エセ料理人の革命的生活   作:岸若まみず

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もともと休日出勤が暇だったのでその空いた時間に書いていたのですが、休日出勤がなくなってしまってリズムが崩れました


第9話 きらりのお客様感謝デーとシンデレラガール

縁側に放っておいたビーチサンダルが、溶けて踏石にへばりつくぐらい暑い8月。

 

別に握手券も投票用紙も入れていないのに、アイドルマスタープロジェクトの第1弾CDは発売から3日で完全に店頭から姿を消したらしい。

メンバーが開設したT○itterのアカウントもあっという間にフォロワーが6桁を越え、美波のアカウントには俺に対する殺害予告が3件も送られてきた、草。

『既婚メンバー○○の夫です、妻に粘着するのはやめてください』みたいなアカウントも沢山でてきて、まとめサイトの飯の種になっていた。

良くも悪くも話題になったせいか、大覇道全体のユーザー数もいきなり30%増え。

俺の企画を口を極めて罵っていた奴らは手のひらを回しすぎて腱鞘炎になり。

ここの会社ならどんな企画でも通ると思ったのか、暖めすぎて腐ったような無茶苦茶な企画を持ってくる奴が毎日列を成しているらしい。

この企画を初めて一番驚いたのは、あのクソ忙しい俺の親父が会社に来て「佐久間ちゃんのサイン貰えないかな、4枚」って言い出したことだ。

何やらオジサン方の間でもちょっと話題になってるらしいな。

 

さて、プレスだけを集めて行うつもりだった結果発表会だが、各業界から参加希望者が続出して予約していた狭い多目的ホールが満杯になった。

狭いステージの上でリリース済みの3曲を披露する女の子たちに、ネット中継は大盛り上がりだ。

 

『まゆー!!』

『まゆちゃーん!!』

 

Love∞Destinyを歌い終わり、最後までカメラに手を振っていた佐久間まゆにファンからの声援コメントが飛び続けている。

彼女と入れ替わりでうちのイケメン社員が舞台に出て進行を始める。

 

「それでは、えーお時間も差し迫ってまいりましたので。そろそろ結果の方をですね、結果発表させて頂きたいと思います」

 

生放送には『喋り下手すぎだろ』というコメントが流れまくっているが、こいつはジ○ニー○にいてもおかしくないレベルのイケメン野郎だ。

こういう時に使わずいつ使う、イケメンは全てに優先されるのだ。

 

「えー、沢山の……ですね、非常に沢山のユーザーの皆様から投票していただきましたのですが。これがなかなか、僅差でございまして」

 

総合プロデューサーが手をぐるぐる回している、もっと巻けということだ。

 

「えー、それでは発表させていただきます……」

 

会場が暗くなり、ドラムロールが流れる。

この間にアイドルたちはイケメンの後ろにユニットごとに分かれて並んでいる。

 

「勝ったのは!…………ゴールデン・サークル!!」

 

パッとついた照明がゴールデン・サークルの5人を照らす。

涙を抑えきれない佐久間まゆに、残りの4人が抱きついて頭を撫でたり背中を叩いたりしている。

 

正直俺はLippsが勝つと思っていたんだが。

意外や意外、佐久間まゆと新田美波の人気がとにかく物凄くて、僅差で正統派超美人グループLippsを打ち破って勝ってしまった。

 

ここからはLippsがステージ上でお礼なんかを言ってる間に、ゴールデン・サークルがお色直しをして新曲の披露だ。

 

城ヶ崎美嘉が「Lippsのみんなと歌えてぇ……本当に楽しかったです……!」と言いながら泣き崩れているのをメンバー達が囲み、総合プロデューサーが泣きながらそれを見ている。

舞台端から合図が来たので、総合プロデューサーの代わりに合図を出してイケメンを前に出させる。

仕事しろよこいつ!

