夏も終わりだというのに風が凪ぎ、東京中を蒸し焼きにするかのような暑さで太陽が照る九月終盤。
アニメ制作は無闇に快調だった。
監督のフランスとブラジルと日本の血を引くクォーター、ジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子は、ジャブジャブ予算を使ってロボットとイケメンがヌルヌル動きまくるカットを作らせ続け。
一般企業水準の給与を約束された作画マン達は、誰も急かしてないのに休日を返上してまで絵を描いた。
そんな中メシスタント兼出資者の俺は、使えない弟子二人を必死に使いながら飯を作っていた。
「その玉ねぎいつまでかかりますかね」
「すぐよ」
「そろそろ煮込み始めないと駄目なんで変わります」
「すぐって言ったのが聞こえなかったかしら?」
「十秒以内でできるならいいですよ」
「…………はい、どうぞ」
ちなみに今は財前さんに玉ねぎのスライスを任せていた。
料理修行を始めたのはいいのだが。
二人共包丁もほとんど握ったことがなかったので、一週間ぐらいずーっとジャガイモの皮むきをさせた。
どうせ俺の料理を覚えるのなんか無理だから、基礎だけでも覚えて帰ってもらおう作戦というわけだ。
二人共慣れない包丁で手を切りまくりで財前さんはマジ切れだった。
芋はフィッシュ・アンド・チップスにしたり肉じゃがにしたり、ポテトチップスにしたりしてきちんと消費したぞ。
女性社員達が「揚げ物は太る……」とか「炭水化物は太る……」とか言いながら結局男の分まで食うのはどこでも一緒だな。
ちなみに今日は松屋風牛丼だ。
クックパッドにあったから作ってみた。
財前さんは食べたことがないらしく「なぁに?この貧相な料理」と鼻で笑って小馬鹿にしていたが。
味見してからは美味いとも不味いとも貧相とも言わなくなった。
日野さんは「何杯でもいけますねっ!」と三杯おかわりした、コレステロールで死ぬぞ。
日野さんがガラーンゴローンと食堂の鐘を鳴らすと、会社中の亡者達が「めし……めし……」と怪しい足取りで集まってくる。
ガンダムという魔物と、金という魔物にダブルで精気を吸われた顔だ。
濃い目に味付けされた甘い汁を啜り、うす〜い肉とクタクタの玉ねぎと白く輝くコシヒカリを食べてようやく彼らは人間の顔に戻っていく。
アニメ制作というのは、こうまでも人間の死力を尽くさねばならないのか……俺は静かに彼らに手を合わせた。
俺はいつも人に料理を教える時、相手の作ったものと俺の作ったものを交互に食べさせて「かます」ことにしている。
それが一番わかりやすいし、目標も設定しやすいからだ。
「さて、これが財前さんの作ったカルパッチョと、俺の作ったカルパッチョです」
財前さんは嫌そうに自分の作ったカルパッチョを食べ、べっと舌を出した。
色味と匂いからして塩味が不必要に強いはずだ、塩が多くて油が少ない、魚も体温が移ってしまっている。
財前さんは自分のものよりも嫌そうに俺のカルパッチョを食べた、舌は出さなかった。
「まぁまぁね」
このお嬢さんはとにかくめちゃくちゃ気が強いので、俺も毎日毎日「かまし」て態度を変えてもらおうと頑張ってるわけだ。
「まぁまぁなら私が貰ってもいいですかっ!?」
皿の上の魚を日野さんが全部かっさらってしまった。
財前さんの不機嫌さがまた増した。
日野さんは馬鹿舌だから教える事は特にない。
大まかな美味しい美味しくないはわかるが、その先の細かい所が壊滅的なのだ。
その点では財前さんにはまだ素質があるとも言える。
俺のような料理人になるならば、ある程度の神経質さは必須だからだ。
電子はかりと頭痛と肩こりの友達になる必要があるからな。
「あなた絶対にこの役にぴったりよ、ね、ね、ちょっと読んでみるだけでいいから」
「その口から何か垂れ流すのは私の許可を得てからにして?」
ある日監督が財前さんを口説いている所を見つけた。
「あっ!社長!社長も説得してください、ジオン側の女士官を作ったんですけど財前さんがその役にぴったりなんです」
「そんな役追加されたの聞いてないぞ」
「まだ私の頭の中にしかないんで」
「ちゃんと会議通してからにしろ!」
まさか俺がこの台詞を言うことになるとはな。
