すう、と息を吸い込んだ。無味無臭。口の中を乾かすだけの、無機質な空気が気道を通り肺へと下る。
目を開ければ、白い世界。地平線の果ては見えず、空の奥は見えない。無限に広がる世界のその中心で、俺は立っていた。
その正面には、青髪青目の『精霊』。フィニティが、宙に浮かんでいた。
どこか優しげなその表情。俺はゆっくりと、口を開く。
「……急にごめん。でも、ちょっと用が出来たんだ」
「うん。見てた」
フィニティは頷く。
「今、人狼と黒フードの奴らが体育館に入ってきてる。俺たちはオレンジ色の何かで閉じ込められてて、[イザナミ]を出せって言ってる。それで多分、[イザナミ]は夕張先生だと思ってる」
「うん」
「でも、夕張先生は抵抗しようともしない。皆を庇おうともしない。……でも、凄く苦しそうで忌々しそうな顔はしてたんだ」
言葉を切る。
そして、一気に考えが繋がった。
「夕張先生は『精霊』に対抗できないんじゃなくて、対抗しようとしてない。でもそれだと生徒が死ぬ可能性があるし、夕張先生は俺に『精霊』との契約を事を教えてくれた。どうして? 『精霊学科』でも無い、『精霊』と契約してもいない俺に興味があるかって聞くか? わざわざ? 聞いたとしても、昨日の単眼の巨人についてとかじゃないのか!?」
まくし立てる。
それを静かに聞いているフィニティ。
無言の、肯定だった。
「先生はわざわざ俺を指名して体育倉庫に向かわせた。結界みたいなので閉じ込められた瞬間に、真っ先に俺の処へ来た。皆を宥めて落ち着かせようともせずに。皆が混乱してるのを、放っておいて!」
なら?
この俺の、足りない脳細胞を全部使って考えるならば?
立てられる仮説は、何だ?
「先生は、俺が『精霊』と契約できる事を知っている? いや、もしかしたら今の襲撃の事も知っていたのか!? だからわざわざ契約の事を俺に教えた? 俺を体育館から遠ざけた? 近くに来た?」
いや、それは可笑しくはないか?
何故襲撃の事を知っていて、学校長が黙っている。夕張先生が言わなかったのかもしれないけど、どうもあの人狼と夕張先生が仲間とは思えない。それに、夕張先生は人狼達に呼ばれていた。『精霊』と契約していると知られていた。
敵対関係。夕張先生が[イザナミ]ならば、それなら。
「[イザナミ]は[イザナギ]へと辿り着く為の物だ。そして、[イザナギ]へ辿り着くために夕張先生が必要なんだ」
そして、奴らの一言。
「あいつ等の目的は、『無限の精霊契約者』だ。そうだ、言ってたじゃないか」
[イザナミ」を出せ。[イザナギ」へと案内しろ。『精霊』と契約している者よ。
冥府の門を開かん、今『無限の精霊契約者』を蘇らさん。
「夕張先生の様子を見るなら、きっと『無限の精霊契約者』は甦ったらいけない物だ。そうか、そうだよ……! だから夕張先生はあいつらに呼ばれても前に出ていけない。生徒が混乱していて、あいつ等が求めている物が[イザナミ]だと信じ込んでいる。夕張先生の変化に気付けたのは、俺が一番近くに居たからだ。それくらいの、変化だったじゃないか」
撫でている手を止める。表情が、険しくなる。
そんな微細な、けど確実な変化。
強引。
色々穴がある。
でも、それでしか納得できない。『精霊』を知っている俺には、それくらいの突拍子でも無い事でなければこの襲撃に納得できない。
じゃあ。俺が出来るのは、何だ?
この仮説が正しいとして、いや。正しくないとしても、皆は危険に晒されている。
夕張先生は前に出ていかない。この状況を、打開する方法は一つ。
「フィニティ。――――俺と、契約してくれ」