では、どうぞ!
そして、ゆっくりと俺は告げる。
「怖い」
俺の言った言葉は、小さかった。
しかし、その言葉は無限に広がる白い世界に、やけに大きく響く。キーンと耳鳴りがしそうな静寂の中で、張り詰めた糸を断ち切るように俺の言葉は突き刺さる。
『精霊』への異常な恐怖を持つ俺自身に。
そして、こんな俺と契約してくれると言ったフィニティにも、言葉は刺さった。
少しの間、フィニティは蒼い目を見開き、口を真一文字に結んでいた。困ったように眉尻は垂れて、フィニティは顔を地面に向ける。
青い髪が、彼女の表情を完全に隠す。それも一瞬の事だったが、直ぐに顔を上げたフィニティの笑顔の向こうにはどこか苦し気な雰囲気が手に取るように分かった。
雰囲気を理解すると同時に、罪悪感が俺の胸に染み渡る。
俺が黙っていると、苦し気な笑顔のフィニティはおずおずと口を開いた。
「……しょうがないよ。式は思い出せなくても、私は覚えてる。この身に刻み付けたから、さ。今日は、もう帰ろうか。それじゃあね、式。何かあったら、遠慮なく私を呼んでね?」
宥めるように、優しく。腫物を触るかのようなゆったりとした言葉を並べたフィニティは、俺に右手を向けた。
その指先から、赤い宝石の付いたペンダントからも放たれていた純白の光が放たれる。
光は俺の体へと突き刺さり、包み込み、完全に覆い尽くす。直後、ベッドの上でも感じた何かに引っ張られるような感覚を最後にして、俺は白い世界を去った。
目を開ける。
昼間の、高い太陽からの日光だけが室内を照らし、白い天井を照らしている。寝っ転がっていたベッドの上で起き上がると、時間は二時。
部屋の中にある壁紙で確認すれば、後四時間くらいで夕ご飯であり、逆に言えばその時間まで俺は暇人だ。部屋の整理も終わったし、フィニティとの会話も終わってしまった。今までずっと保健室でも寝ていたから、寝るのは厳しい。
田舎では、こんな時農作業とかを積極的にしていた。
『聖域総合高等学校』にも畑とか探せばありそうだけども、新入生の俺は知らない。学校説明も受けてないし。
もう他の生徒は帰って来ている頃だろう。この寮は男女で分かれているものの学科では分かれていない為、俺たち『普通学科』と涼花やルテミスたち『精霊学科』は仲が良い人も多いと聞く。
遊戯室で遊んだりしているのだろうか。
でも、初日に出なかった俺がいきなり遊戯室に行くのも何か気が引ける。
田舎出身の為、知り合いなんてものは無い。ルテミスも涼花も女子だし、学校長に至っては気軽に話せもしないし遊べもしない。フィニティとは気まずいし、男子の友達は居ない。
こういうのをぼっちって言うんだと、村長は言っていた。
ぼっちにはなるんじゃねえぞ、とも村長は言っていた。
ごめん村長。無理。
唯一気軽に話せそうだったフィニティとも気まずくなったし、俺に希望は無いよ村長……。
がっくりと項垂れ、そんな風に絶望していたその時だった。
「ノックしなかった事は謝ります。めんどくさかったんです」
という声と同時に、バアン! と部屋のドアが乱暴に叩かれるようにして開かれる。
「だ、だれっ!? ……ルテミス!?」
「先輩ですよ、敬語使えと強要。友達いないぼっちさん、『精霊』は?」
「……契約してないです」
「そうですか」
「興味は無いの!? そこまで聞いておいて!?」
「敬語……。別に、契約するかどうかもその人次第ですし。貴方の事を良く知らない私がとやかく言う筋合いも無いと思われます」
銀色のツインテールを揺らしながら、赤い瞳を細めて俺を見るルテミス。
その瞳は俺を品定めしているような感じで、じいっと頭の天辺からつま先までしっかりと見た後に、彼女は告げた。
「多少の筋肉はあるようですね」
「田舎育ちだからね。山が遊び場だったし、農作業してたし」
「農作業?」
「うん」
「丁度良いです。初めて貴方がゴキ●リ以上の存在に見えましたよ」
「ひっでえ!!」
無表情を貫くルテミスは俺に対して酷すぎる本音をぶちまけ、次いで再び口を開いた。
「少し着いて来て下さい。ぼっちの貴方にぴったりなお仕事があります」
「ぼっちじゃねえし!!」