『ロング・リブ・ロックンロール』
「バンドのねじ込み?」
サギゲームスの押さえたスタジオで編曲作業をしていた武田Pは、俺の頼みに不愉快そうに返事をした。
「悪い、どうしてもって頼まれちゃって。落としていいから見るだけ見てよ」
「これだから芸能事務所ってのは嫌なんだ」
ふぅ~とクソでかいため息をつくが彼も業界人だ、否とは言わなかった。
今回話を持ってきたのは、765プロの高木社長だ。
要するに、楽器ができる765エンジェルにバックバンドのメンバーとしてもうワンチャンスをって事だ。
俺も普段なら突っぱねるが、今回の勝者である美城の武内君から「こういうところはある程度助け合いでやってますので……」と言われたからにはしょうがない。
「それで、いつなんだい?」
「今来てるよ」
「急だね」
「だって来週からオケ入れるんでしょう」
「それもそうか」
武田Pは765エンジェルとの挨拶もそこそこに「一曲やってみてくれ」とバンドをブースに追いやってヘッドホンをつけた。
元気よく『魔法を信じるかい?』を演奏する765エンジェルだったが、彼女達の演奏はあくまでも平凡。
多少のテクニックはあるが、演奏者としてはまだまだ全体的に荒削りすぎた。
『ドラム、何かやってみてくれ』
ドラムの関裕美はタムタムを多用するスローなドラミングを披露したが、武田Pの顔は渋い。
『ベース、何かやってみて』
ベースの水本ゆかりはロータリースラップや3連プルを多用したテクニカルなフレーズを弾きこなして見せたが、武田Pは顔を横に振るだけだ。
『ギター』
金のデュオソニックを低く構えた五十嵐響子は元気よくフルチョーキングからのソロを始め、ライトハンドからネックベンドまで持てるテクニックの限りを尽くしたようだが、武田Pは頷かなかった。
『もう一人のギター』
白いブロックインレイのストラトキャスターを構えた佐久間まゆは、何を思ったかケトナーのアンプのボリュームとゲインを最大まで回す。
そして足を肩幅に開くと高らかに手を上げ、魂が震えるようなEを一発だけ鳴らした。
その一発でストラトキャスターの2弦は引きちぎれ、爪の割れた彼女の右手の人差し指からは血が流れていた。
誰も言葉を発さない中、爆音のフィードバックだけがその場を駆け回り。
まるで音に薄く紅色がついたかのように
、艶やかな空気が佐久間まゆを中心に渦を巻いていた。
血に濡れたピックを投げ捨て、ピックガードに挟んだ新しいピックを引き抜き。
彼女はおもむろに腰を落として、まるでウィルコ・ジョンソンのように切れ味鋭いカッティングを弾きまくった。
俺と武田Pは視線を合わせ、頷きあう。
こんなの、ドッグレースの予選に本物の獣が紛れ込んだようなものだ。
プリミティブなロックの体現。
佐久間まゆという愛らしいキャラクターの底に眠るドロドロと滾るマグマのような憤りが、原色のままにギターから噴出していた。
「I Fought The Lawなんか弾いてもらったらどうだろう?」
「悪くはないね」
長い旅の果てに、とんだ拾い物をした気分だ。
ふと、頬を涙が伝う。
「何を泣いてるんだ?」
「いや、蒔けば芽吹くもんだなと思って」
武田Pは笑っていた。
多分、ここにいたら武内君だって笑っただろう。
『ガンダムラーメンのこと』
サンサーラの限定発売したプラモ付き即席麺である、機動戦士ガンダムラーメン。
転売市場が異常な加熱を見せる中、またも弊社ショッピングサイトであるプレミアムサンサーラ内で待望の第2ロットの販売が行われた。
瞬殺も瞬殺、2分間で売り切れだった。
苦情の電話が鳴り止まない。
例の如くYouTuberには「サンサーラの方はこのおもちゃ抜きで売ってください」とネタにされ、テレビ局からは取材協力のお願いが来ていた。