「とにかく社長からも言ってくださいよ」
「嫌よ。あなたたちの作っているわけのわからないものに関わるなんて、まっぴらごめんだわ」
財前さんはアニメ自体をほとんど見たことがないようで、社員達が必死で描くロボットとイケメンを気味が悪そうな顔で見ていたな。
料理というものには、最低限の社交性が必要だ。
そういう意味では財前さんのためでもあるし、なにより彼女が困っている所は見ものだ、やらせよう。
「師匠命令です、やってあげてください」
「あらあら、料理しか能のない豚がずいぶんつけあがってしまったようね……」
俺はト○タのお客様サポートに電話をかけた。
『もしもし、社長呼んでいただけます?財前のお嬢様の事でお話があるんですけれど』
『お客様、困ります』
「くっ……わかったわよ!やればいいんでしょう!」
「やったー!じゃあじゃあこっちに来て、役について説明するわね」
こうして財前さんはドSのアンチエレニズム主義者として、地球人を鏖殺しまくる快楽殺人者の美人将校の役につき。
「時子さんだけ楽しそうな事してズルいです!私も弟子なのに〜!!」
と大声で騒ぎまくった日野さんは、なぜか財前さんの部下としてアニメに登場する事になった。
映画一作目のラスボスにすると監督は言っていたが、アムロこと安室礼二が母と会ってしんみりした後にこんな強烈なキャラが出てきて大丈夫なんだろうか……
俺はほとんどタッチしていないが、難航したらしい声優決めが終わった。
俺は765や美城から来る『アイドルを声優に使え』とか『主題歌をタイアップしろ』とかいう話をシャットダウンするので忙しかった。
安部菜々が「ナナもアニメ声優やりたいです!」と言ってきたのでオーディションに回したぐらいか。
「踊れなくても歌えなくても顔が悪くてもいいから、とにかく演技の上手いやつをとれ」
ときつく指示していた甲斐あってか、声優はなかなか手堅く豪華な面子になった。
というより洋画吹き替えの名優が勢揃いといった感じだ、よくオーディションに来てくれたな。
声優が揃ったことによってようやく予告映像に声がつき、メディアにも露出できるようになって一安心だ。
だが、物事はそう上手くいかないのであった。
機動戦士ガンダムの1stトレーラーに対して、世間の反応は冷ややかだった。
曰く、ロボットが嫌。
曰く、リアリティがない。
曰く、声優が地味。
ボロクソに叩かれるごとに、社内の士気はガタ落ちになっていった。
公開日も決まったのに公開予定の館数も物凄く少ない。
今のところ決まっているのはバ○ト9系列と、濃い映画ばかり流してるマニアックな館ぐらいだ。
「社長、ぶっちゃけやばいわよ」
と監督からも話があり、俺は大幅なテコ入れを決めたのであった。
といっても、俺にできる事は金を出すことと料理をすることぐらいだ。
金はすでに出した、ならば今度は料理だろう。
俺は中学の頃からコツコツ開発していた秘密のエスニック風スパイスを使うことにした。
中学の頃の俺はハッピーターンにめちゃくちゃハマっていた。
「この美味い粉を自作できないだろうか?」
そんな思惑から始まったハピ粉精製が時を経るごとに形を変え。
どこをどう間違ってか、何にかけても美味しい謎の万能スパイスとして結実したのだ。
俺はもっぱらサラダにかけていたが、兄貴は米にかけて食っていたし、姉は揚げ物にかけまくりだ。
きらりはインスタントラーメンの汁が見えないぐらいかけて、むせながら食べていた。
食に対して保守的な婆ちゃんですら、家から持ち出してロケ弁にかけて食ってたからな。
あまりに何にかけても美味すぎて体に悪いので、家族からの非難を受けつつ封印した過去があるものだ。
俺はこれをポテトチップスに練り込んで販売した。
名付けて『機動戦士ガンダムチップス うま味(あじ)スパイス味』だ。
味が二つついてダブルで美味い。
普通のポテチの八割程度しかない内容量に、まだ公開もされていない映画機動戦士ガンダムのカードがついて普通のポテチより50円高い悪魔のような商品だ。
「こんなん売れるわけないっすよ」
とアニメーター達に鼻で笑われたポテチだが、出荷から2日で在庫が消滅した。
凡百のポテチなど俺のポテチに比べれば……あえて言おう!カスであると!
