エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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前話17話、6/9 19:15 に2000文字ほど追記して色々編集し直しました


周囲の反応7 「杏の皮算用」

最近パパが仕事場を変えた。

 

「ヘッドハンティングされたんだ!」って嬉しそうに言ってたんだけど。

 

会社に行ってみたら社長が杏と同い年ぐらいの子供だったってショックを受けて、しばらくは生きる気力をなくした屍みたいになって毎日会社に行ってた。

 

「社長は理想の経営者だ」って嬉しそうにママに話してる日もあれば。

 

「あのガキ何にもわかっちゃねぇ」ってプリプリ怒ってる日もあった。

 

こんなめんどくさいオッサンと一緒に仕事してるなんて、社長君はずいぶんと頑張り屋さんなんだろうな。

 

杏には考えられないや。

 

でも学校に行かなくていいのは羨ましいかも……

 

 

 

年末になるとパパが家に全然帰ってこなくなった。

 

会社に着替えを持っていったママが言うことには会社全体が凄い熱気なんだって。

 

あと社長の作るご飯が、質素なのに今まで食べたことないぐらい美味しいってショックをうけてた。

 

「うちのママはメシウマだから」ってあんまり外にご飯食べに行かないパパも虜にされてるらしい。

 

「料理する気なくした」ってふてくされて宅配ピザを取るママを慰めるはめになった。

 

社長君は一体何者なのかな?

 

 

 

 

 

あんまり外食に行きたがらないパパが「杏がテスト頑張ったから」って汚い食堂に連れてきてくれた。

 

別にテスト頑張ってないし、こんな汚い飯屋でご飯食べたくないんだけどパパの顔を立てて喜んでおいた。

 

店は長蛇の列ができてて、なんかモテなさそうなお姉さん達と太ったお兄さん数人が「姫だ……」「姫よね……」と話している。

 

視線の先には背の高い女の子。

 

明るい栗色の毛が緩やかにウェーブしてて、やたらとカラフルな服によく似合ってる。

 

たしかに、ドレスなんか着たらお姫様みたいに綺麗だろうな。

 

ま、杏には関係ないけど。

 

 

 

カレーはちょっと考えられないぐらい美味しかった。

 

もともとカレーってカレーなだけで美味しいんだけど、この食堂のカレーはカレーの嫌なところが全部なくなってる。

 

雑味のない純なカレー、ストイックで、だからこそ作り手の顔が透けて見えるような逃げのない絶品カレーだ。

 

必死になってあぐあぐ食べてたら、さっき見た姫が隣のテーブルにいる事にふと気がついた。

 

姫はカレーじゃなくて、なんか肉の乗った丼と唐揚げの乗った丼をスプーンで交互に食べている。

 

うそっ!この店カレー以外にもあるの?

 

あるにしても、この店での貴重な一食にこのカレー以外を選ぶのが信じられない。

 

「パパ、ここはカレー以外のメニューって美味しいの?」

 

「美味しいぞ」

 

「美味しいよ」

 

「美味しいわよ」

 

「そ、そう……」

 

なぜかパパだけじゃなくてテーブルに座ってた人皆から返答が帰ってきた。

 

「杏は少食だからな、また来ようか?」

 

「うん、ママには内緒でね」

 

社長君にプライドをズタボロにされてから、ママは料理の勉強を頑張っているのだ。

 

こんな所で浮気してる事がバレたら殺されちゃうよ!パパ!

 

 

 

 

 

パパの開発したゲームがリリースされてしばらく経った。

 

杏も友達と一緒にイベント走って上位報酬貰うのに大忙しだ。

 

大覇道には五種類ゲームがあって、同じ大覇道シリーズ内でならキャラクターを共通で使える。

 

だからその時々過疎ってるゲームを狙って、上手いこと微課金で上位報酬をゲットしようとしているのだ、へへ。

 

今回のイベントは『桜の精霊大集合』ということで、女のキャラが報酬だから余計に競争率が低い。

 

みんなイケメンキャラ大好きだからね〜。

 

杏は性能がいいなら婆でもアメーバでも何でもよかろうなのだ。

 

正月の『ふんどし福男祭り』。

 

節分の『鬼ヶ島イケメトリカルパレード』。

 

ひな祭りの『イケメン五人囃子誘拐事件簿』。

 

