。
「そしてこの人は先程の馬鹿だと結論が出ました。本気見せろとは言いましたけど、頑張りすぎですねと嘲笑。しかし生徒会として、見逃せないと結論が出ました。最悪です」
酷い事を言いつつ、少女は俺への真上へ立った。
失血で霞んだ視界の奥で、生徒会の腕章を巻いている銀髪赤目の少女は俺へと手を伸ばす。
「大丈夫ですか? ……と手を差し伸べても、これじゃあ立ち上がれませんね。暫く眠っている事を推奨します。その方が楽ですし」
見える、紺色の制服。『精霊学科』の生徒だ。
確認できたのは、そこまでだった。
俺は少女の声に誘われるように、目を閉じる。左手は痛みよりも熱さが勝っていて、逆に全身が冷たくなってきている。
気怠い脳。瞼を閉じれば、俺は自然に眠りへと誘われた。
落ちていく。落ちていく。
遠くに聞こえる喧騒を、ぼやけた思考で捉えながら、俺は深く深く落ちていった。
ふっふっふ!!
ここで覚醒はしないのでしたーー!!!(殴