美味すぎるポテチとして火がついたのはTwit○erだが、燃やしまくったのはY○uTuberだ。
幻のポテチを手に入れたという動画が投稿されまくり『謎のカードがついてますね、メーカーの方はこれいらないんで安くしてください』とのたまった奴の動画には低評価をくれてやった。
ポテチはガンダムカードのおまけだ!
テレビでも取り上げられだし『放送してやるから在庫あるだけタダでよこせ』と言ってきた制作会社には婆ちゃん経由でクレームを入れた。
普段めったに頼み事なんかしてこない961社長から『ポテトチップスを用意できんか?』と電話が来て驚いたりもした、身内から頼まれたんだろうか。
とにかくこうして社会現象になったおかげで、機動戦士ガンダムは知名度を爆上げしてトレーラーの再生回数も桁違いに増えたのだった。
だが公開館数は増えない、まぁそこは映画の内容でねじ伏せるしかないだろう。
ポテチの会社から何度か「ガンダム抜きで売らせてくれ」と打診があった。
なかなかムカついたので、これまた俺秘蔵のむやみに美味いカレー風スパイスも発売してやった。
もちろんガンダムチップスとしてだ。
両方のスパイスとも俺が味を見ながら作って卸してるし、繊細な配合をしているから類似品はそうそう出せないだろう。
俺は映画が終わってもガンダムチップスとして売り続けてやるぞ。
そういえば俺がアニメにかまけている間に二代目シンデレラガールが決定したらしい。
新人アイドルが山ほどいたらしいが、結局速水奏が一等賞をかっさらっていったとのことだ。
961のオッサンの悲願達成だな。
ただ俺は曲を作ってない。
今回は俺タッチしてないし約束もしてないもん。
Hotel Moonsideという曲を歌ってたけど、すげーいい曲だったから俺が関わらなくて正解だったと思う。
うちの嫁さんの新田美波嬢はまた二位だった。
一回目のアイドルマスタープロジェクトよりも投票率が50%ぐらいアップしてるらしいから、二位でも物凄いファンの数らしい。
学校で同級生とか一個下の子からも凄い人気で、美波お姉さまって呼ばれてるんだって。
俺がからかって「美波お姉さま〜」って言うと、箸を取り上げられて飯を全部美波の箸から食べさせられた。
漫画なんかでよくあるシチュエーションだけど、実際やると物凄い疲れるし、気を抜くと箸が口内に突き刺さる。
ありゃ一種の罰ゲームだ、美波にお姉さまとは二度と言わないようにしよう。
あと今年も俺に殺害予告がいっぱい来た、草。
楓は露出を控えてたから五位だったらしい、もう来年は企画自体出ないかもしれないそうだ。
モデル業も忙しいしな。
服のブランド作りたいなら金出すよって言ったけど、まるっきり興味ないみたいだ。
最近は料理にちょっと自信が出てきたのか、煮付けなんかを出してくれるようになった。
たまに生煮えだったり醤油が薄かったりするけど。
味じゃないんだ、愛情なんだよ。
美波ははなから全く料理する気ないみたいだけど、それもまた良しだ。
あと、正月に会ったヤンキーの姉ちゃんが美城からシンデレラプロジェクトに参加していた。
爆乳キャラとして結構人気になっていたらしく、総合順位は八位で大健闘だ。
