ラギアzと申します。
これは精霊×人間の、王道学園異能系です!
毎日投稿です。それでは、お楽しみください!!
1月4日、一話を大幅に改変しました!
その日、俺はまだ陽も登っていない時間帯にも関わらず、折り畳み式の自転車で全力疾走していた。
季節は春。暗闇の中にうっすらと桜、そして壮大な山が広がっている。
道の脇はかなり急な崖があり、そこは結構高い。
この道は村の中でも一際高いところにあり、明るければ村全体が見渡せる。
俺の住む村は、絵に書いたような村だ。
名前は上梨村。かみなしむら、と読む。
その小さな村は殆どを田んぼが埋め尽くしている。
田んぼの合間合間にあるのは茅葺屋根の古い何年前に建てられたんだ、という日本民家だ。住んでいるのも80歳を越えた爺さんと婆さんばかりで、一番若いのは俺。15歳だ。
山奥の小さな村だけど、全然開発やら何やらで消えるという話は聞かない。その理由を考えた時に、一番最初に思い浮かぶのはやはり上梨村の名産、上梨米だ。
そのお米はコシヒカリと並ぶレベルのお米であり、この山奥の村から日本全体に出すためには軽トラかトラックしかないため量が少ない、かなりの高級品。昔から食べ続けてきた俺にお米の味は分からないけど、それでも美味しいと思う。
今日も今朝、と言っても深夜になるのかもしれないけど、住んでいる所のお爺ちゃんとお婆ちゃんが作ってくれた上梨米のおにぎりを食べてきた。
そんな朝早く食べるんなら、コンビニで買えば良いじゃんと思うかもしれない。
でも、それは出来ない。何故ならここは絵にかいたような典型的な田舎の、山奥の小さな村だ。
コンビニなんて物は無く、最寄り駅まで自転車で30分はかかる。スーパーまでは1時間は掛かるし、しかもそんなに大きくはない。
そんなドが付くような田舎で、何故俺がこんな朝早くから全力で自転車を漕いでいるのか。よりにもよって、曲がりくねった山道の、崖がすぐそこにある様な危険な道を。
その理由は唯一つ。それは、俺の入学する高校の入学式が今日だからだ。
この小さな上梨村に、高校は無い。
じゃあどうやって義務教育の小学校中学校を卒業したのかというと、それは教員免許を持っている爺さんと婆さんが俺一人のために学校を開いてくれていたからだ。
教科書等は税金で賄われるため、手に入らないことはなかった。
小学校から、中学生終了までの勉強をマンツーマンでしっかりと基礎から叩き込んで貰い、俺はこの春に中学校を無事卒業した。
そして聞かれたのは、高校に行くか? ということ。
別に行かずに農業を始めても良かったのだけれど、俺はまだ同年代の人と話したことがない。上梨村以外にも興味のあった俺は、直ぐに行くと答えた。
爺さんと婆さんも、流石に高校の勉強は教えるのが難しい。という事で、俺は上梨村から一番近い高校を受験することにした。
その高校も結構小さくて、一番近いと言っても片道一時間二十分掛かるのだ。
だけど、それ以外に毎日行ける距離の高校は無い。そこを受けるために、寝る間も惜しんで勉強を始めた俺。
その時に、急に村長が俺の処にわざわざやって来て、俺に向けて一つ提案をした。
「『聖域総合高等学校』を受験してみないか?」
と。
こんな小さな村でも、その学校の名前は聞いたことがある。
超名門で、日本トップレベルの学習が受けられる。そこから出る政治家、学者などはよく見かけるし、会社の面接などで『聖域総合高等学校』を卒業した人が居れば余程性格が破綻していない限り直ぐに入社できるという噂もある。
難関校に受験しないか?と言われて、この上梨村に住む一応教員免許を持っているだけの爺さんと婆さんに教わっていた俺が合格できるわけもないし、最初は断った。
でも、村長は何故か諦める事は無かった。
ずっと俺に話をしてきて、あの人は必ず最後に「絶対お前なら合格出来る」と言い残して去っていく。
流石にそんな訳ないだろうと思って、俺は中学校に通いながら、猛勉強しながらそれを断っていた。それでも、十一月から始まって年が明けても諦めない村長の押しに、最後に俺が折れた。そこから更に、寝る間も食事も惜しんでの勉強が始まった。