 

「それでは、はっぴ、発表して頂きましょう!アイドルマスタープロジェクト、次の課題曲の『MUGO・ん…色っぽい』です」

軽快なギターのリフから始まったその曲は、まさに俺の前世の古いアイドルポップスそのものだ。

もちろん武田蒼一の編曲によってこの世界の色に染められてはいるが、どんな人間でも心の中の青春をくすぐられずにはいられない、そんな新鮮で純な曲に仕上がっている。

おっさんは純に弱いからな。

 

例のごとくアイドルたちが1人1人前に出てワンフレーズ歌っては後ろに下がっていく。

ステージ上を踊りながら立ち位置を変えてクルクル回るその動きは、ネットでは美少女回転寿司とか車懸りの陣とか言われているらしい。

ラストはもちろんみんなで前に出て来て合唱だが、基本的にこの曲は1人で歌うのに向いている、リリース版ではそれぞれの良さを噛み締めてほしいな。

なんて事を考えていたらイベントが終わっていて、記者達も三々五々帰った後だった。

どうも浸りすぎたらしい。

 

結果発表も新曲も話題になったが、同時に発表された青汁ピックアップガチャの話題でインターネットは騒然としているらしい。

青汁ピックアップガチャとは、結果発表イベントの翌日から発売された紙パックの青汁についたQRコードを3つ集めて引くものだ。

通常ガチャでは1個2円から1.17円する石を250個集めて回す、つまり1回だいたい500円。

それに比べて青汁ピックアップガチャは1本120円の青汁3本、つまり1回360円で回せる大変なご奉仕価格になっているのだ。

(ただしUR、SSRは出ない)

俺がゲーマーの皆に健康になってもらいたいと願いを込めて作ったヤバい美味さの青汁とお得なガチャ、これは品切れ間違いなしだ。

あとイベントシナリオでお助けキャラとして出てきた、アイドルマスタープロジェクトのキャラクター達が手に入るのもこのガチャだけ。

売れない理由がない。

さぁ……多々買うのだ……

 

『爺に青汁飲ませてガチャ回した』

『【悲報】 大覇道運営、頭がおかしい』

『青汁捨ててるやつ一口飲んでみろ』

インターネットの掲示板ではこういうスレッドが朝から乱立しているらしい、就業時間内だというのに社員が喜々として教えてくれた。

コンビニエンスストア各チェーンに納入された青汁は、全国的にほぼ瞬殺だったらしい。

紙パックの一部を透明にして、飲んだら反対の内側に印刷されたコードが見えるようになる仕組みだから転売屋も安心だ。

一応コンビニ側には箱で売るなと言っておいたが、恐らく守られないだろう。

というかコンビニ店員が箱ごと転売しているのを晒されて炎上していた、はっきり言って頑張って出荷する以上の対策は無理だ。

それ以前に真夏に要冷蔵のパックのジュースを箱ごと転売するってのはかなりヤバいと思うけどな、俺は知らねーぞ。

 

アイドル活動で忙しい安部菜々の代役というわけではないが、飯屋きらりには16歳女子高生の原田美世というバイトが入ってきた。

俺も一度顔を合わせたが、真っ赤に塗ったZXR250に乗っていた。

ザクホース付きの不思議バイクだ。

モーターのついたものを弄くり回すのが好きらしいが、同じぐらいきらりの飯も好きだからバイト先に選んだらしい。

 

そんな新メンバーが入った飯屋きらり、今日は毎月2回のお客様感謝デーだ。

これは別に客に感謝して値引きとかをするわけじゃない、こっちが勝手にサービスを考えて楽しむっていう行事だ。

内容的にはほとんど高校の文化祭の悪ふざけした飲食店みたいなものだ。

 

最初のお客様感謝デーは家庭飯屋きらりってコンセプトだった。

まず客席のド真ん中に椅子に座ったヒモがいて、入ってくる客に「今何時だと思ってるんだ!」と絡む。

それからエプロン姿の三船譲が「おかえり、肉じゃがあるけど食べる?昨日のカレーもあるけど」と注文を取り。

女子大生っぽいファッションの和久井女史が「あんたも馬鹿ね、父さんが寝てから帰ってきたら良かったのに」と料理を持っていき。

セーラー服を着た佐藤が「あたしはお兄ちゃんがご飯の時間に帰ってきてくれて嬉しいけどね」と水を持っていく。

なお女優は全員同い年だ。

寸劇には男女を別にしたり色んなバリエーションがあったらしいが、この時点では概ね客は困惑していた。

 

