「……ということで、春から芸能プロダクション各社とタイアップをしまして、かなり大きなイベントをやろうと思います」
俺の華麗な企画説明が終わった後のサギゲームスの会議室は、夜の墓場のごとく静まり返っていた。
プロデューサー達は一言も発することなく互いに視線を交わしあい、頷きあっている。
寂しいじゃないか、俺にはわからない連帯感を共有しないでくれよ。
総合プロデューサーがペットボトルのお茶を逆さにして一気に飲みきると、それを合図にプロデューサー五人衆が勢い良く立ち上がった。
「いやいやいや、いきなり来て好き勝手言わないでくださいよ!」
「春はもう復刻イベと、社長が案出した桜前線捕獲大作戦でいっぱいいっぱいなんですけど」
「だいたいアニメも始まるでしょう、サンサーラも作画で関わってるんじゃないでしたっけ」
「率直に言って無理です」
「今月の私の残業代いくらか知ってますか?この足で労基署に駆け込みますよ」
やいやい言い続けるプロデューサー達を前に、俺は椅子に座ったまま机を指でコツコツ叩いていた。
彼らが喋り疲れて一息ついたところで、話を続けた。
「で、言いたいことはそれだけかな?」
「はぁ?」
「話聞いてました?」
「無理なものは無理なんですけど」
「これなーんだ」
俺はトートバッグから一枚のCDを取り出す。
ごくり……と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「それって、まさか……社長がコネのある人の……」
「そうだよ」
「あの、音楽の……」
「そうだよ」
「出せばトリプルミリオンは確実っていう……」
「それはどうかな」
「K……T……R……ですか……」
俺は部屋に据え付けられたミリヤードにCDを読み込ませ、再生ボタンを押した。
静寂を跳ね飛ばすような元気のいいギターリフと、手数の多いドラムの音が耳に飛び込んでくる。
加工を施した俺の眠たいボーカルにドライヴ感満点のプレジションベースが絡みつき、半ばヤケクソ気味な武内君のコーラスが合いの手を入れる。
老害どもは口を閉ざして座っていやがれと言わんばかりの、シンプルでメッセージ性抜群な歌詞が部屋中に響く。
イギリスはTHE WHOの超名曲「My Generation」だ。
早くもギラギラと目を輝かせ始めているプロデューサー達に大きな声で告げる。
「日本中のアイドルをかき集めて、勝ち抜きトーナメントをやる。優勝者にはKTR氏のアルバム一枚プレゼントだ」
「…………」
「イベント名は『アイドルマスター MY GENERATION』でいく、やりたい奴は?」
無言のままに五人全員が手を上げた。
バカっ寒い二月の夜19時。
俺はマスタングの代車のエブリィワゴンで楓と美波の買い物に付き合っていた。
「大根いっこと~、ごぼ天とちくわと~、たこさんもたくさん買いましょうね~」
「ええ……蛸ですか?海鮮系は牡蠣を入れるからそれでいいじゃないですか」
「おでんに牡蠣って合うのかしら?」
「うちのおでんにはいつも入ってましたよ」
「俺こだわりないからなんでもいいや、早く決めないとおでんは時間かかるぞ」
「待って待って勘君……そうそう、カマボコも鉄板よね。ああ、あと餃子巻きって売ってないのかな……」
「きちんと計画を練らないと練り物だらけになってしまうわ」
テレビを見ていた楓が急におでんを食べたいと騒ぎ出したので材料を買いにきたのだが、二人は案の定入れるもので揉めていた。
おでんというのは恐ろしく地域差があるものだ、揉めるのは至極当然の事だろう。
具はもちろん出汁の取り方に至るまで地域性がガッツリ出る食べ物だ、皆それぞれのお袋の味を持っている。
和歌山出身の母を持つ楓と、広島出身の母を持つ美波では食い違いが出て当然だった。
俺は自分の食べたい具材を足してさっさとレジへ向かう、付き合ってられんからな。
誰だって出されりゃ文句言いながらも食うんだから、さっさと作ってしまった方が早いのだ。
