無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第三十話「敗北」

「ステイ・リンク!」

「ポゼッション・リンク」

 青白い光が、俺を包み込む。

 向き合う強敵。息を短く、鋭く吸い込んで俺は右拳を固く握りしめた。

 視線が一瞬交錯し、火花を散らす。それが合図となって、何も言わないまま俺は地面を蹴り飛ばした。『精霊』の力によって強化された身体能力は凄まじい加速力を生み出し、瞬く間に俺と隼人との距離は零になる。体の捻りも加えて、俺は真っすぐに拳を打ち出した。

 隼人はその拳を、僅かに体を動かすだけで回避する。空を切った拳の勢いに引っ張られる前に、隙を消すように俺は後ろへ飛び退った。

 依然変わらず、隼人はそこに立ったまま俺を見ている。

 自分からは動かず、炎の片翼も生成しない。俺の実力を見定める様な目つきだ。

 その冷徹な瞳には屈さず、歯を食いしばり俺は再度突撃する。右拳を二度、三度と連続で振り抜くが当たらない。全てを、危機感なく余裕で回避される。苦し紛れの左拳も、蹴りも受け止められすらせずに避けられていく。

 何度攻撃しても、当たらない。どんな軌道の拳でも、掠りすらしない。

 攻めていて、相手は守るだけ。簡単な事だからこそ、明確に表れる実力差。それでも何度も拳を振り続け、しかし当たらない。歯を食いしばって焦りを押さえつけ、当たらないもどかしさと悔しさも押しとどめる。

 当たれ、当たれ、当たれ。

 頭の中をそれだけが動き回る。本能のままに、ただひたすらに拳を振って、避けられる。

 やがて、俺の心に一部の諦めが生まれた。

 当たらない。右腕が疲労を訴える中で、明らかに、一発だけ鈍い拳が放たれる。遅く鈍い、威力なんて物は無い。 

 傍から見れば、それは投了の意思とも取れるような一撃だった。

「……ああ、終わりか」

 隼人は小さく呟き、俺の拳を受け止めた。

 肩で荒く呼吸をして、体を動かす事が出来ない俺を隼人は冷徹に見つめる。俺の拳を握る手に力を込め、ミシッと拳が軋んだ。

 そして、左手を軽く横に薙ぐ。途端に生成される紅蓮の炎、形作る片翼。

 不味い。避けなきゃ当たる。負ける。焦りを感じ、逃げようとしても手を掴まれていて逃げる事は出来ない。身をかがめても当たるし、俺にはこの翼を弾き飛ばすほどの力は元々無い。

 万事休す。

 いや、敗北。

 隼人が左手を無造作に振るう。それに伴い唸る片翼。炎の赤い光が眼前に迫り、体を強い衝撃が駆け抜ける。それを最後に、俺の意識は、砕け散った。

 

 炎。赤一色の景色の奥で、女性と男性と、小さな少女が服を焼かれ煤に身を汚し、一人の男と相対していた。

 男は男性に右手を向ける。刹那、放たれる閃光。男の姿が消えて、衝撃波に炎を纏った建物は崩れ落ちる。女性と少女ままだ生きていた。

 夜だ。

 空には白い星々が、目の前に広がる惨状からは考えられないくらいに綺麗に広がっている。

 音は、無い。カラーの景色を、傍観的に見つめていた。炎の揺らめきに目を凝らし、男と女と少女の会話に耳を澄まそうとして、しかし音が聞こえないことに気付く。

 目線は低い。身の回りに漂うのは、青白い光。

 男が笑っている。そのまま、男に向けたのと同じ様に右手を向けて。刹那。

 そしてもう一度、刹那。光が、迸る―――――

 

 ぐん! と意識を引っ張られるように、俺は急激に意識が覚醒した。さっき体を打ち付けたからか、全身が微妙に痛む。頭の後ろの、柔らかく温い物に頭を預けたまま、俺はぎりっと奥歯を噛みしめた。

