無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第三十一話「技術」

 一言、確かめるようにルテミスは質問してくる。それに答えると、彼女は一回頷いた。

 そして、その赤い瞳でじっと俺を見つめ、そして告げる。

「ですから、私が貴方を鍛えます。強くします。……補足ですが、私は二年生でも上位に入る強さなので、敬いなさい」

「……敬うも何も、何でルテミスが俺を鍛えるんですか?」

 驚きとかよりも、その疑問が先に出てきた。ルテミスと俺に接点は殆ど無く、鍛えて貰える程仲良くもない。それにルテミスの言っている事が本当なら、俺はそんなに強い人に恩をかけてもらえる様な強さも素質も無いのだ。

 その問いに、ルテミスは淡々と答える。

「近々、貴方の力が必要になります。それと、学校長から直々にお願いされたので。これらの理由が無ければ、私が貴方を鍛える事なんてあり得ないですしね」

 辛辣に取れるような言葉だけど、それはつまり俺を鍛える事に納得しているという意味だった。一瞬遅れて理解した俺は、すっと立ち上がったルテミスが無言ですたすたと歩いていくのをじっと見つめ、やがて青いラインに立ったところで彼女はくるりと振り返った。

「じゃあ、稽古です。時間は訓練室が閉まる時間、九時から。じっくりと貴方を鍛え上げます」

「……はい!」

 答えて、俺も青いラインに立つ。

 俺は、強くなりたい。ルテミスは、学校長は俺を強くしたい。

 利点の一致。隼人に為す術もなくこてんぱんにしてやられた悔しさを返す為にも、俺は全力で拳を握った。

『頑張ってね。大丈夫、式なら強くなれるよ』 

 脳内でのフィニティの言葉。それに小さく頷くと、ルテミスは一切トーンが変わらない声でカウントを始め、そして模擬戦が始まった。

 ルテミスの武器は弓矢。緑のオーラを纏った神速の矢が、一気に何本も飛んでくる。

 勿論俺は何もする事が出来ずに、吹き飛ばされ続けた。

「矢の殺気を感じて、その軌道から逃げなさい」

「私の一挙一動から、次の動作を見抜きなさい」

「回避して、駆け出して。そう、貴方は少し恐れすぎている」

「―――――今の動きは良かったですね」

 一戦が三十秒程度で終わる中で、逐一ルテミスは俺にアドバイスをしてくれた。

 時折、それに加えてフィニティもアドバイスをしてくれる。汗を腕で拭い、何度も何度も立ち上がって拳を振るう。ルテミスに蹴りと殴打と体捌き、回避の基本を叩き込んで貰い、初日にも関わらずその修練は九時からおよそ三時間続いた。

 翌日、ボロボロになった俺が涼花と夕張先生に驚かれ、鷹野も俺の姿を見て心配するくらいの姿になっても、俺は修練を受けに行った。

 強く、なりたかった。

 学校長から期待されている。いや、誰かから期待されているという事実が嬉しかった。ルテミスの攻撃を段々と受け流せるように成ってきた事に自分の成長を感じて、それが一層俺の意思を燃え上がらせる材料となっている。

 金曜日の授業が終わり、畑仕事も終わり。少し陽の伸びた今では、六時くらいでもまだ明るい。俺は畑の横の、小さな森の中へと入り、手ごろな木の前で止まる。

「……フィニティ」

『ん?』

 ずっと気になっていた事があった俺は、自分の拳を目の前の木に当てながら話しかける。

「フィニティはさ、契約もポゼッション・リンクもしてない状況で単眼の巨人の右足と右腕を吹き飛ばしたじゃん」

『やったねえ』

「あれってさ、どうやったの?」

 純粋な疑問。

 『精霊』は、人間を超えた力を持っている。しかしその力は『精霊』だけでは使えず、人間と契約していなければ使えない。ステイ・リンクで能力の片鱗を使えるくらいに強い力を持つ『精霊』も居るが、大体がポゼッション・リンクの状態でしか『精霊』の力は使えないのだ。