ちなみに俺にとってのお袋の味はセブンイレブンのおでんだ、母親なんか数えるほどしか会ったこともないからな。
噂によるとセブンのおでんは東京と大阪でごぼ天の味が全く違うらしい、いつか食べ比べをしてみたいものだ。
一生懸命走ってるのがよくわかる、直列3気筒のやかましいエンジン音を聞きながら家に戻る。
車から降りると働きもののセンサーライトが三人の白い息を照らして歓迎してくれた。
家に入ると嫁さん二人は小走りで炬燵に向かい、冷たい手足を温める。
俺はのたのたと調理場へ向かい、冷たい鍋を温める。
悲しいかな、俺はこの家の料理番なのだ。
凍えながらもチート全開で手早くおでんの種に下ごしらえをし、鍋を火にかけてから俺も炬燵へ向かった。
火を入れるのは30分ほどで、後は冷たい廊下で冷ますだけ。
おでんというのは奥が深いが、基本的には楽な料理なのだ。
出汁さえミスらなきゃ不味くなることがないからな。
「まーだかな~↑まーだかな~↑」
24歳の幼稚園児といった雰囲気の楓が炬燵の中で足をパタパタさせながらおでんの出来上がりを待っている。
一方で18歳の幼な妻である美波は非常に大人びたアンニュイな顔でスマホからブログを更新している。
色々な意味で対照的な二人だが、仲はいい。
ともすると俺なんかほったらかしで二人で遊びや仕事に向かうぐらいだ。
嫁さん同士の対立に頭を悩ませる男子が多い世の中で、なかなか稀有なケースだと思う。
初対面の人には姉妹と勘違いされたりして、そういう場合はなぜか三姉弟に見られ俺が弟扱いされてしまうのだった。
「これで大手を振っておでんを食べられますね」
楓が出来上がったおでんの鍋を前に何か言っている。
クタクタになった紅白蒲鉾を二切れほど取り、練辛子の入った出汁と一緒に口に入れる。
うーん、冬の味だ。
すかさず白米をかっこみ、また出汁を啜る。
米の甘さが引き立つ味だ、我ながらなかなか美味いおでんだと思う。
練り物好きの美波はちくわとごぼ天を器いっぱいに盛り、小さな茶碗に山盛りの白米を攻略にかかっている。
楓は一杯目から出汁割だ。
大根をあてにちびちびやっているその姿は女の形をしたオッサンにしか見えない。
テレビでは765プロの女性アイドルがやっている番組が流れていて、ゆうパックの箱の開け方を間違えたアイドルが顔面を打っている。
冬の一番寒い時期が過ぎていく。
「それでさ、二人とも」
俺は慎重に、そして真剣に切り出した。
「嫁さん増えるから」
さて、事の発端はいつでも祖母だ。
先月の初めに実家に呼び出された俺は、祖母に深々と頭を下げられた。
「ある女性を娶ってほしい」と。
俺が何も言わないうちに「どうしても孫にしたい、相手もあんたの事を憎からず思ってる」と続けられる。
婆ちゃんにしては珍しい、余裕のない感じだ。
俺がお婆ちゃんっ子だからというのを抜きにしても、俺はとにかくこの人には弱い。
色々と恩もある。
ある意味二周目の人生とはいえ……高峯ちばりという庇護者がなかったら、きっと今の俺はなかったはずだ。
もっと腐っていただろう。
なんせ一回死んでるんだ、そりゃあ無気力にもなるさ。
そんな俺を連れ回して、色んな人に会わせて、生まれつき持っていた物の大きさを教えてくれたい〜い女だ。
だから俺の答えは一つしかない。
「いいよ」
お見合いの席は料亭だった。
婆ちゃんがよく使うとこで、ここの料理長が新人だった頃に俺が軽く料理を教えた事もある。
スーツ着てじっと待ってたら、ドターンと襖が開いた。
「あ、あのっ、あのっ、あのっ、これっ、これっ、これ、サイン、サインくださいっ」
現れたのはエレキギターを手に持った、キョドりまくりの川島瑞樹だった。
「あれっ?勘太郎君……?KTRは?」
ま、だいたいわかった。
あの婆さんが川島さんをなんて言って連れてきたのかも、相手が俺を憎からず思ってるって話の真実もな。
これただのファンじゃねーか!!
