翌日。
朝六時に起きて、俺は畑を見に行った。
春とは言え、朝の空気は冷たい。吐く息が時折白くなるのを見つつ、寮の外に出て裏手にある大きな畑へと回る。
朝露に濡れた、元気で瑞々しい野菜は健在だった。手入れの行き届いている土がそうしているのだろうか。
そして、それよりも畑の向こうに広がる山脈の影、その上に広がる赤い空と太陽は圧巻だった。
『聖域総合高等学校』は東京の端にあって、すぐそこに県境がある。そして本当にここは東京なのかと思うくらいに緑が深く、裏手から見える景色は凄く綺麗だ。田舎でも見えた景色だけに、見えると少し安心する。
畑の野菜を一通り確認し終え、俺は自室へと長い道のりを辿る。
部屋に鍵を使って入って、時計を見れば六時半。七時から朝ごはんの時間だ。
それまでに、制服に着替えたり宿題をやったり教科書を整理したりと、色々な準備を済ませなければならない。
俺の場合は教科書が無いから早く準備が終わる。10分程度で準備を済ませた俺は、ベッドに腰かけてぼーっとしつつ暇な時間を過ごす。友達できるかなあ、とかそんな事を考えていれば時間は過ぎる物で、気づけばもう六時五十五分だった。
そろそろ行くか、と立ち上がり部屋を出る。そのままエレベーターまで向かい、食堂のある階へと下りていく。道中には何人か生徒が居て、『普通学科』の人も『精霊学科』の人も居た。
食堂に辿り着けば、もう食堂は空いていた。夕食と同じように一列になって、好きなだけ台の上から料理を自分で持ったお盆に乗せていく。
今日のメニューは焼鮭にお味噌汁、白米に納豆、漬物という和食。
お茶か水、牛乳やヨーグルトなどもお盆に乗せた俺は周囲を見渡して、誰も居ない食堂の隅っこへと座った。
悲しきかな、ぼっちの俺にはこの端っこが一番落ち着くのだ。
朝から結構大盛りにした白米に三枚乗せた焼鮭、山のように乗っている漬物とお椀満タンのお味噌汁を少しづつ食べていく。
料理は全てが美味しくて、食堂は賑やかだ。楽しい雰囲気に自然と頬が緩むのを感じていると、今日も又突然目の前にお盆が置かれた。
「おはよう」
「おはよう、涼花」
今日もまた、涼花は俺の前に座る。
長い黒髪に蒼い瞳。眠そうに小さく欠伸をすると、少なめのご飯を「いただきます」としっかり言ってから涼花は食べ始めた。
特に会話することも無いので、俺達に会話は無い。向かい合って黙々と朝ご飯を食べ続けて、少なめの朝ご飯をよく噛んで食べ終えた涼花と、最後のほうは苦しくなりつつも食べきった俺は丁度同時に食べ終え、一緒に「ごちそうさまでした」と告げる。
食器を台所まで持って行って返却し、食堂の出口までそれとなく俺たちは一緒に歩いていく。
会話もなく、歩いてた所で。目の前に、銀髪をツインテールにした赤い瞳の少女が現れた。
「あ、ルテミス。おはようございます」
「……おはようございます。朝から何でしょうか」
「うわあ嫌そう。えっとですね、此方の女性が畑を手伝いたいと言ってきまして……」
「おはようございます。矢代涼花です」
ルテミスに向けて言うと、すっと俺の後ろから出てきて横に並んだ涼花がぺこりと頭を下げた。
その礼儀正しい姿に少し感心したように息をのんで、直ぐ後に何故か俺を睨み付けて、ルテミスは涼花へと話しかける。
「畑仕事を手伝ってくれるのなら、此方としても願ったり叶ったりです。しかし、畑仕事は大変ですよ? それにこんな男も一緒ですし、本当に良いのですか?」
この先輩は本人が居ると言う事を忘れてはないだろうか。
「はい、問題ないです。私も何かやりたい事があったので、畑仕事をやらせてくれるなら全力で働かせて頂きます」
「そうですか。では、宜しくお願いします。道具や、用事などがある場合は私に。畑仕事の詳しい説明は癪だとは思いますがその男に」
「わかりました」
どうやら、話は一段落したらしい。
何故か俺がボロボロに言われていたのを除けばスムーズに決まった。涼花とルテミスはもう一度お互いに礼を交わすと、ルテミスは俺の横を通って食堂へ。涼花は、俺に少し手を振ってから女子寮へと戻って行った。