次にやったのが大阪飯屋きらりだ。

これは店内のテレビで吉本新喜劇を流し、トイレにはラジカセが置かれ爆音で六甲おろしがエンドレスリピート、そして店員がコテコテの関西弁で接客するというものだった。

「まいど!」「おおきに!」と明るく言う三船嬢にキュンと来た男性客も結構いたらしい。

お好み焼きライス定食とたこ焼きライス定食と串カツ定食はなかなかの人気を博した。

が、まだこの頃は客にも遠慮があった。

 

次のメイド飯屋きらりあたりから客の方もお客様感謝デーに慣れ始めた。

メイド飯屋に関しては特筆すべき点はない。

執事服を着たオッサン達とメイド服を着た女たちが白米の上にカレーで絵を描こうとしたり、正気とは思えないテンションで客と手遊びしたり、謎の不味いノンアルコールカクテルを出したり、客と一緒にポラロイドカメラで写真を撮ったりしたぐらいだ。

客達も掲示板で「次は何かな」みたいな話をしたり、行き損ねた奴が場を荒らしたりしだした。

 

その次、麺屋きらり飯屋。

この時俺はちょうど暇だったから、前日から本気で仕込んだ煮干しラーメンを出した。

凝ってたんだよな、社長どもの食事会用に二郎系とかも作って色々研究してたんだ。

店員達にもこの日のためだけに麺屋きらり飯屋のTシャツとタオルを作ったりして、いかにもなラーメン屋スタイルで接客したりした。

普段俺のガチ飯を食べてる店員達が食っても感動するレベルの味だったからか、一巡目の客が一口目を食べた瞬間店がザワついた。

後で『高校の文化祭に行ったら本場の北京ダックが出てきた感じ』と掲示板に書かれていたらしい。

『カレーの3倍美味かった』なんて言うやつもいて、来れなかった奴らは地団駄踏んで悔しがったそうな。

客の方も色んな意味で感謝デーから目が離せない感じになってきた頃だ。

 

そして次、宇宙飯屋きらり。

ヒモプロデュースの意味のわからん企画で。

みんなで銀色の服を着たり、片目に眼帯をつけた海賊の格好をしたり、耳を尖らせて道着みたいなのを着たりした。

着色料とか使って青いカレー作ったり、真っ赤なコーンポタージュを作って見た目で味がわからない感じにしたり、ダークマターとか言ってコーヒーを出したりした。

テレビでは全然関係ないスタート○ックが延々と流され、客の困惑を呼んだ。

他の感謝デー企画はどれも最低2回は続いたが、これだけは1回で打ち切りとなった。

 

その次、味っ○飯屋きらり。

ミス○ー味っ子のシチュエーションを模した茶番料理対決のあと、味皇役になった客達が「うーまーいーぞー!!」と言う安部菜々プロデュースの人気企画だ。

自分の料理と俺の料理を直接比べられた三船嬢はかなり落ち込んでいたが、こればっかりはしょうがない。

 

そして次が華麗なる飯屋きらりだ。

漫画『華○なる食卓』に出てくるカレーを片っ端からパクって作り、バイキング形式にした企画。

これも非常に人気で、味っ○飯屋きらりと交互に開催されてかなりの集客率を誇った。

 

そしてついにその次が今回の企画だ、ようやく今日の話に入れる。

今回はうちがやりたくてやる企画というわけではなく、どっかの社長の娘に『例のあれを作ってくれ』と100回ぐらい言われて渋々やる企画だ。

その名も『飯屋きらり 漢』。

要するに二郎系だ。

壁には例の文言が書かれた張り紙。

黒のTシャツに頭はタオル。

券売機には『漢』の一文字。

その横には『スイーツ(笑)』のボタンもあり、女性への配慮もバッチリだ。

せっかくだから青汁も『漢汁』として売ることにした。

 

どっかの社長の娘には開店前に来てもらって先に食わせて帰したんだが、引くぐらいがっついて食っていた。

クールなイメージの人なのに、あんなに豚骨の匂いをプンプンさせながら帰ってもいいんだろうか?

