『よし、おっけーかな? じゃあ式』
脳内でフィニティが呟く。爽やかな風が吹き抜ける様に、彼女の声は俺を後押しして。
俺は駆け出す。そして、フィニティと言葉を揃えた。
「『―――行くよ』」
右拳に巻いてある包帯を取る。現れるのは赤い血が滲んだ拳。自ら弱点を晒す行為に、隼人は寸分の狂いなく炎の翼を打ち込む。
その直線的な軌道を、俺は真横に回避。そのまま走り始め、どんどん隼人との距離を詰めていく。今や観客席から雑談は聞こえず、全員が俺と隼人の模擬戦を見ていることが分かる。隼人が二回目の翼を振るい、それもまた回避。二連撃をしたことによって萎んだ炎を瞬時に引き戻し、隼人は大きく溜めて、溜めて、炎を凝縮し始める。
近づけば、瞬く間に燃やされる。吹き飛ばされる。正に、必殺の一撃。
隼人は中距離から近距離まで攻撃が出来るが、俺は近距離でしか戦えない。それを考慮して理解した上で、大きく隙を曝け出しての溜めなのだろう。
だけど、それは今の俺には通じない。必殺技なら、俺にだってあるのだから。
一層姿勢を低く、重心を前にして加速する。右側の壁に足を付けて、そのまま『精霊』によって強化されている身体能力を存分に使って壁を走る。走る。走って、天井近くまで辿り着く。
「壁を走った……!?」
観客席で、誰かがぽつりと漏らす。強化された身体能力と重心の移動を駆使すれば、15m程の壁を上るくらいなら何とか出来る。
隼人と俺の視線が交錯する。火花を散らし、お互いに体を限界まで捻って力を凝縮し。
次の瞬間、轟音が二つ鳴り響いた。
一つは、俺が壁を蹴って隼人へと重力による加速も含めた超高速の突撃をした音。
一つは、隼人がずっと溜めていた圧縮炎を解放し、炎を強く燃え上がらせた音。
その時点で、観客席からは気の抜けた声が聞こえた。常識から考えれば、人体が炎に勝てるわけがない。生身で制服。特に何の変哲もなく、しかも俺は『精霊』の力を最大まで発揮する事の出来ないステイ・リンクしか出来ない。
そして、まだ俺を注視し続ける人達は気づいている。
俺の右拳が、他の体の部位よりも強く青白い輝きを放っている事に。そこに秘められた力は、凄まじい量と言うことに。
圧縮炎の槍が、俺へと迫る。
その槍の先端へ向けて、俺はずっと溜めていた力を解放した右拳を叩き込む。宙に青白い輝きの軌跡を描き、槍と拳が衝突したその瞬間―――!
「[インフィニティ・バースト]!!」
俺は、叫んだ。
刹那、炎の大槍が青白く輝く。炎が飲み込まれ、一瞬拳と槍がせめぎ合い、
爆散した。
圧縮されていた炎が、空中に溶けるようにして掻き消される。一撃で、たったの一撃で全力の一撃が霧散する。
器を超える力を流し込み、容量オーバーで爆発させる。そんな単純な技。しかし、単純だからこそ大体どんな物にも効く。それは炎でさえ例外ではなく、破裂さえすれば俺にダメージを与えることは不可能。
最大の矛であり、最大の盾。地面に降り立った俺は、呆然と立ち尽くす隼人の腹部に向けて掌底を放つ。ルテミスから教えてもらった一撃を喰らい、隼人は2m程後ずさった。
「[インフィニティ・バースト]……!? ステイ・リンク状態で『精霊』の力を使った必殺技を編み出しただと……!」
「俺と契約している『精霊』は、どうやらかなり強い『精霊』みたいで。それにあの技は単純だからね。対して『精霊』の力は使ってないし、拳を傷つけてなきゃ使えないから結構条件は厳しいよ。炎の翼に比べたらまだまだだよ」
「翼を破壊して、今俺に一撃を与えたのに良く言うなあ」
「本音だからな」
じり、と細かく隼人は間合いを測るが、それを気にせず俺は一気に飛び込む。慌てて肉弾戦に持ち込む隼人だが、その一挙一動に含まれている殺気を読み取り、俺は軌道上から身を逸らす。
回避に専念しなければ隼人の攻撃は回避できないため、俺も回避以外の行動はできない。
無論、攻撃もだ。どちらかの体力が尽きるか。それだけの勝負になっている中で、隼人が炎の翼を至近距離で放つ。
それに右手を当てて、一瞬の静寂。直後に爆散し、散った炎の目隠しの奥から、隼人の拳が俺に向けて穿たれる。
相手が見えていない状況での奇襲。戦法としては基本だが、鋭い攻撃力を持つ良い判断。
が、それは何回も何回も何回もルテミスにやられている。それに比べれば、隼人の攻撃は素人同然。殺気を感じて、飛び出してきた拳を左手で受け止める。そのまま俺は低く低く踏み込み、拳を軋むほどに強く握った。
炎の残滓で視界が悪いのは両者同等の条件。振り絞る力。筋肉が伸縮し、一瞬の溜めの直後に俺は拳を下から隼人へ向けて撃ち抜いた。
しかし、流石隼人と言うべきか。その拳に向けて、咄嗟に炎の片翼を打って威力を相殺しようとする。拳と翼が衝突し、
「[インフィニティ・バースト]!!」
俺の叫びの直後に、拳と押し合っていた翼は爆散。
真下から体の捻りを全て使って拳を打っていた俺の勢いは止まらず、そのまま隼人の鳩尾へを穿たんと拳は一直線に空を貫く。
バックステップで回避しようとしても、時は既に遅い。
握りしめた拳を更に強く、爪まで食い込ませて――――
ズドン!!!
と、硬い手応えと衝撃が俺の拳に伝わってきた。