 目を閉じた瞼の裏に描かれるのは、酷い戦いをしたあの風景。

 一方的に殴りかかり、そして一撃で負ける。呆気ない終わりに、一回も届かなかった拳。

 悔しい。悔しい。悔しい。

 『精霊』と契約して、日が浅いのは分かっている。ポゼッション・リンクも出来ない。

 皆を人狼から守れたのも、運が良かっただけだ。夕張先生は襲撃を知っていて、誰かが俺を『精霊』と契約させるために襲撃を知りつつも授業を行ったと言っていた。

 ……襲撃を知っていたなら。あいつ等の求める[イザナギ]と[イザナミ]、その奥にある『無限の精霊契約者』への具体的な内容も少しは知っているんじゃないのか? 

 その目的があるなら、人狼達はもう一度ここへ来るんじゃないのか?

 じゃあその時、俺は何が出来る。もし目の前に守れそうな人がいて、自分の力が足りないせいでその人が死んだら。

 『精霊』を見ただけで怖くて震えるような奴が、人間を超えた力を持つ者と契約してその力を自由に扱えて、でも人間一人救えないような人間だったら。

 嫌だった。

 理屈とか全てを抜きにして、人間として嫌だった。上代式として嫌だった。

 強くなりたい。大事な人を守れるくらいに強くなりたい。そんな思いが、何故か強く頭の奥から湧き上がる。どうして? 俺には、大事な人を失った事なんて無い筈だ。

 俺以外全員死んだ家族の記憶も、まるで誰かに消されたかのように無い。

 覚えてる限りで、大事な人を失う記憶はない。トラウマにもなってないのに、どうして俺はこんなにも人を失うことを”怖い”と思うのだろうか。

 分からない。

 気を失っていた時の事さえ分からない。何かを見ていた様な気もするけど、思い出せはしなかった。

 今、時間はきっと訓練室が閉まる9時を越えているだろう。早く部屋に帰って寝なきゃ明日の学校にも影響が出るし、もしも寮の人に見つかれば怒られる。

 俺は一回息を吐いて、そのまま体を起こして立ち上がった。頭を置いていた柔らかい何かを惜しく思いながらもそのまま訓練室を見回して、そのまま立ち去ろうと一歩踏み出して。

「……んん!?」

 思いっきり、振り返った。

 訓練室の床に吹き飛んだ俺は、ゆっくりと思い出す。

 そもそも訓練室の床に温かく柔らかい箇所なんてどこにもない。冷たくて固いコンクリートが敷き詰められているだけだ。

 じゃあ何だ、と確認しようとして振り返り、俺は目を見開いた。

「る、ルテミス!?」

「私の膝枕で寝ていたのに、何も言わずに立ち去ろうとするとは最悪ですね。だからあんなにボロ負けするんですよ」

 開始一発目から毒舌を吐くルテミスは、一気に言い切った後ため息をついた。

「見てましたけど、凄まじく……ゴミでしたね」

「俺がですか?」

「貴方以外に居ますか? 因みに、あの炎の片翼は私なら一瞬で吹き飛ばせます」

 その声音と表情は、強がりを言っているようには見えなかった。本気なんだ、と言う事に背中が震え上がる。

 ルテミスの武器は、恐らく弓。単眼の巨人を倒したとき、砂煙の向こうにうっすらと弓の様な物を持っているルテミスを見たのだ。

「それに、こんな時間まで待たせて。ゴミ……いえ、それすらも烏滸がましいですね」

「評価低っ! ……すみません、今すぐ出ていきますんで」

 確かに気絶している人間が居たら訓練室も閉めれないだろう。

 俺はそう思い、急いで立ち去ろうとした。が、

「何を言ってるんですか?」

「え?」

 ルテミスは俺を引き留める。そして、ジト目で睨んできた。

「強くなりたいですよね?」

「え、ええ……まあ」

 一言、確かめるようにルテミスは質問してくる。それに答えると、彼女は一回頷いた。

 そして、その赤い瞳でじっと俺を見つめ、そして告げる。

「ですから、私が貴方を鍛えます。強くします。……補足ですが、私は二年生でも上位に入る強さなので、敬いなさい」

 


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