いや……満足してもらえたならそれでいいんだ、ある意味彼女のための企画だからな。

 

開店時間になって先頭客の太った眼鏡の男が入ってきた。

まず腕組みをして圧を飛ばす俺達を見て、券売機を見て、もう一度俺達を見た。

戸惑いながらも漢、汁、スイーツ(笑)のよくばりセットを買い、カウンターに座る。

和久井女史がビッと手を出し「ニンニク入れますか?」と聞くとやはり戸惑った様子を見せるので、ニートが壁の張り紙をトントンと叩く。

 

野菜……マシ、マシマシ (ヘルシー)

ニンニク……マシ、マシマシ (パワーアップ)

背脂……マシ、マシマシ (甘くておいしい)

辛め(醤油)……後からでも頼めます

全マシ、全マシマシOK!

 

客はそう書かれた紙を一瞥して「全マシマシ」と言った。

とりあえず1番多いのを頼むのは男の悲しい性なのかもしれんな。

続く客たちも全員全マシマシを頼み、地獄の時間が始まった。

 

カウンターのこちら側から全マシマシの威容が見えるにつれ、客の顔色が青ざめていくのがわかる。

初見殺しですまんな、食え。

 

ファーストロット5人の配膳が終わる頃には、他の客たちは全マシマシを頼まなくなっていた。

店内の客は皆様子見に徹している。

今の段階では誰の目にも麺どころかスープすら映っていないので、今提供されているものをラーメンだということも認識できていないかもしれない。

見た目は背脂の塊とニンニクが乗った大盛り茹で野菜だからな。

 

ファーストロッター達は何がなんだかよくわからないものを食わされているにも関わらず、すぐに箸が止まらなくなった。

匂い立つスープが食欲をかきたて、野菜に絡みつく背脂が無理矢理に口を開かせる。

野菜の下から顔を出した麺に驚いたり納得したりしながら一心不乱にすすり、青汁とラーメンのミスマッチに頭を抱え、スイーツ(笑)がただのホームランバーにしか見えない事に混乱し、限界以上に膨れた腹にふらつきながら帰っていった。

 

この日はさすがに2回以上列に並ぶ猛者はあんまりいなかったようだ。

 

きらりのイベントが終われば、今度はゲームの方のイベントだ。

2週間の準備期間の間に新しく出したCDはまた売り切れ、大覇道のユーザー数はまだまだ伸びた。

急遽アイドルマスターチームによるライブ企画が持ち上がったが、さすがに時間も持ち曲も足りないので秋か冬に持ち越す事になった。

総合プロデューサーは早速楽曲コンペに入っているらしいし、イベント第2弾をどうするのかということでも熱い議論が交わされているらしい。

 

残ったメンバー達はラジオやネット番組のゲストなんかをこなしながらも元気そうにやっている。

 

現場慣れしている川島瑞樹さんはもちろん、素人の楓や美波も堂々としたもので危なげなく仕事をこなしている。

 

美波と一緒に人気が爆熱した佐久間まゆは書き込み以外のTwi○terやエゴサーチを止められ、コンビニに行くときでも絶対にスタッフがついて回っている。

インターネットには13歳の少女が見るには下世話すぎる話題も多いし、男にモテる女というのは女からの当たりもキツい。

せめてこのイベントが終わって魔法が解けるまでは、無垢なお姫様のままでいてほしいと願わずにいられない。

 

安部菜々は掲示板に証拠付きでスレ立てをして各所から厳重注意を受けた。

大の大人がしょーもない事で怒られて泣きながら謝るのを見るのは辛い、しかも二重の意味で俺が雇い主だ。

物凄く申し訳ない気持ちになった。

 

