エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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『高峯家のシンデレラ』『ザ・ゴールデンタイム』『Englishman in Kirari』

男女比3:7の歪なこの世界。

 

俺は時々、前世と今世の感覚の違いというのに思い悩む事がある。

 

たとえば電車での痴漢問題だ。

 

この男の少ない世界ならば、さすがに男性専用車両があってもおかしくないと思うかもしれない。

 

だが、現実にはそんなものはない。

 

逆転の発想だ、男はタクシーがタダなのだ。

 

新幹線やど田舎以外では、電車は実質的に女性専用車両を通り越して女性専用鉄道になってるわけだ。

 

生まれてから死ぬまで電車に乗らない男というのは、都内じゃ結構多いらしい。

 

 

 

だがタクシーにタダで乗れてラッキーってな事ばかりじゃない。

 

やはりマイノリティにはマイノリティなりの悲哀があるのだ。

 

たとえば映画館、俺たち男は大昔にできた法律のせいで映画館に自由に行くことができない。

 

男が入れるのはカップル専用の隔離シートだけで、普通の座席に座ることができないのだ。

 

とにかくこの世界、男は女連れでないと入れないところが不思議なぐらい沢山ある。

 

テーマパークはNG、映画館もNG、夜のゲームセンターもNGだ。

 

実際問題とにかく若い男が一人でいると前世の女の比じゃないぐらいナンパされるから、店側も大変なのだ。

 

 

 

 

 

そんな世の中で一番良くわからない事は前世と一緒、女の事だ。

 

うちの嫁さんは何人もいるが、その中で世の中で最も勝ち組とされるのは誰だろう?

 

男の感覚で言えば、正妻の新田美波だ。

 

もしくは嫡子を妊娠した高垣楓、そんなところだろう。

 

だが、女からの評価は全然違う。

 

千川ちひろこそが女性界のリアルレジェンドにしてスーパーシンデレラ。

 

少女漫画から飛び出してきた主人公という扱いなのだ。

 

その評価理由は少々複雑で、いくつもあるそうだ。

 

 

 

まず職場恋愛。

 

この世界、働かない男は多い。

 

労働の辛さを知ってくれているいい男を射止めたということと、職場恋愛というシチュエーションの新鮮さでポイントが高いとのこと。

 

 

 

次に年の差婚。

 

これはなんとなくわかる。

 

女子高校生が大人になるのを待って結婚、みたいなロマンの話なんだろう。

 

 

 

そして、結構金持ってる社長という俺の立場だ。

 

これが孤高の天才を支え、会社を大きくした糟糠の妻という立ち位置をちひろに与えたらしい。

 

正直当たらずとも遠からずだ。

 

 

 

そして一番大きい理由が、俺からちひろに求婚したということらしい。

 

なんせこの世界の普通の男からしたら、嫁さんなんか家が勝手に決めてくるものだ。

 

お義理で子供作って後はシャンシャン、みたいな意識が実際ある。

 

そんな中幸せなのは恋愛で男をもぎ取った愛人枠の女性達であり、目指すべきは家を任される女よりも愛される女なのだ!とテレビの論者が目ン玉ひん剥いて叫んでいた。

 

まぁ今ちょうどそういうのが流行ってるんだろう。

 

特にちひろは自分の夢を追いかけて必死で仕事して、その有能さで俺の心を射止めた。

 

これをシンデレラストーリーと言わずしてなんとする!とばかりに連日連夜テレビ番組は大盛りあがりだとか。

 

盛り上がりすぎて、そんなちひろの話がドラマ化された。

 

正直びっくりだ。

 

 

 

「そんなに話のネタがないんですかね……」

 

 

 

とちひろも苦笑していたが、うちの家もなんだかんだとテレビ局とは縁が深いので、断ることはしなかった。

 

 

 

『ちひろ!お前が欲しい!』

 

『う、うれしいです〜五郎さん〜」

 

 

 

テレビの中では、イケメン俳優が超棒読み演技の高円寺のご当地アイドルに求婚していた。

 

俺の名前が変わっているのは、勘太郎はシワシワネームでダサいから変えさせてくれとやんわり言われたからだ。

 

うるせーよ!