俺が一回様子見に行ったときも「社長〜!」って寄ってきて色々話をしてくれた。
大学出たらうちの会社に入るために今からプログラミングを勉強してるらしい。
ええ子やん。
族も卒業して高校もちゃんと行ってるんだと。
ええ子やん。
しかし進学した高校が女子校でよかったな、共学なら体つきがエロすぎて大騒ぎになってるところだぞ。
俺がポテチ作りや弟子育成や色んなことに忙しくしていると、いつの間にか年が開けて2014年になった。
きらりも今年から高校生だ、兄貴と一緒に色々教え込んだが、きらりの行きたがってる私服の高校に受かるかどうかは五分五分というところだろう。
夏から冬までに異常な速さで作画を終えた機動戦士ガンダムは、いつのまにか撮影とアフレコまで完全終了していた。
今日はその試写会だ。
監督を信用して、と言いたいが正直公私ともに忙しくて途中のチェックにもろくに参加できなかった。
俺も完成品を見るのは初めてだ。
真っ暗闇の宇宙を赤い炎で切り裂いて、使い捨ての大型ブースターを背負ったシャア専用ザクがぶっ飛んでいく監督入魂のシーンから映画が始まった。
175mmの長距離無反動砲から次々に放たれる砲弾が三隻のサラミスを沈め、その爆炎を背に受けるシャア専用ザクのモノアイが怪しく蠢く。
その姿を映しながら「人類が増えすぎた人口を……」と、かの有名なナレーションが始まるのだった。
モビルスーツの部分は物凄く良かった、しかし人間ドラマの部分は見たことも聞いたこともない俺の知らないシーンの連発だった。
「これ、最初に言ってた話と全然違わないか?」
「色々盛り込みたい事が増えちゃって」
「あの、戦争に疲れ切って自分の存在意義を見失ったアムロが、自分の存在しない世界を夢に見るシーンって……」
「社長が前話してたのが面白かったから入れたの、社長のアイデアでしょ?」
「じゃあリュウ・ホセイが、飯屋の店員に『お前は医者になりたかったんだろう、六週間後に医者になる勉強をしてなきゃぶっ殺す。俺はお前を見張っているぞ』って拳銃突きつけて脅すシーンは……」
「かっこいいじゃない、社長のアイデアでしょ?」
俺のアイデアじゃねーよ!
他にも色んな名画のパロディがあって俺は顔面蒼白になった。
こういうレベルの名シーンが欲しいなって色々話したんだが、まさか全部そのままぶち込んでくるとは思わなかったぞ。
「監督、今から言うとこ削って……」
「高峯君、映画とても良かったよ!漫画映画、それもロボットなんてと思っていたが……なかなかどうして深い作品になってるじゃないか。2本目があるんだろう?ぜひ私にも応援させてくれよ」
とマシンガントークで絡んで来るのはエンタメ好きで知られる大物政治家だ。
「特に主人公が自分のいない世界の夢を見るのがよかったな、なんであのアイデアをこれまで誰も思いつかなかったんだろうね」
的確に俺の削りたい場所を褒めてきやがる。
その後も婆ちゃんが「孫が映画作った」って言って集めた各界の大物達に次々と削りたい場所を褒められ、俺は白旗を上げたのだった。
かくして名画キメラロボットイケメンアニメ映画、機動戦士ガンダムⅠは決まっていた公開館よりも五つだけ公開場所を増やし。
2014年3月に封切りされたのだった。