1回戦で敗退したLippsのメンバーは全員で温泉旅行に行っているらしい、うちの社員もビデオカメラ引っ提げてついて行った。

 

とにかく会社中がアイドルマスターチームのファンという感じですごい熱気だ。

壁には誰かが撮ってきたのであろうメンバーとのツーショットチェキがバンバン貼ってあり、経費も出てないのにアイドルマスターの記事が載った雑誌が喫煙スペースのソファに積み上げられている。

 

「まるで大学のサークル棟ですねー」

 

とは千川さんの談だ。

無茶な残業をやらせてきたのは俺だから強くは言えんが、近頃我が社は明らかに箍が外れてきているように感じる。

総務部がある3階の男性トイレが女性社員の化粧室として占拠されたと陳情が上がってきていたし。(総務部が陳情を受け却下した)

食堂の壁際には会社が始まってからの少年ジャ○プや女性週刊誌が積み上げられてタワーになっていて、清掃から破棄するよう陳情が上がってきたし。(総務部が陳情を受け却下した)

外部の人間が出入りしない開発に至っては壁に勝手に穴を開けてハンモックを取り付けたり、誰かが持ち込んだミニバイクのエンジンがポート研磨途中で放置されていたりする。

屋上で勝手にバーベキューをやって室外機のパイプを踏んで傷つけた奴もいて、ビル管理部が躍起になって犯人を探している。

これは俺がやった。

とにかく浮かれに浮かれた高校生か大学生のような生活ぶりなわけだ、応接室の机が雀卓になっていたのを辞めさせただけでは綱紀粛正になんの効果も発揮されなかったらしい。

夏のイベントが終われば、ここらへんもしっかりと正していかねばなるまい。

 

 

 

さていよいよイベント開始だ、地獄の釜が開いた。

鯖管が悲鳴をあげ、開発が修正と戦い、仕事が手を離れた数人は有給を取って海外に旅立った。

それにしても、イベント開始当日からテレビで流れだした曲入りのCMの反響は絶大だ。

キャラ絵バージョン、実写バージョン、そして大物芸能人バージョンを全部30秒枠で流している。

正直こんな大盤振る舞いしていていいのか俺は心配だが、CMってのはイメージ戦略だからな。

安心安全ですよっていうお墨付きを買うようなもんだ、特に大物芸能人を使えばゲームで遊ぶ子ども達の親御さんも安心ってわけだ。

ローラースケートに乗った元祖男性アイドル達が踊り、ゴールデン・サークル達にバトンタッチして『行くぞ!アイドル新時代』ってコピーが出る安っぽいCMだが、まぁ受けている。

めちゃくちゃ受けている。

俺には理解できないぐらい流行っている。

 

理解できない事が次々に起き、俺はここでアイドルマスタープロジェクトが完全に俺の手から離れた事を感じた。

立ち上げたのは俺だが、後は彼女たちの魅力だけでも空高く飛んでいけるだろうという確信がある。

俺にできることは地上から彼女たちに情報を送ることと、有形無形の様々な支援をする事だけだ。

 

俺はここで手を離してしまったが、総合プロデューサーは違った。

高く飛び立つアイドルマスタープロジェクトに、気持ちが悪いぐらい全力で必死に食らいついていた。

 

「映画化です!」

「え?なんの映画?」

「アイドルマスターです、ドキュメンタリー映画。撮れ高は十分にあります」

「映画にする要素あった?」

「友情、努力、友情、勝利、友情、そして歌とダンス、映画にする要素しかないです、年末公開で予定してますので」

「あ、はい……」

 

映画化だそうだ。

総合プロデューサー曰く、自然な様子をカメラに収めるため企画終了までは映画化の事をアイドル達に伝えないようにとの事だ。

すげぇな、完全に事後承諾だったもの。

こんな会議ねーよ、まぁ総合プロデューサーがやるって言うならなんでもやらせようとは思ってるけどさ。

とにかく10月にライブ、年末に映画、来年にイベント第2弾を予定しているらしい。

各事務所にも打診はしてあり好感触とか。

本気で走りまくってるなこいつ。

一応燃え尽きないようにスタミナ料理を作ってやろうと思った8月の午後だった。

 