そして、関東まで三時間くらい掛けて村長と一緒に向かい、受験をして。
何と、受かってしまったのだ。
村長はやはり、と頷いていて、当の俺はただただ呆然と立ち尽くしていた。
その後帰ってから、上梨村全員の祝福を受けて、壮大な宴会をして。
今、ここで曲がりくねった山道を超えて駅まで行こうとしている訳である。
『聖域総合高等学校』。関東の都心にある高校は、まず何と言っても全国から人が集まるため、それを考慮したサービスが素晴らしい。
実家が遠くにある人のために、全寮制。
才能はあるのに、お金が無い人の為にお小遣い支給。
勿論、三食支給。お風呂も付いているし、正に至れり尽くせりだ。
奇跡的に、ド田舎の俺がその高校に入学できた理由はわからない。
まあ、入学出来たのはその学校に二つあるコースの一つ、『普通学科』にだけれども。
少し話をしよう。『聖域総合高等学校』には、二つのコースがある。
一つ目は『普通学科』。これは文字通り普通の高校と同じシステムで、五教科と実技教科を勉強してから二年生で理系文系に分かれる普通の学科。
こっちにも沢山の人が集まる。日本全国から入りたいという人が続出する。
しかし、それよりも凄いのは二つ目のコース。とある事情で俺はこのコースには絶対入れないけど、このコースには世界全体から人が集まってくる。
じゃあ、二つ目のコースはなんなのか。
俺の言う、とある事情で絶対入れないというのはどういう事情なのか。
それを説明しようとすると、結構説明が難しくなるし長くなる事は間違いない。
自転車のペダルに全力で体重を掛けて漕ぎながら、俺はあの学校の二つ目の学科を思い浮かべる。
その学科の名前は、『精霊学科』。
『精霊学科』というのは、文字通り『精霊』について学ぶ学科だ。
じゃあ、そもそも『精霊』って何なのか。
……昔、起源が分からないくらいの昔。世界全体に、どこからともなく自らを『精霊』と呼ぶ人間を超えた力を持つ物が現れた。しかし、その『精霊』だけでは力を満足に使えない。その時代の人々は『精霊』と手を組み、人を超えた力を持って協力して国を治めていく事が多かった。勿論、戦争のレベルも段違いに上がる。被害は大きくなり、優秀な『精霊』と契約している人が多い国ほど強い。
その『精霊』と契約した人を使った戦争が未だに続いている国もある。
人間を超えた力を持つのが『精霊』。
だけれども、彼らだけではその力を使えない。その為に協力するのが、人間。
『精霊』は人間を超えた力を持っている。
昔から『精霊』と人間は手を組んできたが、じゃあ全員『精霊』と手を組めるのか、と言われるとそうでもない。
現に俺みたいに『精霊』と協力、それを契約と言うのだが、出来ていないからだ。
『精霊』と契約できるか。それはその人それぞれで、恵まれる人も居れば恵まれない俺みたいな人もいる。
そんな人たちは『普通学科』行く事になる。その学科がある事から分かるとおりに、『精霊』と契約できるのは本当に少数。その人たちは『精霊』の力が弱くても、周りからは褒めたたえられる。
その『精霊』と契約し、人を超えた力を使う事が出来る人々は、その力の使い方を学ぶ為に『精霊学科』へと入学するのである。俺や『精霊』と契約していない人には全く関係ない話だけど。
今は日本で戦争も無く、落ち着いた国家情勢だから『精霊』と契約出来て居なくても安心出来る。人間と『精霊』と契約した人間が戦えばどうなるか。結果は考えるまでもなく、『精霊』と契約している方が勝つ。
その力に、俺だって憧れが無い訳では無い。好きに炎を操ったり、空を飛んだり、剣を振ったりしたい。
それも叶わないのが、この現実だ。俺のこれから入学する学校に入れたこと自体が奇跡だから、これ以上の高望みは虚しいだけだと俺は考えを切り捨てる。
『精霊』と契約出来ていない人は世界に溢れかえっている。俺だけじゃないし、『普通学科』だって田舎の俺にとっては十分すぎる。
