直ぐに俺は、右拳を木に叩き込んだ。ルテミスに基本を叩き込まれ、強化された拳は木を大きく軋ませ、揺らす。代償として、俺の拳は少し擦り剥けた。
拳を木に叩き付け、押し当てたまま、俺は力を右手に集め始める。さっきの何倍も速く力は器の壊れている部分へと収束し、そこから流れ出て。
直後。
ドバアアンッッ!!! と、木が炸裂した。吹き飛んだ木の欠片が空から地面に降り注ぎ、青白い光が一瞬強く輝いたのを俺はしっかりと確認していた。
成功。
右拳から滴り落ちる、少量の鮮血。それすらも気にならないほどに、俺は喜びに震えていた。
「……やっ、た……!」
感じたのは、確かな成長。今までステイ・リンクで身体能力を強化して、肉弾戦をする事しか出来なかった俺が得た、初めての必殺技。
これがあれば、ポゼッション・リンクの技や生成される武器にも対抗できる。
フィニティの身体能力と、俺自身の器を壊し敢えて力を漏らす事で物体に力を流し込み内側から爆散させる技術。
この技術をもっと磨き、速度をもっと速めれば更に強くなる。触れた瞬間に爆散する。
理想はこれだが、今のままだと触れてから三秒は掛かる。それじゃあ遅い。
脳内で思考を巡らせつつ、冷静に分析する。しかし、体を高揚させる感情は未だに収まらずに、昂っていた。
血の滴る右拳を構えて、違う木の前へと立つ。体を捻り、地面を蹴り飛ばすと同時に拳が真っすぐ木に突き刺さった。木を震わせた拳が青白い光に包まれ、一瞬大きく輝く。すると、さっきよりもほんの少しだけ速く木は爆散した。青白い光は収まり、拳を突き出した姿勢のまま俺は佇む。
結局、食堂に行ったのは食堂が閉まる二十分前。
右手には包帯が巻かれていて、だけど俺は必殺技の切っ掛けを手に入れた嬉しさに笑みを零していた。
夜の九時。毎日続いている鍛錬を受けるために、俺は訓練室へと一人向かっていた。
右手に巻かれた包帯をいじりつつ、女子寮の一階の奥へと歩いていく。扉を開けばもうルテミスは居て、一人静かに立っていた。
「こんばんは」
「……来ましたか。こんばんは。では、早速始めましょうか」
俺が声を掛けると、無表情のままルテミスは返してくる。そのまま青いライン上に立ち、ルテミスはポゼッション・リンクした。
ルテミスは俺の予想通り、弓を武器にしている。
瞬時に生成される緑と金の大弓に、どこから生成されるのか分からない矢。百発百中の命中精度をほこり、時々矢は風を纏って軌道を変え、加速し、威力を増す。夜の鍛錬内容は、ルテミスの放つ矢を躱して前に進んでいき、ルテミスにタッチする事。
簡単な様で、難しい。どこに居ても襲い掛かってくる矢を避けるには、寸前で回避しなければならないし、風で軌道を変える矢はどこに行くか予想できない。
因みに俺は、今までたったの一本も回避した事が無く、惜しい所まで行くも矢からは逃げ切る事が一回も成功していないのが現状。
今日こそ。技を手に入れた今日こそ、成長を見せる時。
ルテミスが弓を生成し、赤い瞳で冷淡に俺を見つめる。姿勢を低くして、重心を前に置く基本姿勢を俺は取った。
「3」
カウントが始まる。
「2」
緊張感が、ルテミスの声とともに高まっていく。拳を強く握りしめて、俺は地面を蹴りだす準備をした。
「1」
息を吸い込む。
「0」
「ステイ・リンク!!」
カウントが0を刻んだ瞬間に俺は大きく叫び、そして駆け出した。
周りの景色が飛んでいくような、爆発的な加速。低い姿勢のまま走る俺に向けて、ルテミスは矢を放った。
風を纏い、鋭く回転する矢を屈めて避けようとする。が、風で矢の軌道は変わる。
自ら矢の軌道上に飛び込んでしまったかの様になってしまった俺は、この状況を見て笑みを浮かべた。
何回もこの状況で俺は負けている。言い換えれば、どれがダメなのかは分かり切っている。
ダメなのがどれか分かれば、必然的に残りの選択肢に正解がある。授業中、脳内で考えてノートに書いて試行錯誤した結果は、真横。
屈んだ状態から、直角に真横へと避ける。スライド移動の要領での回避に、幾ら風を纏っていても矢は流石に九十度曲がる事はできない。
やっと、やっと一本回避できた。今まで出来なかった事が出来た喜びも束の間、俺は直ぐに走り出す。大弓を構えるルテミスは、珍しく笑みを浮かべていた。だが、その笑みは俺が回避を成功させた事への笑みではなく、寧ろ挑戦的な獰猛な笑み。
ドドド!! と、三本が連続で放たれた。
「嘘だろ!?」
思わず叫び、目を見開く。一本目を再び真横に回避して、二本目は回避しようと体を倒すも頬を掠めた。
無理な回避によって、俺の姿勢は崩れる。絶対に真横へ移動できない態勢、地面に尻餅を付いている俺へと三本目の矢が迫り、風が渦巻き一気に矢は加速した。空を切って、高速で迫る緑の矢。それを目前にして、俺は心の中で強く思う。
ここだ、と。
成長の成果を見せろ。技を、実戦で使えるものだと証明するんだ。俺が強くなったと言う事を今ここで、この瞬間にルテミスへ見せつけろ。
焦る鼓動を宥めて、俺は右手の包帯を一気に取った。露わになる、血が滲んでいる右拳。
何をするんだ、とルテミスは怪訝そうな表情を浮かべる。それを視界の奥に捉えつつ、視線の中心は一本の矢。
尻餅を付いていた状態から、左手で地面を強く押し俺は起き上がる。
更に地面を蹴り、加速する。矢へと自分から突っ込む動作を見て、ルテミスの目が動揺に揺れた。
その中で、俺は右拳を固く握りしめる。体を包んでいた青白い光が、右手の部分に集中し強い青白い輝きを放ち始めた。体を捻り、地面を蹴って加速した勢いも全て籠めて、全力の拳を俺は打ち抜く。
矢の先端と、俺の拳が衝突する。爆風が吹き荒れて、強い勢いの衝突に右拳がビリビリと震えた。
風を纏った矢の威力は凄まじく、全力の右ストレートと同等かそれ以上の威力を持っている。
俺の拳とぶつかり合うその矢。しかし、その矢は一瞬で青白い光に包まれて、そして。
ドンッッ!!!
と、爆音を打ち鳴らして爆ぜた。炸裂した矢は纏っていた風を周囲に吹かせて散り、俺は前に撃ち出した拳の勢いに乗って大きく加速する。
慌ててルテミスは矢を番え、放つ。が、それも右拳と衝突し、押し合った一瞬後に炸裂した。
もう俺と彼女の距離は無い。右手を伸ばし、ルテミスの肩に手を乗っけて。
「……やっと……捕まえた……!」
息も切れ切れに、そう、荒い呼吸と同時に言葉を吐いた。