「……[アマテラス]を止める。それが、私の義務なの」
涼花は静かに、そう言い切った。
俺の思考を断ち切る一言。涼花は作業に戻り、口は真一文字に引き締められている。やはり、踏み込むには少し覚悟と遠慮、考えが足りなかったのだ。
手を再び動かし始め、俺たちの中には会話が始まらずに。
やがて数十分が経ち、涼花は俺よりも速く作業を終わらせると何も言わずに立ち去った。俺は作業を止めて、懐中電灯とランプを消した。
そのまま地面に寝っ転がり、暗い夜空の星を見上げる。雲に隠されている新月に手を伸ばし、ゆっくりと地面に落とした。
「……フィニティ」
小さく、問う。
「俺は、いつになったらポゼッション・リンクが出来る様になるんだ?」
[アマテラス]を倒す理由が、俺には無い。
出来る事も何も無い。
だから、その素性も知らない[アマテラス]を倒す理由が出来た時に。せめて、出来る事も増やしておきたい。そんな思いからの質問に、脳内で息を吸う音が聞こえて、
『……そうさなあ、式がポゼッション・リンク出来ないのは、実は爆発するとかそういう理由ではなくてね』
今までの言い訳を嘘と認めたフィニティは、更に告げる。
『式自身に理由があって。……で、それが理由で『精霊』に恐怖心を抱いてるんだよね』
「俺自身の理由?」
オウム返しをすると、彼女は少し唸った。悩む様にんーと唸り続けて言葉を発さないまま一分くらいが過ぎて、ようやくフィニティは話し始める。
『昔ね、式がまだ小さい頃に―――――――
次の瞬間。
ドゴォオオオオンン………!!
何かが轟音を轟かせて、爆ぜた。体が芯から揺さぶられる感覚に陥り、慌てて俺は起き上がる。フィニティの言葉は途中で切れていた。が、彼女は代わりに急いで言葉を紡ぐ。
『寮だ! 式、急いで寮に行って!!』
「分かった!」
見れば、畑のすぐ後ろ――――俺の住む寮が、無数の大きな瓦礫となって落ちてきていた。
振り向いた俺の目の前で、火花が散り無数の叫び声が聞こえる。耳をつんざく大音量が寧ろ俺の足を止めず、直ぐに俺は全力で駆け出した。
助けられる人は? 目視で何人だ?
……いや、悪いけど『精霊学科』の人間は無視だ。それよりも『普通学科』の人を優先しろ。
制服の色は紺色。しかし、この暗闇では区別は付かない。
俺の視界で、何かが、重なる。
叫び声。明るい炎。落ちてくる大きな瓦礫。命を失いかけている人々。
体が震えて、膝から崩れ落ちる。奥歯ががたがたと音を鳴らし、見開いた目で俺は降りゆくコンクリートを見続ける。動けない動けない動けない、動けと叫んでも体は震えるばかり。
どうしてだ、どうしてなんだ!? 俺は目の前で人が死にかけているのを見た事が無いだろう!? 何で、何でこんなにも怖いんだ。轟音が、炎の匂いが、叫びが恐怖に歪んだ顔が暗い空に舞う少なくない鮮血が。
全てが俺の脳髄を焼き切って、支配する。その寮の中心に、光の柱が突き刺さり。
「……あ」
見えた。光の柱から放たれた白い極光に、涼花の後ろ姿が照らし出された。
それは寮とは逆方向、正門の方向へと向かっている。それを確認した瞬間に、俺は理解する。
「これは……これは、この惨事は……!」
瓦礫が地面に落ちる。欠片が飛び散って、俺の頬を切り裂いた。
「[アマテラス]のやった事なのかッッ!!??」
許さない。許せない。考えるよりも先に、本能がそう咆哮した。
どこかで、「またか」と俺が叫んでいる。[アマテラス]の事なんか何も知らないのに、どうしてか憎しみが止まらない。まるで親の仇でも見つけたかのように荒れ狂う感情の波を沈めて、震える体を強く叩き俺は駆け出した。
涼花を追いかける。怪我人に見向きもせずに駆け出すなら、それに見合う理由がある筈。
少なくとも、涼花は自分だけ逃げるような人じゃない。それだけは断言できる。彼女は優しすぎる。純粋で真っすぐだからこそ、[アマテラス]に執着し[ツクヨミ]の使命を果たさんと血の滲む努力をしている。
走れ。
駈け出せ。
夕張先生の話は。涼花から聞いた話は。フィニティとの成長は。ルテミスとの鍛錬は。
全てが今この時の為だったんだろう。そうだろ、夕張先生。学校長!
そして理解する。涼花と俺でなければならない理由は、ただ一つ。
俺が切り捨てた可能性。ポゼッション・リンクが出来ないからこそ気づけなかった真相。確かめたわけではないが、恐らくきっとこれが「真実」。
地面を蹴り飛ばす。ジャージ姿の、泥まみれで。
俺の走る先に、一人、『普通学科』の生徒がいた。その上から降って来ているのは、巨大な瓦礫。足を怪我したのか座ったまま動かない生徒を見て、俺は拳を握りしめた。
「フィニティ」
俺がポゼッション・リンク出来ない理由とかはどうでもいい。今は。
この瞬間は、違うことをやれ。俺の使命は、ただ一つ。
「行くぞ」
『うん!』
出来る事を、やるだけ!!
「ステイ・リンク!!」
青白い光が俺の体を包み込む。グン! と加速した俺は生徒の真上にあった瓦礫を右拳で殴り飛ばして、そのまま地面に着地。
「ごめん、黒髪の女子生徒見なかった!? 走ってた子!」
「え? あ、そ、それなら正門の方向に行ったぞ……?」
「分かった、ありがとう!」
「こ、こっちこそ!」
今のではっきりした。涼花は、先生を呼びに行った訳ではない。寮から先生達の居る校舎までは正門の前を通らなくても行けるのだ。緊急時だから焦ってる、という割にはちらりと見かけた後姿は迷いが無さ過ぎた。
追いかけろ。追いつけ、そんでもって俺が出来る事をやるんだ―――――
俺は駆ける。あっと言う間に寮は遠ざかり、正門が近づく。気が焦り、荒い呼吸を繰り返しながら走り続けて。
正門に、辿り着いた。
一回そこで足を止めた俺は、汗を拭って覚悟を決める。後戻りは、もう出来ない。
意を決し、俺は一歩踏み出した。
その、次の瞬間。俺の目の前に、炎の翼が突き刺さる。紅蓮の炎が闇に輝き、背後からは声が一つ。
「……どこへ行くんだ?」
その声の主は、振り返らずとも直ぐに分かる。
隼人だった。