そんな事を考えつつ、荒く呼吸を繰り返しながら、俺は自転車を漕ぎ続ける。ペダルを蹴り飛ばすような勢いで軋ませながら回して、立ちながら坂道を乗り越えていく。
全寮制の学校だから最初に荷物は全部送っているから持っているのは学校用のバックと財布、携帯に入学関連の書類のみ。自転車の前籠に放り込まれているそれらが強く揺れ、時々落ちそうになっている。
最寄り駅まで30分。その距離を終え、ゴールが見えた頃にはもう背中に制服がべったりと張り付いている様な気持ち悪い状態だった。
空を見ると、山の奥の方から赤く白い光が藍色の空を切りながら段々と昇ってきているのが見える。田舎の特権は、澄み切った空気の中で見るこの朝日と夕日が格別に美しい事。これは自信を持って他の人に言える。
俺は携帯で家の人に連絡してから、早朝の無人駅を見上げた。
この駅を見る機会は、これから随分と無いだろう。
折り畳み式の自転車を畳んで、改札を通り、木造の静かなホームで一人佇む。
そして、数分後。
丁度来た一時間に一本くらいの電車に何とか乗り込むと、無人の電車の中で俺は席にどかりと座り込んだ。
「ああ、疲れた」
思わずため息を吐く。汗で張り付いた前髪を掻き揚げて、席の背もたれに全体重を預ける。
長い息と共に呼吸を整え、俺はバッグの中に入れてあった本へと手を伸ばした。ここから電車で二時間は掛かる。暇つぶしにと持ってきた本を掴み、取ろうとして、俺は盛大にバックの中身を無人の電車内に派手にぶちまけてしまった。
それを慌てて拾い集める。本や筆記用具、財布や携帯。その中にあった入学用書類の、一番上に来ていた自身のプロフィールを見て若干気分を落とす。
そこの写真に写っているのは、黒髪黒目の純粋な日本人だ。
平均平凡な、特徴の無い顔である。身長も174と微妙に高いなと思うくらいで、それだけ。特技も無い。勉強だけは受験勉強で頑張った分まだ何とかなると思うけど、それでも決して偏差値が高い訳でもないし飛びぬけて勉強が得意でも好きでもない。
そのプロフィールにある俺の名前は、上代式。画数が少ないのはありがたい、かみしろしきと読む。
上代式という珍しい名前以外は、俺の特徴はない。あるとすれば、まあ家族全員が死んでいるくらいだろうか。
そんなに覚えていない家族の事。
だから俺は、今まで上梨村の爺さんと婆さんの家で暮らしていたのだ。
まあ、それも全て過去の事だ。俺はその時五歳くらいだったし、覚えているのは燃え上がる炎の景色だけ。それ以外はまるで記憶が消されたかのように全く覚えていない。忘れたい記憶は忘れるっていう人間の本能が働いたのだろうか。
俺が胸元に下げている赤い宝石の付いたペンダントは、母親の形見らしい。
昔に村長から渡されて、15歳になってもいつも肌身離さず付けている。幼い頃に家族を亡くし、村人に支えてもらって生きて来た俺にとっての唯一と言っても良い家族との繋がり。
チャリ、と赤い宝石を持って目の前にペンダントを翳す。電車内の蛍光灯に反射して煌めくペンダントを暫し眺めて、俺はバッグの中に落ちた物を全て入れなおした。
がたん、がたん、と規則正しく刻まれるリズムに欠伸を噛み殺して、俺は無人の電車内で一人席に座る。
流れる窓の外の景色は、もう朝の空が見え始めていた。
本を読み終えて、一息つく。
空はもう太陽が昇っていて、青く澄み渡っている。雲一つない快晴を見上げて、俺は電車の乗り換えの為に立ち上がった。
この後一本だけ乗り換えて、そこから30分で学校の最寄り駅に着く。朝ご飯を駅で食べてから、遂に入学式だ。親が来ていない入学式だけど、その学校はかなりの難関高校だったから村の皆に祝福されているし、親がいないのも気にならない。
『精霊学科』でも無い。言ってしまえばただの高校だ。
強がりではなく、本心。親が居ないのが俺にとっての当たり前なのだから。
乗り換えた電車の中は結構混んでいて、座る事は出来ない。窓際に立つと、黒い吊革に手を掛けて俺は外の景色を眺め始めた。
