千歌と女子生徒は海に真っ逆さまに落ちてしまった。俺は二人を助けている最中だ。
「龍ちゃん!助けて!」
「誰か…誰か助けてください!」
「千歌!これに掴まれ!」
俺は浮き輪をロープに結んで千歌へ投げた。千歌は女子生徒の肩を持ち、浮き輪に掴まった。よし、これで二人を助けることができた。
そう思ったのも束の間だった。浮き輪の強度が低いからなのか、二人分の重さが耐えられなかったのからなのかはわからなかったが、浮き輪は少しずつ沈んでいっていた。
「くそっ…仕方ねーな…千歌!お前はそのまま掴まってろよ!その子は俺が助けるから!」
千歌に浮き輪を渡して俺は海に飛び込んだ。四月の海はやはりまだ冷たかったがそのまま女子生徒を抱きかかえ砂浜へと戻った。
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「へっ…へっくしょい!」
「大丈夫か千歌?君も風邪とかひいてないか?」
砂浜へと戻った俺達はドラム缶に火をつけて、暖をとっていた。タオルは千歌がすぐに家からとって来てくれたのだ。
「寒いだろ?俺ので良ければ貸すよ。あとこれ、コーヒーだけど飲む?」
俺は海に飛び込む前に脱いでおいた制服を女子生徒の肩に掛けてあげた。それと一緒に、さっき自動販売機で買ってきた缶コーヒーを差し出した。
「はい…色々とありがとうございます」
「千歌、お前も飲むか?」
「うえ…嬉しいけど私コーヒーは…」
「そう言うと思ったからお前のはココアにしておいたよ」
千歌は平然としていたが、女子生徒は寒そうにしていた。やはりこの辺に住んでいる人ではないようだ。
「千歌、人助けをするのはいいけど、無理はするんじゃないぞ。体を壊したら大変だろ」
「…うん。心配かけてゴメンね…」
「いや、お前が無事ならいいんだよ」
千歌はココアの蓋を開けながら俺に謝ってきた。二人とも無事で本当によかった。
「君もだぞ。この時期にウェットスーツも着ないで海に飛び込むのは危険すぎるぞ」
「沖縄じゃないんだから…海に入りたいんだったらダイビングショップだってあるのに…」
「ごめんなさい…」
二人とも反省していた。女子生徒の顔をよく見てみるととても綺麗な顔つきをしていた。それにけっこう大人しい性格のようだな。俺の好みかもしれん。
「なんで海に入ろうとしたんだ?」
「…海の音が聞きたいの…私、ピアノで曲を作っているの。でも、海の曲のイメージが浮かばなくて…」
「作曲出来るなんてすごいね!この辺の学校?」
「……東京…」
「東京?わざわざここまで来たのか?」
「わざわざっていうか…」
この子は海の曲を作るために東京から来たようだ。それにしてもわざわざ東京からか…相当な情熱の持ち主なんだな。
「じゃあスクールアイドル知ってる?ほら東京では有名なグループ沢山いるでしょ?」
「何の話?」
どうやら彼女はスクールアイドルが何かを知らないらしい。
「本当に知らないの?学校でアイドル活動をしていて…ドーム大会が開かれたこともあるくらい、超人気なんだよ!」
「ごめんなさい…ずっとピアノばかりをやってきたから、そういうのに疎くて…」
「じゃあ見てみる?なんじゃこりゃーってなるから!」
千歌は彼女にケータイの画面を見せた。これは確かスクールアイドルの人気に火をつけたμ'sというグループだったかな。
「これは…」
「どう?すごいでしょ?」
俺も千歌に見せてもらったことがあるが、あれは本当にすごかった。俺はすごく感動した。
「なんていうか…普通?アイドルっていうから、もっと芸能人みたいなのかと思ったっていうか…」
「…だよね。だから衝撃的だったんだ…私は、普通星に生まれた普通星人なんだって…」
千歌は昔から俺や曜、果南姉さんと自分を比べてそう言っていた。はっきり言って俺も普通なんだけどね。
「普通星人はどんなに変身しても普通なんだって。それでも、いつか何かあるんじゃないかって思ってたんだけど…なーんも無くていつの間にか高ニになってた」
知らなかった…千歌がこんなことを考えていたなんて… いつも自分のことを普通だと言っていたのは知っていたけど、そこまで考えていたとは思わなかったな。
「…そんな時、出会ったんだ。あの人達に!」
千歌はμ'sの曲を流し始めた。この曲は…確かμ'sのSTART:DASH!だったかな?
「みんな私と同じような、どこにでもいる普通の高校生なのにキラキラしてた…」
憧れを語る千歌の目は何よりも輝いていた。本気でスクールアイドルをやりたいという気持ちが俺にも伝わってきた。
「それで思ったの。一生懸命練習して、みんなで心を一つにしてステージに立つと、こんなにもカッコよくて、感動できて、素敵になれるんだって!スクールアイドルって…こんなにもキラキラ輝けるんだって!」
俺と女子生徒は一言も発さずに千歌の言葉を聞いていた。不思議と引き込まれる気持ちになった。
「気付いたら全部の曲を聞いてた。毎日動画を見て…そして思ったの。私も仲間と一緒に頑張ってみたいって。私も…輝きたいって!」
千歌の言葉を聞いた俺には一つの思いが生まれた。俺は何があっても千歌の応援をしたい。何かがあったら手助けしてやりたい。
「ふふっ…あなたって面白い人ね。スクールアイドル、なれるといいわね」
「千歌…俺は何があってもお前の味方になるよ。約束だ。スクールアイドル部、手伝うよ!」
「龍ちゃん…ありがとう!」
千歌はそう言って俺に抱きついてきた。やめろ、彼女が見てるだろ…
「私、高海千歌!あそこにある浦の星学院の二年生!」
「俺は海藤龍吾。こいつと同じで浦の星学院の二年生だ!」
「私は桜内梨子。高校は…音ノ木坂学院!」
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梨子さんと別れた俺と千歌は駐車場に止めておいたバイクに乗って帰路を急いでいた。
「桜内梨子ちゃんかぁ…可愛い名前だったね!」
「可愛いの基準はよくわからないけど…確かにいい名前だったな」
「また会えるといいね!」
「ああ。そうだな!」
俺と千歌は今日出会った梨子さんについて話していた。
俺には可愛いの基準についてはよくわからないと千歌には言ったが、梨子さんは俺から見たらとても可愛くて、いい子で…心の底からまた会いたいと思った。
(アドレス…交換しとけばよかったかもな。)
「ああっ!お母さんに旅館の手伝いを頼まれてたんだった!龍ちゃん!急いで!」
「ああ!わかったから!しっかり掴まってろよ!」
俺は少しバイクの速度をあげ、千歌の家へと急いだ。全く…毎日のように俺のことをこき使いやがって。今度アイスでも奢ってもらうか…
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(海の声、聞こえなかったな…)
その頃、自分の家に到着した梨子は、今日の出来事を思い返していた。
(今日は本当に色んなことがあったな…海に入って溺れそうになって、千歌ちゃんと海藤くんに出会って…)
梨子は自分が溺れかけた時に、龍吾に助けてもらったことを思い出して、微かに頬を赤く染めた。それは完璧に恋する少女の表情だった。
(あの時、腕から伝わってきた海藤くんの温もり…すごくよかったな…海藤くん…すごくカッコよかったな…また会いたいな…)
梨子の胸の中は動き始めた恋心に満たされていた。
To be continued…
自分でも主人公の性格を完璧には把握出来てないです。
まだ人物像が纏まってないんですよね。
頑張らなくては…
それではまた。