ここらへんがイケメン推しだったせいで廃課金者達に全てを持っていかれたからね、こういう時に稼いどかないと。

 

ゲームのおかげで新しいクラスでも友達できたし、パパのおかげで幸先いいよ。

 

 

 

 

 

やけに蒸し暑い5月、パパが「給料上がった!社長最高!」って言ってたかと思うと。

 

その一週間後には「社長意味わかんない、転職するかも……」って言いだして家族みんなで戦々恐々としてた。

 

それからは「やるしかないか」、「やるか」、「いけるのでは?」、「もしかして」みたいに毎週言うことが変わるようになって、また「社長サイコー!一生ついてく」って言いだした。

 

パパを苦しめてる社長君の顔が見てみたいよって思ってググったんだけど。

 

震災の時に一番初めに救援物資届けたり、その後の物資の取扱法策定に関わった人だった。

 

え……?

 

なんでそんな人がゲーム会社やってんの?

 

 

 

その後もパパは「嫁さん二人も連れてきやがってよぉ、公私混同なんだよ!」と怒ったり。

 

「あんな歌売れるわけねーだろ!何がL○VEマシーンだ!」ってプリプリ怒ったり。

 

「でもあの子達に罪はない……」と悶えたり大変だった。

 

そんな情緒不安定なパパをママと一緒に宥めすかして会社に行かせてたら、八月のある日リビングに家族が集められた。

 

真剣な顔をするパパに、すわ転職かと身構えていると……パパはおもむろにブルーレイディスクをレコーダーに入れた。

 

テレビに映ったのは夏フェスのステージ。

 

めちゃくちゃキラキラした女の子達が並んで、ステップを踏みながら歌を歌っている。

 

「これが、ずっとパパが作っていたものだ」

 

パパは涙ぐみながら画面を見ている。

 

「お前、杏、申し訳ないが……俺はこの子たちの事も自分の娘だと思っている……」

 

ママも杏もポカーンだ。

 

キモオタ女がイケメンの事を「産みてぇ〜」って言うのと似てる気がするけど、本人的には真剣な話みたいだ。

 

いかに彼女達が頑張ったのか、どれだけの困難があったのかを涙ながらに語るパパの話はママも杏も聞いちゃいなかったが。

 

二人で目配せし合って、安堵の念を伝えあった。

 

あー、転職でまた引っ越しとかだったらどうしようかと思ったよ〜、小学校の頃に北海道からこっち来たばっかりなのにさ。

 

 

 

そんなドキドキ体験から三日ほど経った頃、世間の話題は全て彼女達に奪われていた。

 

テレビではYoutubeの彼女達のプロモが流され、その筋に詳しい著名人(何にでも詳しい)が解説を加えている。

 

ゲーム関係のブログなんかではキャラごとの性能や、女性アイドルのキャラクター達がプレイアブルとして配信されないかという事で議論が交わされている。

 

最初は変な曲だな〜って思った『L○VEマシーン』も聴けば聴くほど凄い曲に思えてきて、やっぱKTRって凄いわ状態だ。

 

ゲームのイベントの楽曲がCDになるのも凄いなと思うけど、そのCDがプレスした分だけ全部売れたのはもっと凄い。

 

クラスのみんなも、Lippsとゴールデン・サークルどっちに投票しようかって話で結構盛り上がってた。

 

ちなみに杏はパパのお気に入りの佐久間まゆがいるゴールデン・サークルにした。

 

な〜んかLippsは綺麗すぎるっていうか、高嶺の花っていうか……どっちも好きなんだけどね。

 

パパは「結果なんて見たくない!」って頭抱えてたけど。

 

杏はやっぱり、花は競い合うからこそ鮮やかに咲くんだと思うよ〜?

 

 

 

 

 

一回戦の結果はゴールデン・サークルの辛勝だった。

 

結果発表なんか見る気がなくても、Twit○erでみんなが実況してるんだから嫌でも様子がわかるっつーの。

 

ここ数日佐久間まゆと新田美波のファンアートがめちゃくちゃ描かれてて人気あるな〜って思ってたから、杏はゴールデン・サークルが勝つと思ってたよ。

 

でもなんか、杏の一歳下の佐久間まゆが嬉し泣きしてる所を見ると、杏も熱くならないわけでもないの……かも……

 

新しく発表された『MUGO・ん…色っぽい』に対しては掲示板で「KTRさすがに振り幅大きすぎだろ」ってツッコまれてた。

 

