エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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第3話 文化的侵略

金には困ってないし、いい女もいるしで順風満帆に思えた2回目の人生だが、俺にとって非常に重要な物が欠けていた。

そう、音楽だ。

この世界は女が圧倒的に多いせいか、ボサノバみたいなやつとか西野カナみたいな音楽がめちゃくちゃ売れる。

逆にそれ以外売れないような状況で、男のバンドマンはフォークシンガーみたいな奴ばっかりだ。

ぶっちゃけて言うとここはビートルズもヤードバーズも存在しなかった世界らしい。

レスポールも存在しなくて、パールのドラムもない、もちろんIRON COBRAペダルもない。

ソウルミュージックやR&Bが世界的に大人気なのに、ヒップホップは存在自体していない。

つまり、俺から見ると音楽的に非常に歪な世界なのだ。

 

ちょうど最近、飯屋きらりの経営とよくわからんお偉いさんにデリバリー調理をして貰った小遣いで1000万円弱のあぶく銭が手に入ったところだ。

俺はこの中学2年の夏休みに世界に音楽の種を撒くことにした。

つまりこの世界に存在しないジャンルの音楽を発信して、音楽界を強引に撹拌しようというわけだ。

個人でCDを焼いてイベントで配るような楽曲と違い、何万枚も作って流通に乗せるような楽曲を作るのには様々な高いハードルがある。

音楽者達はそのハードルを腕や才覚、気の遠くなるような孤独な作業なんかで超えていくわけだ。

ちなみに俺は腕も才覚も根気もないので金とコネでハードルを超える事にした。

再現する音楽が明確に頭にあったから、俺の音楽制作は楽だ。

まずは美城のオッサンに相談したら「こいつ使っていいよ」と快く貸し出してくれた美城芸能の新入社員の武内君と一緒に秋葉原に行き、鼻歌で作曲できると話題のDTMソフトとノートパソコンなんかを買ってきた。

もう数年後なら、実用に耐えるスマホ用の鼻歌作曲アプリとかもリリースされていてもっともっと楽にやれたのだが今はこれしかないから仕方がない。

鼻歌でメロディやコーラスを入れ、かろうじてコードが弾けるだけのギターでバッキングを入れていく。

これで俺の仕事はほとんど終わり、後はプロの先生に作ってもらったトラックにケチをつけまくるだけだ。

 

「……いい曲になるよ、掛け値なしに」

「もうちょいギターにリバーブが欲しいんだけど」

「いえ、これでバランスが取れていると思います」

「もっと時代感がほしい、70年代の」

「70年代にこんな曲はないぞ」

「俺の中の70年代なんだ、とにかくドゥーワップはドライヴ感とキラキラ感が同時に出てないと駄目だ」

「……もう一度やってみようか」

「悪いね、何回も」

「一流と二流の差は想いの強さだ、気にする事はない」

 

961プロダクションの黒井社長の元にケータリングに行った時、世間話で音楽CDを作ってるって話をしたんだが。

そうしたら「何でも相談したまえよ」なんて言うから、曲の原型ができたから編曲家を紹介してくれと言ってみたんだ。

そうして紹介されたのが、90年代にヒットを飛ばしまくった超人気プロデューサー武田蒼一だったのだ。

この上ない人選だったが、予算が1000万じゃ完全に足りなくなってしまった。

武田P自身は黒井社長の紹介ということで泣いてくれて、1000万ちょうどで引き受けてくれ。

その他スタジオ代ミュージシャンのギャラ経費諸々を俺は婆ちゃんからの借金1000万で賄うことになった。

俺の楽しい夏休み計画はどこかへ消え、昼間は金持ち相手のケータリングで金を稼ぎ、夜はスタジオに篭ることになったのだった。

 

「いい皿うどんだった……掛け値なしに」

「ごちそうさまでした、高峯さん……」

昼は外で料理、夜もスタジオのちゃちなキッチンで料理だ。

少食で不健康な感じだった武田Pが俺の飯を食い始めてから血色が良くなってきたのがちょっと嬉しいが、状況は順調に混乱し始めていた。

はっきり言って最近の俺は自分の店すらほったらかしにして音楽制作に奔走している。

武田Pが曲を絶賛してくれて、これならギャラ半分でもいいからもっといいものにしたいとまで言ってくれたので俺も舞い上がってしまった。

当初出す予定だった4曲入りのEPの話はどこかへ行き、曲数は9曲に膨れ上がり、同様にかかる経費も大きく膨れ上がった。

今の予算でもなんとか完成までこぎつける事はできそうだが、実力あるボーカリストを呼ぶ金銭的余裕がないかもしれない。

最悪予算不足で今の俺と武内君の仮歌のままで間に合わせる事になるぞ!と飯を食いながら話していたら、武内君がまんざらでもなさそうに首の後ろを揉みながら「いや、それは……」なんて照れていた。

歌いたいのかよ!

