無限の精霊契約者   作:ラギアz

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第三話「窮地」

 単眼の巨人。黒い表皮。高く掲げられた右腕。

 影が、震える足で弱弱しく立っている俺を覆い尽くしている。学校用のバッグが手からするりと抜け落ちて、地面に落ちた。

 脳内で聞こえたあの声も、今は聞こえない。一度入ったスイッチも切れている。

 動けない。指一本動かせない。

 誰か気付かないのだろうか。こんなに地面は壊されて、大きな音は鳴り響いている。職員の一人でも来そうな物なのに、人影すら見えない。

 『精霊』を相手に、俺みたいな凡人は何も出来ない。抗えるのは『精霊』と契約している人間だけ。

 死にたくはない。そうは思うけど、それ以外の運命が俺には見えない。

 巨人が黒い拳を肩よりも高く上げる。そしてそのまま、無表情で振り下ろした。

 震えが止まらず、歯と歯が小刻みにぶつかって音を立てる。その歯が舌を巻き込み、痛みが走った。

「っっ!!」

 それでやっと、俺の体が動き出す。しなる様に振り下ろされた黒い拳の影から俺は飛び出て、もう一度大きくダイブした。背後で地面が大きく砕け散って、飛び散った破片が幾つも俺の体を打つ。拳大の地面の破片が背中の中心にぶつかって呼吸が詰まり、俺は大きく転んだ。

 膝を大きく擦りむいたからか、制服のズボンは破れて血は滲んでいる。

 痛みと熱さの入り混じった何とも言えない不快感に歯を食いしばって、でもその痛みが俺の動きを止めない原動力になっていた。

「くっそおおおお!!!」

 叫ぶ。

 叫んで、俺はもう一度更に立って走り出す。血の出ている右足を引きずって、ボロボロの制服を風にはためかせて、校舎の奥へと。

 誰か居ないのか。

 この『精霊学科』に力を入れている『聖域総合高等学校』には、この緊急事態に対応できる人間は居ないのか。

 そう思いながら、一心不乱に俺は走る。声を出す。

 だが、単眼の巨人は非情だった。

 走っている途中で、俺は一瞬後ろを確認する。単眼の巨人が今何をしているか、それを確認するために。

 そして見る。奴が、砕けた地面の大きな欠片を幾つも片手に握っている事に。握った手を振り上げて、まるで野球選手の様に俺へ向けて投げつけようとしているその瞬間を、俺は視界に捉えた。

 ごりゅっ、と地面の欠片が音を立てて握られて、俺は無我夢中で校舎の柱の陰へ飛び込んだ。

 派手に飛び込み、その地面に頭を強く打ち付ける。鈍い痛みが打ち付けた部分を中心に脳を揺らし、視界がぶれた。そこから生暖かい何かが額から頬を伝って流れてくる。

 その何かを手の甲で拭った、その瞬間。

 頭上。真上で、白い柱が炸裂した。

 全身に轟音が響き、流星群の様に無数の地面の欠片が上から降ってくる。それは俺の隠れていた柱を木っ端微塵に粉砕し、地面にクレーターを幾つも幾つも作り出す。それで粉砕された欠片が俺の頭を穿ち、どろっと温かい液体が片目を塞ぐ。鉄の匂いが強く鼻孔を刺激して、その濃密な血の匂いに吐き掛けたその時。

 俺の左手の手首から上が、大きな欠片によって壊された。

 どぐしゃっ。そんな音が小さく無慈悲に響き、左手の手首から上の感覚が消える。

 代わりに脳を刺激したのは、熱さ。麻酔にも似たような、膨れ上がるような感覚と灼熱に炙られているかの様な感覚が脊髄を駆け抜ける。

 あらゆる方向に曲がった左手はぺしゃんこに潰れており、柱の陰にうつ伏せでダイブしていた俺はその場で左手を押さえつけて痛みに苦しむ。食いしばった歯の隙間から時折呻き声が漏れて、頭から流れているどす黒い血液は地面にぽつぽつと染みを作っていた。

 満身創痍の、絶体絶命。

 救けは来ない。『精霊学科』から『普通学科』までが遠く遠く離れている事を、俺は身をもって知っている。そして、『普通学科』はもう入学式が始まっているから、職員が来るのも遅れる。そして職員が『精霊学科』に連絡して助けを求めて、やっとこの単眼の巨人に対抗できる『精霊』と契約している人が来る。

 遅い。明らかに俺の死ぬ方が早い。

 左手は使えない。目は片方塞がっているし、出血多量で死ぬのも時間の問題だ。

 遠くから、重々しい音を轟かせて巨人が歩いてくる。倒れ伏せる俺の死を確認するためか、それとも完全にトドメを刺すつもりか。

 何しろ、俺はもう動けない。荒い呼吸を繰り返して、痛みを堪えて倒れているのみ。

 巨人が間近に迫る。15mの体躯で、真上から俺を見下ろした。

 血走った単眼が極限まで見開かれている。そして、奴は俺を押しつぶすために手を伸ばした。

 直後に。

 肉が弾けて、鮮血が宙を舞い、共に断末魔が大きく轟いた。


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