 

 

 

「なんか凄いわね〜」

 

「アパレルブランドに初挑戦する元敏腕イケメンIT社長と美人秘書のオフィスラブですか、もうちひろの話は原型もないですよね」

 

「こうなっちゃうんですね〜」

 

「ほんと、ちひろの話を使いたいっていうのはこのキャストでドラマやるためのお題目って感じだな」

 

「でもこういうことってよくあるわよ」

 

 

 

一家で揃って見ていたが、なかなかにトホホな出来だ。

 

結局ちひろはイケメン社長と国際線のイケメン機長との恋の板挟みにあい、二人の間をフラフラしたあとイケメン社長とハワイで挙式。

 

旦那の全面バックアップを受け、こだわりのカフェ兼セレクトショップを開店しての笑顔でエンディングだった。

 

なんじゃこりゃ。

 

 

 

唖然としていた俺のスマホが鳴る。

 

今の番組のプロデューサーからだ。

 

 

 

『お疲れ様です!◯◯テレビの鬼ヶ島です!奥様との例のエピソードなんですけど、ついさっき放映終わりまして。数字のほうか〜な〜り期待できそうなんですけど、それ以上に編成局長がドラマの出来を大変気に入っていまして。つきましてはですね、できたら次は高峯さんと新田美波さんとの馴れ初めの話をドラマ化させて頂けないかと……』

 

「絶対いやです」

 

 

 

俺の隣では、美波とちひろが深〜く頷いていた。

 

 

 

 

 

肌寒さにとうとう炬燵を出した11月後半、美城芸能のパワーオブスマイルはまさにレコーディングの真っ最中だった。

 

 

 

「どう?このソロ」

 

「ボツ」

 

「そろそろブース開けてくれないか?」

 

 

 

俺の弾いたアンガス・ヤング風のソロは武内君に一言で切り捨てられ、武田Pには冷たくあしらわれてしまった。

 

 

 

「社長、もっとスウィープの時ミュート意識したほうがいいですよ」

 

「いやいや、素人にしては上等でしょ」

 

 

 

ロックンロールアイドルの木村夏樹には的確なダメ出しをくらい、天才音楽少女多田李衣菜には上から目線でバッサリいかれてしまう。

 

ちなみに彼女たちは俺の前にギターソロチャレンジをして、きちんとボツを食らっていた。

 

今はPortisheadのRoadsの歌録り中で、この曲を歌う島村さんの練習中なのだ。

 

およそアイドルが歌うような歌ではないが、もともとアルバムありきで始まった企画なのでしょうがないといえばしょうがない。

 

 

 

「社長っ!かっこよかったです!」

 

「そう?中学生のコピーバンドレベルじゃない?」

 

「あ、杏さん、そんなこと言ったら悪いんですけど……」

 

「兄ちゃんギターは弾くのより買うのが好きだからにぃ……」

 

 

 

どうも評価は散々らしい。

 

俺もレコーディングが始まってからこのスタジオにはちょくちょく顔を出しては飯を作ったり、今みたいに邪魔をしに来ている。

 

短い期間ながらも才能溢れる原石達が武田Pに磨かれ、急速に輝きを増していくのを見ているのは最高の娯楽だからな。

 

特に凄まじいのがシンガーとしての島村卯月と輿水幸子、そしてギタリストとしての佐久間まゆだ。

 

全員スタジオ入りから1ヶ月で爆発的に実力が伸び、シンガー二人はソロ曲を貰っている。

 

なんせパワーオブスマイルは人数が多いので、あとのメンバーは3人で1曲とか4人で1曲とかになってしまうのだ。

 

基本的にハッピー☆マテリアル方式で、メンバーをぐるぐる回しながら歌わせている。

 

武田Pはこの方式は気に入らないようだが、CD2枚組にするほど曲数もないし時間もないから仕方がない。

 

多少歪であろうが、現場で精一杯実りあるものを作る努力をするしかないのだ。

 

