今回の話は本編とは特に関係ないです。別のお話としてお楽しみいただければ幸いです。
今日は2月14日。一般的に世の中ではバレンタインと呼ばれている日だ。日本では女性が男性にチョコレートを渡すことになっているが、実際には男性が女性に贈り物をする日なのだ。これテストに出るぞ。
とか何とか言ってみたけど本音はリア充とかいう人種に対する羨望に過ぎない。俺には彼女とかいないし。幼なじみは何人かいるけど、今まで渡してくれたことなんて一度もない。俺は母親にしかチョコレートを貰ったことがなかった。
「はぁ…」
「龍くん?何か元気ないね。どうしたの?」
「…いや、気にしなくていい」
俺の隣にいるのは幼なじみの一人の曜だ。毎朝家まで迎えに来てくれる健気なやつだ。
「そういえば千歌はどうした?」
「もう行っちゃったよ。今日は早起きしたって」
「なにィ!?今日は雨?それとも雪…」
「ちよ、大袈裟だよ!」
「いやいや!だってあの千歌が早起きだよ?季節外れの台風か?それとも猛吹雪?」
「龍くん!落ち着いて!」
曜に窘められて俺はようやく落ち着いた。本当にビックリしたな。
「はぁ、朝から大声出したから疲れたわ…」
「……だったらさ、これ食べてみない?」
そう言って曜が差し出してきたのは丁寧に包装された四角い箱だった。
「なにこれ?」
「チョ…チョコレートだよ!偶然鞄の中に入ってて…偶然なんだからね!」
明らかに動きが怪しいがそれにはまぁいいか。彼女が偶然と言うなら偶然なんだろう。
「まぁ、ありがとうな。一つ食べてみてもいいか?」
「…うん」
俺は箱の中からチョコレートを一粒取り出して口に運んだ。優しい甘さが特徴的でとても美味だった。
「…美味い」
「当然でしょ!だってこの私が今日のために手作りしたんだから!……あっ」
「なんだ?もしかして俺のために手作りしてくれたのか?」
「うっ…そうだよ!でも義理なんだからね!」
義理か。少し残念だったけど貰えただけで俺は本当に嬉しい。だって母親以外から貰った初めてのバレンタインチョコなんだからな。
「そ、それじゃ学校行こ!遅れちゃうよ!」
「あ!そうだな。残りは帰ってから頂くよ。本当にありがとな」
曜に礼を言い、龍吾は学校へ行く準備を始めた。そんな彼は気づかなかった。後ろで曜がこんなことを言っていたことに。
「ほんとは義理じゃないんだから……バカ」
そんなこんなで罪な鈍感男と肝心な時に素直になれない不器用な少女は準備を済ませ、学校へと向かって行った。
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学校についた俺は自分の席でHRが始まるのを待っていた。すると一人の人物が俺に近づいてきた。
「お…おはよう、海藤くん」
「梨子か、おはよう」
いつも通りの優しい笑顔で俺に挨拶をしてきたのは梨子だった。たがその様子はいつもと違った。俺には梨子が何だか緊張しているように見えた。
「なんだ?緊張しているのか?」
「えっ?ええ、まぁ…」
やっぱりそうだったが、俺は深くは聞かなかった。無理やり聞き出すのは気分が悪いからな。
「あの…海藤くん!」
「ん?どうした?」
「こっ…これ!」
梨子が手渡してきたのは袋に包まれたチョコレートだった。日付を考えてもそういう事だよな。
「その…頑張って作ってきたから…受け取ってくれると嬉しいな…」
「梨子…ありがとう。大事に食べるよ」
「大事に食べるって何?」
「あっ…確かに…」
「ふふっ変な海藤くん」
緊張も解けたのか梨子は自然体に戻っていた。やっぱり彼女は普段の姿が一番だな。
「だけど本当に貰えるとは思わなかったな。嬉しいよ。ありがとう、梨子」
「………うぅ…」
俺は梨子の頭を優しく撫でてやった。彼女は耳まで真っ赤にしていたが、しばらく経つと目を細めて心地よさそうな表情をしていた。
「海藤くん…やめてよ…恥ずかしいよ」
「やめてよって言うわりには嫌がってないよね?」
「うぅ…海藤くんの意地悪…」
やっぱり梨子の恥ずかしがってる姿は可愛いな。でもあんまり苛めると後々怖いからこのくらいにしておこう。
「冗談だって」
「わかってるよ。海藤くんはとっても優しい人だから…そんな貴方だから私は…」
梨子がそう言った途端にチャイムがなった。先生も教室に入ってきてHRを始めようとしていた。
「あ、先生来たね。それじゃまた後でな」
「え、ええ…」
梨子は自分の席に戻って行った。そういや梨子がさっき何か俺に対して言っていたけど何なんだろう?