杏は『KTR=アラン・スミシー説』を推すね。

 

2000年代で一番売れたって言われてるあのアルバムも聴いたけど、さすがに一人で書いたとは思えないもん。

 

 

 

 

 

イベントの二回戦で誰に入れようかとも迷ったけど、青汁を飲むかどうかも相当迷った。

 

パパは「あれはヤバイから絶対に飲むな!」って言ってたし。

 

ママは「パパの言うこと聞きなさい」ときたもんだ。

 

でもアイドルマスターのキャラは欲しいしなぁと思ってたら、パパがバーコードだけ写真で送ってくれることになった。

 

会社で青汁だけ飲んでガチャを回さない人が沢山いるんだって。

 

ラッキー!

 

でもやっぱり青汁美味しいのかなぁ?

 

杏、気になります。

 

 

 

イベントの二回戦は川島瑞樹に入れた。

 

安部菜々もそうだけど、最年長組はめちゃくちゃ楽しそうなんだよね。

 

でも安部菜々のプロフィールが24歳(17歳)ってなってるのはなんだったんだろう、安部菜々ルートを選んだら種明かしがあったのかな?

 

 

 

それを見るために一時間前からパソコンに張り付いていた甲斐があって、二回戦の結果発表は最初から最後まで見ることができた。

 

下馬評通りと言えば下馬評通りな結果だったけど、優勝者が佐久間まゆなら誰も文句はないだろう。

 

新田美波が独身なら一位になれたのにって言ってる人もいるけど、既婚者で安心だから投票したって人のが多いと思う。

 

やっぱりなんだかんだ、結婚してる女性って家柄も人柄も信用できるしね。

 

自分が好きなコンテンツにスキャンダルが起きてほしくないっていうファンは多いから、杏もある程度気持ちはわかる。

 

おっと、佐久間まゆが歌うぞ。

 

この曲もKTRなんだ。

 

 

 

 

 

四分弱の間、Twitte○が静かになった。

 

杏のタイムラインだけだと思うけど、皆聴き入ってたんだろうな。

 

佐久間まゆのオーラは凄かった。

 

さっきまであんなにワタワタしてたのに、前奏が始まった瞬間目の奥に火が灯ったっていうか……

 

あんな杏とたいして変わんないようなちっさい身体でも、彼女はプロフェッショナルなんだな。

 

歌えるかどうかもわからない曲を、あんなに歌えるほど練習してたんだ……

 

ちょっと、感動。

 

パパがうるさく言うのもわかったかも。

 

 

 

それにしても『魔法を信じるかい?』ってタイトルはすごかったな。

 

KTRが彼女達にかけてきた魔法を、彼女達自身に問いかけさせたんだ。

 

同時に、日本中の人に彼女達が見せてきた魔法には、杏達側の信じる努力が必要なんだって事をカミングアウトしたんだよね。

 

アイドルはアイドルとファンの二人三脚で作っていくものなんだぞって、そう言いたかったんじゃないかな?

 

あれ?

 

杏の考えすぎ?

 

 

 

 

 

その後世界的にシンデレラガール佐久間まゆと、KTRの『魔法を信じるかい?』は騒がれてたんだけど。

 

正直杏は音楽としてどうこうとかよりも、もっと下世話な話が気になった。

 

佐久間まゆがラジオで言ったって話題になってたんだけど、印税が凄くて郵便貯金じゃ足りなくなったんだって。

 

えっ?

 

発売から数ヶ月で一千万以上稼いだの?

 

もしかしてアイドルってめちゃくちゃ儲かるんじゃあ……

 

バカ売れCDを三枚も出せば、後はカラオケで不労所得が……

 

アイドルマスターの第二弾、杏もどっかに食い込めないかなぁ……

 

 

 

 

 

まぁ、親がプロデューサーやってるからって簡単に食い込めるわけなんかなく。

 

あっという間に冬が来て、年越しだ。

 

ハロー2013年、グッバイフォーエバー2012年。

 

パパが正月から会社行ってお餅を貰ってきてくれた。

 

古風だねぇ〜、ま、食べるけどさ。

 

…………えっ?

 

なにこれ?

 

無限に食べれる。

 

美味すぎない?

 

これ、社長が作ったの?

 

社長サイコー!

 

パパが一生ついてくよ!!


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