宣伝しなくても困るぐらい売れるのにリソース割いて宣伝なんかしてられないというのが本音だが、あくまでもこのラーメンはうちの映画の宣伝商品だ。
テレビ局には「映画の宣伝もしてくれるなら……」と箱で送ったのだが、心配だったので録画してオンエアを見てみることにした。
「私もね、これまで色んなものを食べてきましたけれどもね。悔しいんだけれどもね、このね、即席ラーメンがね、これまで食べてきたラーメンの中でね、一番美味しいわけなんですね。あの高峯ね、勘太郎っていう方はね、料理人の中で一番商売が上手い男なわけなんですけれども。同時に一番料理が上手いと言い切ってしまってもね、いいぐらいの人なんですね。私もね、10年ほど前ね、こうちぃっちゃな小学生の彼にね、料理を教わった事がありましてね……」
と太った料理人タレントのおばさんが延々と喋り続け、案の定機動戦士ガンダムの話はコーナー最後の3秒だけなのであった。
ところでこのラーメンを作った理由でもあったガンダムのプラモデルだが、みんな結構一度ぐらいは作ってみてくれているようで嬉しい限りだ。
Twit○erにはマニキュアで塗装された超ラメラメのザク2の画像なんかが上がっていて、なるほど普通の女性が模型を作ればこういう発想も出てくるのかと膝を打つ思いだった。
転売の方もあくまで想定の範囲内で、思ったよりは多くない。
機動戦士ガンダムラーメンの販売に関してはホットケーキミックスの失敗をしっかり生かせたと言っていいだろう。
『たくみんのラーメン屋さん』
半袖の人は見かけなくなった10月某日、美城プロのアイドル向井拓海はサギゲームスの社長室を訪ねていた。
緊張ではちきれそうな胸をタータンチェックのシャツに収め、右手と右足を同時に出して歩く様は傍から見るとちょっとおかしな人である。
アイドルマスター MY GENERATIONで優勝し。
『特攻の拓海』というネット配信のドラマの主人公を射止めた彼女も、想い人の前ではただの18歳の小娘に過ぎなかった。
「あのっ、社長っ!折り入ってお願いがありまして……」
「おお、なに?」
「実は今度高校で文化祭がありまして、そんでクラスでラーメン屋台をやる事に決まったんですけれども。それでですね、社長んとこのラーメンを使わせて貰えないかと思ったんですけど……」
「ああ、あれね。いいよいいよ」
「ほんとですか!?ありがとうございます!!あのっ、お金なんですけど……今回はきちんと……」
「うーん、今回はアイドルマスターで頑張ってもらったから、そのお礼ってことにしとこうかな」
「えっ!すんません!ありがとうございます!ゴチになります!それでですね、開催は今月の25日なんですけれども、良かったらぜひ!」
「うん、都合がついたら顔出させてもらおうかな」
「ありがとうございます!お待ちしてます!」
嬉しそうに小さくガッツポーズをしながら去っていく向井拓海を、サギゲームスの社員達は温かい眼差しで見つめていた。
「そんで、今回はラーメンなわけだ」
例のごとくサギゲームスから学校まで人海戦術で運んできた大量の段ボール箱を前にして、眼鏡の女子が腕を組んで言った。
「結局たくみんはなんか社長の弱みでも握ってるわけ?」
校則違反のミニスカートを手でパタパタさせながら、金髪の女子が意地の悪そうな顔で笑い。
「拓海さんはそんな卑怯な真似はしませんよ!」
それを生真面目なクラス委員長の空手少女、中野有香が看板にペンキを塗りながら一喝する。
他のクラスメイトらは体力を使い果たして、床に敷いた段ボールの上に力なく寝転がっている。
そして話題の主である向井拓海自身は、段ボールを運び終わった後すぐに武田Pの待つスタジオへと移動していたのだった。
翌朝の文化祭当日、ヘトヘトになりながら登校してきた拓海を待ち受けたのは手作り感満載のアイドル風衣装だった。