それからの午前中の授業は特に何事も無く、普通に進んでいった。
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午前中の授業が終わって今は昼休み。さっきまでの授業はいつも以上に退屈だった気がする。
俺は普段は屋上で食事をとることが多いが今日は部室で食事をしていた。流石にこの時期の屋上は寒いすぎるからな。
「あ、海藤先輩!」
「え、なんでここに?」
「こんにちは!」
「なんだ君達か。いつもここで弁当食べてるの?」
部室に現れたのは一年生の三人だった。この三人は普段からこの部室で昼食をとっているらしい。
「そうだったのね」
「隣失礼するずら」
「どーぞ」
三人は俺の隣や前の席に座った。普段は少人数で昼食をとっているのだが、たまには大人数で食べるのもいいものだなと思った。
「そうだ!これあげるずら。バレンタインデーのチョコレート!」
「私も!海藤先輩、いつもありがとうございます!」
「このヨハネも貴方にこれを恵んであげるわよ。感謝しなさいね」
「お、おう。みんなありがとな」
今日だけで何個のチョコレートを貰ったのだろうか。そんなことを考えていたら、一つ気になることが出てきた。
「一つ気になったことがあるんだけど…聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「なんで三人ともタイミングよくこれを持ってるんだい?俺は普段はここには来ないのに」
「そ、それは」
「貴方のことを監視して…ってそうじゃないわ!貴方が部室に入っていくのが見えたから私達はわざわざ教室まで取りに行ってきたのよ!」
「そうか。わざわざありがとな」
理由はともかく俺のためにわざわざ持ってきてくれたことは純粋に嬉しい。
「よし、君達の頭を撫でてあげよう」
「ずら!?」
「うぅ…なんか癖になっちゃいそう…」
さっき梨子にやったのと同じように俺は花丸ちゃんとルビィちゃんの頭を撫でてやった。二人とも反応が新鮮で面白いな。
「ほら、善子もおいで」
「だから私はヨハネだって!ま、まぁ行ってあげてもいいわよ」
口ではこう言うが彼女の表情はかなりウキウキしているように見えた。まったく素直じゃないんだからな。
「三人とも、これからもよろしくな!」
「はい!よろしくお願いします!」
「よろしくお願いするずら!」
「貴方とは契約を結んでいるのよ。簡単に縁が切れると思ったら大間違いなんだから」
「そうか、俺は教室に戻るよ。じゃあな」
善子は何かよく分からないことを言っていたが、彼女がこれからもみんなで仲良くしていきたいと思っていることは伝わってきた。
そういやこれで今日貰ったのは五個目だな。これは他の人からも貰えるかもしれない。そんな淡い期待を胸に俺は眠たい午後の授業へと向かっていくのだった。
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一日ってのは気がつけば終わっているもので、もう放課後になっていた。普段ならAqoursの活動があるが、今まで何日も連続で練習に入れこみすぎていたことなどを考え、今日は完全にOFFということになっている。
でも俺には部活がある。あれから俺達は再び全国大会を目指して練習に励んでいる。今日のメニューも相当ハードなものらしい。
「あー、やっぱりメニューがキツい日は憂鬱だなー。ん?あれって…」
「だーかーらー私は今すぐに行きたいの!」
「あの人だって忙しいんですから私達の都合で会いに行っては迷惑になりますわよ」
「まぁまぁ」
俺が見つめる方には三年生の三人がいた。おそらくこれから帰るところなのだろう。
「皆さんお揃いで何やってんですか?」
「あら、海藤さんではありませんか。さっきから鞠莉さんが絶対に貴方に会いに行くんだって聞かなくて……って海藤さん!?」
「ダイヤさん?ビックリしましたよ!」
ダイヤさんは俺が急に現れたのだと思って驚いていた。俺ってそんなに影薄いのか?
