向井拓海 (15) 学生
毎年恒例の、世間では初日の出暴走なんて言われてる走りに先輩のFX(エフペケ)の尻に乗って参加した。
都内に入るまでは最高だったんだけど、いきなり名前も知らねぇ族がうちのチームの横っ腹に突っ込んできて戦争になった。
アタシは木刀でFX(エフペケ)から叩き落されて三人からタコ殴りにされちまった、ポリが来なかったら死んでたぜ。
咄嗟に植え込みの影に隠れてやり過ごしたんだが、動けるようになるまでに二、三時間かかった。
財布もパクられてたから必死で歩いて、途中で雪が降ってきやがって小汚ぇ銭湯の前でとうとう動けなくなってへたりこんだ。
体中痛ぇし、腹も減ったし、何より寒くてたまんねぇ。
人通りもないし、もしかしたら今年の初日の出は拝めねぇんじゃないかと思ってたら、銭湯の中からあの人が現れた。
最初はどうもぼーっとした顔の男だと思ったけど、今思えばあれが真に優しくて強い男の顔ってもんなんだろうな。
とにかくあの人が出てきて「族の姉ちゃん、冷えるから風呂入ってけ」ってアタシを銭湯に引きずり込んだ。
そのまま三つ編みの女に服脱がされて風呂に入れられた。
芯まで冷えてた体がだんだんじわ~っと暖かくなってきて、アタシはそのまま湯船で爆睡しちまったんだ。
しばらくしたらい〜い匂いで目が覚めて、ちょっと逆上せたまま服着て男湯の方に行った。
そこではあの人が目にも留まらぬ速さで餅ついてて、眩しい笑顔で「食うか?」って。
今思い出してもあの速さと力強さは尋常じゃなかった。
まさに男の中の男、漢のついた力餅だ。
七輪で焼いたそれを海苔で巻いて醤油つけて口に頬張ると、体の奥から力がどんどん湧いてくる。
米は甘くて、ほろっと優しい味がした。
何個食っても全然足りねぇ。
きな粉で食ったり砂糖醤油で食ったり、出て来る先から食ってたんだけど、なくなるたびに一瞬で餅が突き上がっていく。
あのヒョロッとした体のどこにそんな力があるのか、突いても突いても全く疲れた素振りを見せないあの漢らしい背中にあたしは一瞬でやられちまったのさ。
あたしがでっかい口開けてその様を見てると「食うか?」って今度は蒸し器からでっかい肉まんを差し出した。
もう手作りのそれの美味いのなんのって。
普段カップ麺とかファミレスの飯しか食ってないアタシには暖かくって嬉しくって、不覚にも涙がポロポロ溢れてきちまった。
その時銭湯の入り口から初詣帰りらしき和服の人達が入ってきて「社長がヤンキーを餌付けして泣かせてる!!」って大騒ぎになった。
アタシはこの人が社長だって言葉だけ聞きつけて、泣きながら「アタシを雇ってください!何でもやります!」って頭下げて直談判した。
この暖かくて大きな背中の人に一生ついて行きたい、そう思ったんだ。
そしたら社長は困った顔して「リ○ナビから応募して頂ければ……」って言って、まわりの社員たちから「冷てえ!」とか「さすがコミュ障!」とかからかわれてた。
その時はすげなく断られてショックだったけど、よく考えりゃあ当たり前の事だ。
あんな素晴らしい社長ならついて行きたいって人間は百や二百じゃきかねぇだろう。
あたしだけ横道からそいつらを出し抜いて社長の下についたんじゃあ道理が通らねぇ、女が廃るってもんだ。
アタシは正月が開けてすぐに、三年の秋ごろからずっと行ってなかった学校に行って、先生に頭下げてリク○ビってやつを教えてもらった。
先生も「あの向井がなぁ……」って嬉しそうだったけど、会社名を聞いた途端無口になった。
「お前、それ本気で言ってるのか?あたしをからかってるんじゃないんだよな」
なんて言うから、アタシはあの元旦の熱い社長の話をしたんだ。
そしたら先生は真剣な顔になった。
「向井、サギゲームスってのは今日本で一番勢いのあるゲーム会社だぞ。お前ゲームはするのか?」
「しねぇ」
「そうか。クラスの奴にでもいい、友達にでもいい、その会社の事を聞いてみろ。きっと知ってるはずだ」
そう言ったあと、先生はアタシに「その会社に入るなら、できればこの高校には入れんといかんぞ」ってパンフレットをくれた。
地区でも有名なガリ勉校で、アタシの頭じゃ逆立ちしたって無理なとこだ。
先生だってわかってるはずなのに「あたしは勉強ならいくらでも教えてやる」って言ってくれた。
「こんな事で諦めるようじゃ女が廃るってもんだ!族も今日限りで辞めだ!死ぬほど勉強してやるよ!!」
アタシの言葉に「そうか」って笑う先生に山みてぇな量の問題プリントを渡されて、家まで二往復して運んだ。
久しぶりに会ったクラスの奴らにビビられながら話を聞いたら、あの社長の作った『大覇道』ってゲームはクラスのほぼ全員がやってるらしい。
元のチームの仲間にも聞いたら「何回も誘ったのに、アタシはいいとか言ってたじゃん」と苦笑された。
仕方ねぇ、ゲームなんか興味なかったからな。
アタシの携帯は古いパカパカだからできねぇし、何より今は勉強だ!ゲームやってる場合じゃねぇ。
先生に貰ったプリントをわかんねぇとこ飛ばしながらやったら、半分以上わかんねぇとこだった。