 その問いに、脳内でフィニティは何て事も無く答える。

『私って、結構規格外の『精霊』なんだよね。ま、あれは簡単で、サイクロプスの右足と右腕に私の持つ力を流し込みまくって、内側から爆発させただけだよ』

「……どういう事?」

『水風船があるでしょ? あれは水を入れすぎると爆発するでしょ? それと一緒』

「単眼の巨人……えっと、サイクロプスを水風船に置き換えて、水をフィニティの持つ力に置き換えた訳か」

『そういうこと』

 サイクロプスの右足と右手にフィニティの力を流し込み、許容量を超えた為に力が外へと逃げ出す―――――爆散する。

 水風船の中に、水を入れすぎれば爆発するように。

 右足の中に、力を入れすぎれば爆発するという事。

「……それはさ」

『うん?』

 ぽつりと、俺は呟いた。

「今の、ポゼッション・リンクをしてない俺でも出来るかな」

『出来ると思うよ?』

 結構真剣に考えて質問したのに、帰ってきた答えは軽い物だった。

 聞いておきながら俺は一瞬固まり、頭の中でフィニティは風のような声を響かせる。

『それは私の能力じゃないしね。『精霊』の中でも、力を無限に持つ私だから出来る事なんだけど、式は私の力を使って、ステイ・リンクの時に身体能力を強化してるの。無意識だろうけど、でもきっとその力を理解すれば今目の前にある木を一瞬で爆散させる事もできると思うよ』

 無限の力を持つフィニティだから出来る。

 その無限の力を器に流し込み続けて、爆発させる。しかし爆発しなければその器には力が入っていると言う事で、ステイ・リンクの状態で身体能力が高いのはその力が爆発しない程度に俺の体に入っているから、という事らしい。

 その力は、何となく心当たりがある。一つは赤い宝石から放たれた白い光。

 そしてもう一つは、ステイ・リンク時に淡く光る青白い光だ。

 器に力を入れて、爆発させる。やりようによっては炎の翼も大樹の鎧も鉤爪も矢も、全て破壊することができる。

 単純な原理。

 だからこそ、応用の効き絶大な効果を持つ技ろなりうる技術。

 ステイ・リンクでしか戦えない俺にとって、その技術は大きな進歩であり、必殺技にも成りうる。

 やる価値はあるだろう。いや、寧ろやる価値しか無い。

「フィニティ」

『うん』

「やろう。いや、やらせてくれ。その技を」

『分かった。簡単だから、すぐに覚えられると思うよ』

 フィニティに一言言ってから、俺は拳を握りしめて木の幹に当てた。そのまま、俺は何時もと同じように強く宣言する。

「ステイ・リンク!」

 次の瞬間、青白い光が俺を包み込む。体内に充満する力を意識して、認知して、感じる。淡く輝く俺の体。満たされた力を、木の幹に触れている右拳に集中させた。

「うおお……おおお……!」

 凄まじい集中。額を汗が伝い、拭う事すら出来ないくらいに俺は集中していた。

 一点に力を籠める。そして、それを木へと流し込む。単純だからこそ強く、難しい。

 ボウ……と、青白い光が段々と強くなっていく。それに伴い、軋み震える右拳。途端に激痛が走り、集中が途切れて、俺は何時の間にか止めていた息を大きく吐き出した。

 失敗。莫大な集中を掛けても、出来なかった。

 どうする、どうする。工夫しろ、どうやったら良いんだ?

 その場に立って、考え続ける。夕方だった茜色の空は今や藍色に染まっていて、汗でぐしょぐしょだったシャツは風に吹かれて乾いていた。呼吸も整い、それほどに長い時間がたってもまだ考え続ける。

 ……やがて、一つの考えに俺は思い当たった。

 俺という器に入っている力を、木に流し込む。どうやったら力を流し込みやすいか。

 簡単な事だった。

 器を傷つければ、そこから勝手に物は流れ出る。水を入れたコップの一部をくり抜けば、そこから水は流れ出るのと同じように。

 俺の体を傷つければ、力は外へと流れ出る―――――。

 直ぐに俺は、右拳を木に叩き込んだ。ルテミスに基本を叩き込まれ、強化された拳は木を大きく軋ませ、揺らす。代償として、俺の拳は少し擦り剥けた。

 拳を木に叩き付け、押し当てたまま、俺は力を右手に集め始める。さっきの何倍も速く力は器の壊れている部分へと収束し、そこから流れ出て。

 直後。

 ドバアアンッッ!!! と、木が炸裂した。吹き飛んだ木の欠片が空から地面に降り注ぎ、青白い光が一瞬強く輝いたのを俺はしっかりと確認していた。

 成功。

 右拳から滴り落ちる、少量の鮮血。それすらも気にならないほどに、俺は喜びに震えていた。


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