「あ、リューゴじゃない!会いたかったわ!」
「ちょっ、鞠莉さん?」
そう言うと鞠莉さんは俺に抱きついてきた。二人が見てるから恥ずかしいのだが。
「鞠莉さん!何をやっているんですか!破廉恥ですわよ!」
「いいの!気にしない気にしない!」
「気にしますわよ!」
また鞠莉さんとダイヤさんの言い合いが始まってしまった。その途中で俺は果南姉さんがジト目でこっちを見ていることに気がついた。
「龍吾、なーんか鼻の下伸びてない?鞠莉に抱きつかれてそんなに嬉しいの?」
「えっ?いやそんなんじゃ…」
「問答無用!えいっ!」
俺が言うよりも先に果南姉さんも俺に抱きついてきた。そういえば二人ともAqoursのメンバーの中でも特に胸が大きい方だから俺の腕とか背中に柔らかい感触が…
「海藤さん?」
「…はい。何でしょうか?」
俺の後ろでダイヤさんがじっとこちらを見つめていた。なんか嫌な予感しかしないのだが。
「…仕方ないですわね。海藤さんはそういう人なんですから」
「ダイヤさん!あなたは俺のことをなんだと思ってるんですか!」
「普段はカッコつけてクールに振舞っているけど、本当は破廉恥な人ですわ」
「いや、俺は別にカッコつけているわけじゃないですからね?」
「本当にそうなのですか?」
「そうですよ!」
俺はカッコつけているわけではない。元々こんな感じなんだから仕方ないだろう。
「まぁ別にいいですわ。そんな貴方にはこれを差し上げます」
「へ?」
「私からもあげる。どうぞ!」
「これは私からよ。ハッピーバレンタイン!」
突然のことで驚いた。三人は何の前触れのなく俺にチョコレートを差し出してきた。
「さ、さっさと受け取ってください!渡すのって結構恥ずかしいのですね」
「うーん、私も初めてだからなぁ」
「私はもう慣れっこよ!」
「本当にありがとうございます。ちょっとだけ期待してたんですけど、やっぱり嬉しいですね」
急にこの三人にあった時には少し期待した所もあった。今まで色んな人にチョコを貰ったからな。
「…ってもうこんな時間!急がないと連続で始まっちまう!それじゃまた!」
「気をつけてくださいね。」
「頑張れー!」
「fight!ド根性よ!」
三人の後押しを受け、俺は体育館へと急いでいった。さっきまでの憂鬱な気分はいつの間にか消え去っていた。今日の練習は頑張れそうだな。
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時刻は午後の六時を回っていた。練習を終えた俺は着替えを済ませ、自分のバイクが停めてある駐車場へ向かおうとしていた。
「今日も疲れたな。あれ?あのアホ毛は…」
「ん?龍ちゃんだ。どうしたの?」
俺の前を歩いていたのは千歌だった。そういや今日は千歌とは会話をしてなかったな。
「俺は部活だけどお前は何なんだ?」
「わ、私は…その…」
「補習か?」
「う…そうだよ!悪い?」
練習がない日にはすぐに帰ってしまう千歌がこんな時間まで残っているのは確実に補習だったからだろう。俺じゃなくてもわかるな。
「なーにやってんだよ」
「龍ちゃんもそこまで成績良くないくせに…」
「まぁな。だが俺は補習に呼ばれたことは無い」
俺は確かに成績は良いとは言えない。だが補習に呼ばれたことは一度も無い。威張れるようなことじゃないけどな。
「よし一緒に帰るか。後ろ乗れよ」
「うん、ありがとう」
俺は千歌をバイクの後ろに乗せて走り出した。
「今日は色々な人にチョコを貰ったな」
「そうなの?」
親以外からバレンタインチョコを貰った。これは人生で初のことだ。みんなには本当に感謝している。
「ねぇ、龍ちゃん」
「どうした?」
「ちょっと寄り道しない?」
千歌は急に寄り道がしたいと言い出した。突然だけど断る理由なんかない。
「はいよ。どこに行きたいんだ?」
「海に行きたい。二人っきりでいつもの場所に」
「了解」
俺は近くの浜辺にバイクを停めた。元々海辺近くを通っていたのもあってすぐに目的の場所へは到着した。
「やっぱり海はいいな。夜風が心地いいし」
「…そうだね」
何かいつもの千歌と違う。何故か分からないけど俺にはそう感じた。
「龍ちゃん」
「なんだ?」
「……私、変われたかな?スクールアイドルになって、みんなで頑張ってきて」
千歌は俺に今までの活動を通して自分が変われたのかどうかを尋ねてきた。そんなの決まっている。答えは一つしかない。
「千歌は変われてるし耀いてるよ。俺が保証するから大丈夫だ」
「…ありがと。それと龍ちゃん!これ、ハッピーバレンタイン!」
千歌は俺に一つの袋を差し出してきた。一日で何度も見てきた物だけど、とても新鮮な気がした。
「迷惑じゃなかったら…受け取ってほしいな」
「迷惑なわけないだろ。本当にありがとう」
「よかったらだけど、一つ食べてみてくれない?感想とか聞いてみたいし…」
「わかった。それじゃ頂くよ」
俺は包装を解き、袋の中からチョコレートを取り出して口に運んだ。優しい甘さの中にも微かな苦味があってとても舌触りが滑らかだった。
「とても美味いよ」
「えへへ、ありがと」
「千歌、何だかんだ君にはいつも感謝している。本当にありがとな」
「龍ちゃん…こちらこそ!」
こうして俺の人生初の濃い思い出となったバレンタインは終わりを告げた。一日という短い時間だったが、それを感じさせないほど素敵なものだった。俺はこの日をいつまでも忘れる事はないだろう。
疲れた…ギリギリまで書くかどうか悩んでいて昨日の夜に書き始めたけどよく間に合ったな。本当に頑張った俺!
それではまた。