 

 

サーバーとファンを熱くしたイベントは無事に終わりを迎え、今日はついに悲喜交交の結果発表だ。

前回よりもキャパが広い会場を借りたが、やはり満員、当日にいきなりやってきて入れずに喚くマスコミもいたぐらいだ。

前回よりは幾分広いステージでLippsとゴールデン・サークルが持ち曲を披露した後、ゴールデン・サークルだけがステージの上に並んだ。

いつものグループ衣装じゃない、この日のために作ったお姫様のための特別なドレスだ。

ちなみにこの特注ドレスのアイデアは総合プロデューサーが出し、金は俺のポケットから出た。

 

川島瑞樹はクールな青のドレスに身を包み、不敵に会場を睥睨している。人前に出る事に一番慣れているのはこの人だ、これまでメンバーをよく引っ張ってくれた。

 

高垣楓は深い翠色のドレスを着て、決めポーズで直立不動だ。正直何着ても似合っちゃう人だからな、5人の中でもヴィジュアル面では完全に突出しているからある意味浮いている。

 

新田美波は所々に青のアクセントが入った純白のドレスでまるで花嫁衣装だ、姿を表した時に会場からどよめきが聞こえた。これは正直たまりませんよ、昨日は汚さないように苦労した。

 

安部菜々はうさ耳付きのオレンジと黄色の明るいドレス、腋が丸見えなのは24歳としてどうなんだろうか。楽しそうにカメラに向かってピースサインを出している、最年長の1人なのにこの人が一番の問題児だ。

 

佐久間まゆはイメージカラーのピンクから逸脱し、少し大人びたワインレッドのドレスだ。体のラインに沿ってゴールドのリボンが装飾され、正直ちょっと正月飾り感というか、目出度い感じに見える。でも決まりすぎないのも12歳等身大の彼女の魅力だろう。

 

5人の前にいつものイケメンが出てきて仕切りを始める。

 

「えー、大変ですね、名残は惜しいのですが結果のですね。発表の時間が来てしまいました。第1回をですね、え?はるか?はるかに?はるかにですね、凌ぐ投票率という事で大変白熱した企画になりました」

 

俺は総合プロデューサーから奪ったウルトラオレンジのオタク棒をグルグル回す、巻け巻け巻け!

 

「えー、巻くように言われておりますので、結果発表です」

 

ドラムロールが鳴り響く。

 

「第5位、得票率8%、高垣楓嬢!」

 

会場からは拍手が鳴り響き、前に出た楓がカーテシーでお辞儀をすると『楓さーん!!』『楓ー!!』と声が飛んだ。

この場に単なるファンはいないはずなんですけどねぇ……

身内以外の招待客はプレスと芸能関係者だけのはずだ。

 

「第4位、得票率11%、川島瑞樹嬢!」

 

拍手が鳴り響き、川島さんはドレスを見せびらかすようにクルッと一周回り、右足を引き右手を腹に当て左手を横に差し出した。

拍手と一緒に『瑞樹ちゃーん!』『川島ー!!』と声が飛ぶ、どうも熱心なやつがいるようだな。

 

「第3位、得票率15%、安部菜々嬢!」

 

安部菜々は拍手に包まれながら会場の色んな所にペコペコお辞儀をする。

『せーの……』『『『ウッサミーン!!』』』という声援に対しては照れくさそうに頭の上に手で耳を作って返している。

 

「そして第2位!」

 

これまでよりも長いドラムロールが鳴り響き、スポットが舞台上を駆け回る。

 

「得票率32%」

 

会場中が息を呑む。

 

「新田美波嬢!」

 

