無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第三十三話「技名」

慌ててルテミスは矢を番え、放つ。が、それも右拳と衝突し、押し合った一瞬後に炸裂した。

 もう俺と彼女の距離は無い。右手を伸ばし、ルテミスの肩に手を乗っけて。

「……やっと……捕まえた……!」

 息も切れ切れに、そう、荒い呼吸と同時に言葉を吐いた。

 暫くの静寂の後に、ルテミスがゆっくりと口を開く。

「見事です。……力の入れすぎによる爆発を、故意に起こすとは。昨日までは無かった技術ですね」

「夕食よりもちょっと前に、ね。実戦で上手く行くかは心配だったけど、何とか出来て良かったです」

 呼吸を整えつつ、少し笑みを浮かべながら汗を拭う。塞がりかけていた傷が矢と衝突し再び開き、ぽたぽたと血が垂れ始めていた。

「……段々と成長していますね。で、今の技の名前は?」

「名前?」

「ええ。決めてないのですか?」

「いや、決める必要が無いと思ってて」

「……馬鹿ですね」

 ルテミスは声を低くして呟く。赤い瞳が、怒りを宿し俺を睨み付けた。

 突然様子の変わったルテミスに驚き少し後ずさるが、ルテミスはそれを許さず俺へと詰め寄る。

「良いですか、名前を決めるのにも重要な役目があります。例えば、白くてふわふわしている物は何ですか? と聞かれたときに、貴方は何を思い浮かべますか? 思い浮かんだ物全てを言ってください」

「え、えーと……雲、わたあめ、綿、毛玉、羊毛とか」

「そうですよね。では、わたあめと聞いて思い浮かぶものは何個ですか?」

「一個でしょ?」

 当然だろう、という意味も含めてそう言うと、ルテミスは呆れた様子で説明を始める。

「そうです。人は自分の動きを脳でイメージして、体に伝えて、やっと動ける。そのイメージする時間を短縮するのには、名前を決めるのが一番手っ取り早いんです。曖昧なイメージでは、浮かぶものが沢山あります。ですが、名称の付いた物なら一発でそれがイメージできる。技に名前を付ければ、一発でそれが出来るという事なのです」

 俺の爆発させる技の弱点。それは速度。

 その速度を短縮するための手段の一つとして、名称を付けるという選択肢が存在すると言う事らしい。

 力説を終えたルテミスは一息付くと、赤い瞳で俺を見据えて、小さく呟いた。

「……後、カッコいいですし」

「それが本音だったりしません……?」

 顔を逸らしたルテミスとの鍛錬は、今夜はここで終了した。この後はお風呂に入り、包帯を右手に巻いて寝るだけ。

 新たな技の名前を考えつつ、成功した喜びの余韻に浸って、俺は床に就いた。

 

 それは、暗い暗い廃工場の中だった。薄汚れた建物の内部にはスプレーの落書きが沢山あって、埃の舞う中で一人の青年が佇んでいた。

 闇の中でも煌めく金髪に、黄金の瞳。青年は整った表情を歪ませ、口を開く。

「そろそろだ」

 歓喜に震えた声。天を仰ぐように、彼は胸を反らす。

「[イザナギ]で[イザナミ]を殺して、冥界の門を開く。夕張と『聖域総合高等学校』の地下に[イザナギ]はある。……ああ、上手く行く。絶対に、僕の行く先に光はある」

 恍惚とした表情で。金髪を揺らして。

 地に膝を付き、彼は工場の天井に空いた穴から見える、満月から欠け始めた月を仰ぐ。

「待っててくれ、『無限の精霊契約者』! その『精霊』、[フィニティ]よ!!」

 かくして、夜は更けていく。

 不穏な風と共に、流された雲は月明りを遮った。

 

 技が完成してから、一週間が経った。

 技名も決まって、速度は確かに速くなったが、最近めっきり精霊実技で戦えない。夕張先生は俺以外の人を当てて、最近は全然戦えない日が続いていた。それでもルテミスの鍛錬は毎晩あって、そっちでは最近本気の組手が始まっている。

 勿論と言うと悲しいが、全戦全敗。矢に対応するのが難しく、一方的にやられ続けている。

 今は精霊実技の最中。下では涼花と女子生徒が戦っていた。

 こうして見ていると、自分が強くなったからなのか戦っている人の力量差がある程度分かるようになった。そしてその中で、矢代涼花はずば抜けて強い。

 誰よりも速く、誰よりも重い一撃を放つ。遠距離、中距離、近距離、どれをとってもクラス内最強。

 一体どれだけの修練を積んだのか。戦闘中の一歩からでさえ、血のにじむような訓練の風景が垣間見えるほどに、彼女は強かった。勝利に固執していた。

 何がそれほどまでに彼女を縛るのだろうか。その考えは、俺の思い違いなのだろうか。

 涼花に直接聞くのも憚れる。俺はぼんやりと、今日も先生に呼ばれる事は無いんだろうと思いながら席に座ったまま柵に体を預け、涼花の戦う姿を目で追い続ける。

 紫と白の巫女服に狐耳。最初こそはざわついたが、今や皆慣れてしまっている。

 華麗に舞う黒髪。女子生徒の纏っていた岩の鎧を掌底で破壊し、紫紺のオーラを纏った手刀で涼花は少女を気絶させた。

 やはり、強い。一連の流れには無駄な行動一つなく、流れる様な動作は美しい。

「うし、終わったねー。じゃあ次、隼人と……式君、行ってみよっか」

「え」

 突然、夕張先生に呼ばれて俺は声を上げる。

 しかも、相手は隼人。俺が惨敗した、その相手だった。


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