田舎とは違って、高いビルや高層マンションが立ち並んでいる。大通りを行く色とりどりの車の流れ。朝なのに、街には人が溢れかえっている。都会の人にとっては当たり前の光景だとしても、俺にとっては十分珍しい光景。
街路樹のある道を、スーツや春に相応しい涼しげな服を着た女性や男性が歩いて行っている。
時々、制服を着ている学生も見える。ごく少数だけど。
初めて見る沢山の人と、同年代の人。そして都会の景色に電車の中で密かにテンションを上げつつ、そこから三十分掛かって『聖域総合高等学校』に一番近い駅に辿り着いた。
朝ご飯を駅で食べた俺は、そのまま学校へと向かう。
ここから。上代式。15歳の高校生活が始まる。
第一章
駅から歩いて十分程。
都内にあり、それでいて深い森の奥にある。それが俺の通う高校、『聖域総合高等学校』だ。広大な敷地には校庭、体育館に寮から食堂、校舎が全て入っている。
受験で来たとき以来だけど、その変わらない大きさに俺は少し頬をひきつらせた。
田舎にこんなに大きい建物は無いもんな、と俺は一人で考える。
その『聖域総合高等学校』の大きな黒い正門の前には長い長い桜並木の坂が広がっている。
この桜に比べれば、俺の田舎に沢山ある桜のほうが綺麗だ。
少し勝った気分になって、俺は桜並木の坂の下から景色を見上げて、少し経ってから歩き始める。桜並木には沢山の制服を着ている同年代の人々が沢山居て、電車内で上がっていた気分が更に上がっていく。
この時点で俺は傍から見れば田舎者感が炸裂しているのだが、それに気づく事も無く、黒い制服の袖を伸ばす。
この高校は、『普通学科』と『精霊学科』で制服が違うのだ。
『普通学科』の制服は黒で、左胸に銀の校章が付いている。俺の制服もそうだ。
『精霊学科』の制服は紺色で、左胸には金色の校章がバッジとして付けられている。ちらほらと見える紺色の制服。彼らは人以上の力を持つ『精霊』と契約しているんだな、という事を思いつつ俺も桜並木を歩いていく。
日本全国にある『精霊学科』。その中でもこの『聖域総合高等学校』はずば抜けてその『精霊学科』に入れている力と評価が高く、有名な高校の一つだ。
歩いていくごとに、門が近づく。ここに入学できたんだなという実感が湧いてきて、この友達も知り合いも居ないこの状況なのに俺はワクワクしてくるのを感じた。今までずっと田舎の学校で、記念受験にも等しいここの受験に受かることができた。
思いっきり学校生活を楽しまなきゃ損だろう。うきうきで歩いていきながら、俺は周囲の景色を上梨村の人に写真で送るためパシャパシャと折り畳み式の古い携帯で撮り続ける。
「桜は上梨村の方が綺麗だけど、この黒くてゴツゴツしている道路は初めて見るなあ。何だっけ、コンクリート? アスファルト? そんな感じだったよな」
地面だけを撮ったり、立ち止まって『聖域総合高等学校』を中心にして撮ったり。
テンションの振り切れた俺は、そのまま素早い動作で様々な写真を撮り続けた。
「いやあ、都会ってスゲー!!」
そんな事を叫びながら写真を撮って、ぐるんと大きく振り向いた瞬間に、あろうことか俺の古い携帯がひゅんっと俺の手から飛び出て吹き飛んでいった。
周囲の人が全員その携帯の行方を驚きつつ首を回して見守る中で、吹き飛ばした張本人の俺は動けない。
固まった体で、しかし脳だけはこの後の俺を予想するために動いていた。
その内容は。
携帯が壊れる。上梨村の人に連絡出来なくなる。俺、ホームシックで終わる。
と、情けなさすぎる内容だ。
友達作れよと言われるかもしれないけど、田舎から出て来たばかりの俺は都会の話に付いていけない事が分かりきっている。
やばい、やばいとそれだけが頭を支配して、その薄青のメッキが剥がれかけている携帯は。
ガツンッ、と黒くてゴツゴツしている道路に強く叩きつけられて、画面部分と打つ部分が綺麗に分離して、くるくると地面を回りながら滑っていった。
唖然と固まる俺。
気まずそうに目を逸らして、ゆっくりと黒い正門に歩いていく『聖域総合高等学校』の人達。
誰も何も言わない。入学式に相応しくない静寂がそのばを支配する中で、その分離した携帯のパーツを拾った人がいた。