静まり返る会場の中を美波はモデル歩きでステージの前まで行き、臍下で指先を揃えて深々と綺麗なお辞儀をした。

そこで拍手が爆発し『美波ーっ!!』『ンミナミィーーッ!!』『ありがとーー!!!」という呼びかけの声がしばらく止まらなかった。

 

完全に客席が静かになり、佐久間まゆ以外のアイドル達が後ろにはけた後、また会場が暗くなった。

 

「それでは発表いたします。第1位、栄えある初代シンデレラガールは……得票率34%で佐久間まゆ嬢!」

 

会場が完全に明るくなり、呆然とする佐久間まゆをカメラのフラッシュとこの日1番の会場からの拍手が迎えた。

佐久間まゆの背中を他の4人が押し、ステージの前まで歩かせる。

タキシードを着た総合プロデューサーが出ていき、佐久間まゆの頭にティアラを飾った。

佐久間さんが慌ててお辞儀をすると頭からティアラが転げ落ち、それを総合プロデューサーが慌ててキャッチ、会場が爆笑に包まれた。

結局ティアラは総合プロデューサーが持って帰ってきた、マジモンのジュエリーで高いからな、後で落ち着いたらつけさせよう。

 

何やら佐久間さんがしどろもどろにスピーチをしていたようだが、俺は総合プロデューサーと段取りの話をしていて聞き損ねた。

 

舞台上は順調に進行し、シンデレラガールによる歌の時間となったようだ。

 

 

「それでは歌って頂きましょう、佐久間まゆ嬢で『魔法を信じるかい?』です」

 

 

元の世界のアメリカのバンドの古い曲だ。

簡単な英語の歌いやすい歌だが、佐久間さんは初めて触れる英語に四苦八苦していたな。

トレーナーさん達やゴールデン・サークルの皆に教わり、涙目になりながら発音の練習をしていたのを覚えている。

今じゃ堂々としたもんだ、子供の成長ってのは早すぎて面食らうよ。

 

 

「これまでずっと日本語でやってきて、いきなり英語?」という感じで会場は困惑していたが、佐久間さんの歌う映像が翌日のBBCで流れて世界中にその存在が知られたらしい。

 

Y○UTUBEに投稿されたテレビ映像の再生数もモリモリ回り、KTR人気の健在っぷりを示している……らしい、企画通すために名前使ったのは俺だけどあんまり考えたくない。

 

CD発売が決定した高木社長はホクホク顔で『うちも女性アイドル部門を設立するよ』とか言ってたが、ちょっと動きが遅い。

961と美城からは夏フェスの直後ぐらいに女性アイドル部門設立のお知らせが来ていたぞ、ここらへんの動きの早さが一流の一流たる所以なのかもな。

 

そんな美城の女性アイドル部門担当プロデューサーにされた武内君は、結果発表の後でティアラをつけた佐久間さんを囲んで皆で写真を撮るアイドルマスターチームを見て何かを考え込んでいた。

俺は彼の肩をポンポン叩きながら「これが歌の力、アイドルの力、そして笑顔の力だよ」なんてウザ絡みしていたが。

 

武内君は「笑顔の力……パワー・オブ・スマイル……ですか」とか真顔で言い出して返しに困った。

 

一緒にキャバクラ行ったときの三分の一ぐらいでもいいから仕事でもふざけてくれたらいいのに、仕事ではとことん真面目だからな。

そこも彼の魅力か、俺はこれからもどんどん彼を頼ろうと決意を新たにしたのであった。




巻け = 急げ
MUGO・ん…色っぽい = 88年発表の工藤静香の歌
銀色の服 = マーキュリー計画の宇宙服
片目に眼帯をつけた海賊 = 宇宙海賊キャプテンハーロック
耳を尖らせて道着 = マスター・ヨーダ
チェキ = 独自規格の写真が撮れる富士通のインスタントカメラの事であるが、アイドルやバンド文化の中ではそれでアーティストを撮影したものをグッズとして販売する事もある
魔法を信じるかい? = ニューヨークのバンドThe Lovin' SpoonfulのDo You Believe In Magic

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