LOVEとLIKEの違いだよ婆さん。
俺が指でチョイチョイと自分の顔を指差すと、聡い川島さんは一瞬で理解したようだ。
「え?あ、あ、ああ〜!!勘太郎がKTR!?単純すぎて気づかなかった!!え?でも本当?嘘でしょ?」
俺は川島さんからマッチングヘッドのテレキャスターを受け取って、ジミヘンコードを鳴らした。
チューニングはだいたい合っている。
「あたしあれ、あれ、バック・イン・ブラック、聴きたい、です」
完全に川島さんの言動が舞い上がったファンのそれだ。
AC/DCのBack in Blackがお好みらしい。
かの有名な、シンプルかつ完璧な世紀の名リフを弾き、目の前のたった一人の観客に叩きつけるようにして歌い始める。
川島さんはキラキラした目で「本物だぁ〜」とか言っている。
いつもの大人のお姉さん然とした態度は完全にどこかへ消え去り、もはやおっかけの少女のようだ。
正直かわいいと思うのは否定できない。
一曲歌い終わると、大げさに拍手をしたあとギターにサインを強請られ、汚い字でKTRと書き込んだ。
「ところで、あたしなんで呼ばれたの?」
ひとしきり騒いだ後で我に返ったらしい。
「なんか、お見合いらしいですよ」
「お見合い?…………あぁ」
お互いあの婆さんとの付き合いは長い、川島さんもすぐに腑に落ちたようだ。
「なんか、KTRと会えたら結婚するか?って言われて。会ってみなきゃわからないって言ったらここに連れてこられたのよね……」
「いつもいつも、祖母がご迷惑をおかけして申し訳ない」
俺は深々と頭を下げた。
「それで……結婚するの?」
「えっ?」
「あたしとは嫌?」
小首を傾げているが、断られるとは微塵も思っていない自信満々の表情だ。
「嫌っていうか……そりゃ川島さんは嫌いじゃないですけど、大丈夫なんですかそちらの家は?」
「うちの家はあたしが選んだ人ならどんな人でもいいって言ってるわよ」
「うちは婆ちゃんがどうしても川島さんを嫁に欲しいって言ってました」
「ふぅーん、勘太郎君自身はどう?」
「僕も異存はないです」
美人でスタイル良し、性格もかわいい、これで駄目ならそいつはアレなんだろう。
「へぇ〜、お姉さんと結婚したいんだぁ」
川島さんはなんだか嬉しそうな顔で下から覗き込んでくる、この人はほんとに自分の魅せ方をわかってるな。
「昔から気心も知れてますし、嫁さん達とも仲いいですから」
「そういう言い方ってロマンないぞ」
機嫌を損ねたのか、ジト目で見られた。
でも日本の歪んだ重婚社会において、そこが一番大事なところだからな。
俺は家内がギスギスするのは嫌だ。
「すいません」
「まぁいいけど……で、あたしも勘太郎君と結婚はオッケーなんだけど、一個だけお願いがあるの」
「なんすか?」
「あたしにも、あなたの曲を歌わせて!」
そうやって話は纏まった。
時は現在に戻る。
「「は?」」
嫁さん二人の声がハモった。
「それはお婆様が決めたの?自分で引っかけたの?」
ハイライトの消えた目で問いかけてくる美波よりも、無言で菜箸を握っている楓の方が怖い。
「婆さんの決定だけど、最終的には俺が決めた」
「ふぅーん」
美波は過去最高の無表情だ。
「ついては、来週顔合わせを……」
「ここに呼んでください」
菜箸握りっぱなしの楓がテレビを見据えたまま言った。
「すぐに」
有無を言わさぬ迫力だった。
無言の三十分が過ぎ、玄関のチャイムが鳴る。
美波がなぜか土鍋の蓋を持ったまま玄関に行った。
沈黙の数秒間がまるで無限にも感じられ……
静寂を切り裂くように黄色い声が上がった。
菜箸を握ったままの楓も気になったのか玄関へ行き、玄関は更に姦しくなる。
肩を怒らせて出ていった美波は川島さんと腕を組んで帰ってきて、この日の酒は姉妹の固めの盃となったのであった。
翌週には両家が顔を合わせてトントン拍子で結納が済み。
月が変わる前には瑞希は家に越してきた。
第三婦人単体の結婚だからということで、慣習により大々的な披露宴は無し。
身内だけの結婚式が来月に行われるという事に決まった。
さて、そんな結婚にまつわるゴタゴタの中、瑞希がタレントとして美城に籍を置いたままというのもまずいということになった。
当然のように瑞希も俺の嫁さん専用事務所と化しているサギゲームス芸能部に移籍したのだが、それでまたひと騒動が起きた。
俺が各種週刊誌に叩かれまくったのである。
『アイドルを食い散らかす極悪成金社長の正体とは』
前の二人は嫁さんがアイドルになったのだ。
『無能社長の有能○ン○』
ドキュメンタリー(笑)映画が資料として挙げられていた。
『徹底予想!次に狙われるアイドルは?』
聞いたこともないヘレンというアイドルが最も狙われているらしかった。
『安部菜々との下町デートの写真を入手』
これは安部菜々がきらりで働いてた時の写真だ、「場末の飯屋で密会」と書かれていた。
好き放題書かれているが、なんだかんだで結構前から各所から叩かれてるし、今更という感じもあった。
これも有名税というやつだろう。
全く、美人の嫁さんをもらうと辛いぜ。
修羅場はもう書きません。
今年はキズナアイにドハマりしてました