それでも2日貫徹でやりきってわかんねぇとこを聞きに行ったら、先生に「帰って寝ろ」って言われた。
1日寝て聞きに行ったら「あたしは新婚なんだぞ」って愚痴りながら夜遅くまで教えてくれた。
一人でつっぱって生きてる気になってたけど、結局アタシは色んな人に支えてもらわなきゃ何にもできねぇんだなぁ……
それからは毎日毎日渡されたプリントをやり続けた。
先生は「学校に来い」なんて言わなかった、「どうせ無理」とも「意味ない」とも言わなかった。
ただわかんねぇところを何時間も何時間もわかるまで教えてくれた。
先生にだってやりてぇ事もあんだろうに、これがあたしの仕事だからって毎日毎日付き合ってくれて高校の相談にも乗ってくれた。
大人ってのにはこういう人もいるんだなと、さすがに狭すぎた自分の了見を恥じたぜ。
ずっと話してなかった親にも「高校行きてぇ」って話して、勉強し始めたことを伝えた。
あんなに冷たいと思ってた親も「お前がやる気なら、気が済むまでやりなさい」って応援してくれて。
今までのすれ違いも、全部あたしの一人相撲だったのかもしれないって気持ちになった。
話してみなきゃわかんない事ばっかりだ。
ニ月半ばになって、ようやく三年生になってから行ってなかった分の勉強が終わった。
仲間からすすめられた頭がシャキッとする青汁飲んで、毎日毎日朝から晩までプリントやって、わかんねぇとこが溜まったら先生に聞きに行く。
これまでの人生でこんなに勉強した事ってなかった。
先輩のFX(エフペケ)の尻から後ろ走ってくるゼファーにライダーキックかまして骨折した時より全然しんどいぜ。
先生には「ここから赤本をやって弱点を洗い出していく」って言われて、帰りに本屋で赤本ってやつを買った。
全然わかんねぇ、書いてある事の半分ぐらいしか理解できねぇ。
アタシは朝が来るまで赤本とタイマンはりつづけた。
親に受けてみなさいって言われた私立の入試もニ校ばかり受けた。
どっちも偏差値的には志望校より全然下だけど、前のアタシからしたらめちゃくちゃ頭のいい高校だ。
マークシート式のテストは初めてだったけど、三回見直したから落ちてても悔いはねぇ!
でも受かってたらいいけどな……
面接では族やってた事も、社長に惚れ込んでサギゲームスに入りたくて勉強し始めた事も全部ぶっちゃけた。
親不孝な事はしてきたかもしれねぇが、それを隠して手に入る物はいらねぇ!
アタシは直線番長だ!
何回転んでも、立ち上がってアクセル全開でぶっ飛ばしていくぜ!
結果的に、奇跡的に一校に受かってた。
伝統ある女子校で、うちの母親の出身校でもある。
後でわかった事だけど、この年は奇跡的に少しだけ定員割れだったらしい。
父さんと母さんは寿司を取ってお祝いしてくれた。
母さんは古い制服持ち出してきて「あなた入るかしら」ってアタシに着せようとしてきたけど、全然ダメだ、さすがに胸がきつすぎる。
親戚からも「良かったねぇ」って電話が沢山きた、今までほんとに心配かけてたんだなぁ。
学校に報告に行ったら、先生には「あんたこりゃマークシートの神が降りたね」と言われた。
先生はちょっとだけ泣いてた。
アタシも泣きそうだったけど、まだ本番の本命が終わってねぇ!!
涙はそれまでお預けだ、フルスロットルでいくぜ!
落ちた。
先生が苦笑しながら「そりゃお前内申点ないんだもの」と言って、初めて内申点というものを知った。
めちゃくちゃ悔しかったけど、社長に報告に行ったら「良かったじゃん」って手作りのオムライス食べさせてもらえた。
うおおおおー!!
社長ー!!
大学出て就職するまで待っててくださいねー!!
高校の古めかしいセーラー服に足首までの長いスカートなんて制服にもようやく慣れ、アタシはいつも居座っているドトールで勉強していた。
先生にも「早慶行きたいならこのまま三年まで毎日二時間勉強続けな!」って言われたしな。
「ここ、よろしいですか?」
それと社長に言われたプログラミングってのを覚えなきゃなんねぇ、大学出ただけで入れる会社じゃないって父さんも言ってたしな。
「少し、お話よろしいでしょうか?」
やる事がありすぎて時間が足りねぇ、族やってた頃はあんなに暇だったのによ。
「あの、すみません」
「ああっ!?」
気づいたら、同じテーブルにすげぇ迫力ある顔の男が座ってた。
「少しお話よろしいでしょうか?」
「見てわかんねぇのか?忙しいんだよ」
「アイドルに興味はありませんか?」
「なんだそりゃ!ねぇよ!」
アイドルってなんだ?
新興宗教か?
「そこらへんに女いっぱいいんだろ、相手してもらってこいよ」
「いえ、あなたにお願いしたいのです」
「は?なんで?」
「笑顔です」
「お前ラリってんの?」
想像以上にやべぇやつだった。
これはさすがにポリの世話になるしかねぇな。
あたしが入学祝いに買ってもらったスマホを取り出すと、さすがに男も慌て始めた。
「本当に怪しいものではないんです」
「あーあー、もういいから」
「その、サギゲームスのアイドルマスターという企画なんですが……」
「やるっ!!!」
あたしはアイドルになった。