無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第三十四話「意思」

「うし、終わったねー。じゃあ次、隼人と……式君、行ってみよっか」

「え」

 突然、夕張先生に呼ばれて俺は声を上げる。

 しかも、相手は隼人。俺が惨敗した、その相手だった。

 めんどくさそうに隼人は立ち上がって、俺の前を通って下に降りる。戻ってきた涼花と入れ替わるようにして彼は直ぐに下の白いコンクリートに引かれた青いラインの上へと立った。

 手汗が、じわりと滲む。戦った日の事が鮮明に浮かび上がって、俺を観客席に縛り付ける。

「……式?」

 立ち上らない俺を見て不審に思ったのか、涼花は隣に座りながら俺に話しかけてきた。その声で我に返り、弱弱しい笑みを浮かべて立ち上がる。ゆっくりと、気分が乗らずに歩む足は遅い。一分後、やっと青いラインに立って俺は隼人と向き合った。

「じゃあ、始めるよー!」

 夕張先生がリモコンを操作する。カウントが鳴り始めて、俺は奥歯を噛みしめた。

 負けるだろう―――そんな感情が、俺の中で渦巻く。そしてそれは観客席で見ている生徒達も同様で、彼らは雑談を始めていた。

 俺だってそう思っている。ルテミスとの鍛錬で、隼人に勝てるくらい強くなっている訳がない。負ける。怖い、嫌だ、戦いたくない。ネガティブな思考と共に、一撃で負けたあの日の事が蘇る。

 圧倒的な差を感じた。越えられないと思った。

 絶望しか、無かった。

 俺の全力は難なく受け流されて、本気の片鱗も見せてない一撃で俺は倒れた。敗北した。

 勝ちたいと思わない訳ではない。無論、勝ちたい。でも、勝てない。それが分かり切っているのに、勝利へ手が届く訳が無い。縮こまった体で、俯いたまま、視線だけを隼人に向ける。

「……雑魚相手じゃあ、興も乗らねえ」

 隼人が、呟いた。皆には聞こえない声量で、俺を雑魚と言い切る。首の骨を鳴らしつつ、オールバックの髪を撫でつけて、乱雑に着ている制服の袖を捲った。

「ま、せめてサンドバッグには成れよ? ステイ・リンクしか出来ない雑魚野郎」

 お前に興味はない。だからせめて、ストレスを解消させろ。

 その意思が、雰囲気にまで漏れ出し俺の肌を刺す。俺を睨みつける視線は鋭く、それも相まって俺の士気は更に落ちた。

 矢を回避してタッチするだけ。一方的にボコボコにされる模擬戦。

 たったそれだけで、本当に強くなれるのか? いや、成れる訳がない。『精霊』と契約してまだ日が浅く、ポゼッション・リンクも出来ない。

 隼人は強い。成績も優秀で、戦闘では恐らく負けなし。涼花とも良い勝負をするであろう彼には、せめてポゼッション・リンクを使って挑みたかった。

 拳を弱く握って、爪が浅く手に食い込む。カウントが刻まれて、俺の気分は落ちていく。

「3」

 ああ、嫌だ。負けるのは。どうせ紅蓮の片翼に吹き飛ばされて、俺は終わるのだろう。

「2」

 降参とかありなのだろうか。負け試合を見てて、観客席のクラスメイトに勉強になるか?

 さっさとこんな戦いを終わらせて、涼花と隼人の模擬戦を見た方が良いに決まってる。

「1」

 ……ああ、始まる。

「0」

 カウントが0を刻み、俺と隼人は同時に口を開く。

「ポゼッション・リンク」

「ステイ・リンク」

 漏れたのは、お互いにやる気のない小さな声。青白い光が俺を包み込み、隼人は最初っから全力だとでも言うかのように背中に炎を巻き上がらせて、そして片翼を生成した。

「……行くぜ、サンドバック。精々吹き飛んでくれよ!」

 隼人は荒々しく獰猛に犬歯を剥き出しにして叫ぶ。左手を大きく後ろに引き絞り、鋭く前に突き出した。

 その瞬間、片翼は左手と動きを共にして紅蓮の槍となって俺へと飛翔する。

 空を裂きながら酸素を食らい尽くし、唸りを上げる炎の大槍。熱風を撒き散らしながら隼人の片翼から伸び続ける槍の先端は、鋭利な槍そのもの。

 炎に焼かれて、そのまま貫かれる。

 それこそが自然な未来。誰もが描く、予定通りの現実。俺だってそれを疑わなかった。凄まじい熱風と速度を以てして俺を貫かんと迫る大槍は渦を巻き、無防備に立ち尽くす俺へと迫る。戦う意思の無い俺に、数人から野次が飛んだ。