「これうちらでこっそり作ってたんだ、まぢで大変だったし」
「せっかくパワーオブスマイルがいるのに客引きさせない理由ないよね?」
「押忍!拓海さん客引きお願いします!」
そのまま有無を言わせず佐久間まゆ風のピンクにリボンな衣装を着せられ。
拓海が疲れと恥ずかしさのダブルパンチで模擬店のバックヤードで項垂れていると、そこに眼鏡の女子が困ったような顔で入ってきた。
「わり、たくみんの客引きいらなかったかも」
「ああ……?なんで?」
「外見てみ」
拓海がバックヤードを区切っていた暗幕をちょっと開けて外を見ると、3階にある家庭科室の入口から1階の昇降口まで続く長い長い列が形成されていた。
「さっき朝ごはん代わりにラーメン食べてたら集まってきちゃったんだよね、ホットケーキゾンビ再来って感じ?」
苦笑する眼鏡の女子に、深く溜息をつく拓海であった。
その後は4月の焼き直しのような展開で、女学生達は泣きそうになりながらもひたすらラーメンを煮てミックス野菜を盛り付け続けた。
客足は途切れることなく続き、この学校の文化祭における過去の最大来客数を軽々と塗り替えた。
結局拓海は衣装を着たまま接客をして。
子供と記念写真を撮ったり、中学生のノートにサインをしたり、お姉さんと握手をしたりと看板娘として忙しく過ごしたのだった。
そして昼過ぎ頃にはラーメンも完売し、早々と模擬店の片付けを始めていた拓海達に来客があった。
「おっすおっす拓海ちゃんお疲れ〜☆差し入れ持ってきたにぃ」
「拓海ちゃんの高校すげーでかいね」
「もりくぼの学校の倍ぐらいありますけど……」
「おお!きらり!杏!乃々!来てくれたのか!」
パワーオブスマイルの高峯きらり、双葉杏、森久保乃々の登場にクラス中が騒然とした。
「ほ、本物!?」
「きらりちゃん大っきい〜」
「杏ちゃんほんとにちっちゃい〜」
「乃々ちゃんマヂで妖精みたいなんですけど!!」
飴にたかる蟻のように周りに群がってくる女子高校生の群れに恐れおののいてきらりの巨体に登り始めた森久保を見て、拓海はクラスメイトを一喝した。
「くぉらテメェら!!お利口にしねぇか!!」
「あっやべっ」
「離れます離れます」
「乃々ちゃんマヂコアラなんだけど」
「たくみんお母さんみたい〜」
それでも興奮さめやらぬ女子高校生達はきらりたちから2メートルほど離れた所から質問を投げかけ始めた。
「きらりちゃんはほんとに184cmなんですかー?」
「わかんないにぃ、きらりはまだまだ成長期だから☆」
「すげー」
「真のフィジカルエリートだ」
「杏ちゃんは何味の飴が好きですか〜?」
「いちご〜」
「かわいい〜」
「顔ちっちゃ〜い」
「乃々ちゃんはステージではドヤ顔なのに普段はどうしてそうしないの〜?」
「し、仕事だからオンオフあるんですけど……」
「すごーい」
「やっぱプロだよね」
「あ、あのっ!きらりちゃん!決勝戦でやった杏ちゃんを空高く投げ飛ばしてキャッチするやつ、やってもらえませんかっ!?」
「天井が低いにぃ……」
「ていうかあれは杏も二度とやらないよ!?」
そうして質疑応答が続く中、きらりが『思い出した!』という風に手を打って、リュックサックから風呂敷包みを取り出した。
「拓海ちゃん☆これお兄ちゃんから差し入れだにぃ。今日は来れそうにないからって」
そう言ってきらりが差し出したのは大きめのバスケット一杯に詰め込まれた手作りクッキーだった。
「え?マヂ?」
「高峯勘太郎の手料理?」
「末端価格一千万って言われてるってマジ!?」
「うおおおおおお!!!!!」
「「「「「やったー!!!!!」」」」」
女子高校生達からこの日一番大きな歓声が上がり、山盛りにあったクッキーは育ち盛りの彼女たちに瞬く間に食い尽くされたという。