ああ、拾われてるなーとぼんやり思っていた俺は、その拾ってくれた人が目の前に来るまで気づけなかった。昔っからの悪い癖で、俺はショックな事があると一歩も動けなくなる。だからホラー映画とかは無理ですね。
白黒の作品を上梨村で見たけど、終始動けなかったし。
「……あの」
だから、そう声を掛けられるまで俺はずっとぼーっとしていた。
「あの。携帯、落としましたよ」
「え? あっ、ありがとうございます」
気づいた俺は、慌ててお礼を言って差し出された薄青の携帯を受け取る。
上下に割れていて、その画面は黒一色。硬い地面に当たったからかその角は少し欠けていて、到底直せはしない事が一目で分かる。
それを受け取って、俺は携帯をくれた人を改めて見て、そして絶句した。
そこに居たのは、田舎では見る事の出来ない美少女だった。
俺を見上げている透き通った蒼い瞳に、肩甲骨を通り越して腰まで届く綺麗な黒髪に、端正な顔立ち。身長は俺よりも少し低いくらいで、纏っている雰囲気は静かな山奥の清流を思わせる。
再びぼーっとして動けない俺の前で、少女は一度首を傾げると、
「もしかして、携帯無いと困る?」
「うん……死ぬ」
「ガラパゴスケータイなのに。直す?」
「直せるなら直して下さい」
「ん。分かった」
こくんと小さく頷いた少女は、俺の手から真っ二つに割れた薄青の携帯を取る。
それを手の上で元の形になるように重ねると、少女は蒼い瞳でじっとそれを見つめながら小さく呟いた。
「お願い、[ツクヨミ]」
次の瞬間、少女の瞳が紫紺に輝く。
すると薄青の携帯に紫の光が集まり、携帯を包み込んだ。まるで月明かりの様な淡い青白い光が一瞬、強い輝きを放つ。
「うおっ……! これ、『精霊』!?」
「ん。そう」
俺の声に、少女は肯定する。
初めて間近で見る『精霊』の力。見れば、少女の制服は紺色で、胸元には金色の校章が光っている。長い黒髪と膝丈のスカートが『精霊』の力に呼応して吹いた風に揺れて、光が消えると同時にその風も止んだ。
少女は俺に薄青の携帯を差し出す。それを受け取って見てみると、上下に割れていた部分は綺麗に繋がっていた。
開いて、電源を入れれば画面に文字が表示され、そして一日前の日にちと時間を表示した。
一日前なのは引っかかるけど、それでも完璧に直っている。『精霊』の力を改めて凄いと思いながら、俺は目の前の少女にお礼を言うために顔を上げた。
「ありがとう! ……って、居ないし!」
しかし、少女は忽然と消えていた。
あたりを見回しても、少女は見えない。俺は携帯をポケットに入れると、入学式の会場を目指して桜並木の坂を再び上り始める。
しかし、今一つ入学受付所の場所がわからない。
俺は取りあえず、入学の受付所まで他の生徒の人たちに紛れながら向かっていく事にした。
周りを森に囲まれたこの学校の、門から左へ向かう。その大きい敷地を身をもって感じながら、入学受付所の長い列に俺も並んだ。
見てみると、男子も女子にも殆ど人数には差は無い。
皆同じように手に書類を持ち、首を伸ばしてまだかまだかと受付所を見ている。受付では書類を渡して項目を一通りチェックされた後に生徒手帳を渡されて、そこから入学式の会場まで行くと行った流れだ。
俺もここに合格発表で来た時に顔写真を一枚撮った。
同行してくれた村長によると、酷い顔だったらしい。
俺も前の人たちに倣って、バッグを漁り始める。朝派手に電車内にぶちまけた際に中身を整理していたため、直ぐに書類は見つかった。
バッグの中から必要な書類を取り出し、前の生徒が生徒手帳を貰って体育館へ向かうのをじっと眺めて待ち続ける。余裕を持ってこの学校に来て良かったな、と長い待ち時間を終えた俺は、次の方、と呼ばれて前へ出た。
俺の受付の所に居たのは、銀髪を長いツインテールに纏めた女の子だった。腕には生徒会と書かれた腕章を巻き、無表情のまま赤い瞳でじっと俺を見つめている。
机に書類を置くと、その少女は無言でそれを持ち上げて、机でとんとんと叩き書類を揃えた後に、俺へと返してきた。