 しょうがないじゃないか、と俺は心の中でぼやく。お前らは回避できるのか、と心中で叫ぶ。

 だけど。その中で、二つだけ。小さな声だけど。

 確かに、俺を応援するかのような声が聞こえた。

「式、頑張って!」

「およおよ、式君はそんなものなのかなあー!?」

 片方は涼花だと直ぐに分かった。そんなに声の大きくない彼女が必死に声を振り絞り俺へと声援を送っている。

 そして、もう片方は夕張先生。挑発するように、明らかに楽しんでいる先生はにやにやしながら俺を見ている。ブーイングが飛ぶ中での、俺を信じた二人の声援。

『……だってさ、式。ねえ、こんな所で挫けるないでさ、少し前を見てごらん?』

 フィニティが、優しく言葉を紡ぐ。

 その言葉に従って、涼花と夕張先生に後を押されて。俺は俯いていた顔を、そっと上げた。

『式』

 フィニティが、俺の名前をゆっくり呼んだ。そして、面白そうに、試すような声音で俺に尋ねる。

『あの程度の技は、もう回避できるでしょ?』

 その瞬間、俺は地面を蹴っていた。

 ドオン!! と真横へスライドした俺は、自身の咄嗟の動きにまず驚愕する。驚くのも束の間、俺の居た場所を貫いた大槍は壁へとぶつかり、少しへこませた。

「なっ……!?」

「大槍を、回避しやがっただと!?」

 生徒数人が身を乗り出して声を上げる。隼人自身も思わず、と言った風に口を開いていた。

「お前……何をしたんだ!?」

 俺自身、分からない。横に移動したのは分かってるんだ。ルテミスの矢を躱す為に練習した、高速の真横へのスライド。ただそれだけの単純な動き。

 それなのに。それなのに、俺は今隼人の翼を回避した。それも、大分ギリギリの状態で。

 何が起きたか、俺自身が一番分かっていない。自身の青白く光る体を見渡し、俺は隼人へと目を向けた。

 その時には、再び襲い掛かってきている炎の翼。

 速い。いや、少なくとも一週間前までその紅蓮の片翼はとてつもない速さに見えていた。

 だけど、今の俺には遅く見える。ルテミスの矢よりも、全然遅い。再び真横にスライドして回避すると、地面を抉った炎の翼が一瞬揺らいだ。

 予測に過ぎないが、あの翼は二連撃が限界らしい。隼人が再び背中に伸ばしていた炎を戻して、再生成する。

 見える。はっきりと、わかる。

 攻撃は視認できる。ゆっくりとまで見える片翼の一撃は、今の俺にとって脅威ではない。

 そして、殺気も視えた。ルテミスに鍛え上げられた、矢の軌道を殺気の向きから予測する技術。どんな攻撃にも、それには明確な目的と相手を傷つける意思の塊である殺気が宿っている。

 その殺気を感じ取れ。殺気を読み取って、その路線上から回避しろ。

 ルテミスの教えが、活きている。たった一週間の指導で、はっきりと体に染みついていた。

 負ける筈の未来が、少しだが薄れる。希望が見えて、俺は右拳を強く握りしめた。

 戦える。

 『精霊』は怖い。負けるのも怖い。戦いたくない。

 でも、一歩踏み出せ。恐怖は捨てて、勇気を振り絞れ。

『よし、おっけーかな? じゃあ式』

 脳内でフィニティが呟く。爽やかな風が吹き抜ける様に、彼女の声は俺を後押しして。

 俺は駆け出す。そして、フィニティと言葉を揃えた。

「『―――行くよ』」

 


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