 

夏休みも後半になり、ようやくオケ録りが終わった。

ここ数日の武田Pは当初のクールな姿勢をかなぐり捨てて、鬼気迫る様子でミュージシャンに指示を出していた。

俺の頭の中にあった前世の世界の天才たちの音楽をこっちの世界の天才が引きずり出してしゃぶりつくしたような楽曲たちは、元の曲からはまるで異質に洗練されたもので。

このCDを前世の世界に持ち込んだら億万長者になれるんだろうなぁなんて思いながら聴いていた。

最後の方はあまりに熱量の高い武田Pに誰も口出しできない場面が多く、天才の天才たる由縁をまざまざと見せつけられた数日間だった。

そしてついに金が底をつき、今日がスタジオを借りられる最終日だ。

「正直、婆ちゃんからこれ以上金を借りるのは無理だ。これが商売ならいくらでも貸してくれるだろうけど、完全に道楽だからな」

「一旦持ち帰って、資金を用意してからボーカルだけ録りましょうか?」

「うーん、それしかないよな実際」

俺は夏休み中のCD完成を半ば諦めかけていた。

「待て」

徹夜続きで胡乱な目つきの武田Pが言った。

「今レコーディングを止めてしまえば、この熱は失われてしまう……音楽は料理と同じだ、温め直しても同じものにはならない。スタジオは今日しか借りられない今、勘太郎と武内が歌うしかない」

「でも、素人の俺と武内君じゃクオリティが……」

「君はこのCD制作を道楽と言ったな、道楽ならばクオリティよりも熱量が大切なはずだ」

「そうだけどさ、やっぱこのトラックに見合うぐらいのボーカリストが……」

「空 気 な ど 読 む な」

武田Pが鬼のような形相で絞り出した言葉に、場の空気が凍った。

「これは君の楽曲だ、君が命を吹き込みたまえ」

殺気すら篭っているような武田Pの言葉に急き立てられて、俺と武内君はブースに入った。

「ワンテイクで決めろ、『シビれさせたのは誰?』からだ」

そこからは無我夢中だった。

こっちの世界の天才が異質に作り変えたトラックだからだろうか、仮歌を入れた時のようなバリー・マンのモノマネじゃなくて素の自分自身で歌えた気がした。

 

 

 

『〜♪』

 

 

ノリノリすぎて自分の声とは思えない歌がラジオから流れてくるのを聴いている。

正直言ってレコーディングした時の事はほとんど覚えていないが、武田Pの怒号と朝まで続いたリテイクの嵐と半泣きの武内君の顔だけはおぼろげに記憶している。

 

完成したCDを武内君を貸してくれたお礼を言うついでに美城のオッサンの所に持っていったら、CDを聴いたオッサンにそのままマネジメント契約を結ばされそうになったので慌てて婆ちゃんの事務所のお偉いさんを呼び出して交渉を変わってもらった。

歌謡曲と演歌が主体の婆ちゃんの個人事務所で出すには毛色が違いすぎるCDということで、結構な好条件で美城プロでマネジメントをしてもらうという事になり、ようやく開放された。

マネジメントと言っても俺は歌手として活動するつもりなんかないので、単にCDを売ってもらうってだけだ。

武内君にもお礼を渡せるぐらいには売れたらいいなと思いつつ、俺は1000万もの借金に気を重くしながら家へと帰った。

 

夏休みが終わった後も借金返済のために金持ちへのケータリングに精を出してた俺だが、ある日黒井社長に呼び出された。

「どういうことだね?勘太郎少年」

なんか怒ってるなーと思いながら、よくよく話を聞いてみると相談もなしに美城プロとマネジメント契約を結んだことが気に入らなかったらしい。

よく考えたらたしかに黒井さんには武田Pを紹介してもらったし、不義理をしてしまった。

謝りつつも所詮は売れないCD一枚作っただけで、僕は料理人なんで活動する気はないですよと話したのだが、黒井社長は訝しげにこちらを見るだけだった。

「何を言っておるのだね」

「へっ?えーっと……」

「テレビを見ていないのか君は?」

「最近は料理の方が忙しくて……」

黒井社長がクソでかいため息をつくと、秘書の方がなにやら新聞を渡してきた。

一面には俺と武内君と武田Pが黄金の大仏マスクを被って椅子にふんぞり返っているクソ寒いCDのジャケットと女性議員による男性秘書へのセクハラ事件の報道が……ってええっ!?

思わず二度見をしてしまったが、たしかに俺のCDのジャケット写真が掲載されていて『武田蒼一プロデュースの異色CD、異例の大ヒット』なんて書かれている。

「それは3日前の朝刊だ」と言いながら手渡された今朝の朝刊には『手に入らないCD社会現象に、品薄商法の疑いも』と書いてあった。

「美城の事務所は初回は三万枚プレスしたそうだが、海外展開も考えて追加で十万枚プレスするそうだな」

「はー、売れてるんですねー」

俺の前世の超天才達の楽曲が売れないわけがないという気持ちと、俺の歌った曲が売れてるのが信じられないという気持ちがないまぜになっていて気の利いた感想も言えなかった。

「その売れているCDをみすみす逃したとして、私が役員どもから槍玉にあげられそうになっているのだよ」

「あー、それは……」

ようやくなんだか黒井社長に悪いって気持ちが沸いてきた。

だとしても別に契約していたわけでもないし、特に気にするつもりもないけど。

「で、次回作をだ……」

「あ、そこらへんは美城のマネージャーと相談して頂けると……」

と適当に身をかわして退出した。

ちなみに美城のマネージャーは俺の希望で決まった武内君なのだった。




武内君=アニメのヒロイン、強面で大柄
ドゥーワップ=音楽のジャンル、この世界には存在しなかった
武田蒼一=アイドルマスターDSのキャラクター、音楽界のうるさ方
黒井社長=アイドルマスターSPのライバル役の961プロダクション社長、CV子安武人

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