俺はその後みんなのつまめるものを適当に作って、熱気あふれるスタジオを辞した。

 

閉まる扉の向こうからは、島村さんの歌声が高く高く響いていた。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

家の近くのカレー屋に留学生のマイケルを連れて行ったのは、もう4年も前のことだった。

 

 

 

「メイブツ、ギョウレツ、オカシデス。ニホンモトモトメイブツイッパイアル、ラーメン、スシ、イロイロデス。ワザワザナラブ、オカシデス」

 

 

 

なんて言ってた彼も、帰り際にはすっかり気に入った様子で「コカインハイテマス」なんてニコニコ笑ってたな。

 

それからは彼に会うたびに「ミホ、キラリイキマショ」って言われて、私も帰り道だから付き合ったりしてね。

 

元々食に興味が薄い人だったからか余計にハマっちゃったみたいで、一人でも毎日食べに行ってるみたいだった。

 

留学生の友達と中庭で掴み合いの喧嘩をしてると思ったら「You don't know KIRARI!!」って叫んでて、連れてった私が言うのもあれだけどなんだかなぁ~って思ったり。

 

冬休み前なんか、深刻そうな顔で呼び出されて。

 

 

 

「England カエリタクナイ、キラリナイ」

 

 

 

って一時間ぐらい弱音を吐かれたりした。

 

「チョトワルイコトスル、Police クル、カエラナイリユウナリマスカ?」って聞かれたから、強制送還じゃない?って言ったら頭抱えてた。

 

マイケル頭いいのにすごいバカなんだよね。

 

結局親にうるさく言われて帰国したんだけど。

 

きらりのクリスマス限定カップケーキとか、年越し鴨南蛮とか、正月のカレー雑煮とかの画像を送ったらビデオメッセージで「Noooooo!! カエリタイ!」って絶叫が送られてきた。

 

あなた今帰省中でしょ。

 

 

 

ある時マイケルが「キラリ朝カラナラブ、友達イテタノシデス」って言いだした。

 

きらりの開店前行列っていえば、ある意味有名人な濃い人達が一杯いる時間帯だ。

 

 

 

「ヨシザキサン、イロイロ lecture シテクレマス。トテモヨイヒトヨ〜、美穂ニモアワセタイデス」

 

 

 

吉崎って、やばい人で有名な最前列のカレー魔神じゃない?

 

絶対に会いたくないので丁重にお断りします……

 

 

 

「コノアイダ トモダチナッタ、Spicy 高野サン トテモ Fighting Games 上手デス。彼女ノ Brother ニ、浅草ツレテッテモライマシタ」

 

 

 

マイケルにどんどん変人の友達ができていく……私、彼をきらりになんて連れてかなきゃ良かったかも。

 

それからも会うたびに。

 

 

 

「きらりのラーメンいうのメチャウマイカタデース、デモツギノヒない、Why?」

 

「(高野)ヨシエと Power of Smile の応援イテキマス!きらりの Princess きらり は メチャメチャデッカイヨー!」

 

「バキュームサンマジでヤバイよ、Babyぐらい重いカレーもペロリだよ」

 

「帰りたくない!日本いたい!England きらりない!!」

 

「England 帰る、きらりない、2ストーンも痩せました……」

 

 

 

と毎回きらりの話で大騒ぎ。

 

近所に住んでて開店当時から行ってる私よりよっぽど詳しい、変な外人だ。

 

 

 

そんな彼も、今では完全に日本人。

 

大学出てから一度も国に帰らずに、きらりの常連の高野さんって人と結婚して帰化しちゃった。

 

その後はカレー魔神吉崎メガ公さんの口利きで、輸入雑貨のネットショップの会社で働いている。

 

大学の友達とは就職してからめったに会わないんだけど。

 

きらりを毎日食べに来ているマイケルにはしょっちゅう出くわし「今日のきらりは出来いいよ〜」とか言われる。

 

最近ではきらりの近くに住みたいって言って、夫婦二人でうちの近所のアパートを内見に来ている。

 

どうやら彼とはまだまだ長い付き合いになりそうだ。


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