無限の精霊契約者   作:ラギアz

10 / 50
第十話「少女」

 無味無臭の空気が、口と鼻から肺へ流れ込む。

 その自然な動作を意識して、俺自身が動いていることを理解した俺は、深い微睡から目を覚ました。

 覚醒した意識。寝ぼけ眼をこすりつつ、俺は状態を起こす。どうやら固い床の様な物に寝っ転がっていた様で、少しだけ背骨が軋んだ。

 目を開いて、周囲を見渡す。

「……白い……」

 周囲は、白一色。

 床も空も。果ての見えない地平線の向こうまでも白。色があるのは、俺だけ。実家から送っていた制服の予備に着替えていた俺は、自身の黒い制服をぺたぺたと触り、特に可笑しい事が無いことを確かめた。

 つまり、この白は元々の物で、俺は影響していない。

 終わりの見えない空と地平線。無限に続くんじゃないかと思うここは、もう一つの世界。

 白い世界だった。

 世界と言うのは大げさかもしれないけど、俺にはそうとしか思えない。立ち上がって少し歩いてみても、自分が本当に歩いているのかさえも分からない。

 景色が変わらないのだ。白一色のまま。

「どこだよ、ここ」

 呟き、立ち止まる。

 このまま歩いていても、きっと何にも辿り着かない。頭をわしゃわしゃと掻いた俺は、少し前の記憶を思い出そうと瞼を閉じて、そして思い出す。

 赤いペンダントに呼びかけ、その直後に俺は何かに引っ張られて落ちた。

 いや、本当に落ちたのだろうか? それよりは、まるで精神が何かに引きずり込まれると言った方が正しい気がする。

 白い世界に引きずり込まれた精神。

 そんな人を超えた力を持つのは、唯一つ。そしてそれが犯人ならば、この白い世界にも説明が付くハズだ。

「『精霊』さん、出てきてくれませんか?」

 『精霊』だ。

 十中八九、この世界に俺を引きずり込んだのは『精霊』の仕業だと思う。こんな異常な事が出来るのは『精霊』だけだと知っているし、何よりも俺は赤いペンダントの輝きを覚えていた。

 それは、白。

 この世界と同じ、純白の光―――――

 

「おはよう」

 

 ペンダントの輝きが瞼の裏に瞬いた瞬間、突然後ろから声が響いた。

 良く通る高めの声は草原に吹き抜ける夏風の様な爽やかさで、すっと俺の耳を通りぬけていく。

 しかし、その爽やかな感覚とは裏腹に、声を聴いた俺の心臓は一気に跳ね上がった。

 鼓動が段々と大きく速くなっていく。呼吸も浅くなっていく、極度の緊張状態。

 『精霊』と契約するよりも先に、『精霊』の恐ろしさを知ってしまったからの恐怖。

 一般的に『精霊』と契約出来る人が契約を済ますのは三歳程度。

 物心付いたくらいから一緒にいて、『精霊』の力が安全に制御できるように幼い頃から『精霊』となるべく一緒に居させるのだ。一緒にいる期間が長ければ長いほど、その『精霊』とコミュニュケーションも取れるし力の制御もしやすくなる。

 しかし、それはあくまで幼い頃の話だ。

 もう15歳の俺は、考える事が出来る。何が怖くて怖くないかも理解できる。

 俺は、『精霊』がとんでもない力を持つことを知ってしまった。その力を使って殺されかけたからこそ、もしもこの後ろに居て、今俺に声を掛けたのが単眼の巨人の様な醜い『精霊』だったら、もしも殺人鬼の様に恐ろしい考えを持つ『精霊』だったら―――という考えが恐怖となって押し寄せてくるのだ。

 怖い。得体のしれない物に対する恐怖が、俺の体を硬直させる。

 振り向けないのだ。体が言う事を聞かずに居て、指先一つ震えさせる事すら叶わない。

 声からの勝手なイメージでは、単眼の巨人の様な『精霊』では無いと思う。

 寧ろ少女。可憐な美少女が脳裏に思い浮かぶような声と、背後にある柔らかな雰囲気。数秒経って、その間にも悩み続けて。

 力を振り絞って拳を握り、勇気を出した俺は一気に振り返った。

 白い世界の、無限の空と地平線。その視界に映る風景の真ん中に、それは居た。

「やっと振り向いてくれた。長かったね、式」

 その『精霊』は、少女だった。

 快晴を思い出すような鮮やかな青く長い髪に、深い深い海の様な蒼い瞳。

 新雪にも負けない様な白い肌は少女にどこか儚い印象を持たせ、華奢で細い体は弱弱しい。しかし、ピンと伸びた背筋と端正に整えられた人形の様な、それでいて人間らしい顔は強い意志を垣間見せる。

 精巧に出来た人形の様で、その節々に人間らしさが見える。

 見た目は中学生くらいの小さな少女は、端的に言うならば美少女であり、人形だった。

「初めましてじゃ無いんだけど、初めましてかな? 式」

「俺は貴方の事を見た事が無いですよ?」

「ふふふ、やだな、敬語なんて止めてよ」

 青い髪を揺らして、少女は笑ったり少しムッとしたりと表情をころころ変えていく。

 人形、というイメージは見た目のみ。その心は、人間らしい人間だった。

「え、じゃあ……これでいい?」

「うん! 問題ないよ!」

 ぐっと親指を立ててサインした少女は、蒼い瞳を俺の黒い目に真っすぐに合わせる。

 そして余り大きくは無い胸に手を置いて、少女は口を開いた。

 最早、恐怖は無くなっていた。

「私は『精霊』。この世界は、式と私の精神世界。そして私の名前は、[フィニティ]って言います。宜しくね?」

 フィニティと名乗った青髪蒼目の少女は、そう言って大きく笑みを浮かべた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。