さっさと部屋を出ていくルテミスの後ろを、する事も無いので着いていく。最上階の端っこの為、受付までは一番遠い。数々の部屋が並ぶ廊下を歩いて行きながら、エレベーターで一階まで行き、そこから寮の外へと出た。
「どこ行くんですか?」
「畑です。寮で出す料理の中に、この寮の畑で作った野菜を時々入れてるんです。最初は先輩方のちょっとした挑戦だったらしいのですが、予想以上に人気が出たらしいですね」
「寮に畑あったんですね」
「ええ。人参やキャベツ等を育ててます。そこの人手が足りなくなったので、こうして最上階の端っこに住んでいるぼっち……もとい、貴方をこき使いに……仕事を任せようとしたのです」
「最上階の端っこにしたのもルテミスだし所々に本音交えないで下さい!!」
「何の事でしょうか?」
前を歩きつつ、ずっと一定のトーンで喋り続けているルテミスは小首を傾げ、白々しく呟いた。
そのまま歩いて、寮の後ろへと回る。
そこには、予想以上に大きな畑が広がっていた。日当たりの良い場所で、春先に咲く花や若々しい草木が生い茂っている。
土を手に取ってみると、それはさらさらでふかふかな良い土だった。
手の上に乗せただけで土が良い事が分かる。そして、手入れが行き届いていることも表していた。
「……良い畑ですね」
「そうですね。私も、この畑で採れる野菜は大好きです」
「ここの手入れは、誰が?」
「今まで先輩がやっていました。ですが、卒業しました」
「つまり、この大きな畑の手入れを俺一人でやれと?」
「大きな畑を、手伝ってくれる人が現れるまで一人で手入れしてくださいって事です」
畑仕事っていうのは、重労働だ。
朝早く起きて、腰を痛めながら野菜の手入れをしていく。農薬を使うか使わないかの見極めも、害虫の駆除も鳥の被害も対処しなければならない。
収穫でさえも大変だ。キャベツやレタス、カボチャ。重たいものを一日に何個も運ばなければならないのが収穫である。
何が言いたいかっていうと、この小学校の校庭の半分くらいの面積は超える大きな畑を一人で手入するのは無理ってこと。幾ら何でもそれは無茶で、田舎でずっと農作業していた俺でもキツイと感じるし、何よりこんな畑の手入れをしに来てくれる人なんて居ないと思う。
農作業は楽しい。
でも、それよりも先に辛さがある。辛さを乗り越えなければ、楽しさに辿り着けないのだ。
「……分かりました。やれるだけ、やってみます」
「良いんですか?」
「はい。農作業をしないと、野菜が死んでしまいます。それを放っておける人間じゃないんです。田舎でずっと農作業してましたから」
俺がそう言うと、ルテミスは少し驚いたように硬直した。
赤い瞳を見開いて、無表情をほんの少し動かして。しかしそれも一瞬の事で、ルテミスは直ぐにいつも通りになった。
「そうですか。必要な道具があったら私に。あと、人手が欲しい時も私に言ってください。出来るだけなんとかしてみせます」
そして、何時もよりも強めの口調でそう告げた。
ルテミスは、どうやらこの畑の事が心配だったらしい。誰も世話する人がいなければ枯れて死んでいく寮の畑。寮の手伝いをしている人としてはそれ自体が気掛かりだったのかもしれないけど、ルテミスの安心したような雰囲気から察するにこの先輩はきっとこの畑の野菜が大好きなのだろう。
俺も、畑仕事は嫌いではない。
寧ろ友達のいない状況で生活するのも退屈だったから、こうして仕事を貰えるのはありがたかった。
「じゃあ、その時はお願いします」
「ええ。貴方にはその分、しっかりと畑で働いてもらいますからね」
「勿論」
最後に念を押すようにして、ルテミスは俺に人差し指を突き付けた。
左腕に巻き付けた生徒会の腕章を揺らしつつ、ルテミスは深く頭を下げる。失礼します、と言い残して、彼女は去っていった。
恐らく寮の仕事があるのだろう。早足だったし。
「……さて、んじゃあ見ていきますか!」
残された俺は、早速畑を見る事にした。
やる事も無かったし、この畑の事をもっと知っておきたい。そんな思いを抱えつつ、俺は直ぐに一番近くの野菜へと屈みこみ覗き込む。
葉の一枚一枚を丁寧に調べ、それを繰り返す。
段々とこれが楽しくなってきて、そして俺は時間を忘れるのだった。
「うし、これでニンジンは終わった……うん、いつの間にか夕方じゃないですかやだー」
気づけば、もう空が茜色に染まっていた。
紫雲が太陽の傍で空を揺蕩い、段々と藍色の夜空が夕暮れの空を侵食し始める。
もう今日は作業を中断して、寮に戻った方が良いだろう。六時から晩御飯で、今は五時半。二時から作業をしていたから、俺は約三時間半ここで畑を見ていた事になる。
熱中しすぎたな。うん。
早く部屋に戻って、この土臭い服を着替えなければ。ご飯の場所にこの土臭い服で行くのは他人に迷惑が掛かるし、俺も気持ちよく食べれない。
お風呂にも入りたいけど、浴場開放は七時からだ。まだ全然時間がある。
寮を一周して、正面の出入り口から中へと入る。
出入り口から受け付けの場所はまるでホテルのようで、何人かが集まって談笑していた。その横をすり抜けて、エレベーターへ。
そのまま最上階へと上がった俺は、何人かとすれ違いながら一番端っこの部屋へと辿り着いた。ポケットに入れていた鍵でドアを開けて中へ入り、そこで大きく息を吐く。
見たところ、もう友人同士のグループ的なものが作られていた。
「やばい……何がやばいって、ぼっちコースまっしぐらなのがやばい……!」
田舎育ちの俺だって、村長の言っていたぼっちとやらに俺が真っすぐ向かっているのは理解している。そしてそのぼっちが、辛いと言う事も分かっているのだ。
着替えながら、俺は必死に考える。どうすれば友達が出来るんだろうと。
ジャージの袖に腕を通し、チャックを胸元まで上げたところで。やっと俺は、思いついた。
これなら行ける。その素晴らしい作戦内容を実行するのは、今から十分後の食事時間。
「勝てる……! これでぼっち脱出だ!」
そう叫んだ時点で、俺は自分自身の事をぼっちと呼んでいるのだけれど、それは知らない事にしておこう。