え、と固まる俺に向けて、その少女は端的に告げる。
「ここは『精霊学科』の入学受付所です。見た所、貴方は『普通学科』の生徒と見えます。なので貴方が行くのはここではなく、行くのは真反対。正門を右側に行かなきゃダメです」
「えっ。マジですか?」
「ええ。更に言わせてもらえば、貴方の校章は38°程曲がっています。襟が左右で0.4cmの差があります。ネクタイに皺が三個ほどあり、ズボンのベルトはもう一つ穴を閉めていいかと思われます。靴紐もしっかりと結べますし、靴下もしっかり伸ばしてください。みっともないです」
ずらずらと並べられた服装のチェック。一息に言い切った赤い瞳の少女は、俺をじいっと見つめ続ける。
呆然とする俺と周囲の人たち。
一気にまくしたてた少女は、次に無表情のまま、動かない俺に向かってちょっとだけムッとした様子で口を小さく開いた。
「……本気、見せてください。記念すべき入学式ですよ? そんな恰好で良いとでも?」
「よ、良くないです」
「本当にそれを理解しているんでしょうか。疑問です」
俺をじっと見つめつつ、少女はため息を吐く。
ちまちまと自身の格好を直し始めた直後に、そういえば、と少女は呟いた。
「後十分で入学式です。そして更に言わせてもらえば、ここから『普通学科』の入学式の会場までは走っても十五分ほど掛かることが想定されます」
「うおおおお!? やばいじゃないですか! もっと速く言ってくださいよ!」
「貴方の格好が汚すぎたのが原因と予想。勘違いしたのが根本だと仮定。導き出すと、私はそんなに悪くない事が証明されると思われます」
「すみませんでした! で、来た道戻って真っすぐ行けば良いの?」
「はい。遅刻確定ですが、なにとぞ頑張ってくださいね。因みに貴方が持っている折り畳み式自転車ですが、この学校は敷地が無駄に広いのにも関わらず敷地内での自転車使用は不可です。ゴミ制度ですね。よって折り畳み式自転車を展開途中ですが展開を中断するのをを推奨。諦めて重たい荷物抱えて無様に走れって事ですね」
「所々に愚痴と悪口が聞こえるな!?」
「なんの事でしょうか。頭壊れてます? 精神科をご紹介しますが」
「いらないっす!! ああもう、じゃあさようなら!!」
「さようなら」
赤い瞳の少女に背を向けると、義務的に感情の無い声で彼女も言葉を返してくれる。この学校で一番最初に話した人が結構な変人だったが、今の俺にはそれを気にしている余裕はない。
遅刻確定。入学式から、遅刻という最大の羞恥を晒す危機なのだ。
それは結構不味い。何が不味いって、俺の学校の立ち位置が初っ端から悪くなる。
この学校に在学している限り、遅刻したら俺は絶対に「あいつ遅刻したんだぜ」と言われ続ける学校生活を送らなければならないのだ。それは田舎から出てきた俺が泣きながら帰りたくなるくらいに想像しただけでキツイ。
必死に重たい荷物、折り畳み式自転車を抱えて広大な敷地を逆走する。時々紺色の制服の人とすれ違い、奇異の視線で見られるのを必死に我慢しながら、俺は『普通学科』への道を走り続ける。
数分経って、やっと黒い正門が見えてきた。
ここまで来るともう人の姿は無く、正門の正面にある寮に付いている大時計を見れば入学式まで後五分を切っている。
目の前の絶望的状況に涙目になりつつ、俺は正門を通り過ぎてまっすぐ進む。
『精霊学科』の反対側へと取りあえず走り続け、建物の間を縫って行く。後二分。やばい、やばい、とそれだけが脳内を支配する。
やがて、息も切れて来て俺は思わず走るのを止めた。建物の壁に手をつけて歩いて、一つの角をゆっくりと曲がって。
「……は?」
そう、声を漏らした。
角を曲がった先に広がるのは、少し開けている校舎と校舎の間。
何の変哲もないそこに、しかし明らかに異常な物があった。
それは一言で表すなら巨人。ボキャブラリーや語彙力ではなく、そのいきなりの姿に思い描かれた言葉はそれだけだった。
咄嗟の事に、それで頭が埋め尽くされる。
15mはある校舎と同じくらいかそれ以上の巨体が、急に目の前に現れたのだから。